(略)のはAce -或る名無しの風-   作:Hydrangea

37 / 40
エピローグ:Only my name
 Der Wind des Segens


「はやて(ちゃん)、お誕生日おめでとう!」

 

 魔導文明の中心的存在であり、次元世界を支える“柱”が一つ――ミッドチルダ。“第一管理世界”の名と立場に恥じぬ発展ぶりを見せるこの世界だが、その全てが天を衝く高層ビル群という訳では決してなく、レールウェイへ乗り都心部から少し離れれば、緑と家屋が共存するのどかな風景が広がっている。

 そうした「自然との調和」を目指し、また実現できるのも、見方を変えれば第一管理世界ならではの事なのかもしれない。

 

 そしてその一角に建つ、オープンを間近に控えた「とある管理外世界」発祥という喫茶店が一室では今、慎ましやかながらも非常に“豪華”な宴が催されていた。

 

 

「いやしかし、まさか君まで参加しているとは思わなかったよ。

 書庫の整理の方は落ち着いたのかい? 最年少司書長殿」

「おかげ様でね。

 他の司書達も育ってきているし、何より無茶な注文を言うどこぞの誰かさんも丁度休みときた。

 其方こそ、連日最新鋭艦(CI級)を駆り大変だろうに、最年少提督殿」

「こやつめ、ハハハ!」

「ハハハ!」

「……相変わらず、仲が良いんだか悪いんだか」

 

 表面上は爽やかな笑顔で、しかし水面下では言葉の槍でど突き合う黒髪とブロンドの青年二人に、そんな様子を両手に持った(肉)料理へ齧り付きつつ見守る犬耳の少女。彼ら自身の言葉からも判る通り、10年来の付き合いとなる親友同士の二人は同時に、時空管理局が誇る若き精鋭達の一端でもあった。片や最前線の雄であり、片や後方支援の要。両名20代ながらも、既に管理局にとって不可欠な人材にまで上り詰めているのである。

 彼らだけではない。輪の中心へより近い場所で談笑する二人の女性は、教導部隊で名を馳せるエースに若手執務官の新鋭(ホープ)。そこより若干離れては、武装隊から医務局まで幅広く活躍する古代ベルカの生きた伝説が四騎。そして出席こそしてはいないものの、贈り物の主には名のある提督・重鎮が連なっている。

 「人材不足」という慢性疾患を抱える管理局のお膝元にあって、十分どころか過剰とすら言い切れる戦力。その一人一人がストライカー級の能力を誇る面々が一堂に集い、加えてそれぞれが見目も人当たりも良く、人望は言わずもがな。これを豪華と言わずして、一体何と言えよう。管理局の構成する各種組織・部隊には「戦力制限」という制度が設けられているのだが、このメンバーでは十重二十重の制限(リミット)すら力不足。別の意味で部隊が回らなくなる事請け合いだろう。

 

 しかし、今日この日この席にあっては、そんな稀有(これだけ数が揃うと本当にそうなのか疑いたくもなるが)な才覚も関係無く、各々が単なる一人間でしかない。そも、「その感情」を抱く事に、特別な資質も能力も必要無いのだ。

 其処にあるのはただ、どこまでも純粋なる想い――友として、家族としての「愛」のみである。

 

「ありがとうな、皆。

 忙しいだろうに、態々集まってくれて」

 

 輪の中心にして、この席の主役たる女性――八神はやてには、魔力資質がない。

 否、より正確には「あった」と言うべきだろう。嘗て、彼女は確かに有していたのだ。列席する面々に勝るとも劣らぬ、磨きあげれば次元世界有数のレベルに至れるだけの原石(ししつ)を。

 だが、それも所詮は「if(もしも)」の話。とある事件でその資質を完全に喪失して以降、紆余曲折を経て管理局へ属する事となった家族・友人とは異なり、彼女はあくまでも非魔導師の、一般人としての道を歩み続けてきた。事情あって故郷を離れ次元世界(ミッドチルダ)へ移り住みこそすれ、同郷の友人や先人の例に倣う事はなく、一般職員としての入局すらしてはいないのだ。

 その経歴に関しても、つい先日、義務教育課程中より弟子入り同然で通い詰めていた喫茶店からの暖簾分けを、家族友人の助力あって果たしたばかり。今日の祝宴は、そのお披露目を兼ねている節すらあるのだ。一国一城の主とはいえ、既に方々で重用されている親友達と比べ、そこに「差」が存在している事は決して否定できないだろう。

 

 尤も、そんな資質の有無や境遇の差などで変わる彼女達の縁ではなく、他ならぬ当人自身が、それらを全くと言ってよい程気に掛けていないのだ。仮に尋ねたとしても、「それ以上に大切なものを得られた」という解答をされるのは火を見るよりも明らか。彼女にとって自分の魔力資質とはその程度のものであり、またそう思える程、今の生活は充実しているのだ。

 

 

「しかし早いものだな。主はやてももう成人とは」

「本当ね。

 ついこの間まで、ヴィータちゃんと同じくらいだった筈なのに」

 

 満面の笑みを浮かべる「主」を見守りながらそう呟くのは、この場における過剰戦力の中核にして、はやてにとっては天賦の才以上に大切なもの、掛替えの無い“家族”たる魔導生命体――守護騎士ヴォルケンリッター。0と1(プログラム)により編まれた存在である彼女達はしかし、そんな出自を微塵も感じさせないだけの温かさを以て、家族の新しい門出を祝福していた。

