Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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10話

 

 公開討論会。

 一高に存在する一科二科制度に端を発する差別撤廃を目指すという有志同盟と生徒会――というよりも生徒会長との討論は、具体的な数字を伴う理路整然とした真由美の反論により、討論会というよりも演説会へと装いを変え始めていた。

 

「生徒の間に同盟の皆さんが指摘したような差別の意識が存在するのは否定しません。ただしそれは、固定化された優越感であり劣等感です。特権階級が自らの持つ特権を侵食されることを恐れる、その防衛本能から生まれ、制度化された差別とは性質が違います」

 

  元より有志同盟を名乗る者達の主張は、具体的な要求もなく、差別されているという意識のみのものでしかない。学校側の制度上たしかに一科二科の区分けはあるが、それは教員数の確保の問題など差別ではなく制度上のものでしかない。

 それよりも問題となっているのは、学校側で禁止している差別用語――ウィード(雑草)花冠(ブルーム)といった言葉――を使用して区別を差別とする意識こそがことの本質なのだと、真由美が演説して訴えていた。

 

「どうやらこちらの大勢は決まったようだな」

 

 すでに同盟の反論や主張は尻すぼみに消えており、生徒会や摩利の立場としては予定通りの進行になっている。

 

「しかし君がこちらの警備に名乗りを上げるとは思わなかったな」

 

 摩利は隣に腰掛けている魔術師、藤丸圭に率直な疑問をぶつけた。

 摩利や達也はこの講堂に詰めてはいるが、全ての風紀委員が討論会の場に来ているわけではない。そもそも彼女たちも討論に参加するためにここにいるわけではない。討論自体は生徒会長一人で十分だからだ。

 彼女たちがいる理由は風紀委員の役割そのもの、つまりは治安と風紀の維持だ。

 放送室の占拠をやらかした同盟だ。討論が彼らの思惑通りにいかなければ過激な手段に訴えることは容易に想像がつくし、なによりも同盟の母体であるエガリテ、ひいてはその後ろにいるブランシュは社会的差別の撤回をお題目にしている反魔法国際政治団体であり、様々な反魔法活動を行っている。その上、彼らの実態は大亜細亜連合に使嗾されたテロリストというのが公安や内情――つまり日本国政府の見解だ。

 討論会などという表の舞台に出てきた以上、こんな予定調和的に失敗するだろう討論会だけなどではなく、本命の活動――つまりテロ行為が予想されていた。

 実際、舞台の上で討論を一手に引き受けている真由美をはじめ、生徒会のメンバーこそ全員講堂にいるが、風紀委員のメンバーや部活連は講堂以外にも巡回に出ている。

 講堂の“戦力”はむしろ達也や摩利、副会長である服部や真由美がいる時点で十分すぎるほどだ。それ以外にも摩利の統率下にある上級生の風紀委員がいるのだから捕縛要因としての人手は十分。

 魔術師という魔法師とは違う立場の藤丸からすれば、むしろこの討論を聞くことに価値を見出してはいないように摩利は思えたのだ。

 

「ん~、まぁこの討論自体の方は、うん、講評は避けておいた方がいいかと思うんですけど。明日香とバラけておくと僕の配置はこっちになるんですよ」

「どういうことだ?」

 

 たしかに、摩利の言うようにこの討論会自体には圭は重い関心を抱いてはいない。

 “藤丸”は歴史ある魔術の家系ではない。勿論、魔術が魔法の基になっている以上、古式を除いて現在幅をきかせている魔法師の名家、例えば十師族などよりは古い歴史を有してはいる。

 しかし、今の“藤丸”家が魔術師として活動を始めたのは魔法についての研究がなされ始めた頃―――かの有名な世界的テロ未遂とされている事件の頃と一致する。

 家系としての目的も一般的な――というにはすでに多くの家系が消滅しているが――魔術師の家系の目的とは異なる。

 ゆえに魔術師としての価値観も、魔法師としての価値観も彼らには関係ないとも言える。

 それだけ魔術師という種に比べて“人”ではあるし、差別などに対して思うところはある。だが今現在講堂であるいは先日まで校内各所で繰り広げられていた彼らの主張はあまりにも幼稚で、彼にしてみれば美しくない。

 今日とて役割がなければ敢えて聞きに来ることもなかっただろう。

 

 実際、講堂に来ているのは全校生徒の半数ほどだ。それが多いか少ないかはともかく、同じ魔法師であってもそうなのだから、魔術師としての立場である圭からすればなおさらだ。明日香とてこの場には来ていない。

