半刻程打ち合った後、士郎は不意に哪吒に仕掛けた。
近距離から一歩飛び退くと同時に士郎は右手に持っていた干将を哪吒に投擲した。
哪吒は首を曲げて干将を避けると、左手に持つ莫耶一本になった士郎に乾坤圏二つを使って打ち掛かっていく。
士郎は巧みに哪吒の攻撃を捌いていくと、不意に不敵な笑みを哪吒に向けた。
訝しんだ哪吒は眉を寄せたが、首筋に寒気を感じると同時に身体を大きく倒した。
すると、哪吒の背中があった場所を士郎が投擲した干将が戻って来た。
士郎は戻って来た干将を右手に掴むと、体勢を崩している哪吒に双剣で猛攻を仕掛けた。
追い詰められた哪吒は風火輪を吹かして空へと逃れようとする。
しかし、士郎はその逃れる先に干将を投擲して哪吒の退避を妨害すると、莫耶一本で打ち掛かっていく。
また戻って来た干将を避けようとする哪吒に士郎が蹴りを見舞う。
蹴りを受けて地に転がった哪吒との距離を素早く詰めると、士郎は哪吒の首筋に莫耶の刃を当てた。
「さて、私の勝ちでいいかね?」
「…あぁ。」
士郎の問いに哪吒は拗ねた様に顔を背けながら返事をしたのだった。
◆
「今回は経験の差で士郎の勝利といったところかな。」
二郎は哮天犬の頭を撫でながらそう言うと、姜子牙へと目を向けた。
「さて、君は二人をどう評するのかな?」
ニコリと笑みを浮かべた二郎は腰に提げていた竹の水筒を手に取り、中の神酒を口にするのだった。
◆
「白と黒の剣…太極図と同じ陽と陰だとすれば、あれは対の剣かのう?すると、士郎の剣は引き合う性質を持った宝貝となるのう。」
「なんて名前の宝貝なんすかね?」
姜子牙は懐から果物を二つ取り出すと、四不象に一つ差し出しながら齧った。
(戦いの序盤は自ら投擲した剣を取りに行くことで哪吒に誤解をさせた。そして不意をついて一気に勝負を決めるか…。士郎は中々の戦上手だのう。)
モシャモシャと果物を齧りながら姜子牙は思考を続けていく。
(哪吒を仲間に加えるための最低限の条件は満たした。後は李靖次第だのう。)
姜子牙は振り向くと、遠くで観戦をしていた李靖と李氏に目を向ける。
「少しは二人の戦いに感銘を受けているといいのだがのう…。」
そう呟いた姜子牙は哪吒に手を差し出す士郎の元へと歩いて行ったのだった。
◆
「李氏。」
「はい、貴方。」
「すまないが、しばらく領地を頼む。」
そう言う李靖に李氏はクスクスと笑う。
「あらあら、どういう風の吹き回しかしら?」
「哪吒があれだけやったんだ。少しは意地を張らないと親として顔が立たないだろう?」
「ふふ、哪吒を息子と認めるのですね?」
李氏がそう問い掛けると、李靖は恥ずかしそうに顔を背ける。
「私とて哪吒が憎いわけじゃない。だが哪吒が子供心のままに力を振るった時、私には止めようが無かった。領主として捨て置くわけにはいかないだろう?」
「もう…少しぐらい哪吒を信じてもいいでしょうに。」
親として息子が暴走した時に止める力が無かった李靖は、これまで哪吒に対して親として接する事を自ら禁じていた。
哪吒は愛する妻との間に生まれた息子である。
可愛く無いわけがない。
道士として修行をし直し、哪吒を止められる力を身に付け親として接したい。
この事を李靖は何度も考えた。
だが、修行を逃げ出してから出来た色々なしがらみが李靖の決心を邪魔してきた。
しかし今回の哪吒の姿を見て、李靖は哪吒の親である事を誇りたいと思った。
故に、李靖は道士の修行をやり直す決心をしたのだ。
「私はダメな男だ。本当なら哪吒が生まれてきた時に決心しなければならないのに十年以上も掛かってしまった。」
そう言って項垂れる李靖に李氏が優しく声を掛ける。
「歴史に名を残す英雄達の様に勇ましく心を決める人よりも、私は人間味のある貴方の方が好きですよ。」
李氏がそっと背中を押すと、李靖はゆっくりと哪吒の所へと歩いて行ったのだった。
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