 それも当然。出会ってから11余年。時には親として、時にはきょうだいとして、彼女達ははやてと共に生きてきた。はやてと同じ様に、彼女達もまた“人間”として歩み、成長してきたのだ。今や、彼女達の胸に宿る心は紛れもなく人間のそれであり、ならばこそ、その身を構築するものの如何に関わらず、彼女達もまた人間。彼女達自身がそうであると信じ続ける限り、守護騎士ヴォルケンリッターは生命(いのち)あるものなのだ。それがどうして、ヒトとして当然の感情を享受できなかろう。

 

「まぁ、より正確に言えばまだ誕生日じゃないんだけどな。

 時差的には後数分って所だろうけど」

「言わずもがな。

 主はやての誕生日は、我々にとってもまた大切な日であるのだからな」

 

 そしてこの日は同時に、守護騎士達にとっても大切な……11年前当代の下へ馳せ参じ、変わり者の主に振り回されつつも「心」を育み始めた、記念すべき節目でもあるのだ。ある意味では、現在の彼女達にとっての誕生日とも言えるのかもしれない。

 

 過去の、そして当代の下へ辿り着いたばかりの頃の彼女達には、こうなる事など想像すらできなかっただろう。そもそも、当時の騎士達にこういった事を考える余裕といったものは存在しておらず、それ自体を不要と一蹴すらしていたのだ。無論、その考え方がどうなったのかなど、今更語るまでも無い。多忙な日々の中、自らの意志で方々へ助力を仰ぎ、時間を捻出し、こうして四騎揃った事が、何にも勝る解答である。

 烈火が、鉄槌が、湖が、盾が。各々が「個」として異なる、しかし同じ方向の想いを抱き、その席へと臨む。代表者から花束を受け取った(はやて)を見守る四対八つの眼差しは、主従と言う垣根を越えた、紛れもない家族のそれであった。

 

 

▽ ▽

 ▽

 

 

 そうして一通りの挨拶が済んだ頃にもなると、参加者の視線は自然、壁に掛けられた時計へと集まっていた。

 先程ヴィータが呟いていた様に、此処(ミッドチルダ)とはやての故郷――第97管理外世界との間には若干の時差が存在しており、祝宴自体はミッドチルダ標準時に合わせた予定で開きはしたものの、その誕生日たる「6月4日」はまだ迎えていない。それを踏まえ、現地時間で日付が変わるその瞬間に、改めて祝砲(言わずもがな、玩具のクラッカーではあるが)を皆で上げようというのが、今回用意された催しの一つなのである。

 冒頭の挨拶で勘違いした何処かの誰かによるフライングこそあったものの、クラッカーの準備は恙無く進行。刻まれる音と共に増す高揚感が、会場全体を包み込み始めていた。

 

 

 やがて、数分にも満たぬ沈黙の後、漸く長針が天を指し――しかし、構えられていた祝砲は一つとして上がる事はなかった。

 「鳴らなかった」のではなく、「鳴らせなかった」のだ。その場に居た誰しもが、クラッカーを引くどころではなかったのだ。

 ――突如として部屋に現れた、巨大な魔法陣に目を奪われるあまり。

 

「何、これ……召喚陣? それも、古代ベルカ式の……」

 

 唐突に現れた召喚魔法陣。それに対し彼女達が真っ先に抱いたのは、当然とも言うべきか「警戒」の二文字であった。要職に就く者、高い実績を有する者、そして戦闘時においては無類の強さを誇る者達で構成される管理局メンバーは勿論、数少ない民間人である主賓もまた、少々特殊な来歴と立場を抱える身でもあるのだ。こういった場を狙った襲撃も、決して荒唐無稽な話ではない。

 そしてそれ以前に、如何に魔導文明が幅を利かせる次元世界であっても、こうして何の前触れもなく召喚陣――それも、恐ろしいまでに高い密度の魔力を帯びたもの――が自然発生する事など、到底あり得るものではないのだ。驚くより先に神経が逆立つのも、数多くの修羅場を潜り抜けてきた彼女達にあっては至極真っ当な反応と言えるだろう。

 

 しかし、先行するその意志とは裏腹に、この場において誰よりも先に動きそうな、動いて然るべき守護騎士達はしかし、指の一本、毛先の一つさえ動かしてはいなかった。先のクラッカーとはまた異なり、正しく「動かせない」状態であったのだ――その召喚陣が、守護騎士達自身より生じていたが故に。

 

「不味い、魔力値がどんどん上昇している。このままじゃ確実に……」

「だが、この状態では迂闊に手出しなど……」

 

 如何に彼女・彼達がマルチタスクを始めとする優れた思考・判断能力を備えていようと、そもそも「手を出せない」事象に対しては何処までも無力でしかない。

 今尚回転と発光を続ける召喚陣が、各々が有する魔力光と同色のラインによって四騎……それぞれのリンカーコアと固い“つながり”を有しているのは一見して明らか。敵意の有無、術式の如何に関わらず、その様な状況で迂闊な行動を起こせる筈も無い。“繋ぎとめられている”当人達は言わずもがな である。

 

 そうした歯噛みと迷い――当人達には無限とさえ感じられた時間――も、現実では一瞬。やがて、限界まで膨れ上がった魔力と共に召喚陣の輝きは一層増し――

 

