(略)のはAce -或る名無しの風-   作:Hydrangea

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上手い下手はさておき、小説とは本来こんな感じの筈なんだがなぁ
何と言うか、スレ住人達を久しく出してないと調子が狂うというかなんというか


番外3-2:Verurteilung von Adam

 

「ああ、もう! 一体何がどうなってんのよ!

 いきなり怪しさ全開な傀儡兵が飛んでくるわ、警告も無しにビームぶっ放してくるわ。

 おまけにヴィヴィオが変身して立ち向かうとか!

 尺の足りなくなったアニメでもこんな急展開無いわよ!」

「アホ校ちょ……もとい、フドウ教諭(せんせい)は平時通りですし、ミカゼ教諭とまで連絡が取れず。

 本当に、どうすれば良いのでしょうかねぇ」

「フローレンスさんの意外な黒さはさておき、ヴィヴィオちゃんの変身にもビックリだねぇ。

 何かピリピリしてたというか、いつもの優しい感じがまるで無いというか」

「というか、言われるがまま避難誘導引き受けちったけど、ヴィヴィっち一人で大丈夫かにゃ。

 そりゃ、アチシ達が残っても足手まといなだけかもしれんけど」

 

 学業という拘束から解き放たれる小旅行の、更に縛るもの無き自由時間。その一環で訪れた、ある庭園の一角。

 相応の広さを有しているスペースの更に隅。加えて、不特定多数のざわめきが遠慮も無く交錯している筈の状況下においても尚、そんな級友達の遣り取りは、不思議な程に耳へと入ってくる。

 

 学び舎の性質故に日頃から魔導技術へ触れているとはいえ、今の彼女達は未だ“戦い”とは無縁の民間人であり、庇護されて然るべき存在。楽しい筈の一時へ突如として現れた非日常の存在と、それに呼応するかのように雰囲気を一変させた優しき友人の姿とを一度に目撃すれば、その許容量を上回ってしまうのも自然な事。

 取り乱す少女達は、それこそが「あるべき姿」であり、そこに悪評を付ける理由など無い。

 

(それに比べ、私の体たらくときたら……)

 

 秘すべき理由なぞ百も承知。今の自分は、「偶々遠い先祖に関係した人物がいる」だけの、()()()()()覇王流継承者が一人であり、それ以上でもそれ以下でも無い。そんな“普通の現代人”が、遥か昔に失われた筈の業を振るうなど「あり得ない」話でしかないのだ。

 この太平の世においては、例え一欠片であったとしても、純然たるシュトゥラの力など無用の長物。平穏に生きる人々を脅かし、悪意ある者の欲望を掻き立てる“災い”以外の何物でもない。例え、守き民の影へ隠れる臆病者と罵られようと、“力”を持つ者が果たすべき責すら投げ出す卑怯者と蔑まれようとも、「覇王」の力は、世へ放つべき代物ではないのである。

 

 何より、あの日自分は誓ったのだ。大切なモノを守る事叶わなかったこの拳は、未来永劫誰かの為には振るわないと。二度と同じ過ちを繰り返さない為に、振るう事そのものを止めてしまうと。

 その“戒め”は、嘗ての肉体が朽ち果て、「アインハルト」として再誕した後でも変わりはしない。この魂は、古代から続く記憶のままに、最後の戦場より一歩たりとも前へ進んではいない。

 なればこそ、そんな自分に、“彼女”の隣へ立つ資格など無い。それは、只一人()()()()()()()()()あの時、この心へ打ち立てた確固たる決意(ちかい)であるのだから。

 

 

 けれども、その決意……決して軟弱ではない己の心が定めた“覚悟”はしかし、今この時この瞬間において、大きく揺らいでいた。――本当に、それで良いのか? と。

 

 確かに、平和・平穏なるこの日常(せかい)は、争いしか知らなかった私……()()にとっては、如何なる宝石よりも美しく尊いものであり、壊す事しか知らなかった()の腕にあっては、硝子細工より脆い存在となる。それこそ、生まれたての赤子を抱くかのように、大切に大切に、過敏なまでに優しく守り抜くに値するものだろう。

 そして、そんな繊細(デリケート)なる空間へ、例えば荒事の様な刺激の強いものを持ちこむ事が良い結果を齎す筈も無い。まして、触れただけで万象を粉砕する「覇王」の力など、論議の卓へ乗せる以前の問題である。それらの点を鑑みれば、「拳を封じる」という自身の選択は、決して誤りではないのだろう。