 だが講堂に真由美と摩利が居るように外の巡回警備には部活連会頭の十文字克人がいるのだ。防衛能力という点においては真由美や摩利よりも圧倒的に克人の方が上回るだろう。

 はぐらかすような圭に摩利は目つきを険しくした。

 

「どうやら討論会は終わったようですね」

 

 七草生徒会長の公約、生徒会に確かにある一科と二科を差別する制度を撤廃するという宣言に会場では満場の拍手が起こった。

 おそらくこの場で一科二科の壁を越えて会長の公約を受け入れたということではないだろう。人の意識はそう簡単には変わらない。今この場では真由美の可憐さと会長としての威厳とに、アイドルを観るような思いで感銘しただけだろう。

 ただ同盟の主張には確かに意味があった。生徒会長自らが差別意識の克服を主張し、公約として名言したのだ。同盟の表向きの目的である学内の差別をなくしていくきっかけにはなっただろう。……もっとも、それが彼らを裏から操っている者たちの望み通りかというと、決してそんなことはないのだが。

 

 圭は摩利の訝しい視線はそのままにして、座っていた椅子からよいしょと立ち上がった。

 それは次に起こりうる事態を読んでいたかのようなタイミングで、轟音が講堂に響き渡り、可憐な生徒会長の演説に陶酔していた生徒たちは爆発音に酔いが醒めたようにうろたえた。

 講堂に配置されていた風紀委員たちの動きは統率だっており、そして迅速だった。

 襲撃は予想されたもので、窓を割って投げ込まれたなんらかの榴弾は炸裂することすらも許されずに副会長の魔法で処理された上で巻き戻すように外へと放り返され、講堂内からの撹乱を企図していた同盟のメンバーは風紀委員によって取り押さえられ、外から防毒マスク着用の上で闖入してきた者たちは軒並み摩利の空気を操作する魔法を受けて昏倒した。

 

「では俺は、実技棟の様子を見てきます」

 

 講堂内での過激行為――テロが未遂に終わったことを確認した達也は、そう言って講堂を後にし、その共に深雪も駆けていった。

 襲撃してきた“人物”たちの狙いは、達也が向かった実技棟なのだろう。

 差別撤廃だなどと似非たお題目を掲げていても、その実態は外国の工作員。魔法が軍事力と直結する現代の国際事情と合わせて考えれはま、エガリテに取り込まれた生徒の方はともかく、テロリストたちの狙いは魔法大学系列のみで閲覧可能な非公開情報。

 達也はそれを守りに行ったのだろう。一方で圭はそれを追いはしなかった。

 圭が達也と深雪が実技棟へと赴くのを見送ったのみで自身も行かなかったのは、魔法の情報が魔法師ほど大切ではないというのもあるが、それ以上にこの場がまだ終わっていないというのが理由として大きい。

 

「さて、それじゃあ、僕も外には行きますか」

 

 圭は仕込んでいた杖を取り出すとともに、講堂の外へとゆるりと足を進めた。

 

「さあ。――――戦いの時間だ」

 

 魔術師、藤丸圭がここに居た理由。それが上空より轟音とともに舞い降りようとしていた。

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 講堂を始め、校内にはすでに武装したテロリストが、ブランジュの工作員たちが陽動に実技棟や事務室のある校舎へと襲いかかり、秘匿情報の奪取を目的とした本命が図書館へと向かっていた。

 有志同盟による討論会参加という派手な動きに合わせて何か事を起こすと警戒していた生徒会や風紀委員、部活連などの生徒自治組織とは異なり、視点の異なる――つまり、所詮は子供である生徒同士の諍いだと見ていた大人たちの事前対策はないに等しいものであった。

 本来であれば魔法科学校には魔法実技を指導するために、魔法師が教師として常駐しており、特にその中でも最高レベルと目されている第一高校における教師陣ともなれば、魔法師としても一流ばかりのはずであり、戦力的には小国の軍隊にも引けを取らない程ではあった。だがだからこそ外部からここを襲撃するものなどあるはずがないとの油断があり、ゆえにこの襲撃に対しては後手に回っていた。

 

 もっとも、流石に貴重な品が多く保管管理されており、職員の詰めている事務室の対応は早く、襲撃による混乱からわずかな時間で迎撃態勢を整え、侵入者を撃退していた。

 一方で校内の敷地のあちこちでも散発的に武装テロリストによる襲撃が繰り広げられていた。

 