 

 

 

 

「ひでぶっ!」

 

 そんな、随分と間の抜けた声と共に召喚は成された。陣の上ではなく下に。重力の赴くままに。

 

 短い悲鳴の後、陣があった場所で蹲っていたのは、身の丈30cm程の少女。だが、予測の斜め上を行く事態に困惑する周囲の反応も何のその、当人は召喚の折強かに打ちつけた顔面を抑え、声にならない声と共に只管身悶え続けていた。

 鬼か蛇が出るものと身構えていた所に“そんな状態”で飛び出し、加えてその登場と共に風船が萎むが如く魔力は霧散。サイズからして少女が人間でない事は明らかとはいえ、これでは過敏になっていた警戒心も萎えざるをえないだろう。それすら計算の内であるのならば大した策略家であろうが、並び立つ実力者の「勘」にあっても、およそ脅威と捉えられる要素は無し。なまじ大層な前振りで張りつめていただけに、弛緩の度合いも一入となろう。

 

 

 だが、そんな気の緩みも、漸く痛みの落ち着いた少女が顔を上げ、その容貌が明らかになった事によって、一抹の錯覚と消えた。

 

「動くな」

 

 今度は早かった。その姿を認識する以前、瞳へと映した瞬間より、守護騎士達は動いていた。

 一瞬で完全武装を終えた将がか細い首へ愛刀を突き付け、一歩引いた位置では鉄槌が一挙一動に身構える。残る二騎は何よりも守るべき主を庇いつつ、周囲一帯にまで至る警戒網を即座に構築。他の実力者でさえ迅速と思えるだけの布陣を、一見して無力に思えるその闖入者に対し、無慈悲なまでに成したのである。

 

 如何に戦乱の時代を駆け抜けた者達とはいえ、如何にプログラム生命体とはいえ、先にも述べた通り“人間としての心”を育んできた彼女達は、最早戦うだけのマシーンではない。故に、その行いも()()()()()()らしからぬものと感じられていた事だろう。

 だが、突如として現れた少女の容姿(すがた)は、平和の中で生きてゆくと誓った騎士達にさえ「そう」させるだけの、また周囲の者達にその行動を納得させるだけの理由を持っていたのである。

 

 特別醜悪な訳でも、生理的な嫌悪感を抱かせる訳でも無い。むしろ、見目だけで言えば美しい(幼い事を鑑みれば「愛らしい」と言うべきかもしれない)部類へ含まれるものではある。

 しかし、守護騎士達、そして居合わせた者達にとって、「その姿」は悪い意味で特別であった。珠の白肌も、雪の長髪も、紅の玉も、その全てが残らず一致していたのだ。守護騎士や主達を玩び、己が欲望の為だけに破滅と恐怖をまき散らし続けてきた「邪悪」に。この次元世界で唯一「危険度:EX」の蔑称を与えられたロストロギアに。魔導文明が生み出した何よりも深き“闇”の具現――『夜天の書』に。

 

「ひぅっ……」

「動くな と言った」

 

 声を詰まらせ、目に涙を浮かべる少女。その表情が純粋な怯えに依るのは明白。だがそれでも彼女達は、法と正義の下で時空管理局の一員となった筈の騎士達は、武器を下ろさなかった。

 もしかしたら、「下ろさない」のではなく、「下ろせない」のかもしれない。怨敵がその存在を以て彼女達に齎したものが、断片の一つまで疑うという「呪い」となっているのかもしれない。

 兎角、沈黙すら抵抗に同じと言わんばかりに、何の保護も術式付与も成されていない抜き身の白刃は、ミリ単位でその喉元へ喰らい付きつつあった。さながら限界まで引き絞られた弓、どれ程些細な刺激であっても、加わったその瞬間に少女は解体され、飛んだ頭が西瓜の如く叩き潰されるのは確実。

 

 或いはそれもまた、闖入者の齎した一時の終幕としてあり得た形だったのかもしれない。事件は思い出により上書きされ、やがては記憶の波間に揉まれ風化してゆく。そうして彼女達は、また今まで通りの日常へと帰ってゆくのである。

 だが現実は違った。これは節目であり転機。気まぐれで吹く回風(つむじかぜ)などではなく、確かなる変化を示す凱風。名も判らぬ少女の運命(さだめ)は此処での終点を告げてはおらず、なればこそ、「待った」の声が掛かるのも必然。

 

 そして、極限まで張りつめていた緊迫を「疑念」にまで後退させたその一言は、思いもよらぬ場所から発せられたものであった。

 

 

『Please store a sword Wolkenritter.She is not an enemy』

「えっ?」

 

 意外や意外。首の皮一枚にまで追い込まれていた少女へ助け船を出したのは、ここまで沈黙を保ち続けていたエース・オブ・エースが愛機、レイジングハートであった。

 閃光の戦斧ほど寡黙ではないとはいえ陽気なおしゃべりという訳でも無く、どちらかと言えば控えめ、主を立てる「貞淑」な彼女が、そのマスターよりも先に、柔らかながらもはっきりと現状に意を唱えたのだ。これには、流石の相棒も困惑するより他にない。

 

「レイジングハート、それって一体どういう……?」

『It is as having said.