 が、それが即ち「正解」になるのかと問われれば、少なくとも私は肯定する事はできない。その選択を執った“結果”たる現在の自分自身を、正しいと認められないからだ。

 今の自分は、そんな「(もろ)さ」を言い訳として、世界から……自身が守ることの出来なかった“彼女”がいる、目の前の現実から目を背けているだけではないのか。民だけでなく、大義名分までもを盾に隠れているだけではないのか。

 秘匿の重要性を理解しながらも、一方で湧き上がるそんな感情を抑えきる事ができないのだ。

 

 「世間の目」が無視できない事は、紛れもない事実ではある。

 事が事だけに、「二人だけの秘密」で通しきるのは難しく、かといって公としてしまえば、今の平穏(にちじょう)へ亀裂が入る事は必至。自分だけならばまだしも、“彼女”にまで面倒が振りかかるのは何としても避けたい事であり、今の自身の選択は、それを十分に可能とするものではある。

 けれど、例えそれで世間体を守れたとしても、彼女自身の心は……こんな自分であっても気に掛けてくれる、その優しさまでもを守りぬけるのだろうか。五感を閉じ置物と化し、ただ流れゆく時に身を任せているだけの現状で、果たして“彼女”との距離は詰められるのだろうか。自ら一歩を踏み出さずして、その心へと歩み寄れるのだろうか。

 

 嗚呼この際だ、素直に本音をぶちまけよう――今の自分は、ただ「苛立っている」だけなのだ。

 様々な事情や思惑が絡み合い複雑に見えているそれも、突き詰めれば単なる自己嫌悪。戦えるだけの力を未だに持ちながらも、難癖を付けては“彼女”一人を戦場へ立たせている事に、そんな「過去の焼き直し」を黙って見過ごしている自分自身に、比類なき憤りを感じているだけの事なのだ。

 

 おそらく今の自分は、傍目にも大層“酷い状態”となっている事だろう。始めに距離を置いたのは確かに自分ではあるが、お人好しかつお節介焼きの揃う級友達が未だ遠巻きとなっているのは、偏にそんな「近づき難い」雰囲気を無意識下に感じ取っているが故。

 友人達にその様な気遣いを強いている事に、またそんな感情を垂れ流しとしている自らの幼稚さに、益々苛々は募ってゆく。全く以て、終わり無き悪循環以外の何物でもない。

 

 

 

「随分と、思い詰めている様子だな」

「!?」

 

 そんな調子であった為だろう。こうも容易く、背後(うしろ)を取られてしまったのは。

 

 此処は古代の戦場などではなく、それ以前、相手に“その様な意図”があるとも限らない。そもそも、自ら喧騒へと背を向けていたのだから、後方より声が掛けられるのは極自然な事の筈。

 だが、今こそこの様な状態であるが、この身は覇王流を修めた――“アインハルト”の身にあっては「継承者」だが――者。ただ背後から声を掛けられるのと、()()()()()()()()()()()()()()のとでは、まるで意味が違うのだ。そこに“少女の形(いまのすがた)”という要因が介在する余地など無く、その不甲斐なさが、一層自身の不機嫌さを加速させてゆく。

 

 とはいえ、(幸いにも)そんな感情を隠す気にもならない程までには至っていない。今の自分が「由緒正しき名門校の一女学生」である事は、ささくれ立った理性にあっても重々承知。

 毒を吐き続ける内心をひた隠し、あくまでも慎ましやかに、先程までのらしからぬ様子の言い訳を考えながら、ゆるりゆるりと振り返る。勿論、その中においても、振り向いた先の銃口を腕諸共打ち砕く用意は欠かさない/欠かせない。

 

 しかし、そんな気負いも、思考も、警戒も。“声を掛けた人物”を認識した途端、ある種の諦めと共に、泡沫の如く消えてしまった。

 

「……今まで何処にいらしたのですか、校長先生」

「何処にでも。

 教師であり導き手たる私の心は、何時だって君達生徒の傍らにある」

 

 浅黒い肌に肩程までの黒い髪、細身ながらも鍛え上げられた肉体を、民族風の衣装で包んだ隻眼の男性――ジン・フドウ。その肩書をばSt.ヒルデ校長。

 学び舎の長として幾名もの優秀な生徒を輩出し、また当人も「フドウある所に奇跡あり、奇跡ある所にフドウあり」と謳われる程の腕前を持つ騎士である一方、その性格もあり出自を含めた個人的情報が殆ど明らかとなっていない、まるで霧か霞かの様な人物。

 

 正直な所、私は彼が得意ではない。が、それは級友達の言う「掴みどころの無さ」から来るものではなく、その瞳――全てを見透かしているかのような視線に、内へ抱える(もの)を暴き出されるような感覚を抱いてしまうが為である。

 酷く個人的な理由ではあるが、“そういったもの”を抱える人間にとって、全てを映し(さらけ)出す鏡を突き付ける事ほど苦痛に思えるものは無いだろう。それ故の苦手意識なのだ。

 

 

「相変わらずですね……

 それより、よろしいのですか?

