Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~ 作:バルボロッサ
保健室―――
襲撃が鎮圧され、残っていたテロリストたちも撤退あるいは自爆した後、克人や真由美、摩利たちはここを訪れていた。
その他にも図書館でのテロリスト鎮圧に貢献した司波達也と深雪の兄妹や西条レオンハルト、千葉エリカ。そして克人たちに同行した明日香と圭の姿もあった。
それは彼らが負傷したというわけではなく、とある治療中の生徒の事情聴取を兼ねてのものであった。
生徒の名は壬生紗耶香。2年E組――つまりは二科の女生徒で、剣道部の女子エースでもあり…………この事件において図書館へテロリストが侵入することを手引した事件の中核メンバーでもあったからだ。
図書館にて達也と深雪によって捕縛された――後に自爆した――他のメンバーたちとは異なり、彼女はエリカによって打破された。
その際に如何なるやり取りがあったのかは圭や明日香には分からないが、今の彼女は憔悴こそしているが、憑き物が落ちたかのようではあった。すでにテロリストに加担する意志は消え去っており、今はエリカとの戦いによって受けた負傷のための治療中で、ベッドの上だ。
魔法を併用した剣術部に対して、魔法を用いない非魔法系競技に分類される剣道部。
それに属しているのは彼女が魔法に関して劣等生であると烙印を押された二科生であることと、純粋な剣技――殺人技術としての剣術から分かたれた人を活かす道である剣道を歩む者であるという証でもあった。
そんな彼女がなぜこのような暴挙に与したかというと、それは彼女が劣等生の烙印を押されたことに起因していた。
彼女は本来、陽の当たる道を歩む少女であった。
2年前、中学時代には剣道の全国大会で準優勝するほどの腕前。深雪ほどではなくとも愛らしいと評することのできる容姿。マスコミによって彼女は剣道小町とまで言われるようになった。
だがこの第一高校に入学してそれは変転してしまった。
この学校では制度上の区別以上に、根深い魔法差別意識が根付いている。
本来は日本トップクラスである第一高校に入学できるだけでもエリートの証左であるはずが、二科生という区別があるがゆえに魔法における劣等生の烙印を押されてしまう。そしてこの高校では普通の高校とは違って魔法力こそが第一に評価される。普通の高校生活において形成されていくだろう人間性や基礎学力などよりもとにかく魔法力。
勿論全ての生徒がそんな歪んだ人間形成がされるわけではないが、入学したての一年生には特にその傾向が顕著で、そして希望に満ちて入学したばかりのころにそのような傷を負ってしまえば、その傷はじくじくと痛みを発し続ける。
そんな中、思いを同じくすると近寄ってきた同じ剣道部の部長――司甲に誘われるままに魔法訓練サークルに入り、思想教育を受け、そしてエガリテのメンバーになった。
真由美や摩理、克人らは衝撃を受けた。生徒会長と部活連会頭の立場としてはこの学内がそこまでエガリテの侵食を受けていたことに。そして摩利は、彼女こそが紗耶香が堕ちる決め手となっていたという告白に。
「いや、待ってくれ、壬生。それは誤解だ」
「えっ?」
「私は確か、あの時こう言ったんだ。“魔法を使わない純粋な剣術では私ではおまえの腕に敵わないから試合をするまでもない”と言ったはずだが
「えっ!?」「そんなっ!?」
だがそれは誤解であった。
剣術部の新入生向け演武を見て憧れをもった摩利に剣技の指導を願い出て、しかし二科生であることを理由に断られた。それが彼女の心を折る決め手となったはずなのに、しかし二人の認識の間には齟齬があった。
その齟齬は僅かな言葉の違いで、しかし人の心を傷つけるには十分すぎるほどに残酷で、致命的だった。
「ケイ。あれは……」
彼女たちのやりとりを少し離れた距離で聞いていた明日香は、隣で思案している圭に呼びかけた。
あの二人の認識の違いは、些細な言葉の違いではあるが、それがこうまで強固に持続するとは思えない。摩利の言葉には紗耶香を貶める気持ちが全くなかったのだ。それが一年もの間、溶けるどころかより強固になっているのは、なにか別の要因が後押ししたと考えられた。
