「お主達には世話になったのう。故に礼をさせてもらうとしようか。」
あの後、私達が川沿いに進んでいくと一つの小さな集落がある場所に辿り着いた。
道教が広く浸透している中華において道士は尊敬の対象だ。
それ故に姜子牙を道士と知った集落の人達は私達を歓迎した。
殷の軍勢が近くにいる事を考えればこんな事をしている場合では無いのだが、姜子牙はそれを集落の人々に報せずに歓迎を受けている。
そんな姜子牙は集落の近くにある川に向かうと、懐から桃を一つ取り出した。
解析の魔術を使うと、あの桃は仙桃のようだ。
「ご主人、その仙桃はどうしたんすか?」
「元始天尊様の蔵からくすねておいたのよ。」
「何をやってるんすかぁ!?」
師からくすねたという姜子牙の行動に私は眉間を揉む。
(女媧様の事といい、どうにも中華ではついやうっかりで物事が起きるのが多いのではないだろうか?)
私の脳裏に前世の師である女傑の姿が浮かび上がる。
(彼女のうっかりも中華でならば普通の事になるのだろうか?)
ニッコリと笑いながらガンドを撃ち放ってくる姿を幻視したので、思考を振り払うように首を振る。
(うん、忘れよう。私は今を生きているのだからな。)
これは決して逃避では無い。
私がその様に自身を納得させていると、姜子牙は仙桃を用いて川の水を酒へと変えていた。
そして酒へと変えた川に集落の人達を老若男女問わずに招き入れると、自身も酒の川に飛び込んで文字通り浴びる様にして酒を飲んでいった。
「ご主人、何をしてるんすか!?すぐ近くに殷の…ガボォァ?!」
「ほれほれ、スープーも酒を飲めい!」
酒で頬を赤らめた姜子牙が四不象を酒の川へと引き摺り込む。
そして酒に酔った四不象を確認した姜子牙は、チラリと私に目配せをしてきた。
(集落の人達を酒に酔わせるのはわざとか?殷の軍勢が近くにいるのに何故?)
私が思考を巡らせていると、姜子牙はニヤリと不敵に笑った。
私は酒の川へと入り、集落の人達に気付かれぬ様に姜子牙に耳打ちをする。
「これは君の策かね?」
「さて、何のことかのう?」
「…そうか。では、今は私も中華の酒を楽しむとしよう。」
そう言って私は川の酒を口にする。
(私の舌も贅沢になったのだろうか?老師の造る神酒でなければ満足出来ないとはな…。)
浴びる様に酒を飲んでいく集落の人達は次々と酩酊して寝入っていく。
私と姜子牙も強かに酔った振りをして集落の人達と共に寝入ると、夜明けと共にやって来た殷の軍勢が、酒に酔って熟睡している集落の人達を無傷で捕らえていくのだった。
◆
「士郎も姜子牙と一緒に捕まってしまったね。この後はどうするのかな?」
「く~ん。」
隠行の術で姿を隠して集落の上空にいる俺と哮天犬は、昨夜の宴から士郎達を観察し続けている。
「おや?そろそろ動く様だね。」
士郎と姜子牙は手を縛る縄を切ると、霊獣も助けて殷の軍勢から距離を取った。
姜子牙は士郎と共に霊獣に乗って空に飛び上がると、宝貝を使って風の刃を幾つも殷の軍勢に向けて放っていった。
「姜子牙はわざと風の刃を外しているね。自分を道士とわからせて妲己の配下を誘い出すつもりかな?」
「ワンッ!」
姜子牙が風の刃を放ち続けていると、慌てる殷の軍勢を抑えようと一人の道士が前に進み出てきた。
霊獣に乗って空を飛んでいる姜子牙に対して妲己の配下の道士は下りてこいと言う。
姜子牙は後ろに乗っている士郎に何かを話すと、士郎は霊獣から飛び下りた。
「士郎の力を推し測るつもりかな?あの道士では士郎の力を引き出せないと思うけどね。」
「ワンッ!」
士郎が愛用の双剣を造り出すと、妲己の配下の道士も両手に変わった形の剣の様な宝貝を持った。
奇しくも双剣同士の戦いだ。
だが、戦況は互角とはならなかった。
「やっぱり士郎の圧勝か。」
「ワンッ!」
士郎に討たれた妲己の配下である道士の魂が勢いよく上空に飛び上がっていく。
「へぇ、封神はこんな感じで行われるんだね。」
勢いよく上空に飛び上がった道士の魂は、崑崙山のある方角へと消えていった。
その後、道士を討たれた殷の軍勢は集落の人々を放置して逃げていった。
「終わってみれば封神された道士以外の犠牲は無し。結果としては最高だけど、相手の力量を察する前にこういった策を取る姜子牙をどう評するべきかな?」
集落の人々を束縛から解放した姜子牙達は集落を後にした。
「進んでいるのは殷の都の方角だね。さて、この先はどうなるかな?ギルガメッシュとエルキドゥの時はこんな心配をせずに見守れたんだけどなぁ…。」
俺はそう呟くと哮天犬と共に隠行の術で姿を隠して姜子牙達の後をついて行くのだった。
◆
封神演義の一節にはこう綴られている。
『姜子牙は世話になった民に犠牲を出さぬ様にわざと酒で酔い潰し、殷の軍勢に捕らえさせた。』
『そして殷の軍勢を挑発して妲己の配下を誘い出すと、士郎と一騎討ちをさせて討ち果たした。』
大公に望まれたと言われる姜子牙と、古代中華の代表的な英雄の一人と言われる士郎が初めて表舞台に立ったのがこの時である。
後に二人は無二の友となるのだが、この時の二人はまだお互いの腹を探り合いながら旅をしていくのだった。
本日は5話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。
今回から文章の途中での改行を自重してみました。
見にくいようでしたら来週から戻します。