「…来たか、二郎。」
メソポタミアの冥界の主人であるエレシュキガルの使いが中華を訪れて、ギルガメッシュの死期が間近であると俺に伝えてきた。
俺は哮天犬に乗って急いでウルクに向かうと、ギルガメッシュは寝台の上で横になっていた。
「ここ数ヵ月ウルクに来れなくて悪かったね、ギルガメッシュ。」
「…その通りだな。危うく友たるお前が我を看取る前に冥界に行くところだった。」
そう言ってギルガメッシュは皺が刻まれた顔で笑う。
俺は改めてギルガメッシュの姿を見ていく。
輝く太陽の様だった黄金の髪は色褪せて白髪になっている。
黄金比の無駄な部分が無い身体は、覇気を失い細くなっている。
だが、神の血を引く者の証である紅い瞳は若き日と変わりなく、強い意思を秘めていた。
「…エルキドゥよ、ウルを呼んでこい。」
「うん、わかったよ、ギル。」
ギルガメッシュと同じく白髪と皺が刻まれた顔のエルキドゥが、優しい声でギルガメッシュの声に応えた。
そして、ギルガメッシュの寝台の側にあった椅子から立ち上がると、エルキドゥはゆっくりと部屋を出ていった。
「300年か…過ぎてみればあっという間であったな、二郎。」
「あぁ、あっという間だったね、ギルガメッシュ。」
300年、ギルガメッシュが王になってから経った年月であり、俺とギルガメッシュが友として過ごしてきた年月でもある。
「二郎よ、1つ頼みがある。」
「らしくないな、ギルガメッシュ。いつも通りに命令しなって。」
「…確かに我らしくなかったな。先の言葉は戯れとして聞き流しておけ。」
「仰せのままに。」
ギルガメッシュは誤魔化す様に笑みを浮かべると、真剣な眼差しで俺を見てきた。
「二郎よ、ウルの隣に立つ者が現れるまでウルを見守れ。我にとっての二郎やエルキドゥの様な存在が現れるまでな。」
「わかったよ、ギルガメッシュ。二郎の名において誓おう。」
俺の返事に、ギルガメッシュは安心した様な安堵の息を吐いた。
でも次の瞬間には、若き日の様な王としての覇気のある瞳で俺を見てきた。
「だが、ウルがウルクの王たる器にあらずと感じたのならば見捨てよ。我やエルキドゥに遠慮することなくな。」
都市国家ウルクはギルガメッシュの治世により、周辺の都市国家を超えて一番繁栄してきた。
そんなウルクは世界中の神々や王から注目されている。
もしもウルが暴君となってウルクが荒れれば、たちまち周辺の都市国家にウルクは食い荒らされてしまうだろう。
「わかったよ、ウルが王に相応しくないと思ったら殴ってでも矯正させる。」
「フハハハハ!武神の拳はさぞ堪えるであろうな!」
俺の返事にギルガメッシュは若き頃の様に笑った。
その後、静かに2人でいる時間を惜しむ様に楽しむと、エルキドゥがウルを連れて戻ってきた。
「父上、ウル・ルガル、参りました。」
「ウルよ、我から最後の教えを伝える。」
ギルガメッシュの言葉にウルは背筋を正す。
「ウルよ、王とは孤高の存在だが孤独である必要は無い。共に歩む者を作れ。」
俺はギルガメッシュの言葉に驚いた。
ギルガメッシュの言葉は、300年以上前にギルガメッシュの父であるルガルバンダ殿が俺に言った言葉だったからだ。
「父上のお言葉、確と胸に刻みます。」
ウルの返事に満足した様に笑みを浮かべたギルガメッシュはエルキドゥに目を向ける。
「エルキドゥよ、先に行くぞ。」
「うん、僕がいないからって冥界で浮気したらダメだよ。」
「たわけ。お前以外に我に相応しい女はおらぬわ。」
ギルガメッシュの言葉を聞いたエルキドゥは優しく微笑みながら、寝台に横たわるギルガメッシュの額に唇を落とした。
ギルガメッシュは微笑みながら俺に目を向ける。
「さらばだ、二郎。」
「ギルガメッシュ、よい旅を。」
ギルガメッシュは満ち足りた様な表情を浮かべると、ゆっくりと目を閉じていったのだった。
◆
この日、今生で初めての友であるギルガメッシュが亡くなった。
俺は仙人になってから初めて誰かの死に涙を流したのだった。
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