「士郎、一つ聞いてもいいだろうか?」
「何かね、王貴人。」
「お前は何が目的で封神計画に参加している?」
士郎が殷の都に置き去りにされてから半年程が経っていた。
その間に士郎は王貴人と房中術の後にこうして会話をするぐらいには仲を深めていた。
まぁ、そんな二人の仲を妲己がからかって楽しんでいるのだが…。
「そうだな…一言で言えば、英雄になるのが私の目的だ。」
「英雄に?」
「子供っぽいと笑うかね?」
「名を上げたい、残したいと思うのは不自然な事では無いだろう。」
寝台の上で横になり会話をする二人の姿はまるで恋人の様である。
もっとも、その事でからかった胡喜媚は二人に追い回されたのだが…。
「王貴人、君の方はどうなのかね?」
「…私は恩返しと復讐。」
「恩返しと復讐?」
「今の中華ではありふれた話だ…。」
寝台の横に置いてある水を一口飲んでから王貴人が話し出す。
「私の一族は殷に滅ぼされた。私一人が生き残ったけれど、力も無い女一人では無事に生き抜けるわけもなく、奴隷として男達の慰みものにされそうになった…。そこを竜吉公主様の屋敷に向かう途中だった妲己姉様に助けていただいたのだ。」
「…そうかね。」
「そんな顔をするな、私達は敵なのだぞ。」
そう言う王貴人だが、士郎の反応を嬉しく思っているのか笑顔である。
ちなみに、王貴人を助けた時の妲己が竜吉公主の屋敷に向かっていたのは二郎に会うのが目的だった。
そういった意味で言えば、王貴人が妲己の義妹になれたのは二郎が関わっているとも言えるだろう。
「さぁ、もう寝るぞ。寝不足の顔を見せたら、また妲己姉様にからかわれるからな。」
「…あぁ。」
目を閉じた王貴人の横顔をチラリと見た士郎は、寝入る前に思考していく。
(敵である彼女を救いたいと思うのは間違いだろうか…?)
房中術の修行とはいえ、こうして関係を持った王貴人の事を士郎は生き残らせたいと思った。
(生真面目な王貴人は、どこか憧れた『彼女』に似ている…。いや、少しうっかりな所を考えれば『彼女』だろうか?)
士郎の脳裏に浮かぶのは前世で出会った二人の女性である。
一人は金髪碧眼の美少女で、もう一人は黒髪の美少女であった。
その二人を師とした記憶もあれば、何気ない日常の微笑ましい記録もある。
(力も無く未熟だった『俺』ならば、救うという言葉だけで終わっただろうな…。)
士郎はもう一度王貴人の横顔を見ると笑みを浮かべる。
(心の贅肉か…英雄になるのならば、そのぐらいは背負ってみせるさ。)
◆
「どうやら修行は順調にいったみたいだね。」
士郎が殷の都に置き去りにされてから一年近くが経ち、二郎が士郎を迎えに来ていた。
そんな二郎は今、士郎と王貴人の手合わせを見ている。
「そうよん♡王貴人ちゃんも並みの仙人相手なら問題無く幻術に掛けられる様になったわん♡」
「その王貴人の幻術に抗いつつ、ああして戦えるまでに士郎は成長したんだね。まぁ、二人共まだまだ甘い所がたくさんあるようだけど。」
「そうねん♡でも、最低限の準備は出来たってところかしらん?」
妲己と二郎が会話をしている間も、士郎と王貴人は手合わせを続けている。
二人の手合わせは始めてから既に四半刻(30分)は経過していた。
「妲己、姫昌と黄飛虎の方はどうだい?」
「後三十日ってところねん♡」
「わかった。それじゃ、その時に姜子牙達を迎えにやるよ。」
二郎の言葉に妲己が微笑む。
「姜子牙ちゃん達は聞仲ちゃんとどれだけ戦えるかしらん?」
「さてね、その時のお楽しみってところかな。」
二郎と妲己の会話が終わりとなった頃に士郎と王貴人の手合わせも終わりを迎える。
負けた王貴人が真面目な表情のまま拗ねた様に頬を膨らませると、それを見た士郎は困った様に頬を掻きながら苦笑いをしたのだった。
本日は5話投稿します。
次の投稿は9:00の予定です。