 She does not have hostility. However, it is right』

「……詳しい事は、言ってくれないんだね」

『――Sorry. It cannot talk to me any more』

 

 理由も判らず、説明も無く、その真意は不明瞭。疑問を紐解きたくなるのは別段可笑しな事ではなく、ましてこの様な状況へ一石を投じた以上、相応の責任を果たすのは当然とも言えるだろう。

 それでも彼女が、なのはが相棒を問い質そうとしなかったのは、そこに単なる道具―持ち主という関係以上の「信頼」が構築されているが故。信じているからこそ、相棒自身の意志を尊重し、「秘密」の存在を許し、認められるのだ。他でも無いマスターがそう決めた以上、外野がこれ以上の追及を望めようも無い。

 

 無論、それだけでは進展したとしても「疑念」止まり。今すぐ首が落ちる事こそ回避はできたが、依然として少女の立場が悪い事に変わりは無い。

 決して、彼女(レイジングハート)の言葉を軽んじている訳ではない。けれども、守護騎士達の立場上、それだけで刃を下げる訳にはいかないのだ。愛する人の身を守れるのであれば、自らの行いが非難される事すら厭わない。それが彼女達の信念であり、その手に武器を取らせるだけの理由。予想外の人物からであったとしても、“たかが”一石を投じられただけでは、その心を乱すには全く以て足りないのである。

 

 

 だが同時に、それは“されど”一石でもある。窮地に立たされている少女にとってはその場しのぎでしかなくとも、「彼女」にとっては十分過ぎるだけの一瞬――既に、その間隙(すき)を突いて行動は起こされていたのだから。

 

「ごめんな、おっかない思いさせて。

 でもな、うちの子達も決して怖い人じゃないんよ。

 優しいからこそ、誰よりも先に動こうとする。ただ、それだけなんや」

 

 その行いをまず先に、そして誰よりも驚いたのは、当然とも言うべきか守護騎士達四名であった。何せ、身を呈す覚悟で守らんとしていた主が、自分達でさえ気づかぬ間に「敵」へと近付き、あまつさえ赤子をあやすかの如く抱きかかえていたのだ。行動それ自体に、止める暇すらなかった事に、騎士達が抱いた驚愕の数は知れず、その程度は測り知れない。

 言わずもがな、驚いたのは騎士達だけではない。「最後の主」たる八神はやてにとってもまた、『夜天の書』は因縁浅からぬ相手。彼女が愛して止まない“家族”を苦しめてきた元凶であり、同時に彼女自身も辛い思いを強いられた存在でもあるのだ。幼いとはいえ、それと同じ容姿容貌を持つ少女相手に取り乱してもなんら不思議ではない――それが、管理局に属する面々が有する共通認識であり、武器こそ取らなかった(取れなかった)ものの、真っ先にはやての身を案じた理由でもあったからだ。

 

「皆ちょっと落ち着き。

 天下の管理局員サマとあろうものが、こんなちびっこ相手に寄って集って何しとるん」

 

 それでもはやては、周囲の予想に反し冷静であり、平静であった。

 言葉にも、また表情にも、その少女(すがた)を前にした怯えや惑いは感じ取れず。それどころか、実力者さえ尻込みしそうな眼光の四騎を前に、或いは平時以上の強い意志を以て、「主」としての威厳さえ見せてのけた。

 

「うんまぁ、皆の気持ちもわかるんよ。

 私が皆の立場だったら多分同じ事してたやろうし、

 それだけ私の事気ぃ遣ってくれてるのは、素直に嬉しいんよ。

 けど、この子はそんなんちゃうやろ。

 シロートな私でも判るくらい、危ない感じなんてしてへんやろ?」

 

 騎士達の警戒も尤もではあるが、同時にはやての言い分もまた正論。現状、少女に対し過剰なまでの警戒心を起こさせている理由はその容貌()()であり、魔力反応から直感に至るまでの要因は皆無。偽装の可能性に関しても、疑う程深みへ嵌まる性質上答えが導き出せる筈も無く、また結果論ではあるが、はやてに抱きかかえられるという絶好の機会を得て尚、少女当人は何をするでもなく涙ぐんでいるのだ。

 こうなると、激情は時間の経過に比例して冷めゆくのみであり、代わりに湧き出る一瞬の罪悪感が、迷いを含んだ刃の重石となってそれを下げてゆくだけである。

 

「ほらその調子で、皆その物騒なものをしまってな。

 ヴィータも、いつまでもおっかない顔してたらアカンよ」

「……睨んでなんかねーです」

 

 そんな心境を知ってか知らずか、続くはやての言葉は先程より幾許か冗談めかしたものとなり、柔らかなそれは騎士達の心にも言葉を聞くだけの余裕を生みだしてゆく。

 無論、武器を下ろしたからとて直に無防備となる守護騎士ではなく、「もしも」が起きれば即座に盾となる心構えは保ってはいた。だが同時に、そんな「もしも」が限り無く起こり得ないものであるという感覚もまた、剣を握る指の先へと浸透しつつもあった。

 

 

「まぁそんな訳で、まずはお名前を教えてくれへんかな? 妖精さん。

 これからお話するのに、いつまでも呼び方判らんのも居心地悪いやろうし」

 