 

 

 ――――演習林付近。

 

「何あれ!」「実技棟から煙が上がってる!?」

 

 講堂での討論会には参加せず、部活動に精を出している生徒も大勢いた。

 雫やほのかたちが所属するSSボード・バイアスロン部もその一つで、彼女たちは先程学校の敷地内全体に響き渡るような轟音に驚き、そして実技棟から煙が上がっているのを見てパニックに陥りかけた。

 それを宥めたのはバイアスロン部の部長である五十嵐亜美だが、その彼女も端末を確認して爆発の原因を知り、顔を青ざめさせた。

 

「おおおお、落ち着いて聞いてね? と、当校は今、武装テロリストに襲われているわ!」

 

 混乱と動揺して声を震わせる部長。一転してその動揺が伝播するが、一度落ち着いたところだけに部員たちがパニックにまでは至らなかったのは幸いか。

 

「護身のために一時的に部活用CADの使用が許可されています。でもあくまで身を守るためだからね」

 

 魔法師である以上、生徒はそれぞれ自身のCADを有しているし、登下校や普段の生活中には携帯している。もっとも街中での魔法の使用は有事を除いて取締の対象になりがちではある。

 だが風紀委員や生徒会などの一部を除けば魔法科高校の生徒とはいえ校内でのCADの携帯は許可されていない。

 実技演習や部活動の際などは演習用や部活用のCADが貸与される。

 今部長をはじめ、彼女たちがもっているのは部活用の小銃型のCADであり、彼女たち個人用のCADは事務局に預けている。

 

 雫は自身の持っている小銃型のCADに目を落とした。そこに格納されている魔法式はSSボード・バイアスロンの競技に特化したものばかりだ。

 戦闘用でないとまでは言わないが、普段携帯しているCADほど安心感はない。もっとも、普段のCADがあるから無双の安心感があるというわけでもないが……

 先日襲ってきた怪人を思い出してCADを握る手に力が入った。

 あの時、雫の魔法は通用しなかった。

 異形の骨人形相手には足を止めることがせいぜいで、一度形を崩してもパズルが組み上がるように復活して意味をなさなかった。 

 そして怪人に対しては魔法を発動することすらも許されなかった。

 かつて誘拐されたときは、まだまだ幼かった。有力な魔法師であった母の手ほどきは受けてはいても、所詮は中学生の子供でしかない。だがあれから魔法を学び、母や護衛の魔法師を相手に戦いの練習だっていくらかはしたつもりだった。

 けれどもあの様では、果たして自分はどれだけ成長できたのだろう…………。

 雫の苦悩を砕いたのは至近で起こった爆発のような轟音だった。

 先程のような爆発の音とは違う。高高度から鉄塊を落としたような重低音が間近で響き、朦々とした土煙を巻き上げている。

 

「なに!?」

 

 驚きの声は誰しもが上げた。

 雫も、ほのかも、先程皆を落ち着けたばかりの部長でさえ今度こそ動揺した。

 薄れていく土煙の中に何かが居た。

 落下してきた物体――否、腕をひと振り、残っていた土煙を薙ぎ払って姿を現した。

 

「なっ!」「き、キャアアアア」

「ひっ!」「!」

 

 その異様に、バイアスロン部の女子生徒たちが悲鳴を上げた。

 僅か一週間でまたも異形の存在を目にすることとなったほのかの喉が恐怖で引きつって悲鳴をあげたのも無理からぬことで、雫もまた驚愕に目を見開いていた。

 

「おお、おお。開始から派手にやってるじゃねえか!」

 

 そしてその異形は、以前の異形――赤い骨人形とも違っていた。

 響き渡らせた轟音に違わぬ見上げるような巨躯。背には蝙蝠の如き、しかし巨躯に見合うサイズの翼。頭部には禍々しい角。そして体表の色は毒々しい黒紫。その面貌には凶悪な牙が天を衝くように生えている。

 その異形を一言で表すのならば――――そう、悪魔(・・)

 

「さぁて、悪魔のご登場だ! ハッハァ! いいねぇ! 戦場に獲物もたんまり! 略奪こそが戦場の愉しみ! 一番槍でいただくぜ!!」

 

 魔法と科学によって神秘の駆逐されたはずの21世紀に、悪魔(・・)が舞い降りたのだ。

 

「キャアアアア!!」

「くっ! ウチの部員に、手は出させない!」

 

