伯父上に封神計画の準備が整ったと聞いてから三日が経った。
そろそろ姜子牙に封神計画を始めさせる頃だと思って廓で報せを待っている。
まぁ、ただ待つのも退屈なので士郎に修行をさせているんだけどね。
「ハァ!」
士郎が双剣を手に俺に仕掛けてくる。
士郎はこの十年で守護者をしていた時と同じぐらい身体が大きくなった。
そして全ての魔術回路の活性化も成したので、修行に手合わせを追加したのだ。
踏み込んでくる士郎の双剣を掻い潜って俺が逆に踏み込む。
間合いを詰められ過ぎたと士郎は瞬時に察して飛び退こうとするが、
それよりも先に馬歩から崩拳を放つ。
「…ガハッ!?」
腹の前で双剣を交差させて俺の一撃を受けようとした士郎だが、
俺は双剣ごと士郎の腹を崩拳で撃ち抜いた。
地面に崩れ落ちた士郎がなんとか身体を起こそうとするが、
血を吐いて再び地面に崩れ落ちる。
そんな士郎に俺は神酒を飲ませる。
すると、士郎の身体から光が放たれて崩拳による傷が回復した。
「やれやれ、せめて一撃は持たせようと思ったのだがな…。」
そう言うと士郎は自嘲するような笑みを浮かべて起き上がった。
「おそらくだけど、士郎は守護者としての戦いに慣れ過ぎたんだろうね。」
「む?老師、どういう事だろうか?」
士郎は腕を組みながら首を傾げる。
「肉体を持たない守護者の時と肉体を持つ今では耐えられる痛みに
差があると思うんだけど…違うかな?」
「ふむ、確かに内臓を損傷した先程の一撃は、守護者の時ならば問題なく
起き上がれていただろう。」
両手を開いたり閉じたりしながら士郎は身体の感覚を確かめている。
「魔術師である士郎は痛みに強いみたいだけど、それでも限界はあるだろう?」
士郎は肯定する様に頷く。
「つまり老師は、私に認識を改めろと言いたいのだろう?」
「うん、そうだね。」
士郎はため息を吐くと、両手に双剣を造りだした。
「私は元来不器用な人間だ。生半可な手段では魂に刻まれた認識を改められないだろう。
故に、少々荒っぽい手段を選ぶしかないだろうな。」
双剣を構えた士郎が鋭い視線で俺を見据える。
「老師、すまないがしばらく手合わせをお願いしたい。」
「あぁ、いいよ。もちろん、士郎が死なない程度に加減はするから安心してね。」
俺がそう言うと士郎は一瞬苦笑いをした。
しかし直ぐに表情を改めると、調息をしながら踏み込んで来たのだった。
◆
士郎の修行に俺との手合わせを追加してから五日が経った。
あれから日に一刻(二時間)は士郎と手合わせをしている。
今日も手合わせを終えて士郎がボロボロになって地面に身を預けているんだけど、
士郎はどこか楽しそうに笑っていた。
そんな士郎の様子に何か手応えでも掴んだのかと思って士郎に聞いてみた。
「士郎、楽しそうに笑っているけど、何か手応えを掴んだのかい?」
「老師、非才の私では五日程度で手応えを掴むという芸当は出来んよ。
これは前世を思い出して笑っていたのだ。」
前世?
首を傾げる俺を見た士郎は苦笑いをしながら身体を起こした。
「前世の私も師に何度も打ちのめされたのさ。私自身が体験した記憶なのか、並行世界の私が
体験した記録なのかはわからないがね。だが、彼女との出会いだけは鮮明に覚えている。」
そう言うと士郎はどこか遠くを見詰めながら眩しそうに目を細める。
「月明かりに照らされていた彼女に私は見惚れた。今思えばその瞬間に、
私は彼女に憧れたんだろう。」
そう言いながら目を瞑った士郎は笑みを浮かべている。
「その人を異性として好きになったってことかい?」
「そういった感情をもった私がいた記録があるのは否定しないがね。
だが、どの世界の私も彼女を救うことは出来なかった。」
そう言うと士郎は自嘲するように笑った。
「それで、新たに生きる機会を得た士郎はどうするのかな?」
「私は老師のおかげで答えを得た。そして新たに得たこの機会、『俺』はもう迷わない。」
士郎は強い意思を持った目で俺を見てきた。
「老師、『俺』はもう一度英雄を目指すよ。一人でも多くの人を救う。
そして、一人でも多くの人に笑顔になってもらいたいんだ。」
そう言った士郎はまるで子供の様な笑みを浮かべたのだった。
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