 貴方の言う“大切な生徒”の一人が、今まさに危機へと晒されてしまっているのですが」

 

 けれど、そんな彼の存在は、今この状況にあっては何よりも“都合が良い”。

 そんな打算的な考えが、言葉が、自然と出てきた事に対して、少なからず嫌悪の情は湧く。しかし、たかが一時の葛藤程度で“彼女”が助かるのであれば安いもの。

 その性格や人間性は兎も角、目の前の人物が有する実力と生徒への感情は、確かに「本物」であるのだ。目的遂行の成功率は言わずもがな、「引き受けてくれる」事それ自体に関しても何ら案ずる要素はない。

 そう、後は彼に「お願い」さえしてしまえば、それで“彼女”の命は助かる。この窮地を乗り越える事ができるのだ。「お願い」と言うにはあまりにも傲慢な物言いではあるが、それもまた彼の人物を良く知るが故の信頼であり、甘えであり、また細やかな嫌味のつもりであった。

 

 けれども、そんな「信頼」――そもそもが一方的な勘違い と言ってしまえばそれまでだが――は、思いもよらぬ形で裏切られる事となった。

 

「――何故、私が動かねばならないのかな?」

 

 ▽

 

「……今、なんと?」

 

 信じられない 信じたくない

 平時であれば、その言葉へ秘められた“真意”の一つでも探らんとしたであろう頭脳はしかし、あまりにもお粗末で幼稚な我儘――自身の「お願い」が断られる筈がないという思い込み――を捻り出すのが精一杯であった。

 

「ふむ、語学に関する君の成績は、概ね把握しているつもりだったのだが……

 仕方あるまい、あまり好ましいとは思えないが、端的に事実だけを述べさせてもらうとしよう。

 『()()()()()()()()()』 と言ったのだよ、ミス・ストラトス」

 

 そんな自身の心情を知ってか知らずか、辛辣な、そして挑発的な(自身にとってはそう捉えられる)言葉を投げかけてくるフドウ教諭。

 彼の性格と「教育方針」とを知っていれば、先程の様な疑問に対し“そんな言葉”が返されるのは十分に予測できる事。にも関わらず、()のささくれ立った心にあっては、それを「敵意」と受け止める事しかできない。

 自然、らしからぬとは自覚しつつも、語気は何処か荒いものとなってゆく。

 

「正気……いえ、本気で仰っているのですか?

 もし管理局へ通報済みであったとしても、到着までには少なからず時間が掛かります。

 それに、彼の戦闘能力を鑑みれば、生半可な人員では悪戯に被害を増やすのみ。

 今この状況下において、“迅速さ”と“実力”を兼ね備えているのは、

 それこそ貴方を置いて他に居ない筈です」

 

 「あてが外れた」事に対する、八つ当たりの意も含まれていたのだろう。文面こそ持ち上げる様なものではあるが、言葉の端々には非難の情がありありと滲み出ており、少しでも気を抜けば、「その癖何故こんな所で油を売っているんだ」といった暴言の一つでも飛び出しかねない程までに、今の自分は苛ついていた。

 無論、伊達や酔興で「校長」の任を負ってはいない(フドウ)が、()()()()の癇癪に気付けぬ筈がない。並べたてられた礼賛美句に心が籠っていない事など、とうに見抜いているだろう。 

 

「君程の実力者に、そこまで力を買われているとはな。

 いやはや、教師としては元より、“一人の騎士”としても嬉しい限りだよ」

 

 にもかかわらず、一体何処から取り出したのか一輪の白い花なぞ玩びつつ、教諭は臆面も無くそう言い切った。

 恐らく、その満足そうな表情からして、本当に「悪くない」とでも思っているのだろう。常日頃から「不可思議な人」と評され、また大真面目に奇々怪々な事をしでかす人物であるとは理解していたものの、その“根拠”を目の当たりとした現在、自身はその「正直すぎる」反応に、思わず肩透かしを喰らっていた。

 

 

