翌日、遠坂邸を訪れた慎二は二郎に己が選んだ道を告げる。
彼が選んだのは最低限の魔術回路を開き、魔術の研究者となる道だった。
神話に登場する英雄に憧れがないわけではないが、その方が自分らしいと思ったのだ。
二郎の処置が終わり魔術師となった慎二はさっそく時臣に魔術を習い始めるのだが、そこに遠坂姉妹も加わると驚きの光景を目にする。
それは凛と桜が既に魔術の基礎をしっかりとこなせた事だ。
「…二人とも凄いね。」
「慎二は始めたばかりじゃない。私は4年、桜は1年はお父様から魔術を習っているわ。差があって当然でしょ?」
そう言いながら凛は各種属性の魔術を指一本ずつに灯してみせる。
「慎二くん、凛はああ言っているが、その才能は二郎真君様も認める程のものだ。そしてその才能に驕ることなく努力をしている。男として負けん気を持つのは否定しないが、それで焦らぬ様に気をつけなさい。」
師として優しく諭す時臣の言葉に慎二は頷く。
「はい、わかりました。ところで凛は、二郎真君様の隣に並び立てる英雄になるのを目指しているんだよね?」
「えぇ、そうよ。まぁ、二郎に認められて恋人になるのに必要だから目指すのだけどね。」
まだ8歳でありながら既にしっかりと将来を決めている凛に、慎二は苦笑いをする。
昨日、慎二は二郎が何者なのかを雁夜から聞いている。
直ぐには信じられなかったが、魔術が存在するのだから神も存在してもおかしくないと言われてしまえば信じるしかなかった。
「桜は将来、どうするか決めてるの?」
「う~ん、姉さんが二郎真君様のところにお嫁に行っちゃうから、私は遠坂家を継ぐ事になるのかな?」
慎二の問い掛けに、桜は唇に指を当てながら首を傾げる。
「そうなるわね。桜、しっかりと遠坂の魔術である宝石魔術を使える様になりなさいよ。」
「姉さんの様には無理だよぉ。」
「大丈夫よ。桜なら出来るわ。」
桜は謙遜しているが、治癒魔術に関しての才能は凛を超えている。
将来的には宝石に蓄えられた魔力を用いて、疑似的な蘇生すら成し遂げられる様になるだろう。
魔術の基礎を習った後は、慎二も中華拳法の鍛練に加わった。
如何に遠坂の庇護下に入ったとはいえ、多少は自衛出来なければ魔術師の世界で生き残れない。
それに武神自らの手解きを受けられる機会など、これを逃したら二度と無いだろう。
故に慎二は自身も中華拳法の指導を受ける事にしたのだ。
拳法の素人である慎二は二郎の言うところの基礎である『調息』から始める事になった。
『調息』はわかりやすく言えば深呼吸である。
一見すれば簡単に思えるかもしれない。
だが慎二はそれだけで汗を流し、疲れを感じる事に驚いた。
(ただ深呼吸をしているだけなのに…。)
5分ほどで根を上げて座り込んでしまった慎二は、まだ余裕の表情で調息を続けている凛と桜を見て驚く。
「基礎だからこそ、その差がハッキリと出る。これは拳法も魔術も、そして学も変わらない。」
流れる汗も拭わずに、慎二は二郎の言葉に耳を傾ける。
「同じ時を掛けて研鑽を積んでも、人はいつの日か他者との結果に違いが出てしまう事に気付いてしまう。それを才の差と諦めるか足掻くかは己次第だけど、慎二には諦めの悪い者になってほしいね。」
慎二は歯を食いしばって立ち上がり調息を始めた。
彼とて幼くとも男である。
女の子の前では意地の一つも張ってみせるのだ。
「良きかな良きかな。励め若人よ。いつか笑って酒が飲めるその日まで。」
本日は3話投稿します。
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