私が老師と手合わせをする様になってから三十日が経った。
初日に一撃で沈められてからは、守護者をしていた時に刻まれた認識を改める為に
奮闘しているのだが、上手くいかずに苦戦している。
自身の才の無さに呆れる思いだが、こればかりは仕方ないと諦めて日々精進している。
そして今日も老師との手合わせでいつも通りに手も足も出ずに打ちのめされたのだが、
不意に気になって老師に問いを投げ掛けてみた。
「老師、封神計画はいつ始まるのだろうか?」
「うん?準備は整ったと聞いたからそのうち始まると思うよ。」
「いや、三十日前にもそのように言っていたと思うのだが…?」
老師は何か思い当たったのか、ポンッと手を叩いてから話し始めた。
「あぁ、そういえば忘れてた。士郎には道士や仙人の時間感覚を教えないとね。」
「時間感覚?」
私が腕を組んで首を傾げると、老師は右手の人指し指を立てて話し始めた。
「俺も含めて多くの道士や仙人は不老なんだ。だから、そうでない人とは時間の
感覚が全く違うんだよね。」
「…なるほど、言われてみれば得心がいく。」
確かに有限と無限に限り無く近い人生の差を考えれば、同じ時間の経過でも
その意味は違ってくるだろう。
「ちなみに、士郎にとって後日っていつぐらいの感覚なのかな?」
「一日後、長くても三日後ぐらいだろうか。」
「道士や仙人にとっての後日は、冬から春になるぐらいの感覚だね。」
季節が変わるのが後日…だと?
私はあまりにも違う時間感覚に頭を抱える。
「まぁ、士郎も道士なんだから、これからはそういった感覚にも慣れていかないとね。」
「慣れるとは思えないのだが…。」
「大丈夫だよ、百年も生きれば慣れるさ。」
当たり前の様に百年と言う老師の感覚に、私は大きなため息を吐いたのだった。
◆
時間感覚の話をする際に不老と言った事で、士郎にもいつぐらいに不老になるのか聞いてみた。
士郎は少しの間考えると、後十年程修行をしてから不老になるか考えたいと答えた。
なんでも、士郎は前世ではそのぐらいの年齢で死んだそうで、その年齢に至るまでの間に
どこまで成長出来るのか試してみたいそうだ。
十日後、そんな士郎を修行の気分転換として蛟退治に連れ出す事にした。
士郎は何故か「蛟退治が気分転換か…。」と言って頭を抱えていた。
邪仙討伐の方がよかったかな?
そういうわけで士郎と一緒に哮天犬に乗ると、哮天犬の鼻を頼りに蛟の元に向かったのだった。
◆
「それじゃ頑張ってね、士郎。」
「ワンッ!」
背後から聞こえてくる老師達の声にため息を吐くと、私は眼前の蛟と対峙した。
大きい。
蛟の身体は象を遥かに超える程に巨大だ。
この巨大な蛟を退治するのが気分転換とはな…。
私は呆れる思いでもう一度ため息を吐く。
だが、武神である二郎真君の一番弟子としては、このぐらいはやってのけねばなるまい。
それに、如何に非才を自覚していようとも打ちのめされ続ければ心が傷付くというものだ。
私の心は硝子なのだからな。
ならば、この機会に少しぐらい憂さ晴らしをするのも悪くないだろう。
そう思い立ち両手に使い慣れた干将と莫邪を投影すると、
蛟が鎌首を持ち上げ威嚇をしてきた。
「悪いが憂さ晴らしに付き合ってもらうぞ。なに、精々油断をしろ。
その間にこちらは全力で行かせてもらう。」
まるで私の言葉を理解しているが如く、蛟はその尾で近くの岩を叩き砕いた。
そして蛟が叩き砕いた岩の破片が地に落ちるのを機に、私は蛟へと向かって踏み込むのだった。
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