 その異形――悪魔は明らかに好戦的で、文字通り牙を剥き出しにしてバイアスロン部の部員たちへと襲いかかった。

 部員たちの上げる悲鳴に、いち早く正気を取り戻した部長の五十嵐が勇ましく立ち向かい、CADを操作して魔法を発動させた。

 発動させる魔法は乱気流からの叩きつけ。人間相手であれば過剰防衛を引き起こす結果にも繋がりかねないほどに躊躇のない威力を込めた魔法であったが。

 

「あ~ん? なんだ今の? ああ。マスターの言ってた魔法ってやつか。こそべぇなぁ。そよ風が吹いてんのかと、思ったぜっ!!!」

「なっ!?」

 

 ゴウッ、という旋風を腕の一振りのみで蹴散らし、悪魔は凶悪な笑みで吠えた。

 自身のCADではなかった。咄嗟に組んだ魔法式であった。サイオンの注入が十分ではなかった。理由は色々あったとしても、ただひとつ明らかな事実として、最上級生である部長の魔法がこの悪魔にはまったく通用しなかったということだ。

 部員たちの顔が一様に恐怖に彩られ、

 

「ぅお! なんだぁ?」

 

 しかし諦めず、魔法を放った者がいた。

 

「部長! 早く逃げて!」

 

 雫である。前回の骨人形の時、そして先程の部長の魔法が通用しなかったと見るや、雫は直接的な衝撃破壊系の魔法ではなく、得意の振動系の魔法を使用した。

 それも悪魔本体にではなく、その足元を揺らすようにして。

 勿論、普段使いのCADならともかく、競技用のCADではそれほど大規模なものは用意されていない。

 けれども大規模な出力と発動速度に優れる雫は、手持ちの魔法式を最大限に活用して悪魔の足止めを試みたのだ。

 翼こそあるが、落下してきた悪魔は地面を踏んで移動しようとしていた。ならば悪魔自身になぜか魔法が通用しなくとも、地面に干渉すれば足くらいならば止られる。

 そう読んだ雫の狙いは当たっていたが、同時に悪手でもあった。

 

「テメェか! チビがっ!!!」

「ッッ」

 

 揺れはそれほど大きくはなかったが、うまく振動を干渉させあって共鳴させた振動は、ダメージを受けるほどではなくとも、鬱陶しさを感じる程度には悪魔の気を引いてしまったのだ。

 悪魔は“微妙に揺らされて”気分の悪くなる原因をつくっているのが雫だと見定め、苛立ったように吠えた。

 一気に地面を蹴って雫に接近。

 

 ――早い! 逃げ、れない! ――

 

 雫が気づいた時にはすでに巨体の悪魔は目の前で巨腕を振りかぶっていた。

 ほのかや部長の魔法は間に合わない。いかに古式魔法よりも発動速度に優れるとされる現代魔法でも、CADを操作しなければその速さもない。

 あの巨体の見た目に合わない速度は、彼女たちが魔法を発動するよりも早く、そして仮に発動したとしてもものともせずに雫へと拳を振り下ろす。

 コンマ数秒後には少女の小さな体は物言わぬ肉塊へと変じるだろう。

 少女の華奢で可憐な肢肉は無残に潰され、彼女の思いも、人生も、すべてを終わらせてしまう。――――その刹那、猛烈な風が背後から駆け抜け、振り下ろされた巨腕と激突した。

 

「!」「なぁっ!! テメェ!」

 

 激突の衝撃が広がり、けれども雫の前に立ち塞がったなにかは、決して、一歩たりとも災厄を少女のもとへと押し寄せさせはしなかった。

 雫の眼前で悪魔の巨大な腕を防ぎ止めているのは、見えない何かを盾にし、一高の制服に身を包んだ金髪の同級生。

 

「デーモン……いや、ホムンクルスか」

 

 その声は、その姿は、たしかに同じクラスの彼の姿。

 だがくすんでいたはずの金髪は輝くように鮮やかに。雫が見上げるほどには大きい背丈は、しかし悪魔に対しては見るからに小さく、比して細いその腕は、悪魔と激突しても小揺るぎもせず、睨み合う今も拮抗していた。

 

「こ、――な、がッッ」

 

 拮抗、どころか押し返した。

 駆けつけたばかりの不十分な体勢ではなく、地を踏みしめ、握りしめた不可視の武器を振り抜き、悪魔を弾き飛ばした。

 冗談のような体格差にもかかわらず、悪魔は地面に溝を刻みつけて押し飛ばされた。

 