「催眠術。まあ暗示の一種だろうね。それが魔法か魔術か、あるいは純粋に誘導された結果かまでは分からないが……」
誤解を固め、怨恨を深め、亀裂を決定的なものにする方法は様々だ。
後押しする者がどういう手練手管によるかまでは調べてみないことにはさすがの圭も分からないが、何かの介入を疑うには十分だった。まして少なくとも一体、彼らにはその心当たりがある。
高潔な魂を堕落させて貶める悪魔の囁き。道化の嗤い。
かの有名な“戯曲”に語られる存在ならば、不安定な心の少女を変転させ、あの程度の誘導をかけることは容易いことだろう。
「じゃあ、あたしの誤解。だったんですか……? ……………なんだ、あたし、バカみたい……。勝手に先輩のこと誤解して、自分のこと、貶めて……。逆恨みで一年も無駄にして……」
嗚咽が、室内に流れた。
魔法という枷なしにエリカと剣を交えたことで剣士であった自分を取り戻し、きっかけであった摩利と落ち着いて話し合うことで誤解が解け、残されたのはテロに与したとう事実のみ。
それは囚われていた恨みから解き放たれたばかりの少女には辛いもので――――
「無駄ではありません」
紗耶香に声をかけたのは達也だった。
「エリカから聞きました。中学時代のあなたとは別人のように強くなっていたと。渡辺先輩を恨み鍛錬した一年は確かに悲しいものかもしれません。しかしその力はたしかに壬生先輩が自分で獲得した自分の力です。だから――――」
彼は知っている。
なんのために力を磨くのか。
その意味すら知らず、何が自分に残されたものなのか、それさえも分からずにただただ鍛えてきた力。
けれどもそれは結果的に本当に大事なもの、彼に唯一残された感情の向く先を守るために必要な力なのだと。
だから、たとえどういう意味なのかを知らず、見失っていた結果だとしても
――――この一年は先輩にとって決して無駄ではなかったのです―――
感情を交えずに、それがゆえに実直な達也の言葉は紗耶香の胸を衝いた。
こみ上げてくるものが堪えきれない。
「……少し胸を借りていいかな」
紗耶香はベッドの傍らの達也の胸に顔を
「うっ、うう、うぁあああああ――――!!!」
嗚咽は号泣に、少女の泣く声が室内に響いた。
誰にも認められていないと自らを蔑んでいた少女は、しかし確かに彼女を認める者たちに囲まれていたのだ。
それを思い出し、無駄だったと自ら断じてしまった一年すらも認めてくれる。それの悲しくもなんと嬉しかったことか。
一年にも及ぶ歪みの果てに、ようやく自身を省みることができた少女の涙は―――――
「ぁく、くは!」
「壬生先輩?」
「くはは、きひ、キヒヒ、くぁっはっはっははははははは!!!!」
――道化の嗤いにかき消された。
「これはっ!」
「壬生!?」
室内に流れていた悲喜の入り混じった号泣の声は、今や哄笑へと転じていた。
その嗤い声は先程まで涙していた少女のものでは断じてなく、達也は壬生紗耶香の形をした何かから距離をとり、摩利たちは彼女の変貌に動揺して名を呼んだ。
「いや~。なかなか愉快な催し物ではありましたね、ええ。なんてお涙ちょうだいの物語! 悲しくて虚しくて、実にくだらない! 涙が溢れて仕方ありませんね、ええ、くヒヒヒヒ」
その面貌は、陽性の愛らしさをもった少女の笑顔などではない。
先程までの悔恨を嘲弄して嗤う彼女は、先程までとは別の涙、すなわち笑いすぎによる涙を目尻に溜めていた。
「誰だ。お前は」
一際動揺が大きいのはすれ違いの解けたばかりの摩利だろう。
唖然として見ている光景が信じられないといった様子で言葉を漏らした。
「ダレ? ケヒヒヒ。私ですよ、えーと……ええ、覚えていないですけど、仕方ありませんよね。所詮は名も無き小娘Aですから! あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」
摩利の問いに、紗耶香の姿をしたそれは歪んで捩じれた顔を向け、彼女とは全く違う口調で、今の彼女であれば決して言わないだろう、自らを貶める言葉を吐いた。
紗耶香の明らかな異常に達也や克人たちが身構える。
彼らの脳裏には、先ほどから洗脳という言葉がよぎっていた。
