王士郎とアルケイデスの戦いは後日に持ち越される事になった。
これは双方が万全の状態での戦いを観たいという少年少女達が願ったからだ。
故に戦いは一時の終わりを迎え、戦士達を労う為に宴が開かれた。
「セタンタ、なんで森を使って奇襲を仕掛けたりしなかったんだ?」
マスターである慎二の問いにセタンタは酒で喉を潤してから答える。
「奇襲をするにも幾つか条件があるのさ。士郎相手にはその条件が揃わなかったってとこだな。」
「条件って?」
「先ずは自分で考えてみな。それが成長する為の秘訣だぜ。」
慎二が考え込みだしたところで、王士郎が料理を手にセタンタの元を訪れる。
「肴程度の物だが、よかったらどうだ?」
「おっ、ありがてぇ。」
さっそくとばかりに摘まむと、セタンタは舌鼓を打つ。
「うめぇ!」
「口に合った様でなによりだ。」
「食って思い出したけどよ、士郎は料理の逸話もあったんだよな。」
セタンタの言葉に王士郎は内心で冷や汗を流す。
(老師が歴史の変化に影響を与えている事ばかりを考えていたが、今思えば私もしっかりと影響を与えているではないか…。味噌と醤油の為とはいえ、完全に無意識だった。)
うっかり歴史を変えてしまっていた己に気付き、王士郎は内心で頭を抱える。
だが元日本人であった彼が味噌と醤油を求めたのは仕方ない事であろう。
多くの日本人にとって味噌と醤油は魂に根付いた調味料なのだから。
「マスター、いつまでも考えてないでお前も食ってみろよ。美味いぜ。」
「あぁ…本当に美味しい。」
その一口で主夫としてのスイッチが入った慎二は王士郎に問い掛ける。
「これのレシピを教えてくれないか?」
「ふむ…もう一品作るつもりだが、一緒にくるかね?」
勢いよく首を縦に振った慎二は王士郎と共にキッチンへと向かうのだった。
◆
王士郎と慎二がキッチンへと向かう後ろ姿を王貴人が微笑みながら見送る。
その微笑みは美の女神すら嫉妬しかねない程に美しいものだ。
それに見惚れてしまった遡月 士郎の脇腹は婚約者二人に両サイドからつねられてしまっている。
「ねぇ王貴人、伝説で謳われる幻術をちょっと見せてくれない?」
凛の問い掛けに王貴人は琵琶を鳴らして応える。
すると冬木のアインツベルンの城を囲む森の木々全てが花咲き乱れる桃の木へと変わった。
「流石は伝説に残る幻術使いね。目の前で見てなかったらこれが幻術だと認識出来なかったと思うわ。」
「ふふ、妲己姉様の幻術はもっと凄かったぞ。」
舞い落ちる花弁の一片を手に取ったメディアが、王貴人の幻術の凄さに唸る。
「楽器の一鳴らしで対象の五感に共鳴、そして幻術を見せる。言葉にすればそれだけなのだけど、あの一瞬で匂いや触感まで完璧に再現してみせた腕前には脱帽ね。」
「メディアは出来る?」
美遊の問い掛けにメディアは首を横に振る。
「それなりに準備をすれば再現出来るけれど、なにも準備無しにこのレベルは無理ね。せいぜい魔術師ではない一般人を騙すのが精一杯よ。」
「美遊嬢、メディアが言う一般人は私達の時代が基準だ。おそらく現代の者ならば、相応の魔術師でも幻術に堕とす事が出来るだろう。」
「アルケイデス、私に常識がない様に言うのは止めてちょうだい。」
心外だとメディアは抗議するが、現代に生きる者達からすればメディアも大概なのである。
果たして彼女は現代で女性としての幸せを掴む事が出来るのだろうか…?
「ねぇ王貴人、妲己ってどんな人だったの?」
凛の問い掛けに王貴人は首を傾げる。
「二郎真君様やアルトリアから聞いていないのか?」
「聞いているわ。でも、義妹の貴女から見た妲己の事も聞いておきたいのよ。二郎の正妻の座を勝ち取る為にね。」
ウインクをしながらそう言う凛を目にして王貴人はクスクスと笑う。
「なら、アルトリアには悪いが話そう。妲己姉様は他者をからかうのが好きな人で…。」
こうして宴は進み王士郎とアルケイデスは英気を養っていく。
そして後日、ついに中華とギリシャが誇る大英雄の戦いが始まるのだった。
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