「老師、わずか1日だがゆっくり出来た事に礼を言わせてくれ。」
「士郎、礼を言うのはまだ早いよ。」
士郎が名乗ってから翌日、士郎が『座』に戻る時がやってきた。
俺は転生した後に弟子になる彼を士郎と呼び、士郎は俺の事を老師と呼ぶようになった。
士郎が生まれた場所では字の習慣が無く、士郎自身が名で呼ぶことを希望したので、
俺は彼を士郎と呼ぶことにしたのだ。
ちなみに士郎が俺を師父と呼ばずに老師と呼ぶのは、俺が生前の士郎の師に
敬意を払ったからだ。
「老師、私のことは気にせずに例の件を優先してくれ。私の本体は時間の概念から外れた
『世界』の『座』にある。数百年程度なら微睡んでいる間に過ぎるだろう。」
昨日、士郎には中華の要所を『世界』の外側に移動させるために俺が動いているのを話した。
その際に士郎の解放が遅れてしまうかもしれないことも話したのだ。
「士郎、いいのかい?」
「私が今しばらく『掃除屋』としての役目を我慢すれば、中華の多くの神々を救えるのだろう?
ならば私に待たない理由は無いさ。」
士郎は晴々とした表情でそう言う。
「そうか、それじゃ士郎にはしばらく待ってもらうよ。」
俺の言葉に士郎は笑顔で頷く。
「ありがとう、老師。『俺』は貴方のおかげで答えを得た。」
そう言った士郎の身体は少しずつ光になって消えていったのだった。
◆
士郎を解放する約束をしてから3年程が経った。
あれからも俺は哮天犬と共に世界中を巡って宝貝を集めている。
士郎を解放する準備はエルキドゥの時に比べると手間が掛かる。
なんせ『世界』から解放するわけだからね。
まぁ、千年経って俺も成長したので1ヶ月もあれば士郎を解放する準備は終わるのだが、
中華の神々の滅びが掛かっているとあっては宝貝集めを優先しなくてはならない。
士郎には悪いが、中華の要所の移動に目処が立つまで待ってもらう事になるだろう。
そんな感じで中華に戻った俺は、今回集めた宝貝を届けに伯父上の宮にまでやって来た。
だが、そこには軍の出撃準備をしている伯父上の姿があったのだった。
◆
「おぉ!二郎、よくぞ戻った!」
物々しい雰囲気の中で、俺を見つけた伯父上は嬉しそうに笑顔で近付いてきた。
「伯父上、ただいま戻りました。それで、この状況はどうしたのですか?」
俺が周囲に目を向けながら問うと、伯父上は真剣な表情で答えた。
「うむ、中華の地に外から旅人がやって来たのだ。」
「旅人ですか?特に珍しい事では無いですよね?」
「そうなのだが、1日前からその旅人が申公豹と戦い続けているのだ。」
旅人が申公豹と戦っている?
200年程前に戦って以来、申公豹とは会っていないが、申公豹は『雷公鞭』という
強力な宝貝を持っていてるので、仙人の中でも上位の強さを誇る。
そんな申公豹と丸1日戦い続ける旅人は何者なんだ?
「二郎、すまぬが2人の戦いを止めてくれぬか?」
「それは構いませんが、なんで旅人と申公豹が戦うことになったのですか?」
「それは我にもわからぬ。だが、おそらくはその旅人に興味を持った申公豹が
旅人に仕掛けたのが原因であろうな。」
伯父上はそう言うとため息を吐く。
なんというか、申公豹は変わってないなぁ…。
俺は集めた宝貝を伯父上に献上すると、哮天犬に乗って旅人と申公豹が
戦う場所に向かったのだった。
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