「明日、香?」

 

 呆然と呟き紡がれた名前は、たしかに同じクラスの彼のもの。だが目の前に立つその背には既視感があった。

 右脚を一歩引き、見えない武器を右下段に構える斬りかかりの構え。

 それはかつて“奴隷王”を前に対峙した背中。怪人を前に立ちふさがった騎士。

 

 違うはずなのに。

 彼の目は黒色 / 碧眼 で。彼の髪はくすんだ金髪 / 鮮やかな金紗 のようで

 泡沫が弾ける度に否定されたデジャヴュが、今、たしかに実像を結んで立っていた。

 

 

 

 

 

 圭の予測では、今日襲撃してくるテロリストたちに合わせて明日香が遭遇したサーヴァントもまた襲撃をしてくるだろうとのことだった。そして“あの英霊”の伝承からするとデーモンかホムンクルスのどちらかを使役してくるとも。

 遊撃の役割を担った明日香が気づいた時にはすでに校内に敵ホムンクルスが落下しており、霊衣を纏って武装するのも惜しんでいち早く駆けつけたのは、遠目に見てもすでに襲いかかられそうになっているのを見たからだ。

 そのために霊衣で顔を隠すこともできず、鎧すら着ていない状態で敵と対面することになったが、間に合ってしまいさえすればホムンクルス相手に遅れをとるはずもなかった。

 魔力放出によって向上した膂力は容易く巨腕と切り結び、ホムンクルスの巨体を弾き飛ばす。霊基に宿り、先達と師によって鍛えられた武技はホムンクルスごときの猛威を寄せ付けはしない。

 隠していた顔を晒すことになってしまったが、それよりも襲われつつあった彼女に傷を負わせないことの方が重要だ。

 

「ハァッ!」

「――――な、がッッ!!!」

 

 吹き飛ばされて体勢を崩したホムンクルスに、得意の構えから追撃を繰り出す。体ごと高速回転しての斬撃は過たずホムンクルスを両断した。

 崩れ落ちる巨体は、地面に倒れ伏す間に光の粒子となって宙に消えていく。

 それを見下ろす明日香は、しかし別の場所でもいくつか闘争の気配が止むことなく続いているのを感じてすぐに顔を上げた。

 

 ――校内に入り込んだホムンクルスは二体か……――

 

 同時に念話も飛んできて、幾つかの場所の内、彼の方でも巨躯のホムンクルスが出ていることを知らされた。他の気配は恐らく単なる人による武装テロリストか魔法師がせいぜいだろう。

 前回の骨人形程度であれば、圭の魔術でもどうにか対応できるだろうが、先ほどデーモンもどきのホムンクルス相手では流石に足止めが精々だろう。

 おそらくあれは、“あのサーヴァント”の来歴に由来するホムンクルス。

 “三体の悪魔”の伝承の一体。

 ならばサーヴァントほどの力は持たなくとも、魔術師が、まして魔法師が対抗するには荷の重すぎる相手だ。

 

 圭がそうそう簡単に死ぬとは思わないが、一刻も早く駆けつける必要はある。

 足元に魔力を集中させて放出することにより、それこそロケットのような加速力をもって飛び出そうとした明日香は――

 

「待って!」

 

 必死さを感じさせる呼び止めの声に踏みとどまった。

 

 声に応じて振り向くと、遠巻きに見ている女生徒たちの姿が目に映った。

 魔法の通じなかった異形の化け物をあっという間に倒したのだ。彼女たちからしてみれば突然現れた明日香もまた、まともではない何かに見えたとしても咎められないだろう。

 だが呼び止めたのは彼女たちではなかった。

 普段クールな少女――雫が必死に手を伸ばし、また去っていこうとしていた明日香の袖を掴んでいた。

 

「雫」

 

 身長差から見上げるように覗きこんでくる雫の瞳は黒。そして彼女の目に映るのは輝くような碧眼。

 

「――やっぱり。2年前、私を助けてくれたのは、あなた?」

 

 言葉が途切れ途切れなのは、短い距離を駆けて追いすがったがゆえにではないだろう。ともすれば消えてしまいそうになるのではないかという泡沫の記憶を確かめながら、明確にビジョンを結んだ騎士たる彼に尋ねたのだろう。

 

「2年前……。雫、君は……」

 

 雫の問いに、明日香はやはり、という思いで瞠目し、苦しげに眉を曇らせた。

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 雫が何度も浮かんでは消えてしまう泡沫の夢の如き記憶を、明日香は明確に覚えていた。

