姜子牙一行が雨露を凌げる洞穴に辿り着いた頃、殷の都では二郎と妲己達が食事を終えていた。
「それじゃ胡喜媚ちゃん、王貴人ちゃんへの伝言をよろしくねん♡」
「はいは~い☆」
宴の場を走り去った王貴人なのだが、彼女は王宮に戻る際には姜子牙に敗れて人質となってしまっていた。
そこで妲己は彼女に一年間、紂王へ幻術を掛ける役割を罰として与えたのだ。
尤もこれは罰に加えて王貴人の幻術を鍛えるという目的もあるのだが…。
「それと胡喜媚ちゃんは王貴人ちゃんを助けてあげてねん♡」
「胡喜媚にお任せ☆」
胡喜媚は変化の術を得意とする道士である。
彼女は二郎と違い変化の術に触媒を必要とするのだが、女媧に与えられた宝貝が触媒の役割を果たすため、現在では触媒の用意を必要とせずに自在に変化の術を行える様になっているのだ。
「ところで、妲己姉様はどうするの?」
「もちろん、わ・た・し・は♡」
そう言いながら妲己は二郎にしなだれかかった。
「おぉ~、妲己姉様おっとなぁ~☆」
胡喜媚はキラキラとした瞳で妲己に尊敬の念を送る。
「それじゃ、よろしくねん♡」
「は~い☆」
片手を上げて元気よく返事をした胡喜媚は妲己と二郎の前から走り去っていった。
「それで、王貴人と胡喜媚を遠ざけたのはどういう理由なのかな?」
「ふふ、やっぱり楊ゼン様はわかっちゃうのですね。これも愛故でしょうか?」
先程までの間延びした言葉を止めた妲己が嬉しそうに二郎に抱きつく。
二郎が少しの間妲己の好きにさせていると、やがて妲己が話し始めた。
「楊ゼン様、貴方にお願いしたい事があります。」
「お願いかい?」
「はい、一人は武成王と呼ばれる黄飛虎…。この者は姜子牙達にかけたぐらいの幻術ならば意思のみではねのける程の胆力を持った男です。もう一人は西伯侯の姫昌…。今は幽閉されていますが西岐の地での民の信頼は厚く、為政者としても的確な判断を出来る優秀な男です。この二人を西岐の地に連れていっていただきたいのです。」
二郎が手にした杯に妲己が自然に酒を注ぐ。
「何故その二人なのかな?」
「殷の力を削ぎ、殷を滅ぼす力を属国に与える為ですわ。」
二郎は杯を干すと、酒を注いで妲己に渡す。
妲己は嬉しそうに微笑むと、杯を干してから続きを話始めた。
「殷の太師(軍師)に聞仲という道士がいるのですが、聞仲は三百年前に殷に忠誠を誓い殷に仕え続けてきました。私達の目的を果たすのに一番邪魔な存在です。なので私は聞仲を殷の中央から遠ざけようと動いてきました。」
「でも、妲己が十年掛けても上手くいかなかったみたいだね。」
「はい。紂王は間違いなく愚王ですが、三百年変わらずに一族を支えてきた聞仲への信頼は絶大で、幻術でいくら惑わそうとも紂王の聞仲に対する信頼が揺らぐ事はありませんでした。」
軽くため息を吐いた妲己は二郎の肩に頭を預ける。
「そこで私は聞仲を排除するのではなく、殷の力そのものを削ぐために動く事にしました。」
「その一手が黄飛虎と姫昌なんだね。その二人の事は大丈夫なのかな?」
「黄飛虎の方は紂王が彼の妻に横恋慕しているのでそれを利用します。姫昌の方は幽閉生活で体力が落ちており、彼の長男も幽閉されていますが特に問題ありません。おそらく聞仲は二人が殷の都から離れると知れば引き止めるか殺そうとするでしょう。なので楊ゼン様には二人が無事に殷の都から離れ、西岐の地に辿り着ける様に手助けしていただきたいのです。」
そう言うと妲己は妖艶に微笑む。
道士や仙人の多くは二郎と違って修行で身に付けた力を発揮する機会に中々恵まれない。
その為、妲己は全ての力を振るえる今を心の底から楽しんでいた。
「準備にはどれぐらいかかるのかな?」
「王貴人ちゃんの罰が終わる頃には…。」
「わかった。それじゃ、一年経ったらまた来るよ。帰る前に二人の顔を見ていくけどね。」
そう言って帰る為に立ち上がった二郎の袖を妲己がそっと掴む。
それを見た二郎は軽くため息を吐いてもう一度座る。
「うふふ、竜吉公主ちゃんばかりにいい思いはさせないわよん♡」
「やれやれ、文句を言われるのは俺なんだけどなぁ。」
妲己は苦笑いをする二郎の首に手を回すと、見惚れる様な笑みを浮かべて二郎と唇を重ねたのだった。
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