「すまない…。」
セラにお茶を差し出されたジークフリートは、反射的に謝ってしまう。
「異世界に転生してやり直すって言うんなら、先ずはそのすぐに謝る性格を直さないとダメね。ぜんぜん英雄っぽくないもの。」
凛にズバリと言われてジークフリートは背筋を正す。
「いや、そこまで言わなくても…。」
「マスター、彼女の言う通りだ。私が目指すのは周囲に流されるのではなく、己の意思を貫いて英雄になる事なのだから。」
そう言ったジークフリートはセラに向き直って微笑む。
「ありがとう、お嬢さん。」
「いえ、メイドとして当然の事をしただけですので、どうかお気になさらず。」
微笑みながら礼を言うジークフリートの姿はとても絵になる。
流石は英雄といったところだろう。
「さて、順番がずれちゃったけど、次は桜の番ね。」
「うん。」
召喚陣の前に立った妹に凛は問う。
「ところで桜、誰を喚ぶつもりなの?」
「ギリシャ神話のアスクレピオスだよ。」
アスクレピオスは死者を蘇らせたと謳われる伝説の名医である。
故に凛はイリヤに目を向けた。
「ちょっと、死者蘇生の霊薬を作ったアスクレピオスならアインツベルンが喚ぶべきじゃないの?」
「これだから凛はダメよねぇ。」
「どういう事よ?」
イリヤは可愛らしく指を立てて話始める。
「アインツベルンには第三魔法の使い手であるユスティーツァ様がいらっしゃるわ。それに二郎真君様からいただいた不老と不死の妙薬もあるもの。死者を蘇生出来る程度のサーヴァントなんて必要ないわ。今のアインツベルンの興味は神の祝福(呪い)による不死の在り方にあるの。だから私はギリシャ神話の大英雄であるアルケイデスを喚び出す予定なのよ。」
理由を知って納得した凛は一つ息を入れて気持ちを切り替える。
「待たせて悪かったわね、桜。」
「気にしないで、姉さん。」
微笑んだ桜はイメージを始め、召喚陣に魔力を注ぎ込む。
召喚陣に注ぎ込まれる圧倒的な魔力量を見て、イリヤは感心の声を上げた。
「桜って魔力量は一流よね。」
「そうね。でも桜は治癒魔術以外は起源の『虚数』も含めて苦手なのよね。影をちょっとした買い物袋程度にしか使えないんだもの。まぁ、そういう不器用なところも可愛気があるってものでしょ。」
「凛とは違ってね。」
「お互い様よ。」
近い将来に第三魔法に至るだろうと言われているイリヤと、既に第二魔法に至っている凛は、魔術師界で噂になる程の天才魔術師である。
だがこの噂は敢えて広めたものだ。
なにせ美遊を始めとして士郎に桜と特異な魔術資質を持つ者が身近に多くいるのである。
彼女達を目立たせないためにも、凛とイリヤは自ら矢面に立ったのだ。
まぁ、凛には二郎が認める程の実力があるし、イリヤの周囲には切嗣を始めとしてアインツベルンが目を光らせているので、彼女達に手を出すのは魔法使い級の実力がなければ不可能に近い。
実際に二人に手を出そうとした魔術師達がいたのだが、イリヤに手を出そうとした者は切嗣監修の元で生きた的として士郎の射撃練習に使われ、凛に手を出そうとした者はあっさりと本人に気絶させられて綺礼に売られてしまった事が何度かあった。
それ以来、冬木に襲来する魔術師達は練習台や小遣い稼ぎの相手として認識され、ある意味で歓迎の対象となってしまっているのだ。
一際強く召喚陣が輝くと、そこには銀髪の男性の姿があった。
「サーヴァント、キャスターだ。君が私のマスターか?」
「はい、マスターの遠坂 桜です。」
桜の自己紹介にキャスターと名乗ったサーヴァントは頷く。
「貴方の真名を教えてくれますか?」
「患者の信頼を得るのに必要なら名乗ろう。私はアスクレピオス。ところで私を召喚したという事は、マスターは医者を必要としていると認識していいのだろうか?」
彼の言葉に桜は頷く。
「はい、私は治癒魔術を得意としているのですが、神代に生きた貴方の知識が治癒魔術の役に立たないかなって思いまして…。」
「…なるほど、医者と魔術師という立場は違えど、私達は共に患者を…人を癒そうとする者という事か。」
アスクレピオスは桜の言葉に納得した様に頷く。
「君に私の知識を教授する事で多くの人が救われるのなら、それだけで召喚されたかいがあるな。」
「私は貴方への対価として現代医療を学ぶ機会をと思っています。貴方が生きた時代から四千年以上の月日が経った現代医療に興味はありませんか?」
この申し出にアスクレピオスは嬉しそうに微笑んだ。
「それは是非ともお願いしたい。可能ならば現場も見てみたいのだが…。」
「う~ん…出来るかなぁ?」
アインツベルンや間桐の財力があれば可能な気がするが、どうしようかと彼女は考える。
「アスクレピオスも召喚されたのね。」
「…メディア?」
かつての知己であるメディアがアスクレピオスに声を掛ける。
「…裏切者と蔑まないのね。」
「君には言い訳にしか聞こえないだろうが、あの時の私達はどこか冷静じゃなかった。そして思い返せばあの時の君は正気じゃなかった。イアソンの外道な願いを全て聞き入れていたのだから。医者である私が異常に気付けなかったなんて…私は医者失格と言われても仕方ない男だよ。すまなかった。」
「…そう。」
どん底にまで堕ちて無念の死にまで至ったのだ。
その謝罪の言葉すら怒りを掻き立てるだろう。
故に次の彼女の行動も必然であったのかもしれない。
パーン!
メディアはアスクレピオスの頬を平手で思いっきり張った。
「あの時の事は決して忘れる事は出来ないけど、これで気にしないことにするわ。だから貴方も今更気を揉むのは止めなさい。」
「…ありがとう。」
「ふんっ、礼なら私達を召喚して再会させてくれたあの娘達に言いなさい。」
そう言いながら背を向けるメディアにアスクレピオスは感謝の念を捧げたのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。