 そうして、漸く話ができる空気にまで落ち着いた所で、少女を机へ座らせたはやてが問い掛ける。勿論、自身も椅子へと腰かけ、目線の高さを合わせる事は忘れない。

 そんな優しい声を掛けてくれる存在あってか、はたまた周囲からの厳しい視線が和らいだ為か。此方もまた落ち着きを取り戻した少女は、容姿相応の幼い声色で、しかしたどたどしさを感じさせる事もなくはっきりと答えた。

 

「……ツヴァイと申します。

 あと、ツヴァイは妖精などではなく、れっきとしたベルカ製融合騎なのですよ、()()()()

 

 ツヴァイと名乗った少女――否、デバイスが口にした「ベルカ製融合騎」という言葉に、再び反応する周囲。それでも幾許か冷静でいられたのは、先のやりとりの存在以上に、彼女達が想像する「融合騎」のビジョンとはかけ離れたツヴァイの魔力反応あっての事だろう。

 

 誤解されがちだが、融合騎――ユニゾンデバイスの全てが、単独でもまた高い能力を有している訳ではない。その絶対数が少ない為断言まではできないが、ユニゾン型の本旨は「融合」によって使い手の力を高める事にあり、融合体(けっか)としての優れた力は兎も角、それ単体での戦闘能力は必ずしも設計上欠かせない要素ではないのだ。

 だが、ツヴァイ()の容姿から想像される「融合騎」とは唯一つであり、同時にそれは特別中の特別。オーバーSランカーが束になっても敵わない「化物」であっただけに、彼女の微弱な――言い方は悪いが「貧弱」――な反応とそれが齎すギャップは、(ある意味では)幸運にも周囲に冷静さを保たせるだけの説得力を有していたのである。

 

「ベルカの融合騎? それが何故此処に」

「えっと、ツヴァイは自分が何処から来たのか判る?

 私らが見てた限りじゃ、いきなり湧いて出てきたようにしか見えんかったのよ。

 そんなだから、皆ビックリしてるのもあるんや」

 

 時空管理局に属する魔導師として、また一個人として尤もな問いかけを、民間人であり、一歩近しいはやてが仲介する。とはいえ、質問の内容自体は、はやてをも含むこの場の総意でもあった。

 先述の通り、如何に次元世界とはいえ、種も仕掛けも無くこの様な事態が起こる筈も無い。まして、ベルカの融合騎ともなれば資料さえ少ないレア物であり、言わずもがなこの様な生まれ方をするものでもない。つまり、ツヴァイと名乗るこの融合騎が生まれた場所が、造られた理由が、此処へ送られた要因が、送った者が、必ず何処かに存在するという事。純粋な欲求として、また各々の立場として、それは知りたい/知らなくてはならない情報でもあるのだ。

 

「えっと……ごめんなさい。あまり詳しい情報は解りません。

 ツヴァイとしてはこう、お姉ちゃん達から生まれた感じはあるんですけど、それだけなのです。

 記録上でも、それらの情報はインプットされてないんです」

 

 一番に返された答えより得られたのは、ある意味「見たまま」のそれだけ。「お姉ちゃん」発言で一部よりなんとも言えぬ表情こそ零れたものの、それだけの情報では、残念ながら全くと言ってよいほど話は進展していない。

 

「あ、でも「やるべき事」があるのは解ります。それだけははっきりしてるです」

「やるべき事?」

 

 しかし、ツヴァイの言葉はそこで終わりではなかった。謝意からか自信なく告げられた先程とは異なり、続く言葉には細やかであっても確かなる“力”が込められていた。その熱意は、周囲の雰囲気を察してというよりも、何とかして期待に応えたいという、道具のそれとも異なる幼子の純真がより近しいだろうか。

 そして、それを捨て置かないはやての言葉もまた、単に情報を得たいが為のそれではなかった。

 

「ツヴァイの「やるべき事」って何なん?

 悪いけど、見ての通り私はタダの喫茶店のおねーさん。

 騎士っぽい事はあんましさせてやれへんのよ」

 

 牽制とフォローを織り交ぜたはやてによる先制。自らのスタンスを示しつつ、幼子にいらぬ期待を抱かせまいとした言葉。それがやや柔軟性を欠いた固定観念に基づいているのは、しかし仕方の無い事でもある。如何に今は違うとはいえ、彼女の周囲に居るのは「固定観念」を生みだした一端にしてその代表格。自らもそれに属すると名乗った少女の意図が固定観念(それ)に基づくと考えるのも、極々自然な流れであろう。

 この様な言い方自体が可笑しなものではあるが、はやてもまた一人の人間。その全てが正しい訳ではなく、失敗もまた当然のものとして存在する。はやての推量が真実を捉え損なっていても、なんら不思議な事ではないのである。

 

 そして同時に、人は過ちを重ね、失敗を乗り越える事で前へと進んでゆくものでもある。明日の自分は、昔の自分より一歩だけ、一歩であっても学び成長している。なればこそ、今日この日また一歩。凝り固まった彼女の常識を正面から打ち砕く出会いの訪れなのである。

 

「問題ありません。そもそも、ツヴァイに騎士っぽい事はできないのです」

「?」

 

 ここで初めて、確かに場の主導権がツヴァイへと移った。状況に流されるだけであった幼子が、自らの意志を以て話を進めんとしたのだ。

 