 しかし、そんな「油断」もまた、冷静に考えれば話術の一端であり、彼の思うつぼであったのだろう。意図せずして守りの緩んだその瞬間を決して見逃さず、「奇跡の男(フドウ)」は自身の間合いの更に奥まで、構える暇も許さずに踏み込んできたのだから。

 

 

「が、そこまで買いかぶられるのも考えものではあるな。

 所詮、この身は只一人の教師。“導き手”とは期間限定が常であり、

 死でさえも別たれぬ相棒(はんりょ)とは訳が違う。

 

 “彼女”にとってのそれが、君にとってのそれが、私でない事など、今更言うまでもあるまい」

 

 まるで、自身の/自分達の秘密(かこ)を知っているかのような――否、恐らくは()()()()()のだろう。

 「当て推量」や「鎌かけ」ではあり得ない“確信”が、その言葉には含まれていた。

 

「たしかに、私が出向けば現状は打破できるだろう。

 だが、それはあくまでも現状を脱せるだけの事であり、

 根本的な解決へは繋がらない。真に“彼女”の心を救う事へなど繋がりはしない。

 ――違うかな?」

 

 固く閉ざしていた守りを突き崩し、逃げ道のその更に前へと回り込み、無意識下でひた隠していた事実を、思考を、白日の下へと晒す。

 僅か数度。数分にも満たぬその遣り取りだけで、一方的なまでの完全ノックアウト。先程までの暴言混じりの強気は何処へやら、疑問ですらない「問い」を突き付けられたこの身は、最早借りてきた猫よろしく押し黙るより他なかった。

 

 教諭(フドウ)の言う通り、仮にその戦力を以て現状を脱する事ができたとしても、それを成したのが「私」でないのならば、それは根本的な解決には繋がらず、単なる問題の先送り――それ以上に、「()()何もできなかった」という重責を加えるだけの悪手としかならない。

 果たして、唯でさえ「前世」のそれに押し潰されてしまいそうな今の自分に、これ以上の負担など支えられるのだろうか。

 

 自惚れに聞こえるかもしれないが、“彼女”の心を、それを縛りつける鎖から解き放てるのは、自身を置いて他にいないと考えている。

 それは、単に“壁”を打ち砕ける武力(ちから)を有しているか否かの問題ではなく、自身が有するもっと別の要素……同様に「転生」を果たした人間として、共に戦場を駆け抜けた戦友として、最後に拳を交えた盟友として――そして何より、「世界中の誰よりも大切なヒト」としての所以である。

 だが――

 

「…………例えその通りであったとしても、今の私に

 彼女の“救い主”となる資格などありません」

 

 そう、結局のところ、自身の思考は其処へ帰結する。

 他でも無い私自身こそが、“彼女”を守れなかった張本人であり、(結果的とはいえ)死地へ向かわせてしまった大罪人であるのだ。

 能力・資質云々以前に、そも「資格」が存在しない。

 本来であれば一度限りの人生において、そんな尊きものを意図せずとも終わらせてしまった人間が、今更どの面を下げて「救ってやる」などと言えよう。そんな淀んだ気持ちで、どうして他者(ひと)を救えようか。

 

 「手詰まり」

 今の自分に、“彼女”を守れはしない。そんな事は既に承知の上であり、だからこそこうして不貞腐れているのだ。それこそ、こうして考える事それ自体すらも憚られる程までに だ。

 もう良いだろう 放っておいてくれ 私には何もできないんだ。

 言外にそんな雰囲気を滲ませ、自嘲とも懇願とも取れぬ情を含ませ、吐き捨てるように呟く。

 事実、少なからず懇願の意は含まれていたのだろう。ただ、一秒でも早くこの息苦しさから開放され、“彼女”へと詰め寄っている脅威が排されさえすれば、後はもうどうなっても良かった。体面など二の次三の次であり、或いはこんな自身に教諭さえもが愛想を尽かし、とっとと“彼女”を助けに向かう事さえ期待の内ですらあったのだ。

 

 

 しかし、彼は動かなかった。一歩たりとも、その足を離す事はなかった。

 それどころか、わざとらしく肩を竦めると共に、「何を今更」といった風に、極々“軽い”調子で、(私にしてみれば)とんでもない事をさらりと言ってのけた。

 

「だろうな。

 ()()()()()()()()()()()()の有無など、何人たりとも語れるものではない」

 

 ▽

 

「なん……だと……」

 