 2年前の事件。ライダーのサーヴァントとの戦いとは別に、あの戦いが明日香にとっても感慨を残す出来事であったからだ。

 

 あの事件よりも以前、“とある英霊”をその身に宿し、憑依融合することになった明日香は、当時自我の同一性に悩まされていた。

 英霊を憑依させるのは通常では不可能なことではあるが、前例はたしかにあった。

 無垢なる子供の魂と器に波長の近い英霊を降ろす。あるいは人工的に英霊の生前と同じ肉体を作り上げ、精神モデルを模倣することで、魂を引き寄せる器となす。

 明日香の場合も、そんな稀有な成功例と同様ではあった。

 だが本来英霊の魂というのは人間の魂とは比べ物にならないくらい膨大な霊核だ。

 過去の聖杯戦争で、あるいは今現在たる特異点で行われているように、クラスという器に一面を押し込めるのではなく、人の身に一側面とはいえ降ろす行為は、あまりにも格の違う中身を小さな器に押し込めるようなものだ。

 器に影響が出るのは当然で、元々器の中に入っていた明日香の魂や精神に影響を及ぼすのもまた当然だった。

 その一つとして、憑依融合して以降、明らかに自分の顔は変わったと明日香は分かっていた。激変したというほど急激に、唐突に、明らかに別人の顔になったわけではない。

 もしかしたら単に自分と“彼”の容姿が似ていて、それ以外にも憑依できる要素があったからこそ、“彼”は自分に宿ったのかもしれない。成長すれば元々明日香の容貌が“彼”に似たものになったのかもしれない。だが明日香自身が、その顔を見て変わっていると認識できてしまった。その精神も、会ったことのない高潔な騎士のそれに浸蝕されていくようで。

 “彼”という魂に塗りつぶされていく明日香という個。

 だとしたら自分は明日香としてこの世に生まれ、“彼”に成るのか。それとも“彼”が現界するための依代として自分は生まれたのか。

 この世界における自分という存在はなんなのか。“あの英霊”に塗りつぶされるためだけに生まれたのか。

 使命は理解している。受け入れている。果たしたいと思う。けれどもふとしたときに、自分という存在が分からなくなってしまっていた。

 

 そんな時に、あの事件が起こり、初めて意識して“彼”の力をサーヴァントに対して振るった。

 戦いの中で、より一層、自分の中の魂が“彼”に塗りつぶされるようだった。

 けれどもライダーを倒し、囚われていた人を助けた時、名前を聞かれたのだ。

 

 あの時、自分は、自分の口から、自分の名前が、明日香という名前が自然に出た。

 

 だから自分は“彼”ではなく、獅子刧明日香なのだと確立できた。

 強大な力を宿し、その力を使命のために振るっても、それは全て獅子刧明日香という自身が為すことなのだ。

 ありがとうと。あの時、少女は感謝したけれど、明日香の方こそ彼女に感謝したかった。

 

 魔術に関わることだから。十師族という影響力の強すぎる子は例外にして、雫の記憶も改竄する必要があると圭が提案した時、明日香はそれに反対しなかった。

 たとえ彼女に助けられた記憶がなくとも、もう自分は自分を見失わない。

 あんな化物じみた戦いを目撃した恐怖を引きずる必要なんてない。

 

 それでも彼女は思い出してしまった。

 圭の暗示に瑕疵があったのか、それとも意図的なものか、あるいは別のなにかの為にか……

 痛みを堪えるように眉を曇らせたのは僅かな時間だった。

 

「すまないが、今は話している時間がない。もう一体、ケイの方でも強力なホムンクルスが出ている」

 

 袖を掴む雫の手に自らの手を重ねて、明日香は傷つけないように細心の注意を払うようにして外した。

 躊躇いはある。

 けれども今は戦いの時だ。

 

 明日香の言葉に、雫はなぜそんなことが分かるのかとか、それでもと強硬に主張することはなかった。

 けれども瞳が訴え、不安に揺れていた。

 この時を逃せば、また自分の記憶は泡が弾けるようにして消えてしまうのではないかと。

 

「後で、必ず話す」

「…………」

「約束しよう」

 

 騎士の誇りにかけて……とは口にしない。それは“彼”のものであり、明日香は“彼”ではないのだから。

 それでもこの約束を違えるつもりはない。“彼”ではない、明日香自身の誓いなのだから。

 

 

 

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