「非才のこの身で武神に一太刀を浴びせた事を考えれば上出来と言ったところか。」
白髪の男が自嘲する様に皮肉気な笑みを浮かべている。
俺は神の戦士達と目の前の白髪の男から受けた傷を癒す為に、腰に括っていた竹の水筒を手に取って中の神酒を飲む。
「やれやれ、文字通りに命懸けだった一撃をそうもあっさりと治されるとこちらの立場が無いな。」
そう言いながら白髪の男は首を横に振って肩を竦めた。
「さて、話を出来る様になったみたいだし、少し話を聞かせて貰えるかな?」
「私などの話を聞く為にわざわざ一太刀を受けたのかね?随分と物好きだな。」
白髪の男はやれやれと言わんばかりにため息を溢すが、会話を拒否するつもりは無い様だ。
「む?二郎真君、それは酒か?我にも一口くれ。」
戦いが終わって隻腕になった軍神ニヌルタがそう要求してくる。
「それは構いませんが、生き残った神の戦士達全員分はありませんよ?」
「構わぬ。戦いの後は酒を飲んで濁った血を洗い流す。それが戦士の流儀よ。」
そう言って快活に笑う軍神ニヌルタに、俺は腰に括っていた数本の竹の水筒を投げ渡す。
「武神に一太刀浴びせる事が出来た勇者よ!褒美に酒を振る舞うぞ!」
「「「オォ―――!!」」」
神の戦士達は先程まで殺し合いをしていたとは思えない笑顔で喝采の声を上げている。
「それで、私に聞きたい事とは何かね?あまり時間は残されていないので早くするべきだと思うが?」
そう言って白髪の男は斜に構えて声を掛けてくる。
白髪の男の言う通りに、白髪の男にはあまり時間が無い。
この白髪の男は戦っている時には意識が無かったのだが、その意識を取り戻させる為に浅くない傷を負わせて、その魂に干渉する必要があったのだ。
「それじゃ、軍神ニヌルタが言っていたんだけど君は世界の守護者なのかな?」
「その通り、私は世界の守護者だ。」
そう答える白髪の男だが、その表情は自嘲する様に笑っている。
「ふ~ん。ところで、世界の守護者って何かな?」
「他の守護者の事は知らない。なので私の事で答えさせてもらおう。」
そう言うと白髪の男は眉を寄せながら俺を見据えてくる。
「私の知る世界の守護者は、死後の自分を代償に願いを叶えた者だ。」
「死後の自分を代償に?」
俺の疑問の声に白髪の男が頷く。
「既に記憶が摩耗しているのであまり思い出せないが、生前の私は英雄になろうとしていた。」
話をしている白髪の男は、過去の自分を不快そうに話していく。
「その過程で生前の私には救えない人々がいた。その人々の前で、私は救えない自分の無力を嘆いていた。その時に声が聞こえたのだ、『契約せよ』とな。」
白髪の男は自身の手に目を向けながら話を続けていく。
「その時の声は死後の自分を代償に願いを叶えると言った。私は藁にも縋る思いで契約した。そして私の願いは叶えられ、私に救えなかった人々は救われた。」
顔を上げた白髪の男は、俺の目を見据えて話を続けていく。
「死後の私は契約通りに世界の守護者になった。だが、それは地獄の日々の始まりだったのだ。」
竹の水筒を持った軍神ニヌルタが近くに腰を下ろす。
どうやら白髪の男の話に興味を持った様だ。
「世界の守護者という言葉に生前の私は希望を持っていた。それは世界の守護者になれば、より多くの人々を救えると思ったからだ。だが、実際の世界の守護者はそうでは無かった。」
白髪の男は手に血が滲む程に強く握り締めて話を続けていく。
「世界の守護者は一言で言えば掃除屋だったのだ。」
「掃除屋?」
「『世界』にとって都合の悪い存在を排除する掃除屋だ。私は『世界』に使役されて数えきれない程の人々をこの手で殺してきた。」
軍神ニヌルタが神酒をグビリと飲むと、失っていた腕が光と共に再生していく。
わかっていた現象だが、改めて見ると不思議な光景だな。
「白髪の男よ、後悔しているのか?」
「後悔?あぁ、しているさ!自分を殺したくなるほどにな!」
軍神ニヌルタの問い掛けに、白髪の男は声を荒げて答える。
「だからこそ、私は自分を殺す機会を待っている。」
「どういう事かな?」
「私が世界の守護者の役目から逃れる唯一の機会…それは過去の自分を殺す事だ。」
そう言うと白髪の男は口の端を吊り上げる。
「私が自身の手で過去の自分を殺せば矛盾が生じる。そうすれば私の存在は
消える可能性があるのだ。」
「白髪の、汝は己を否定するのか?」
「あぁ、否定するさ!借り物の夢に縋った愚か者をな!」
激昂した白髪の男の身体から光の粒子が溢れていく。
「…どうやら時間の様だな。」
そう白髪の男が呟くと、少しずつ白髪の男の身体が消えていく。
「二郎真君よ、せいぜい気をつける事だ。私が何故ここに現れたのかをよく考えるのだな。」
白髪の男は最後に皮肉気な笑みを浮かべると、光の粒子になって消えた。
「やれやれ、不器用な男よ。素直に心配だと言えばいいものを。」
そう言って軍神ニヌルタは竹の水筒を呷った。
「それでどうするのだ、二郎真君?」
「どうするとは?」
「先程の白髪の男の事だ。哀れとは思わぬか?」
俺は返答の代わりに肩を竦めた。
「とりあえず、今の俺にはやる事がありますからね。何をするにしても、
それを無事に終えてからですよ。」
「そうか…武運を祈る。軍神が祈るなどシャレにならんかもしれんがな、ハッハッハッ!」
俺は軍神ニヌルタの笑いに微笑むと踵を返す。
そしてギルガメッシュとエルキドゥの元に向かうために地を蹴ると、軍神ニヌルタが竹の水筒を掲げて見送ってくれたのだった。
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