二郎になりました…真君って何?   作:ネコガミ

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本日投稿3話目です。


第70話

私達が殷の都に程近い町に着いてから五日が経った。

 

その間、姜子牙は占いをして金を稼いでいる。

 

「ご主人、いつまでお金を稼ぐんすか?」

「ん?もうそろそろだと思うんだがのう。」

 

四不象に姜子牙が返事をすると、私達の前に楽器を背負った一人の美女が現れた。

 

「噂の凄腕占い師は貴方かしら?」

 

美女の言葉に姜子牙は笑顔を見せる。

 

「客かのう?」

「えぇ、流しの楽士なのだけど、占っていただけるかしら?」

「うむ、よかろう。」

 

姜子牙は立ち上がると、両手に鰯を持った。

 

そして…。

 

「イワシ―――!!」

 

奇声を上げて踊り始めた。

 

「…ふざけているのかしら?」

「すいませんっス。これがご主人の鰯占いなんすよ。」

 

四不象が美女にそう答えると、美女は眉間を揉み始めた。

 

気持ちはよくわかる。

 

私もなぜ鰯なのだとツッコミを入れたいのだからな。

 

それに料理を嗜む者の端くれとして食材を粗末にするなと説教をしてやりたい。

 

「むむ?これは難儀だのう。」

 

姜子牙の言葉に眉間を揉んでいた美女が顔を上げる。

 

「あら?占いはどうでたのかしら?」

「お主はこれから儂達を攻撃するとでておる。そうであろう?妲己の配下の道士よ。」

 

姜子牙の言葉に美女は驚いた表情をみせた。

 

「…なぜわかったのか聞かせて貰えるかしら?」

「お主の仲間が討たれたという情報が都に届けば、その下手人を確認に来るのは当然だからのう。それに、如何に町中とはいえ人狩りが行われている今の中華で女が一人で出歩くのは、余程腕に自信がなければ出来るものではない。そして女でそれほどに腕に自信がある者となれば道士と考えても不思議ではなかろう?」

 

美女が微笑みながら拍手をする。

 

「人狩りをされる筈だった民を無傷で救っただけはあるわね。」

「あっさりと認めたのう?鎌を掛けただけとわかっておったと思うが?」

「何も問題は無いわ。だって、貴方の様な無名の道士に負ける筈が無いもの。」

 

そう言うと美女は背負っていた楽器を手に取った。

 

「私の名は王貴人。少しの間だけでも覚えておきなさい。」

 

美女が楽器を奏で始めると、急に頭がクラクラとして身体の自由が利かなくなってきた。

 

「私の石琵琶の音は人に幻術をかける…いい悪夢(ゆめ)を見せてあげるわ。」

 

私達は直ぐに耳を塞ぐが、王貴人の幻術は解けない。

 

「ふふふ、私の石琵琶は宝貝なの。耳を塞いだ程度では防げないわよ。」

 

王貴人が一際強く石琵琶を鳴らすと、四不象が目を回して地に伏せてしまった。

 

「スープー?!」

 

姜子牙は膝を地に付きながらも歯を食い縛って打神鞭を手に取ると、風を巻き上げて王貴人を吹き飛ばした。

 

「風を操るとは面白い宝貝ね。でも、そんな微風で私は倒せないわ。」

 

王貴人はそう言うが、石琵琶の音が止まった事で身体が動くようになった。

 

私は鍵の宝貝で空中に波紋を造り出すと、そこから取り出した様に見せて両手に干将と莫邪を投影する。

 

そして王貴人に仕掛けようとするのだが…。

 

「待て、士郎!そやつは儂が相手をする!」

 

なんと、姜子牙に制止されてしまった。

 

「…大丈夫かね?」

「まだ打神鞭を実戦で使ったとは言い難いからのう。妲己の前に慣らしをしておかんとな。」

 

そう言う姜子牙に王貴人は眉を寄せる。

 

「まさか貴方はお姉様を倒すつもりなの?笑わせないでほしいわ。」

「姿を見せずに遠くからその宝貝を使われていたらどうしようもなかったのう。だが、こうしてこちらの攻撃が届く場所にいるならやりようはあるからのう。」

 

そう言うと姜子牙は風の刃を自身の足下に放ち、土埃を巻き上げた。

 

「何をするつもりかはわからないけれど、その程度で私の幻術を防げるのかしら?」

 

王貴人が石琵琶を鳴らすが、先程に比べると幻術が弱い。

 

耳を塞いでも防げなかった幻術が土埃で弱った…これはどういう事だ?

 

「なるほど、姜子牙は巧い戦い方をするね。」

 

不意に横から声が聞こえて振り向くが、そこには誰の姿も見えない。

 

だが、声の主が誰なのかはわかる。

 

「老師、姜子牙は土埃を巻き上げたが、それでなぜ石琵琶の宝貝の力が弱まったのだろうか?」

「相性とでも言えばいいのかな?」

「相性?」

「あの石琵琶の宝貝は音で相手を幻術にかけているわけじゃなくて、音に乗せた幻術を相手に届かせて幻術にかけているんだよね。」

 

私は老師の言葉で合点がいった。

 

「つまり私達が耳を塞いでも幻術を掛けられたのは幻術が身体に届いていたからで、今は土埃で多少なりとも音の波を遮断したから、音に乗った幻術を阻害出来ているのか。」

「だいたいそんなところかな。」

 

私の背中を冷や汗が流れる。

 

あの宝貝の凶悪さを理解したからだ。

 

「もし姜子牙の言う通りに遠方から仕掛けられていたら、私達は一方的にやられていたのか…。」

「あの石琵琶は幻術を遠方に届かせるだけの宝貝だけど、使い方次第では一人で軍を無力化出来るだろうね。」

 

私は王貴人が慢心していて助かったと心の底から思う。

 

「しかしあの程度の幻術で動きが鈍るなんて、士郎と姜子牙はまだまだ修行不足だね。」

「…耳が痛いな。」

 

私の今生の身体は前世に比べて魔力耐性が上がっているのだが、道士や仙人の幻術の前では前世と大して変わらない事を実感した。

 

もっと修行を重ねて成長をしていけば幻術にも耐えられるぐらいに魔力耐性が上がるだろうが、相手が私の未熟を察して手加減してくれるわけもない。

 

私はどこかで英雄になれる機会に浮かれていたのかもしれないな…。

 

気を引き締めなければ。

 

「それじゃ士郎、頑張ってね。」

 

どうやら老師はどこかに行ったようだ。

 

姿が見えず気配を全く感じさせない老師の隠行の術の見事さに、私はため息を吐いてしまう。

 

「前世や守護者の時の経験で英雄がどういった者なのか理解していたつもりだったが、どうやら私の認識はまだまだ甘かったようだな。王貴人とて、前世の世界では数千年先の未来まで名を残した英雄なのだ。その彼女の術が、高々十年修行した程度の私に耐えられる筈もない。老師が心配して私の近くに来たのも当然という事か。」

 

自身の非才と未熟を改めて痛感した私は自嘲の笑いが出てしまう。

 

「顔を上げろ、前を向け、そして余すことなく己の糧にしろ。出来ねばまた道半ばで果てるだけだぞ、衛宮 士郎!」

 

気持ちを新たにした私は姜子牙と王貴人の戦いの全てを糧にしようと目を見開く。

 

その後、隙を上手く突いた姜子牙が王貴人に勝利したのだが、姜子牙は王貴人を倒して封神せずに彼女を捕らえて戦いを終えたのだった。




次の投稿は13:00の予定です。

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