僅かな勘違いを増悪し、固定化し、あたかも狂信者と同じように都合のいい駒として作り変える。そんな洗脳技術が、魔法であればできなくもないのだから。
そして変装であればともかく、変身魔法などというものは魔法であっても不可能。
光波干渉系あるいは精神干渉系の魔法によって幻惑させてあたかも変身しているかのように見せることであれば可能だが、イデアにアクセスすることで存在を認識することが可能な達也は、今目の前でベッドから立ち上がり、狂ったような笑い声をあげているのが紗耶香本人だと認識していた。
ただし、その特異な瞳――
この場での最善はひとまず取り押さえることか。
達也と克人がそう判断したのも当然で――――その前に明日香が立った。
「巫山戯るな、キャスター。いや――――メフィスト・フェレス」
「えっ?」
それは悪魔の名前。
かの有名な戯曲“ファウスト”にも描かれた悪魔。“向上の努力を成す者”――ヨハン・ファウスト博士に囁きかけ、堕落の道へと誘う悪魔。
魔法が世に出る前であれば空想・妄言・物語とされたものは、しかし魔法の世においては様々な解釈がなされている。
悪魔もその一つで、存在を否定はされていない。だが、それはこうまで人格を持つものなのであろうか。
魔法師であっても、古式魔法師であればもう少し何かが分かったかもしれない。
「おや? 私をご存知で。あぁ、有名ですもんねぇワタクシ。困ったものです。ファウスト博士の話は世界中で有名すぎて。死んでからも迷惑をかけるとは、本当に困った方です! くぷぷ。まぁ殺したの私なんですけどね」
だが、まるであの物語が、結末こそ違えども本当にあったことのように、自身が体験したことのように語るこれは何なのか。
果たして真実、悪魔“メフィスト・フェレス”なのか。
饒舌に廻る舌は、この世の尽くを嘲弄しているかのようで、まさに道化の嗤いというに相応しい。
「なんのためにその少女の、魔法師の諍いに介入している」
獅子刧明日香は紗耶香にとり憑いている、あるいは化けているこれがメフィスト・フェレスであるという確信を抱いているようで、冷徹な瞳、敵を見据える目で紗耶香を見た。
「おやおや。今話すことですか? せっかちですねぇ。デミ・サーヴァントさん」
室内は張り詰めたような空気が流れている。
まるで今にでも明日香が彼女に斬りかかるのではないかという緊張。
「ワタクシ小心者で、平和主義者ですので、貴方のような高潔な騎士サマに面と向かって来られると、メフィー怖くて怖くて…………早くしないとたくさんの人を愉快な感じにしてしまうかもしれませんねぇ。幸いここには大勢くだらない人がいますから」
そんな中、笑うことのできるコレは、何なのか。
それは自らの体ではなく、他者の口を借りているからこその余裕なのか。
――――いやそうではない。
おそらくアレはそういうものなのだ。自らの命が秤にかかっていようとも、アレはその道化のごとき笑いをやめることはない。
「テロリストたちの本拠地を隠れ蓑にしているのか」
「おやおや、テロリストなんて呼び方を彼らに名づけるのはお可哀そうでしょう? 彼らこそ平等主義者にして博愛主義者! 魔法師という化物を駆逐する
嘲笑うその言葉は決してテロリストたちを讃えるものではない。
それどころか、すでに彼らを亡き者にする算段がついている、あるいはすでに…………
「ッ! なんて、ことを……」「外道がッ」
真由美にとっても摩利にとっても
だが―――――そう断じるにはまだ早すぎたことを、彼女たちは知る。
「そうそう、この少女も平等を求めて来ていましたねぇ」
「なっ!!!!!」
その言葉に、一同は顔色を変えた。
真由美たちの脳裏に閃光を瞬かせて爆発したデーモン型のホムンクルスがよぎる。
ホムンクルスだけではない。校内に侵入した武装テロリストたちは、彼らの意志以外のものに干渉されて自爆して命を散らした。
ならば、テロリストたちに取り込まれていた紗耶香だけが、それを仕掛けられていないという希望は、安易にすぎるというものであり――――
「さぁさぁ、お早くやって来ないと、この可哀想な可哀想な少女Aが見るも無残な臓物花火となってしまいますよぉ!!! アヒャヒャヒャヒャ ―――――――」
明日香と圭も顔色を変え、彼らの目の前で、壬生紗耶香の姿をした道化が両腕を広げて大仰に叫んだ。
