冬木を離れていた間桐 慎二は、冬木に戻ると叔父の雁夜の話に驚く事になった。
「えっと、あの殺しても死ななそうなお爺様が死んで、父さんが意識不明で入院中…嘘だろ、雁夜叔父さん?」
「信じられないかもしれないが、嘘じゃないぞ慎二。」
慎二は雁夜の白くなった髪に目を向ける。
(雁夜叔父さん…俺が冬木を離れていた間に、髪が白くなるぐらい苦労したんだな…。)
祖父が亡くなるだけでなく、兄である父まで意識不明で入院。
立て続けに起こった不幸に、雁夜は苦労したのであろうと慎二は納得した。
そしてだからこそ慎二は努めて明るく振る舞った。
「大丈夫だよ、雁夜叔父さん。俺達二人ならなんとかなるって。」
「…慎二は強いな。」
雁夜に頭を撫でられて慎二は気恥ずかしくなる。
臓硯は頭を撫でてきた事なんかないどころか、見下す様に自身を見てきていた。
そして父はそんな臓硯に怯えているかの様に縮こまっていた。
子供ながらに慎二はそんな二人が嫌いだった。
もちろん二人に不幸が訪れた事に対して悲しいといった感情はある。
だがそれ以上に雁夜と暮らせる事を慎二は喜んだのだった。
◆
臓硯の死亡届けや遺産相続等と忙しく動き回る雁夜に代わって、慎二はまだ幼いながらも家事をする様になった。
とはいえそれまで一切の家事経験が無いのだから上手くいくわけがない。
しかし雁夜は小さな甥っ子の奮闘を頭を撫でて喜んだ。
「ありがとう、慎二。」
雁夜の御礼の言葉に、慎二は涙を堪える。
家事を手伝おうとして余計に雁夜の苦労を増やしてしまったからだ。
「雁夜叔父さん!俺、絶対に家事が出来る様になるから!」
決意をした慎二の成長は著しかった。
とある世界線では『わかめ』等と呼ばれ、かませ犬扱いされてしまう男だが、本来の彼は秀才と呼べる程に優秀な男である。
慎二は己の家事における課題を一つ一つ明確にし、それを克服していく。
三ヶ月後には一通りの家事をこなせる様になり、半年後には主夫と呼べる程に家事の腕前を上げ、雁夜を家事から解放してみせた。
こうして立派な少年主夫となった慎二はある日、生前の臓硯が使っていた地下室に掃除の為に足を踏み入れたのだった。
◆
「あれ?思ったよりも綺麗だな。」
地下室に足を踏み入れた慎二は自身の想像と違う地下室の状態に首を傾げる。
「そういえば雁夜叔父さんがお爺様の遺品は処分するって言ってたから、その時ついでに掃除したのかな?ちょっとやり応えはないけど、まだ汚れてるしきっちり掃除するか。」
首を回して地下室の状態を見分した慎二は、すっかり似合う様になった頭巾とエプロン姿で気合いを入れる。
そして掃除を開始してからしばらく経った頃…。
「ん?本?」
慎二は一冊の本を見つけた。
「お爺様のか?雁夜叔父さんはこれも処分するのかな?」
好奇心を刺激されたが、主夫である慎二は本を隅に寄せておくと掃除を再開する。
そして地下室の掃除を一通り終えてから、改めて本を手に取った。
慎二は何気なく本を開き中を見ていく。
「へぇ、間桐家は元々ドイツ出身なのか…は?魔術師?」
本を読み進めていた慎二が驚きの声を上げる。
本に間桐家は魔術師の家系だと記されていたからだ。
主夫姿もすっかり板についた慎二は八歳とは思えない程に大人びているが、それでも年相応の子供としての感性も残っている。
故に慎二は本を片手に雁夜の所に走った。
「雁夜叔父さん!」
居間でお茶を飲んでいた雁夜は驚きながら振り向く。
「どうしたんだ、慎二。」
「これだよこれ!お爺様の本!」
慎二が差し出す本を見た雁夜は眉を寄せる。
そして…。
「全部処分したと思っていたんだけどな…。」
そう呟くと大きくため息を吐いたのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。