 散々もったいぶった果ての手のひら返しにか、はたまたその言葉そのものの真偽にか。自分自身でさえ信じられない事に、思わずそんなはしたない言葉さえ漏れ出でる。

 けれども、常日頃の自身を知っていればさぞ珍しいであろう反応(それ)を受けても尚、まるで「そんなものはなかった」かのように、フドウ教諭は淡々と、しかし軽率な横槍など許さない強さ――まるで講義でも行うかのようなそれ――を伴いながら、言葉を重ねてゆく。

 

「そもそも君……いや、君達は大きな思い違いをしている。

 確かに、力を持つものに相応の「負うべきもの」が存在するのは事実。それを鑑みれば、

 君達の考え(それ)は、振るう力に値するだけの精神力を具えていると言えるのかもしれない」

 

「だが、太陽の裏に月が在る様に、物事には必ず「影」たる面が存在する。

 その責任感の強さは、ともすれば傲慢なる思い上がりと捉えられる事もあるだろう」

 

「納得の往かなそうな表情(かお)をしているが……何、紐解けば簡単なる問題だ。

 君達がその背で庇わんとしているのは、本当に震える事しかできないか弱き存在なのか?」

 

 どうやら、プライドを投げ捨てても尚、「思い上がり」という言葉へ眉根を寄せるだけの性根は残されていたらしい。

 しかし、それが感情を焦げ付かせるよりも先んじて、フドウによる問いが、それに答えられないという事実が、この身を、心を駆け廻ってゆく。

 

 

「確かに、「武力」という一面だけを見れば、天賦の才へ弛まぬ修練を重ねた君達と、

 才そのものにさえ巡り合わなかった者達との間には、それこそ天地の差があるだろう」

 

「しかし、「戦い」とは決して武力のみで測るものではなく、ましてその権利は、

「自由」と並び遍く知的生命体へと与えられし絶対不可侵の権利。

 力を有さない事が、「戦う」資格を剥奪する理由になるなど、断じてあり得る事ではない」

 

「何より、彼らは只の壊れモノなどではなく“心”を有するもの。

 「痛み」を知ることのできる存在。

 庇った背へと刻まれた傷跡は、見えざる痛みとなって心へ爪痕を残す。それが出来てしまう」

 

「理解したかな?

 只一方的にその背へ隠し身を呈するなど、所詮は盾ですらない自己満足でしかないのだよ。

 なまじ並大抵の事では傷一つ付かない力を有していた事が、逆に仇となったのだろうな。

 どうにも、総じて聡明な君達であっても、その辺りだけは疎いと見える」

 

 諭す様な……上からの目線 という事情の如何はさておき、フドウの言う事は至極尤もな事だ。

 確かに、古代(じぶんたち)の戦いにおける“花形”は、大抵の場合が「力」を有する一部の王侯貴族が占め、頭数で言えば遥かに上回り、また理念として中心であるべき筈の民――「力」を有さない者達――は、支援や後方といった裏方に徹する事が常。「それしかできないのだから」という考えが、何の疑いもなくまかり通っていたのは否定できない事実である。

 

 無論、だからとて存在そのものが軽んじられて良いのかと問われれば、決してそうではない。

 「力」を有さないとされる民であっても、大志の下へ集い、強大なる権力(ちから)を憚らせていた悪政を打倒した話は、王の拳一振りで街が容易に消し飛ぶ次元世界にあっても、決して絵空事ではない。

 何より、そもそも「花形」とされる王侯貴族達が何の為に力を振るうのかを鑑みれば、自ずと答えは導かれる。騎士とは、あくまでも民の叫びを、祈りを、願いを形とする為の代弁者であり、自ら利の為だけに「庇護してやっている」支配者もどき等では断じてないのだ。

 

 成程確かに、先の自分の発言は、「思い上がり」と捉えられかねないものではあっただろう。

 こと“彼女”に関しては、力を有さぬ民どころか自身と同等以上の「王」ではあるが、或いはだからこそ、明確なる意志と、自らを律し貫き通せるだけのものを持つ相手に対し、「守ってやるから大人しくしていろ」等と言うのは侮辱に他ならず、「自己満足」と評されてしかるべき所業となるのだろう。

 

 

 

「なら……なら、一体どうしろと? ()は、どうすれば良かったというんだ!」

 

 だが、必ずしも四角四面・理屈固めの計算通りに物事を運べないのもまた、人間という生き物が有する性の一つである。

 「何故そこまで知っているのか」という、本来まず先に疑うべき事案にさえ目もくれず、我慢の限界という、極めて稚拙な癇癪(わがまま)に支配されるがまま、相手の分別さえできず、唯々込み上げる衝動を吐き出してゆく。

 

「確かにそうさ。他でもないアイツに対して「守ってやる」なんて、とんだお笑い草だ。

 そんな事を言える奴なんて、始めからいる筈も無いんだ。()()()()()()()な。

 だがな、今のお前みたいに、高い所から御託を並べるなんざ、誰にだってできるんだよ。

 “どうしようもない”あの時そのままを再現するなんて、誰にも出来はしないんだよ」

 

「“ゆりかご”に同伴して一緒に死んでいれば良かったのか? 共に最後の戦いへ臨む?

