「無理無理無理無理―――!!」
全力で逃げながらそう叫ぶのは李靖である。
何故、李靖が全力で逃げているのかというと…。
「哪吒、ただ李靖に向けて投げるだけじゃいつまでたっても当たらないよ。李靖の癖…避ける方向の好みなんかを学びながら乾坤圏を投げていこうか。」
二郎の指導に哪吒が素直に頷く。
そう、李靖は現在修行の真っ最中なのである。
では、何故このような形で修行をしているのかというと…。
「李靖、調息が乱れてるよ。どんな状況下でも無意識に調息が出来ないと身に付けたとは言えないね。」
「無茶を言わんでください!」
哪吒が生まれる前に修行から逃げ出した李靖は、道士の基本である調息すら出来ていなかった。
そこで二郎は李靖の調息の修行と並行して、哪吒に戦いの経験を積ませていくことにしたのだ。
「さぁ、後四半刻(30分)は続けるよ。ケガをしても神酒で治せるから全力でやってね。」
「死んだらどうするんですかぁ―――!!」
二郎に笑顔で無慈悲な事を告げられた李靖は、崑崙山に響き渡ると思える程の声の大きさで叫んだのだった。
◆
「李靖も大変だのう。」
「哪吒くん、李靖さんと一緒に修行が出来て楽しそうっス。」
李靖と哪吒の修行を見ながら姜子牙と四不象が会話をしている。
四不象は修行に参加していないが、姜子牙は一足先に士郎との手合わせを終えて休憩しているのだ。
「尚、ケガの方はどうかね?」
「二郎真君様の神酒のおかげでもう治ったから心配いらぬよ。」
軽食を作って持ってきた士郎に手に持っていた竹の水筒を掲げて返事をした姜子牙は、竹の水筒に入っている神酒を一口飲んで舌鼓を打つ。
「…はぁ~、旨いのう。この味を知ってしまったら他の酒では満足出来ぬかもしれぬ。」
「その経験は私にもある。」
自身も通った道だと苦笑いをする士郎は手際良く軽食を並べる。
「士郎さん、美味しいっス!」
「スープーよ、修行をしておらぬお主が真っ先に食ってどうする。」
バクバクと笑顔で士郎の料理を食べる四不象に、姜子牙はジト目を向ける。
「残念ながら、老師の料理には遠く及ばないがね。」
「二郎真君様の料理は凄く美味しいっすけど、僕は素朴な味な士郎さんの料理も好きっス。」
「確かに二郎真君様の料理は、まるで王が食べる様な最上の味の料理だのう。士郎の料理の味は二郎真君様の料理には及ばぬが、食べていて安心出来る良い料理だと思うぞ。」
「そう言ってもらえると作ったかいがあったというものだ。」
軽食で小腹を満たした姜子牙は休憩前の事を思い返して話し出す。
「士郎よ、儂との手合わせではどの様に思った?」
「そうだな…戦い難さを感じたが、同時に姜子牙の力不足も感じた。」
「力不足か…確かにそうだのう。」
「ご主人、ほとんど何も出来ずに士郎さんに負けたっすからね。」
二郎の指示で士郎と手合わせをした姜子牙だが、四不象の言う通りにほとんど何も出来ずに負けてしまった。
「士郎が戦上手だとは知っておったが、もう少しなんとかなると思ったんだがのう。」
「姜子牙は攻勢が主の相手には策を用いて上手く戦えるけど、士郎みたいに守勢が主の相手には策を活かす前に力負けしてしまう様だね。」
「あっ、二郎真君様、お疲れ様っス!」
姜子牙の言葉に答えたのは、李靖と哪吒を休憩させて姜子牙達の元にやって来た二郎だった。
ふと士郎が二郎がやって来た方に目を向けると、李靖が地にうつ伏せで倒れている。
士郎は地に倒れる李靖に黙祷を捧げた。
「ふむ、つかぬことを伺いますが、二郎真君様は守勢が主の相手にはどうするので?」
「その時の気分次第かな。」
「…気分次第で簡単に正面突破される私はどうしたらいいのかね?」
二郎の言葉に頭を抱えた士郎に姜子牙は苦笑いをする。
「二郎真君様、今回の修行はどのぐらい続くっすか?」
「およそ一年ってところかな。」
「竜吉公主の件の話し合いにそれほど掛かるとは…元始天尊様も真面目に仕事をして欲しいものだのう。」
そう言ってため息を吐いた姜子牙は竹の水筒に入っている神酒を口にする。
「元始天尊様というよりは伯父上の方かな。」
「天帝様っすか?」
「うん、俺の妹の蓮が竜吉公主の事を気に掛けていてね。伯父上が蓮に竜吉公主を封神計画に参加させる事を説得しているんだ。」
「二郎真君様の妹様というと、三聖母様っすね。」
姜子牙は中華でも最上級の神々が関わっているという竜吉公主の存在に思考を巡らせる。
(地上にいた李靖は竜吉公主の事を知っておったが、崑崙山におった儂の耳には噂すら入ってこなかったのう…。となると、元始天尊様が止めていたのかのう?)
姜子牙はあれこれと推測をたててみたが、情報不足のせいで確信には至らなかった。
(おそらくは表沙汰にしたくない事情があるのだろうのう…。さて、竜吉公主という女仙はどういった人物なのかのう?士郎の様に良い人柄であればいいのだが…。)
思考を打ち切る様に軽くため息を吐いた姜子牙は、竹の水筒に入っている神酒を飲み干したのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。