妲己から逃げ延びて二日後、体調が戻った四不象の背に乗って、姜子牙と士郎は中華の空を飛んでいた。
「尚、どこに向かっているのかね?」
「崑崙山だのう。」
「崑崙山?」
「うむ、道士や仙人の多くが修行をしておる霊地の一つだ。」
「ご主人の師匠である元始天尊様が管理する霊地っス!それと、僕達がやっている封神計画で討伐した道士や仙人の魂が封じられる場所でもあるっス!」
姜子牙と四不象の説明を士郎は腕を組みながら聞いている。
「私が行っても大丈夫なのかね?」
「何か言われた時には士郎は儂の弟子と言えばよい。なので口裏を合わせてくれるかのう?」
「やれやれ、私の師に知られたら何を言われることやら…。」
肩を竦めて首を横に振る士郎の姿を見て姜子牙が笑い声を上げる。
ゆっくりと進んでいた一行が崑崙山に辿り着くと、姜子牙達を元始天尊が出迎えたのだった。
◆
「姜子牙よ、よく戻った。」
師自らの出迎えに内心で驚く姜子牙だが、それを表情に出さずに包拳礼をする。
「老師、姜子牙、ただいま戻りました。」
「随分と殊勝な挨拶をするようなったのう。妲己に負けたのがいい薬になったようだ。」
そう言って笑う元始天尊に姜子牙は眉を寄せる。
(腹黒め…。儂が負けるのを予測しておったな?)
ため息を堪えた姜子牙は崑崙山に来た本題を話し出す。
「老師、一つお願いがあります。」
「姜子牙よ、願いを聞く前にそちらの御仁を紹介してくれるかのう?」
元始天尊の言葉に姜子牙は内心で舌打ちをする。
「この者の名は士郎。儂の弟子で…。」
「怠け者のお前が弟子なぞ取るわけなかろうが、本当の事を話せい。」
ため息を吐きながらそう言う元始天尊に姜子牙は舌打ちをしてから事情を話す。
「なるほどのう…四不象よ、士郎殿を天帝様の宮へと連れていってくれぬか?」
「了解っス!」
「元始天尊様!士郎は信頼出来る男!儂の名も預けてます!」
元始天尊は姜子牙の訴えを手を上げて制する。
「姜子牙よ、封神計画に他の地の者を加えるには天帝様の許しを貰う必要があろう。」
「ですが!」
「なに、儂も一筆書いておく故、天帝様も士郎殿を悪い様にはせんだろうよ。」
そう言うと元始天尊は懐から竹簡と筆を取り出して何かを書いていく。
そしてそれを士郎に渡すと、四不象に乗せて送り出した。
「さて、これで話しが出来るのう。それで、崑崙山に戻った理由は何じゃ?」
「妲己の一件を『遠見の術』か何かで見ておったのなら見当はついておるだろうに…。」
姜子牙は先程までの態度を崩して気楽な感じで元始天尊に理由を話した。
「ふむ、仲間集めと修行をのう…。姜子牙にしては真面目な事じゃな。」
「仲間集めに関しては宛がなかったからのう。こうして元始天尊様を頼ってきたわけだのう。」
「姜子牙といい申公豹といい、もう少し師を敬わんか!」
そう言いながらも元始天尊は見事な顎髭を撫でながら笑う。
「姜子牙よ、李靖という男を訪ねるがよい。」
「李靖?」
「うむ。そやつの三男に哪吒という男がいるのだが、そやつは生まれながらの道士でのう。その者にお前の力を認めさせる事が出来れば、仲間になるやもしれぬ。」
姜子牙は元始天尊の言葉に首を捻る。
「生まれながらの道士?」
「李靖の妻の李氏の腹の中で哪吒は一度死んだ。その死した哪吒の身体に太乙真人が蓮の精の魂が込められた霊珠を用いて反魂の術を行ったのだ。その結果、哪吒の魂は蓮の精の力を宿し、生まれながらの道士として生を受けたのだ。」
元始天尊の説明に姜子牙は眉を寄せる。
「李氏はその事を知っているのかのう?」
「太乙真人が夢で哪吒を反魂させるか問うた故知っておる。常人ならざるを知っておりながら李氏は哪吒に愛を注いでおるわ。」
「母は強し…といったところかのう。」
姜子牙の言葉に元始天尊がため息を吐くと姜子牙が首を傾げる。
「元始天尊様?」
「李氏は母として立派なのだが、李靖の方がのう…。」
「李靖の方が?」
「うむ。李靖はかつて道士として修行をしておった男なのだが、その修行の厳しさに負けて逃げ出した男なのだ。」
姜子牙は李靖が逃げ出した事に一定の理解を示す。
道士の修行は食事制限等に加えて多くの修行をしていく。
それも人の感覚では非常に長い数十年、数百年と続くのだ。
しかも、それだけの期間修行をしても仙人になれるとは限らない。
故に李靖の様に逃げ出す者や、修行の半ばで心が壊れてしまう者もいるのだ。
「まぁ、逃げ出した道士は李靖だけではないからのう。」
「わかっておる。だがな、道士を知る故に李靖の哪吒に対する扱いが酷いのだ。」
「酷い?」
「うむ。およそ、父とは呼べぬ扱いを哪吒にしておるのだ。」
元始天尊は李靖が哪吒にした扱いを姜子牙に話していく。
話しを聞いた姜子牙は呆れてため息を吐いた。
「生まれたばかりの哪吒を妻に内緒で捨て去るだけで飽きたらず、七歳の幼子にまで成長した自身の子を腹を空かせた龍王の子の前に打ち捨てるとはのう…。」
「二度とも李氏が気付いて哪吒の元に行ったのだが、二度目の龍王の子の時に問題が起きてな…。」
「問題?」
「蓮の精の力を宿した哪吒は生まれながらに宝貝を幾つか所持しておるのだが、腹を空かせた龍王の子から母を守るために、宝貝を用いて龍王の子を殺してしまったのだ。」
何となく事情を察した姜子牙はため息を吐く。
「それで、龍王が出てきた際に李靖はどうしたので?」
「哪吒が悪いと龍王に言いきり逃げおったわ。」
「怠け者の儂でも呆れる男だのう…。それで、哪吒はどうなったのですか?」
「二郎真君が龍王に話をつけて事は収まった。」
元始天尊の言葉に姜子牙は驚いて目を見開く。
「二郎真君様が?」
「うむ。元々、龍王の子は色々と暴れておったので二郎真君が退治する予定だったのだ。それで哪吒が母を庇うために龍王の前で自裁しようとした時に二郎真君が止め、怒り狂う龍王に話をつけたのだ。」
「流石は二郎真君様だのう。」
数多の蛟を退治してきた二郎は龍王にとって天敵といえる存在である。
それ故に龍王は二郎の姿を見た瞬間に子を殺された怒りを忘れ、二郎の話を全面的に受け入れてその場を退いたのだ。
数多の蛟と同じく二郎に討伐されぬ様に…。
「それで、哪吒はその後どうなったのかのう?」
「数年間、宝貝を扱う術を学ぶ為に太乙真人の元で修行をした後に戻っておる。今は毎日の様に李靖を元気に追い回しておるようだのう。」
「李靖の自業自得だのう。」
師弟は李靖の扱いに納得を示す様に何度も頷く。
「哪吒の心根は優しいが幼子の時に龍王の子を倒す程の力も持っておる。哪吒を仲間に出来れば封神計画の大きな助けとなるであろう。」
元始天尊の話を聞いた姜子牙は哪吒に大きな興味を抱き、仲間にしようと心に決めたのだった。
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