 それぐらい、言われなくてもまず先に考えつくさ。

 けどな、名誉ある戦死と惨めな犬死は全くの別物だ。

 あの時「立ち向かう」選択の先に待っていたのは、間違いなく後者だった。

 「王」の力さえ、歯牙にも掛からない状況だったんだ」

 

「いや、そもそもがそれ以前の問題だ。

 体面も責任も関係無い、それでも俺は、アイツに死んで欲しくなかった。

 アイツは、俺にとって唯一無二の「特別」だったんだ!

 そんな存在を、判り切った死地へ向かわせられる訳ないだろ!」

 

 抱え込んでいた己の全てを、喉の奥へ閊えていたその全てをぶちまける。けれど、後に残るのは清々しさとは程遠い不快感。言葉にもできぬ「もやもや」が、頑固にも居座り続ける。

 当事者たる自身でさえそうなのだから、“そんなもの”を一方的に浴びせかけられた相手が「どの様な感情」を抱くのかなど、改めて考えるまでもないだろう。

 どれ程生徒思いな教師であっても、未だ知らぬ強い縁があろうとも、怒り、呆れ、諦めといったものが、そんな人間的な反応が湧き起こっても不思議ではなく、むしろそう在るべきですらある。

 

 

「……それだけ吠えられるのであれば重畳。

 いやむしろ、その気概を秘めながら、何故実行できなかったのかが不思議な程ですらあるな」

 

 だというのに、その在り方はどこまでも「不動」。その名が体現する通りに、まるで世界さえも支えてしまう大樹の様に、覇王の、一人の人間の慟哭を受け止め続け、剩さもなき軽口さえ吹けてしまう。

 如何に狂犬とて、牙を突きたてられぬ相手には口を閉じざるを得ない。まして、この身は人間の境界線を越えてはいないのだ。獣が如く咆哮はせども、その髄まで畜生と堕したつもりはない。

 暖簾へと振るわれる拳打の滑稽さは、視野の狭まった今の自身であっても容易に理解のできる事。振るうべき理由(あいて)を見失った剣ほど虚しいものはないのだ。何時の間にか緊張していた四肢も、その隅々に至るまで昂っていた魔力も、返ってきた「無反応」という反応の前に、瞬く間に勢いを失ってゆく。

 

「さて、問いかけたこの身が言うのも可笑しな事ではあるが……

 古代ベルカの崩壊に関しては、「仕方がない」とする他あるまい。

 諸行無常・盛者必衰は世の常。君達の生きていた時代が、偶々その“節目”であっただけであり、

 その時代に生まれた君達が責められるものでもない。

 納得しろ とは言わないが、自らを延々と呪い続けるのは、聊か自意識が過ぎるというものだ」

「慰めのつもり……ですか」

「まさか。“王”たる君達にあっては、生半可な慰めなど侮辱にも同じ。

 それを理解して尚実行する程、性根を腐らせたつもりはない。

 ――私はただ、冷静なる視点で物事を紐解き、導かれた解を示しただけに過ぎない。

 無論、教師として、また先人として、このまま君達を投げ出すつもりも無いがな」

 

 牙を収め落ち着いたとはいえ、一度荒れた心はそう容易くは落ち着かないもの。先程よりは幾許かはマシではあるが、表情(かお)にはしっかりと浮かんでいたらしく、また言葉の端々にも依然として棘が残ってしまう。

 およそ人に、仮にも目上の相手へ向けるようなものではないが、それでも彼は、フドウは、自身の迷いへ寄り添わんする。

 「過ぎる」程までに生徒思いであるのか、はたまた自分達だからこその態度であるのか。始めて顔を合わせてより以来、一度として「素顔」を見せた事の無い彼にあっては、最早その真意を推し量る事は叶わず、また試みようという気すら起こらない。

 

 

 だが、その思惑が如何なるものであったとしても、紡がれる言霊へ込められし思いは、その姿勢は、決してぶれる事は無い。不動なる眼差しを以て、揺らぎ続けるこの身を確りと現世へ縫いとめ続ける。それこそ、この両の足が踵を返す事など到底考えられない程までに。

 

「さて、話は変わるが……

 ……時に、君は『一万と二千年前から』という言葉を知っているかな?

