英霊の召喚はカレンの番となった。
カレンは召喚陣の前に立つと淡々と召喚を始める。
そして召喚陣から光が立ち昇ると、そこには一人の女性の姿があった。
「サーヴァント、ライダー…召喚に応じ参上しました。貴女が私のマスターですか?」
「うん、貴女は聖マルタ?」
「その様に呼ばれる事もありますが、私はマルタ…ただのマルタです。」
お淑やかで柔らかな彼女の様子はまさしく聖を冠するに相応しいだろう。
だが…。
「おや?君が喚ばれたのかい。」
「…なによ、こいつらはあんたの身内?肩肘張って損したわ。」
二郎が声を掛けると彼女はあっさりと態度を豹変させた。
そんな彼女を見て一同が驚愕する。
実はイエスとシッダールタが涅槃で酒を飲む際に各々の弟子を招いた事があるのだが、その時にマルタは二郎と会った事があるのだ。
「はぁ…聖マルタなんて呼ばれているけど、あたしは田舎育ちの女でしかないのよ。まぁ、あのお人好しが奇跡で作るパンとワインの為に、人前では多少は取り繕っていたけどね。」
腰に片手を当ててそう言う彼女の姿は妙に様になっている。
「ふむ…では、タラスクを祈りで従えたというのは?」
英霊の宴を見学している保護者の一人である綺礼の質問に、マルタはため息を吐きながら額に手を当てる。
「竜が祈りなんかで従うわけないでしょ。あれはあたしがあいつを殴り倒して従えたの。まぁ、あのお人好しには暴力はいけないって口酸っぱく言われたけど、そんな事でやっていける程、甘い時代じゃなかったわ。」
その言葉を聞いて信徒である時臣は頭を抱えた。
ここにいない師の璃正になんと言えばいいのかと悩んでいるのだ。
「そんなわけで聖なんて呼ばれるのは柄じゃないの。だからただのマルタでいいわ。」
「うん、よろしくマルタ。」
「あら?話せるじゃない。流石はあたしのマスターね!」
快活に笑う彼女の姿に一同は苦笑いをするしかない。
「それで、あたしの願いはゼンが叶えてくれるの?」
「あぁ、そうだよ。君の願いは想像がつくけど、一応は聞いておこうか。」
「こういうのは形式も大事だからね。面倒だけど言わせてもらうわ。」
両手を腰に当てて胸を張った彼女は己の願いを告げる。
「あたしの願いはイエスと同じ様に現世を満喫する事!あいつだけ現世を満喫するなんて狡いもの。あたしもとことん現世のお酒を楽しむわ!」
聖とはなんだったのかと言いたくなる程、俗な彼女の願いに時臣は乾いた笑いを溢すのだった。
◆
「ぷはーっ!いいわねぇこのビールってお酒!」
早速とばかりに酒を飲み始めた彼女を尻目に、今度はイリヤが召喚を始める。
触媒を用いて召喚を速やかに進めると、召喚陣から光が立ち昇って見上げる様な大男が姿を現した。
「サーヴァント、セイバー。召喚に応じ参上した。お嬢さん、君が私のマスターか?」
「えぇ、そうよ。貴方はアルケイデスね?」
「如何にも、私はアルケイデスだ。」
真名を明かした彼の前にメディアが歩み寄る。
それに気付いたアルケイデスは片膝をついて彼女と目線を合わせる。
そして…彼女の平手打ちを無防備に受けた。
「相変わらず馬鹿げた頑丈さね。身体強化をしたのにまるっきり効いてないじゃない。」
「そうでもない。あの箱入り娘だった君が随分と強かになったものだ。」
「それだけ苦労したのよ。まぁ、いいわ。アスクレピオスにも言ったけど、これであの時の事は気にしないでいいわ。貴方はゼウスとヘラを殺してくれたしね。」
その言葉にアルケイデスは首を横に振る。
「あの愚神二柱を殺したのは私の都合でだ。君が私を許す理由にはならない。」
「当人の私が気にしないでいいと言ったのだからそれで終わりよ。まぁ、イアソンは絶対に許すつもりはないけどね。あれには貴方が味わった毒の苦しみと同じものを味わってもらうわ。」
メディアの言葉には流石のアルケイデスも身体の一部がひゅんとしてしまう。
「もしその時が来たらヒュドラの毒を貰うわ。だからそれで借りを返したと思いなさい。」
「あ、あぁ…。」
かつての仲間の冥福を祈るしか出来ないが、アルケイデスは巻き込まれるよりはいいかと開き直った。
「邪魔をしちゃったわね、イリヤ。」
「気にしないでいいわ、メディア。貴女が昔を気にしないで幸せになる為には必要な事だもの。」
ニッコリと笑うイリヤにメディアは天使の姿を幻視する。
「マスターもいいけど貴女もいい素材ね。手持ちが出来たら貴女達に服を作ってみたいわ。」
「ふふふ、メディアのコーディネート?それは楽しみね。」
「セラさんに現代のファッション雑誌を用意して貰っているの。勉強するから少し待っててね。」
既に現世を満喫しつつあるメディアの姿に、アルケイデスは微笑む。
「彼女本来の笑顔が戻ってよかった。そうは思わないか、アスクレピオス?」
「あぁ、そうだね。」
己に気付いていた事に驚かずに、アスクレピオスは返事を返す。
「久しぶりだね、アルケイデス。」
「お久しぶりです、ゼン様。」
「アルケイデス、君の願いはなんだい?」
二郎に問われてアルケイデスは首を横に振る。
「私には特に叶えたい願いはございません。強いていうならば、異なる時代の英雄との戦いを存分に楽しみたく思います。」
「そうかい。もしそれで足りなければ俺も相手をしようか。」
その言葉にアルケイデスは微笑む。
「ならばこのアルケイデス、ゼン様に挑むに足る証を示しましょう。」
右手を心臓に当て胸を張るその姿は、大英雄に相応しい堂々たるものなのであった。
本日は3話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。
追記:少しマルタの口調を修正しました。