「二郎真君、もう行ってしまうのか?妾は寂しいのじゃ。」
そう言って竜吉公主は目元を手で覆う仕草をする。
「これでも忙しいからね。」
俺がそう言いながら肩を竦めると、竜吉公主は拗ねた様に顔を背けた。
「昨夜は痛かったのじゃ。もう少し優しくしてくれてもよかったのじゃ。」
「誤解を招くような言い回しは止めてくれないかな?」
「妾は誤解されても一向に構わんのじゃ!」
昨夜は竜吉公主の頼みで一晩泊まったのだが、その際に竜吉公主が夜這いをしてきた。
夜這いをすることそのものは今の時代の中華では普通のことだ。
だけど、夜這い相手が断れば諦めるのが暗黙の決まりなんだけど、
竜吉公主は宝貝を用いてでも俺に夜這いをしようとしてきた。
その際に使った宝具は霧露乾坤網(むろけんこんもう)というもので、
水を自在に生み出して使う事が出来る宝貝だ。
竜吉公主はその宝貝で生み出した水で俺を拘束しようしたんだけど、
俺には治水の権能があるので効果は全く無かったのだ。
宝貝で造り出した水すら無効化する俺の権能に驚いている竜吉公主の額を、
指で弾いて撃退したのが昨夜というわけだ。
「二郎真君、また来るのじゃ。」
「夜這いをしないのなら考えないでもないかな?」
「それじゃ妾がつまらないのじゃ。」
そう言って頬を膨らませる竜吉公主の姿は子供っぽく見える。
俺は竜吉公主の頭をポンポンと軽く叩いた。
「あ…。」
「気が向いたらまた来るよ。またね、竜吉公主。」
俺がそう言うと竜吉公主は花開いた様な笑みを浮かべた。
そして…。
「うむ!また来るのじゃ!」
哮天犬に跨がって飛び去る俺に、竜吉公主はいつまでも手を振り続けていた。
◆
竜吉公主の屋敷を飛び去った俺は、その足で伯父上の宮に向かった。
「二郎、ご苦労であった。」
俺が伯父上の労いの言葉に包拳礼をすると、伯父上は一息間をおいてから話し出した。
「二郎よ、竜吉公主はどうであった?」
「体内の『気』が害を成すほどに乱れてましたね。帰り際に彼女の頭に触れたのですが、
その際に少し『気』を巡らせて整えたのでしばらくは大丈夫でしょう。」
俺がそう答えると、伯父上は安堵した様にため息を吐いた。
「伯父上、1つ聞いてもいいですか?」
「あぁ、構わんぞ。」
「では…。伯父上、竜吉公主は自身を伯父上と蓮の子と言ったのですが、真ですか?」
俺がそう問い掛けると、伯父上は眉を寄せた。
「それに近しい存在…と、言えるであろうな。」
「どういうことですか?」
「二郎よ、黄帝が人の帝に選ばれる前に、仙人や道士が我の決定を待たずに
中華の人の帝を選ぼうとしていたのを覚えておるか?」
俺は伯父上の言葉に肯定の意を示して頷く。
「その輩の中に、自らの手で人の帝を造り出そうとした者がいたのだ。」
「自らの手で造り出す?…まさか?」
「左様、竜吉公主は我と三聖母の髪を元に造られた存在なのだ。」
俺は伯父上の言葉に驚いて目を見開く。
「我と三聖母の一部を用いて造り出された竜吉公主は生まれながらに仙人であった。
だが、それ故に1つ大きな問題を抱えていたのだ。」
「大きな問題?」
「うむ、それは神秘が薄れ始めた今の下界では長く生きられぬというものだ。」
長く生きられない?
「伯父上、なら竜吉公主は何故に下界に住んでいるのですか?」
「竜吉公主の存在を知った我は、あの者を保護して三聖母に預けた。最初の内は三聖母を
母と呼んで慕って天界に住んでいたのだが、やがて竜吉公主は下界で生きる事を
望むようになったのだ。」
「下界で生きる事を?それは何故ですか?」
「それは竜吉公主が二郎に憧れたからだ。」
俺に憧れた?
「竜吉公主は世界を巡り自由に生きる二郎に憧れたそうだ。それ故に竜吉公主は下界で
生きる事を望んだのだ。二郎の話を聞く竜吉公主はそれは嬉しそうにしていたぞ。」
そう話す伯父上もどこか嬉しそうだ。
…暇が出来たらまた竜吉公主の屋敷に行ってみようかな。
「ところで伯父上、竜吉公主の事を母上はご存知なのですか?」
「…百年前に我の話を聞かずに無言で崩拳を腹に打ち込まれた。」
そう言って伯父上は片手で腹を擦った。
俺と伯父上は顔を見合わせると、お互いに苦笑いをしたのだった。
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