「確かに私は分類上「融合騎」とはなっていますが、そのコンセプトは戦闘用ではないのです。

 ユニゾン自体は問題なく行えますが、それで変わるのは髪色と防御力皆無な騎士甲冑程度。

 高速飛行なんてできませんし、結界も張れない、バインドもできない。

 砲撃も撃てなければ。斬撃も飛ばせないときているのです」

「いや、そもそも斬撃は飛ぶものじゃ……

 え、何? どうして皆「何言ってんだこいつ」みたいな目で見るの?」

『Please be quiet master. It is still in the middle of the talk』

「レイジングハートまで……。

 うぅ……私は悪くねぇなの……」

 

 そこで一区切り。ふぅ と小さく深呼吸した後、改めてはやてへと向き直る。

 周囲の様子も、世界の都合も関係無く、ただ伝えたい人を真っ直ぐ見据え、伝えたい事をはっきりと口にする。その思いを、全てを乗せて。

 

「でも、ツヴァイにはそれ以上に凄い事ができます。

 誰かを好きになる事ができますし、あとこれはツヴァイの頑張り次第ですが、

 誰かに好きになってもらう事もできます」

「他者を大切に想い、同じ様に他者からも大切に想われる。人を信じるココロ。

 それがどんなものにも勝る最高の魔法だと、ツヴァイの根幹にインプットされているのです。

 生まれも何も判らない私ですが、それだけはしっかりとした真実です。

 それが、ツヴァイの生まれた意味なのです」

 

 その言葉に、その思いを聞き遂げた瞬間に、彼女達は不思議な“懐かしさ”を抱いた。

 確かに、この場にいるのは皆親しき仲間・友人・家族ではある。だが、誰しもが皆出会った時からそうであった訳ではなく、むしろ敵対より始まった関係の方が多い程ですらある。それでもこうして今に至ったのは、刃を交えていた中にも言葉があったから。その耳を閉じず、口を噤まず、必死に呼び続けたから。

 そしてそれは、今この瞬間も同じ事。好意や感情といったものを数字にはできないけれども、もし見えていたのなら、それは「敵意」から「好意」への境界を跨いた足音だったのかもしれない。意識無意識下を問わず、「壁」が取り払われた瞬間であったのかもしれない。

 

「そういう訳で、ツヴァイはやってきました。

 ――改めて、お尋ねさせていただきます。貴女が、私のマスターですか?」

「……違うんよ。

 さっきも言うた通り、私達はもう争いの類を望んどらんし、そういったものを起こす気も無い」

 

 何であれその言葉は、ツヴァイの想いは確かに届いた。そして、その上ではやては応える。主として、一人の人間として、込められた以上の感情を以て成すのだ。かつて交わした約束の下に、彼女自身もまた持つ、最高の「魔法」を。

 

「――だから、「マスター」じゃなくて「はやて」で良いんや。

 名前で呼んでくれへん?」

 

 ここに契約は成された。血の代償も払われていなければ、押印済みの証文が存在する訳でも無い。それでも、結ばれた(ちかい)が消える事は決して無いだろう。その想いある限り。誰が付けたのかも知れぬ、しかし彼女だけのものである名前と共に。

 

 

 ▽ ▽

  ▽

 

 

「あ、あと先程は言い忘れてましたが、戦う力は無くとも、便利な七つ機能は備えているのです。

 目覚まし機能付き時計、電子メールの管理、辞書機能、バイタル測定、

 万歩計、目からビーム(30w)カロリー計算。これは一家に一人欲しい性能ですよ。

 勿論、ツヴァイははやてちゃん以外の所へ行く気はありませんが」

 

 やがて騒動も一段落し、参加者を増やした所で祝宴は再開。話はいつしか、主賓の隣を陣取った新入りを囲んでの自己紹介へと移っていた。誇らしげなる先の言葉は、その中におけるツヴァイの一言であり、他愛無い雑談の中で明らかとなった各々の意外な特技……例えば質量をもった残像だとか、バインド駆使したあやとりもどき(ストリングスプレイ)といったものに触発されての、精一杯の自己アピールでもある。

 

「それって全部融合騎である必要無いわよね」

「最早単なる便利ツールだな」

「ベルカ技術の集大成とは何だったのか」

 

 肝心の七つ機能(じまん)自体の評価こそ散々ではあるものの、そんな冗談を交わせる雰囲気が構築されている事は、先の件を鑑みれば大きな進展と言えるだろう。

 その独特の「ゆるやか」な空気や、小さいなりの健気な姿勢あってか、ツヴァイはこの僅かな時間ですっかり打ち解けており、ある意味ではそういった性質こそ、彼女が持つ最大の特技であるのかもしれない。

 

「むむむ、そう言っている間にも早速メールを受信したのです」

「おうっ!? なんだそりゃ」

 

 と、話に花を咲かせていた所へ、早くも「お披露目」の機会が訪れた。

 電波を受信したアンテナとは、おそらくこの様な感じであるのだろう。ツヴァイの頭の頂点からはねる一房の髪……所謂アホ毛が“びびび”と左右へ振れたと思った途端、なんとそこから露の様に便箋が垂れ下がってきた。繰り返しになるが、極々普通のサイズの便箋が、普通の人間と比べ遥かに小さい髪の先端から垂れ下がってきたのである。慣れ親しんだ技術とは全くベクトルの異なるそれには、さしもの歴戦の勇士(ヴォルケンリッター)とて驚きを隠しきれなかった。

 

