side:王士郎
アインツベルン主催のパーティーが始まると、私は老師からここ十年程の動きを聞いて大きくため息を吐いた。
「他国の事とはいえ、それほどの事があって気付けなかったとはな…。」
「日ノ本の神々がそれとなく隠していたからね。俺も伯父上から頼まれなければ気付けなかったかもしれない。だから士郎も気にしなくていいよ。」
老師はそう言うが、おそらくは冬木の龍脈の異変に気付いただろう。
そして当然の様に悲劇から人々を救った筈だ。
やれやれ…私もまだ未熟だな。
「そう考えると日本の神様達には感謝しないといけないわね。おかげで二郎と会えたんだから。」
そう言う遠坂 凛の姿を目にして私はため息を吐くのを堪える。
私は力付くで彼女に召喚されたのだが、その結果として空高くに放り出されてしまった。
嫌味の一つも言うべきか、私を力付くで召喚したその力量を誉めるべきか悩むところだ。
しかしアルトリアといい、彼女も私の記憶にある以上に身体の一部が成長している。
これも老師の影響なのだろうか?
「ところでマスター、私はいつ彼等と戦えばいいんだ?」
「慎二がセタンタからルーン魔術を習い終わってからってところね。なんでもルーン魔術を間桐の新しい魔術にするつもりらしいわ。」
「現代では希少なルーン魔術を?強欲な魔術師達に狙われるのではないか?」
「そのぐらい慎二も覚悟してるわよ。まぁ、狙われても士郎…遡月 士郎が家族として守るから問題ないわ。」
その言葉で赤髪の少年へと目を向ける。
するとなんとも言えない感情が沸き上がってきた。
「やはり気になるかい?」
…老師が気付くのも当然か。
なにせ私を転生させた張本人なのだからな。
「私も以前から少し気になっていましたが…もしかしてそういう事なのですか?」
「ちょっと、何の事よアルトリア?」
「以前から士郎は…王士郎は遡月 士郎と似ていると思っていたのです。」
「えっ?」
遠坂 凛が驚いて赤髪の少年へと目を向け、注意深く観察を始める。
「…確かに顔の造形は似てるわね。でも魔術回路の数や魔力量は桁違いよ。ここまで差があると、魔術師としては別人としか言えないわ。それこそ生まれ変わって魔術回路の数が増えでもしない限り…って…。」
そこで彼女はゆっくりと老師へと振り向いた。
「もしかして…そういう事なの?でも待って、それは有り得ないわ。」
彼女のその言葉にアルトリアが首を傾げる。
「凛、有り得ないとはどういう事ですか?」
「第二魔法に至ってわかったのだけど、数多の並行世界とは別に、並行世界の元となる原典となる世界があるの。」
まだ学生の身の上で第二魔法に至った彼女を流石というべきか、その成長に関わった老師に苦笑いをするべきか、どちらなのだろうな?
「そして私達が生きているこの世界が原典よ。だから有り得ないの。現代を生きている遡月 士郎が古代中華に遡り転生して英雄になる事はね。」
第二魔法に至った彼女は『星』や『世界』の存在に気が付いているのだろう。
だからこその発言だ。
「並行世界の一つならその可能性も有り得るんだけど、この『世界』では原典と大きな違いが起きたのなら『修正』が入る…そうでしょ、二郎?」
「あぁ、そういえばそうだったね。」
老師の言葉に今度は遠坂 凛が首を傾げる。
「そうだった?」
「何度か俺のところに『世界の守護者』が送られてきた事があるんだよ。一度目はギルガメッシュとエルキドゥの二人と一緒にウルクの神々と戦争した時だね。」
あぁ、確かにその時が老師と初めて出会った時であり、私の運命が変わった時でもある。
「ちょっと待って、私が『観測』した限りでは、この『世界』は間違いなく原典だったわ。二郎の言う通りなら、まるでこの『世界』が並行世界の一つみたいじゃない。」
彼女の言葉は至極当然で、魔術師として常識的なものだ。
その事に少し安心する。
私やアルトリアの様に老師の非常識にまだ染まりきっていないのだと。
「その答えは簡単だよ。この『世界』は元々、並行世界の一つだったからね。」
「…へっ?」
