調息の修行を始めて3年経つと、俺は老師に認めて貰える程に調息を身に付けていた。
そして修行が次の段階に進もうとしたその時、お腹がふっくらとした母上が、
俺達の所に姿を見せたのだった。
「二郎、貴方は兄になるのですよ。」
おおう?母上、ホントですか?
母上に促されて母上のお腹にさわると、調息を身に付けたおかげなのか、
母上のお腹に新たな命を感じ取る事が出来た。
「わかりますか、二郎?もう一度言いますが、貴方は兄になるのです。
兄として守れる様に、修行に励みなさい。」
「はい、母上!」
3年もの間、ひたすら調息だけを続けて萎えかけていた気持ちが、一気に熱く燃え上がる。
「老師!」
俺は老師に向き直って片膝を着き、包拳礼の形を取って名乗りを上げる。
「姓は楊!名は二郎!字をゼンと申します!老師の元で、ますます修行に励んでいきます!
その証として、老師には我が名を受け取っていただきたく思います!」
俺の誓いに、老師が1つ頷いてから答える。
「君の決意、受け取らせてもらうよ。二郎。」
「はい!」
こうして、俺は決意の証として老師に名を預けた。
なんか母上の方からパキパキと変な音が聞こえたけど、気にしない事にする。
老師…頑張れ!
◆
腹を抱えて悶絶する老師を置いて、母上は大きな犬に乗って帰っていった。
30分程経つと老師は復活して、俺に新たな修行を教え始めた。
「調息を身に付けた次は、拳法を学んでもらうよ。」
「はい!」
拳法か…前世の封印した熱い心が沸々と蘇るぜ!
「それじゃ、拳法の基本を教えるよ。」
老師が教えてくれたのは『馬歩』と『崩拳』だ。
『馬歩』を簡単にいうと、馬等に騎乗するような形で地面に立つ歩法だ。脚を開いた空気椅子と言った方がわかりやすいかもしれない。
『崩拳』は拳法の基本となる、拳による突きだな。
「二郎、理解出来たかな?」
「はい!」
俺の返事に、老師は満足そうに頷く。
「それじゃ、馬歩からの崩拳を身に付けようか。取り合えず10年ってところかな?」
「じゅ、10年ですか?」
3年間ずっと調息をやったと思ったら、今度は10年ずっと馬歩からの崩拳をやるの?
「うん、取り合えず10年だね。」
「えっと…馬歩からの崩拳は、どうなったら身に付けた事になるんですか?」
俺の疑問に老師はニッコリと微笑むと、馬歩をした。
そして…。
パァン!
老師が馬歩から崩拳をすると、風船が破裂した時の様な音が聞こえたのだった。
「ここまで出来る様になれば、最低限身に付けたと認められるかな。」
「え?」
ちょ、え?
「老師…さっきの音は?」
「ん?ちょっと音の壁を超えただけだよ。たいした事じゃないね。」
いやいやいや!
何を言ってるの、老師!?
「調息をしながら馬歩をすると、自然に気を整え、練り上げる事が出来るからね。
仙人になるには最適な修行なんだ。気を巡らせるにはコツがいるから、気を巡らせる事に
関しては別の修行で身に付けてもらう。だから、今は気にしないでいいよ。」
そう言いながらニッコリと微笑む老師は、お腹を擦っている。
「そして馬歩から崩拳をしていけば拳法の修行にもなる…。至極効率的だよね?」
だからといって、10年もひたすらに馬歩からの崩拳だけって…。
「二郎、道士や仙人は100年、1000年と修行を続けていくんだよ?10年程度で
怖じ気づくようじゃ、この先、仙人として悠久の時を生きるのは難しいだろうね。」
むむむ…。
えぇーい!俺も男だ!
やってやるさ!
10年がなんぼのもんじゃい!
俺は馬歩で立って、崩拳をしていく
「お?やる気があっていいね。それじゃ、1日最低でも一万回は崩拳をしようか。
もちろん、1回1回を全力でね。」
「はい!」
俺は半ば自棄になりながら返事をする。
そして時折、老師から馬歩や崩拳の修正を受けながら、修行を続けていったのだった。
感謝の崩拳1万回!
これで本日の投稿は終わりです
また来週お会いしましょう