 全く知らない という事はあるまい。少なくとも、君が日々の学業に対し

 真摯な姿勢を有しているのであれば、耳に入れた事ぐらいはある筈だ」

 

 もう何度目かも判らない、一見して唐突なる話題転換。

 彼の「規格外」さは今に始まった事ではないとはいえ、そう容易に慣れるものでもなく、また「慣れたくない」と感じている自分が何処かにはいる。

 が、例えその様な事情があったとしても、問われれば応じるのが礼節であり、答えたくなるのが人の性。これまでは意味すら判らずに悩まされ続け、しかし今回に限っては(断片であろうと)理解できたとなれば、今の自分であっても、少なからずそういった衝動は湧き起こりはする。

 或いは、判る事それ自体を喜ばしく捉えてしまう時点で、大概彼の規格外さに慣れてしまっているのかもしれないが。

 

「確か、古代ベルカにおいて詠まれたとされる詩そのものと、それを元とした表現技法の一つ であったかと」

 

 何にせよ、今の自分に「知っている」回答を態々噤む理由は無い。そこだけを切りだせば「普通の学生」として、投げかけられた問いに対する回答を、可能な限りの知恵を絞って答えるのみ。

 

「ふむ……まぁ、及第点は与えられるだろう。

 その通り。

 一つは詠み人知らずの(うた)が一節。そしてもう一つは、それを元とする修辞の語句。

 “一万と二千年”という途方も無い数字を敢えて具体化する事により、

 それこそ「前世より続く宿命」とでも言うべき強い縁を、人間の一生だけでは

 到底抱えきれない程の強い感情の大きさを表すもの というのが定説だ」

 

 当然、或いは必然。返された模範解答(こたえ)は、自身の知識に照らし合わせても違わぬものであった。

 が、如何に「古代」に関連するものとはいえ、私自身が実際にそれを直接見聞きした訳ではない。一括りに「古代」と言っても、当然ながらその中にまた時代毎の文明文化が存在し、言わずもがな自分達が「王」であった時代は、有史より更に遡る12000年もの昔に存在していた訳ではない。あくまでも、実際に「昔」を生きていた人間の一人として純粋に興味を抱き、それが偶々より深く記憶へ残る要因となっただけの事。

 

「しかし私個人としては、試験問題としても扱いやすい後者よりは、

 詠み人さえ定まらぬ未完成の詩の方を推したいものではあるな。

 一説によれば、本来これには続く言葉が存在しており、その断片を埋める事によって

 初めて完成を迎えるとの事らしい。

 恐らく、当事者ではない我々には想像もつかない程に壮大なるものであったのだろう。

 何せ、「一万と二千年」等と臆面も無く言ってのけた程だ」

「……それが、何か?」

 

 だから、本来であればその語句(フレーズ)単体には何の意味も脈絡も無く、ともすれば「だからどうした」の一言で、記憶からさえ消えてしまう程度のものでしかなかった。言葉の端々にある“軽さ”も、そんな自身の心情を反映しての事である。

 

 

 尤も、結果論にはなるが、そう考える自身の発想そのものこそが、凝り固まった視野の典型例であり、この身が依然として迷える子羊でしかなかった事の、何よりの証拠であったのだろう。

 何故なら、再びこの心を揺り動かしたのは、そんな「意味の無い」……そう考えていた筈の言葉であったのだから。

 

「おやおや、君にも……いや、君()()()()()、 思い当たる節があるのだと思ったのだがな。

 判らないかな? 「一万二千年」と言い切る程の大きさを伴う「感情」の正体が。

 そこに秘められた、『渡しそびれた恋文(ラブレター)』の様な“もどかしさ”が」

 

 ▽

 

 フドウによって齎されたそれは、始めは本当に僅かなる一滴、波風どころか、注視しなければ気付けないであろう程度の揺らぎを生むものでしかなかった。

 だが、その揺らぎはやがて波紋となり、重なり合うそれらは互いに震え、共鳴し、大きな“うねり”となる。仄かであった微熱は、万象を燃やし尽くす灼熱となり、地表を覆う氷河を打ち砕く。

 そうして、止まっていた時が――私の世界が、再び動き出す。

 

 

「負わねばならぬ立場がある。果たすべき責任がある。

 ――実に結構。

 “王”程の大役ともなれば、私情に現を抜かす暇などなかったのだろうな」

 