呆然とする彼女を見てアルトリアは苦笑いをしている。
おそらく私も苦笑いをしているのだろう。
そうやって何度も常識を破壊されてきたのだからな。
「元々は並行世界の一つだったこの『世界』をギルガメッシュが原典にしたんだ。」
「げ、原典にしたって…どうやって?」
「この『世界』以外の全ての『世界』の『座』にいる自分を消滅させる。そうする事で矛盾を生じさせ、この『世界』を原典へと成り代わらせたのさ。」
あんぐりと口を開けてしまった彼女を淑女らしくないと咎めるのは酷だろう。
第二魔法の使い手である彼女だからこそ、その有り得なさを誰よりも理解してしまうのだから。
「ぎ、ギルガメッシュってそこまでとんでもない奴だったのね。でも…どうしてギルガメッシュは並行世界の自分を消滅させたのかしら?」
「なんでも並行世界のギルガメッシュは暴君になったらしいよ。」
「あの賢王ギルガメッシュが暴君に?」
これには遠坂 凛だけでなくアルトリアも驚いている。
おそらく私以外の者は同じ様に驚くのだろうな。
「そう、それでギルガメッシュはエルキドゥと一緒に並行世界の自分を尽く消滅させたのさ。」
「納得はしたけど…それで起こした行動の規模が凄いってレベルじゃないわね。」
「えぇ、まさしく神代の英雄達と呼ぶべきものです。」
「『世界』を超えて並行世界の己を屠る卓越した力。数多の並行世界の在処を見付け出す目。そして数多の並行世界の己を余さず屠り尽くす飽くなき強靭な心。これら全てを備えなければ決して成しえない。正にギルガメッシュとエルキドゥだからこそ成しえた偉業だね。」
老師の非常識さはギルガメッシュが原因なのか、はたまたギルガメッシュの非常識さは老師が原因なのか…。
考えると胃が痛くなってきた。
これ以上は止めておこう。
「ところで老師、その偉業は貴方では成しえないのか?」
「俺は途中で飽いてしまうだろうね。だから成しえないさ。」
私の問いかけに老師がそう答えると、遠坂 凛が疑問の声を上げた。
「どうして途中で飽きるのよ?強者との戦いは二郎の望むところでしょう?」
「たしかに強者との戦いは望むところだ。でも並行世界の俺がどうしていようと興味は無い。だから途中で飽いて止めてしまうだろうね。並行世界の俺が原典に成り代わろうとでもしていない限りは。」
その気になればやれる。
だが興味を惹かれなければ動かないか。
「二郎らしいですね。」
「そういうアルトリアはどうだい?もし並行世界の己を屠る様な機会があったらどうするのかな?」
「そうですね…私も今の自分を守る為に必要なら尽く滅するでしょう。そうでないのなら放置すると思います。ですが、もしそういう時が来たら円卓の皆が先に動くかもしれませんね。」
アルトリアがそう言うと老師は同意する様に頷く。
「あぁ、士郎。」
「む?老師、どうかしたのか?」
老師は微笑ながら話しだす。
「今の君は彼とは別人だ。たとえ『起源』が同じであってもね。」
「…そうか。」
「理解していても納得しきれないってところかな?彼と君では決定的に違うところがあるだろうに。」
その言葉に私は疑問を持つ。
「決定的に違うところ?」
「君にあって彼には無い…王貴人さ。」
「クク…それは確かに違うな。」
思わず笑いが込み上げてきた。
あぁ、老師の言う通りだ。
私には王貴人がいる。
その事実だけあればいい。
今まで何度も前世を気にしない様にしてきたつもりだ。
だがこの瞬間、私は漸く前世と決別出来たのだろう。
なんとも晴れやかな気分だ。
私は遡月 士郎に目を向ける。
彼は多くの友人達と笑顔でいた。
「あぁ、違うな。君はそのままでいい。」
「だから手放すな。その手が届く場所にいる人達を。私は死ぬまでわからなかった大馬鹿だ。」
「だが、おかげで最愛の人に出会えた。これは大馬鹿だった私の唯一の成功なのだろう。」
「君は君として生きていけ、遡月 士郎。私は王士郎として生きていく。」
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