「哪吒、中華の歴史に名を残す好機なのよ?」
「…興味無いよ、母さん。」
李氏の言葉に哪吒は顔を逸らして返事をする。
「二郎真君様、士郎殿との戦い承りました。俺はこれで失礼します。」
そう言って哪吒は二郎に包拳礼をすると、客間から去っていった。
「もう、哪吒ったら…。申し訳ありません、二郎真君様。」
「気にしないでいいよ、李氏。それと、士郎と戦う口実は任せるけど、俺の名を出さない様にって哪吒に伝えてもらえるかな?」
「はい、承りました。」
そう言う二郎に李氏は包拳礼をしながら頭を下げる。
「今回の一件は士郎にとってだけでなく、哪吒にもいい経験になると思うよ。」
「はい。哪吒の成長を楽しんで見守ります。」
二郎の言葉に李氏はニコリと微笑んだ。
「それじゃ、そろそろ失礼するよ。」
「いつでもいらしてくださいませ、二郎真君様。哪吒と一緒に歓迎させていただきます。」
李氏の言葉に笑みを返した二郎は、周囲の景色に溶けるように姿を消したのだった。
◆
二郎が哪吒に頼み事をしてから数日後、本日も李靖は哪吒に追い回されていた。
だが、1つだけ違う事があった。
それは…。
「哪吒!今攻撃すればこの旅の方達を巻き込むぞ!それでもいいのか!?」
自身の領地まで旅をして来た姜子牙と士郎、そして四不象を李靖が盾にした事だ。
盾にされた姜子牙と士郎は李靖の情けない姿にため息を吐き、四不象は苦笑いをする。
哪吒は李靖を姜子牙達から引き剥がす為に、乾坤圏を背後に回り込ませる様に投げた。
「うひぃ!?」
首筋を掠める様に乾坤圏が飛んできた事で、李靖は一度姜子牙達から離れたものの、直ぐにまた姜子牙の背中に張り付いた。
「た、旅の方!どうかお助けを!」
「士郎、こやつを離してくれぬかのう?」
「そんな薄情な!?」
背中に張り付いている李靖を心底嫌そうに指差しながらそう言う姜子牙に、李靖は両手両足も使って張り付いた。
「えぇい!離れぬか!そもそも、何故お主はあの者に追われているのだ?お主が盗みでも働いた悪者ならば、儂に助ける義理などないのだがのう。」
「私が悪者?冗談を言っていてはいけませんよ!私はこの地の領主ですぞ!」
姜子牙の背に張り付いたまま領主と名乗った李靖に、姜子牙と士郎は驚いて目を見開く。
「その領主殿が何故に追われているのかね?」
「あの者の名は哪吒!あの者は私を逆恨みして追って来ているのです!」
士郎の問いに対する李靖の答えを聞いた姜子牙は、片眉を上げて背の李靖に目を向ける。
「旅の途中でお主の噂は耳にしておる。なんでも息子に追い回されているそうだのう?」
「あんな化物は息子ではありません!」
その一言を聞いた姜子牙はため息を吐きながら、身体に回されている李靖の手を打神鞭で軽く叩いた。
「いたっ!?」
手を打たれた痛みで離れた李靖を、姜子牙は呆れた表情で見詰める。
「儂は姓を姜、字を子牙という。少し所用があってこの地に来た道士よ。」
「ど、道士?」
姜子牙の言葉を聞いた李靖は、足先から頭に向かって姜子牙の姿を見上げていく。
「あ!?その服は道士服!」
「やれやれ、そんな事にも気付かぬ程に慌てておったのか。」
そう言ってため息を吐く姜子牙の姿に、李靖の目がキラリと光る。
「これぞまさに天の配剤!私を哀れに思った天帝様が遣わしてくれた救いの使者!さぁ、中華の民に宝貝を振るうあの者を退治してください!」
哪吒を指差す李靖を見た姜子牙は頭をガシガシと掻く。
そして…。
「断る!」
胸を張って言った姜子牙の一言で、李靖は顎が外れるかと思える程に口を開いた。
そして、そんな李靖の姿を見た姜子牙は愉悦の表情を浮かべた。
「哪吒よ、そう言うわけで遠慮はいらぬ。気の済むまでこの者を追い回すがよい。」
事の成り行きを黙して見ていた哪吒は、姜子牙の言葉に頷くと両手に乾坤圏を構える。
そんな哪吒の姿を見た李靖は慌てて走り出す。
そして…。
「誰か、助けてくれぇぇぇぇええええええ!」
今日も町中にいつも通りの李靖の叫び声が響き渡ったのだった。
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