「だが、それでも君は、君達は、王である以前に人間だ。

 決して完全なる存在などではなく、それ故に補ってくれる存在(もの)を求めずにはいられない、

 不完全なるアダムとイヴだ。

 起源にして極限、己という存在の奥底より湧き上がるその衝動を、

 所詮は後付に過ぎぬ地位(かせ)程度で、どうして抑えつけられようか」

 

 回る廻る走る奔る

 その言葉の一つ一句が、錆ついていた足へと活を注ぐ潤滑油となり、動き出した歯車が、それによって鮮明となる古代の記憶が、「王」という称号により張り巡らされていた無意識のフィルターを取り払ってゆく。その奥で眠っていた、始まりの感情(おもい)を呼び覚ます。

 

 

「どの様な、どれ程の想いであったとしても、信じなければ、言葉(かたち)にしなければ実は結ばない。

 「約束」とは誓約であり制約。成さねばならぬ枷であり、両者(ふたり)を繋ぎとめる鎖。

 その誠意を立てるべき相手とは――他でも無い、己自身だ」

 

 ずっとずっと、心の何処かで閊えていた“もやもや”。それは、きっと「未練」であったのだろう。しかもそれは、「救えなかった」事よりも更に前、もっと前の段階のそれ。

 仮に、もし「if」があったとして、あの時“彼女”を守る事ができたとしても、「未練(それ)」を欠いていたのであれば、恐らくは別の形で、しかし同様に悩み苦しむ事となっていただろう。

だが、それは或る意味当然の話だ。何せ……等と考える事それ自体が既に馬鹿馬鹿しい事ではあるが、確かに自分は、自分達は、「その言葉」を一度たりとも口にしていないのだ。お互いの立場や、「口にしなくても判りあえている」なんて曖昧な思いこみを言い訳とし、それに甘え、唯の一度であっても形としなかった。伝えなかった。ただ、それだけの事なのだ。

 

 

「この様な言い方をするとかえって考え込みそうなものではあるが……

 何、そう小難しい理屈を並び立てるつもりはない。

 ただ、「そういう事」は先に切り出してこその男であろう?

 確かに今世(いま)の形は“可憐”ではあるが……まぁ、さしたる障害でもあるまい」

 

 なんて単純。なんて簡単。けれども、それ故にきっと難しい。

 改めて、今の自分に“それだけの度胸”が備わっているのか と問われれば、我ながら情けない事ではあるが、首をかしげざるを得ない。こればかりは腕っ節でどうにかできるものではなく、また「そうした事」に対し積極的でも楽観的でもなかった性分もあり、或いはこれまで両の拳だけで打ち砕いてきたどの兵器よりも攻略し難い難敵にさえ感じられてしまう。

 

 けれど、もう迷わない。

 環境(セット)衣装(ドレス)も十全。お膳立て(メイクアップ)は十二分。リハーサルも何も無いぶっつけ本番ではあるが、今はそんな泣きごとを漏らす暇でさえ惜しいもの。

 “彼女”は、既に一足先に戦場(ぶたい)へと上がっている。そこで待っているのだ。なればこそ、今求められるのはそこへと向かう私自身の一歩。そして、踏み出す為の「覚悟」は既に完了している。こんな自分でも、それだけはできるから。

 

 

「迷うな 億するな ただ、己が成すべき事を成せ。さすれば、自ずと道は開けよう。

 何故なら、君はもう一人でも独りでもない。誰よりも君を想い、待ってくれている人がいる」

 

 気付けば、考えるよりも先に身体(あし)が動いていた。

 ここまでの礼もそこそこに、既に両脚はトップギアで回り始めている。ただ只管に“彼女”の下へ、果たし忘れていた約束を成す為に。

 そんな自身の背へと掛けられた最後の言葉は、激しく切る風により上手く聞き取れなかった。けれども、それにさえ不安は無く、ただ心の内で感謝を伝えるに留まった。

 もう十分に導いてもらった。ここから先はその背より離れ、自らの足で進む道。故に、私は前を見続ける。その先にあるものを得る為に。

 

 

 

 

「己が弱さを識る事で、ヒトは始めて強く成る事ができる。

 その“恐怖”を乗り越えし君へ授けられるのは、限りなき祝福の喝采。

 ――さあ、翔けぬけろ断片のアダム。神話へと続く、その一頁を」

 

 




ちなみに3-3(ラスト)は未だプロット段階でございまする故今しばらくお待ちを
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