哮天犬に乗って旅人と申公豹が戦っているという場所に向かうと、
晴天であるのに雷が荒れ狂っていた。
「申公豹は随分と派手に雷公鞭を使っているようだね、哮天犬。」
「ワンッ!」
荒れ狂う雷に巻き込まれない様にゆっくりと近付くと、驚きの光景が目に入った。
なんと、黒点虎に跨がる申公豹の左腕の肘から先と、右足の膝から先が無かったからだ。
そんな申公豹は本来の無表情と違い、険しい表情で雷公鞭を振るっている。
申公豹が振るった雷公鞭から雷が地上の野に降り注いでいくが、
その雷を切り裂く様に地上から1つの矢が放たれた。
地上から放たれた矢は、音の壁を超えて雷を切り裂いていく。
そして雷を超えると申公豹に向かっていくが、申公豹は黒点虎に指示して矢を大きく避けた。
俺は地上から矢を放った者に目を向ける。
地上の野には筋肉の鎧を全身に纏った大男が、その脚力だけで瞬動に匹敵する速度で
野を駆け回っている。
矢を弓につがえた大男が野を駆けながら申公豹に狙いを定める。
申公豹は黒点虎に指示して空中を縦横無尽に駆け回り、大男の狙いを外そうとする。
だが申公豹達の動きを読みきった大男が、その動きの先へと矢を放つ。
申公豹は危機を感じ取ったのか、一際大きな雷で矢を迎撃した。
「中々見応えがある戦いだね、哮天犬。」
「ワンッ!」
ギルガメッシュとエルキドゥの戦いには及ばないが、それでも彼等の戦いは
十分に俺の目を楽しませてくれるものだった。
しかし…。
「残念だけど、伯父上の頼みだから止めないとね。」
「クゥ~ン。」
哮天犬も残念と言わんばかりに鳴いたのを機に、俺は哮天犬から降りて空に立つ。
そして、雷と矢がぶつかり合う地点に踏み込むと、三尖刀を一振りして
雷と矢を打ち払ったのだった。
◆
「ゼン殿、お初にお目にかかる。私はアルケイデス。師より貴方の事を聞いて
礼の一言を言うべく、こうして中華の地へと旅をしてきました。」
大きな身体を折り曲げて俺に頭を下げた大男は、自らをアルケイデスと名乗った。
「アルケイデス、君の師とはケイローンのことかい?」
「その通りです、ゼン殿。貴方には師だけでなく、私も救われました。」
そう言ってアルケイデスはまた俺に頭を下げた。
とりあえず戦いの労いとしてアルケイデスに神酒を渡す。
「二郎真君、私にも神酒をください。」
「伯父上からの任を怠ける輩に渡す酒は無いよ、申公豹。」
多頭の竜の毒を塗った矢を手足に受けた申公豹は、毒が全身に回る前に雷で
手足を焼き切ったらしい。
そして隻腕隻肢になった申公豹が俺に神酒をねだるが、俺は渡すつもりは無い。
恨むなら自身の怠惰を恨んでくれ。
「ケチですねぇ、二郎真君。」
「その身体を治したかったら自分で霊薬を作るか、元始天尊様に霊薬を貰ったらどうかな?」
「どちらも面倒ですね。なので元始天尊様の蔵から頂戴するとしましょう。」
師から盗むという申公豹の自由さに、俺は元始天尊様に胃を整える霊薬を送ろうかと考える。
申公豹が黒点虎に乗って去ったのを見送ったアルケイデスは、
神酒を一息で飲み干した。
「…旨い。これほどの酒はギリシャにもそうはありませんぞ、ゼン殿。」
「お褒めいただきありがとうってところかな。」
アルケイデスは申公豹との戦いで3回殺されたそうだ。
だが、ギリシャの女神ヘラの試練を超えたアルケイデスは、
超えた試練の数だけ命を貰ったらしい。
なので今のアルケイデスを滅ぼすには最低でも13回は殺さなければならないのだ。
もっとも、反魂の術を極めた仙人なら直接魂を破壊出来るので、
アルケイデスの不死もそこまで厄介では無い。
だけど、それでアルケイデスに勝てるかというとそうでもないのは、
申公豹が苦戦した事でわかる。
「それで、アルケイデスも救われたって言っていたけど、どういうことかな?」
「それは…。」
アルケイデスと酒を酌み交わしながら話を聞いていく。
アルケイデスの話によると、アルケイデスもゼウスに戦士として求められて
その命を狙われたそうだ。
事の詳細はこうだ。
ゼウスの使者がアルケイデスの妻に接触をすると、その妻にある事を吹き込んだ。
それはアルケイデスの心を妻である自身の元に取り戻す方法だと騙った。
かつてアルケイデスは女神ヘラに狂わされて妻と娘を殺してしまっている。
その罪の意識もあって、アルケイデスは今もその殺してしまった妻と娘を
思い続けているのだが、今のアルケイデスの妻はそんなアルケイデスに
愛されていないと感じてしまっているようだ。
使者はアルケイデスの妻にとある薬と称した物を渡すと、
アルケイデスの妻は迷いながらもアルケイデスの衣服にその薬を塗った。
その薬は多頭の竜の毒だった。
その毒が衣服から身体についたアルケイデスは、皮膚が爛れて死の苦しみを味わった。
命の数が幾つもあるアルケイデスは毒で死んでも蘇生するが、
蘇生する度に毒で死の苦しみを味わい続けた。
この苦しみに屈強なアルケイデスも屈して不死をギリシャの神に返上しようとしたが、
そこに師であるケイローンが訪れて解毒してくれたそうだ。
そして解毒をした際に使った薬が、以前に俺が渡した霊薬だったんだとさ。
俺はアルケイデスの格好を見る。
その大柄な身体に余すことなく筋肉を纏った身体は、その見事な上体が
惜し気もなく晒されている。
そんなアルケイデスが纏う衣服は腰布のみである。
つまりアルケイデスが毒を塗られた衣服は腰布であり、毒で爛れた部位は…。
俺はアルケイデスが受けた死の苦しみを想像してしまい、身体の一部がヒュンとしたのだった。
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