「これぞ七つ機能が一つ、メール管理機能。

 なんと、届いたメールをその場で立体投影の便箋に加工できるのです。

 デジタル化久しい現代社会の中で、敢えて手書き特有の温かさを味わってほしいという、

 匠の粋な心遣いを垣間見れる逸品なのですよ」

 

 そんな周囲の反応に気を良くしたのか、鼻高々に補足するツヴァイ。そこで誰も「手書きな訳ではないだろう」と指摘しないのは、ある種の優しさであろうか。

 

 兎角、口頭での説明だけならばまだしも、実際に今この場でメールを受信したとなれば、そんな事以上に重要・重大な疑問が生まれるのも当然と言えよう――即ち、「誰からの」「どの様な内容」という二点についてである。

 勿論、主であるはやて自身、次元世界(ミッドチルダ)で用いられている携帯端末やそのアドレスは有しているし、また新天地での友人・知人にも恵まれていた。祝宴が始まる前の段階で、既に方々からの祝電も受け取ってはいる。

 が、つい先程やってきたばかりのツヴァイにそれらを知る時間があった筈も無く、仮に何らかの手段で情報を得ていたとしても、「本来の送り先」への着信が無い理由にはならない。つまり、今送られてきたそのメールは、確かにツヴァイを送り先に指定したもの という事になる。

 

 となると当然、先程の様に「送り主」の存在が問題となる訳だが、今度はツヴァイ自身による細やかな反論がそれに先んじた。

 

「ご心配にはおよびません。不要な広告等は全て、自動的にフィルタリングされるのです。

 ベルカ風に言うのであれば、「ぶたはとさつばへいけ」というやつですね」

 

 そこでテロや襲撃の類ではなく、極々一般的な「迷惑」が例に上げられたのは、誤魔化しなどではなく、ただ純粋にそれぐらいの発想しか思い至らなかった為なのだろう。自身の顔を覆う大きさの便箋をぶらさげながら胸を張るツヴァイの表情は誇らしさ一色、とてもではないが、その内に謀略を秘めている様には見えなかった。

 

「スパムだけにか」

「……おお、成程。あれってそういう意味だったのか」

「あら、知らなかったの? 「和平の使者」といい、ヴィータちゃんはその方面に疎いのね」

「ちょっとばかし苦手なだけだよーだ」

(初耳……と言える空気ではないな。うむ、そっとしておこう)

 

 そして、「敵」に対しては一切の容赦が無かったベルカの同胞達も、そんな流れへ同調しはじめる。ある一人にとってはふざけている様に思えるそれも、当人達にとっては至極真面目な感想。更には周囲すら実在の疑わしい「脅威」を早々と切り捨て、何とも物騒な言い回しに感心する始末。

 語られている内容はさておき、新顔を加えた彼女達の“新しい日常風景”が、そこには早くも形成されつつあった。

 

 

 ともあれ、安全が保証されているのであれば、送られた手紙(それ)を受け取らない理由は無い。それが、手紙を渡してくれる者へ寄せる“信頼”の証明にも繋がるのであれば尚更である。

 喜び勇む犬の尻尾よろしく毛先を振るツヴァイに口元を緩ませつつ、果実を摘む様に手紙を取るはやて。立体投影とはいえ、そこは流石の次元世界――或いはベルカ印の融合騎。ツヴァイのそれは、どういう原理か本物さながら手に取る事すら可能なものであった。確かに、これならば温もりは兎も角、「開く」という行為に伴う楽しみも味わえるだろう。

 

 個人へ宛てられた手紙を覗き見するマナー違反がいる筈も無く、しかし3人寄れば姦しい淑女(レディ)が倍近く居るこの場の空気は、興味関心好奇心で一色。そんな「追い風」を受けつつ、期待に胸を膨らませながらはやては封を切り――

 

 

 

 

「……ちゃん! はやてちゃん!」

 

 ――ただならぬ雰囲気を含んだ、そんな声で我に還った。

 周囲を見渡せば、うろたえる友人や、珍しくも動揺を浮かべた家族、そして先程以上に顔をくしゃくしゃにしたツヴァイと様々で、しかしその何れもの視線がはやてへと向けられていた。如何に“一般人”な彼女であっても、そこまでの反応を見せられれば「何かあった」事くらいは容易に察せられよう。

 

「な、何や急に。

 どうしたん皆、私の顔に何かついとるん?」

 

 とっさにそんな言葉が出たのは、心配を掛けさせまいという彼女()の性格が真っ先に出た為か、突然の事態に対し自分自身を落ち着かせようとしたが故か。

 何にせよ、極力平時の調子を保たんと、はやては笑顔交じりでそう冗談めかす。

 

「だってはやてちゃん……涙が……」

 

 しかし、返されたなのはの言葉で漸く、彼女は自身が涙を流している事に気付いた。

 

 

「あれ、あれ……?

