魔術を使えないとわかったショックで呆然とする慎二の相手を妻の葵に任せると、時臣は雁夜を書斎へとつれていった。
書斎に入った時臣は二人分の紅茶を淹れて席につく。
そして紅茶の香りを楽しむと一言発した。
「雁夜、お前は慎二君の事を知っていたな?」
「あぁ、知っていた。慎二が生まれた時に臓硯が『使えぬ』って言っていたからな。」
雁夜も紅茶を手に取り一口飲む。
「かつて臓硯が言っていたんだが、冬木の魔術基盤は間桐の体質と合わないらしい。だから間桐は冬木で代を重ねるごとに、魔術師としての力を少しずつ失っていった。」
「そして慎二君の代で完全に失った。」
時臣の言葉に雁夜は頷く。
「勘違いしないでほしいが、僕と兄貴は魔術師の力を失った慎二が生まれて来てくれた事を本当に喜んだんだ。これであのおぞましい間桐の魔術は終わるってね。」
雁夜の言葉に時臣は同意する様に頷く。
己の浅慮のせいで桜がそのおぞましい魔術の犠牲になりそうになったのだ。
故に時臣は間桐の魔術がなくなる喜びに共感出来た。
紅茶を一口飲み心を切り替えた時臣が話し掛ける。
「慎二君の状態だが、37本あった魔術回路の尽くがボロボロに切れていた。まるで切嗣の『起源弾』でも受けたかの様にな。」
時臣が起源弾を知るのは実際に使用された魔術師の末路をその目で見たからだ。
実は第四次聖杯戦争が終わった後、臓硯が亡くなったという情報を得た外様の魔術師が、その遺産を狙って密かに冬木にやって来た。
だがそれはあっけなくとある武神に看破された。
そして武神から報せを受けた時臣、切嗣、綺礼の三人の手により、その外様の魔術師は激しい後悔の中で散っていったのだ。
「そうか…ちなみに慎二が使える属性は?」
「慎二君は凛と同じ『アベレージ・ワン』…つまり、基本属性の全てが使える。」
「流石は慎二。」
「だが、それも魔術回路があの状態では無用の長物だ…雁夜、どうするつもりだ?」
雁夜は紅茶の香り楽しんでから話す。
「時臣、君ではどうにか出来ないのか?」
「あぁ、未熟な私ではどうにもならぬ。」
「じゃあ、二郎真君様を頼るしかないな。ところで、二郎真君様は今どこに?」
雁夜の言葉に時臣はため息を吐く。
「教会に行っている。凛と桜、そしてアルトリア殿も連れてな。今頃はカレン嬢も交えて中華拳法の指導をされているだろう。雁夜、二郎真君様を頼る事は止めはせん。だが後悔はするな。」
「僕はあの時に死んでいた筈の身だ。なら、この命を慎二の為に使えるなら後悔はしないよ。たとえそれで、師から破門を言い渡されてもね。」
どこか達観しているかに見える雁夜の様子に、時臣は素直に感心した。
「そうか、それはそれとして…雁夜、お前に話がある。」
「なんだ?」
時臣は紅茶を一口飲んでから雁夜の目を見て告げる。
「ご近所から苦情が来ている。御夫人方がお前に口説かれているとな。」
そう告げられた雁夜だが、どこ吹く風とばかりに涼しげな顔で紅茶を口にしてから肩を竦める。
「僕は女性に紳士として礼を尽くしているだけさ。それの何が悪い?」
きっとどこかの騎士ならば心から同意しただろう。
だが時臣は雁夜の言い分に対して、こめかみに青筋を浮かべた。
「わざわざ御夫人方を口説くなと言っているのだ!口説くのならば未婚の女性を選べ!」
「心外だな。僕が声を掛けた相手がたまたま御夫人だっただけさ。」
「貴様は仏教徒だろう!もっと慎みを持たねば師に対して申し訳ないと思わぬのか?!」
「師は姦淫に溺れる事は咎めるけど、恋愛の自由までは咎めない。まぁ、慎二が独身の僕を心配しているから、そろそろ身を固めて安心させてあげようとは思ってるよ。」
時臣が盛大なため息を吐いて頭を抱えると、それを見て雁夜は笑い声を上げたのだった。
◆
2年後に雁夜はとある二人の子持ちの未亡人と結婚する。
結婚後も紳士たる彼の性格は変わらない。
だがどこか憎めないその人間性を彼の家族は愛したのだった。
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