 変やな、そんなつもりなんて……無いのに……」

 

 不思議そうに、おどけた様子で呟くも、そんな言葉に反し零れる滴は止まる気配を見せない。一つ、また一つと、立体投影をすり抜けてゆく。

 これに慌てたのは周囲の面々。何せ、傍目には手紙へ目を通した途端固まり、直後涙を流し始めたのだ。彼女を取り巻く事情を鑑みれば何事かと身構えてしまうのも当然であり、また意気揚々と原因(と考えられるもの)を渡したツヴァイにあっては、まさしく剣を突き付けらた以上の心地。罪悪感その他もろもろで、あわや爆発寸前の状態にもなろう。

 

「ち、違うんよ皆。

 これはそう……嬉し涙や。あんまりにも嬉しくて、思わず出てしまったんよ」

 

 そんな様子を見かね、また“誤解”が生じている事に気付いたはやてが、慌ててフォローに入る。涙と鼻水とで凄まじい事になっているツヴァイをあやしつつ。手紙の内容が決して悪いものではない事、今の自分は決して悲しみに暮れている訳ではなく、むしろその逆であるが故の涙であろう事等を、身振り手振りを交えつつ必死に説明した。

 はやての性格をよく知る者達にとっては、それさえ「無理をしている」という懸念へ繋がりかねないものではあるが、そこは長い付き合い。経験から涙の種類と弁明の真偽を見極め、納得した周囲は当人の意志を尊重する形で腰を下ろす。抱きかかえられていたツヴァイも、目元や鼻こそ赤いものの落ち着きを取り戻しており、それらを以て一応の鎮静化は果たされた。

 

 

「でも、はやてがそこまで言うのなら、きっと素敵な内容だったんだろうね。

 一体誰からの手紙なんだろう?」

 

 しかしそうなると、場の空気・状況に関わらず“次”が気になってしまうのが人の性。「悪いものではない」とは言われたものの、肝心の文面については釈明時でさえ明らかにされておらず、まして一目で感涙溢れる程ともなれば、誰からの、どんな手紙であったのか、興味が湧かぬ筈も無し。

 

 フェイトのそんな何気ない言葉で、本日何度目かも判らぬ注目を浴びるはやて。すると、先程までの涙から一転、頬を染め照れた様子――ただそれだけで、先の心配が悉く払拭される表情――で、晴れやかに答えた。

 

 

「うーんと……それは内緒や。

 ただ言えるのは、数えきれないぐらいの愛が詰まった“ラブレター”みたいなもん

 ちゅう事ぐらいやね」

 

 “ラブレター”

 成程、確かにそれならば、はやての見せた笑顔にも説明が付くだろう。どれ程数奇な運命を辿ろうとも、彼女もまた普通の乙女。「数えきれない」程の愛情を、それだけの真心を受ければ、自然と笑みも浮かぼう。涙の理由については……当人のみぞ知る といった所であろうか。

 何であれ、その様な爆弾発言を聞き黙っていられる程、彼女の家族達は冷めきってはいない。やれどこのヨタモノの仕業だいや待て異性とは限らんぞ百合も薔薇もベルカでは日常茶飯事だぜこっち見んな私はノンケだ等々、爆心地そっちのけで暴走迷走を始め、すっかり順応した周囲も(知ってか知らずか)そこへ燃料を投げ込んでゆく。その様相は、まさしくカオスの一言に尽きるもの。

 

「はいはいそこまで。

 祝電の一つが何や。私ももう20(大人)、恋文の一つぐらい何でもあらへんわ」

 

 そんな、エース・オブ・エースすら達観した眼差しを浮かべる混沌を一言で纏められるのは、流石の主と言った所だろうか(尤も、それは「最後の夜天の主」というよりは、「八神家の主」としてのものではあろうが)。一癖も二癖もある家人を纏め挙げるのに必要なのは、全てを圧倒するだけの武力ではなく、それらを受け止める事のできる器。多少の“強がり”も、時には必要という事なのだろう。

 

「そんな事より、パーティの方を早く再開せぇへんか?

 僭越ながら、ここからは翠屋二号店店長が腕を振るわせてもらうで」

 

 さりげなく混ざっていた勇ましい発言も、続く言葉ですぐさま頭の片隅へ。努力を重ねてきた彼女の腕前は、この場に居る誰もが知るものであり、長く“本家”に触れ続けてきた人物をして唸らせるだけのそれ。仕事柄中々に通えない立場ともなれば、その申し出を断る理由も無い。

 そうして、人を立ち位置を少し変え、しかし何時もと変わらぬ特別な時間が二幕を開ける。祝宴は一時であっても、育まれる思い出は永遠のもの。その歴史を彩り形作る一頁として、今日この日は彼女達へ深く刻み込まれる事だろう。鮮烈なるデビューを果たした、新しき風と共に。

 

 

 

 

 

 件の手紙の“その後”についてだが、騒ぎと祝宴の中で、受け取り主本人の手によってさりげなく削除。バックアップも取られておらず、その現物は永遠に失われるという結末を迎えた。

 が、消えたのはあくまでも現物だけであり、本旨たる内容の方は、贈られた人の記憶へしっかりと焼き付いていた。何せ、そこに書かれていたのは「ただの一言」だけであったのだ。只一人だけが知る「送り主」の存在を差し引いたとしても、彼女の記憶へ残る事など造作も無いだろう。忘れようも無く、また忘れる筈も無いのだ。

 

 その一言――短いながらも、丁寧な()()()()()()()()言の葉は、時を、世界を、夢幻を越えて運ばれし温かな旋律。夜天(ほしぞら)へ鳴り響く祝福の音色にして、一万と二千年前から届いた、紛う事なき愛の言葉(ラブレター)

 

 

 

『お誕生日おめでとう

          ―或る名無しの風―』

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。