そしてカクリと、文字通り糸の切れた人形のように紗耶香の体がくずおれた。
狂った道化のごとき歪んだ笑みを浮かべていた顔は元の少女のものに戻り、瞳は閉じて意識を失っている。
「くっ!」
完全にくずおれて床へと倒れる前に明日香が駆け寄りその体を抱きとめた。
咄嗟の反応ではあったが、無論油断はしていない。いかにサーヴァントが暗示を介して操っていようとも、密着するほどの至近距離であろうとも、少女の身体能力で不意を突かれるほど気を抜いてはいない。
だがそれは今のところは不要な心配であった。
壬生紗耶香の顔は明らかに意識を失った者のそれであり、抱き留めた体は完全に脱力していた。
明日香は険しい顔のまま紗耶香をベッドに寝かせなおし、圭へとアイコンタクトをとり、魔術師はそれを溜息で受け取った。
魔術師同士の無言のやりとり。それは二人の間に念話のようなものが働いているわけではなく、ただ互いの付き合いの長さから、互いを知っていることからの無言の会話なのだ。
「行くつもりか。獅子刧、藤丸」
二人のやりとりから察した克人が、峻烈な眼光をもって明日香と圭を見据えた。
「ええ、まあ。どうやら彼女の命を人質にとられていますし」
「完全に罠よ、獅子刧君。藤丸君」
「確かに、壬生の体内に仕掛けられているという爆弾を調べて解除するのを優先すべきだ」
渋々といった圭の意見に、即座に真由美と摩利から反対意見が上がった。
人質にとられているのは、紗耶香だけではなくここにはいないテロリストも同様だが、だからこそ彼女たちの立場からすれば、テロリストではなく生徒の身命をこそ守らなければならない。
「そっちは僕がやりますよ。爆弾の探知と、出来るのならば解呪」
生徒会長と風紀委員長、二人の要望に対しては、魔術と魔法に巧みな圭が引き受けた。
「テロリストたちが自分の意志ではなく、遠隔で自爆させられたのなら、招待状を受け取っている以上、向かわないわけにはいきません」
「獅子刧君も……」
道化師からの招待状は受けた。
その対価が一人の少女の、あるいはもっと大勢の者達の命であるというのなら、断固として立ち向かうべきだと、
「それにこの手の呪詛は術者を倒すのが一番シンプルで確実性が高い。まぁ、少なくとも明日香が仕留めるまでは爆発しないように抑え込んでみせますよ」
正体不明の怪人―――いや、
その体を
――高密度の
イデアにアクセスした達也の眼には物質次元における爆弾を見つけることはできなかったが、情報次元におけるなんらかの超常的情報体の存在を認識できていた。
「ねぇ。本当にさっきのが“あの”メフィスト・フェレスなの?」
おそらくこの場の皆が考えていただろう質問を真由美が口にした。
それは達也も考えていたことで、しかしまったく信じていないというわけではなかった。
「伝説、というか戯曲の“ファウスト”に登場するメフィスト・フェレスとは多少違うかもしれないけど、ざっくり言うと伝承の基になったナニカの部分コピーといったところですね」
先日師匠である九重八雲に聞いた情報ともそう大きくは逸脱していない。
もっとも、“悪魔”と伝承される存在が、八雲の語った英霊に該当するとは思えないが。
「2年前、十文字克人先輩も遭遇したのと同種の存在ですよ」
「アレか!」
「十文字くん?」「知っているのか、十文字?」
一層険しい顔つきとなった克人に、真由美と摩利が尋ねた。
摩利はともかく、七草家は十文字家と同じ十師族。
二人に違いがあるとすれば、単に七草家の令嬢であり、嫡子ではない真由美とは違い、克人は十師族の総領代理、あるは総領という立場にあることだ。
2年前の魔法師子女連続誘拐事件。誘拐の危険性のある真由美は捜査には協力を許されずに保護され、一方で事件解決のために当時はまだ後継者の肩書でしかなかった克人もまた助力し、そしてあるいは遭遇したのかもしれない。
「サーヴァントと言ったか、藤丸? 伝説や物語にまで語られるようになった過去の英雄――英霊たちが形になったもの。いや、その一部……。いずれにしても2年前の事件では十文字も七草も、一体のアレに手玉に取られたのは事実だ」
「なにッ!?」「えっ!?」
苦々しく顔を顰めた克人。それを知っていた真由美も顔を険しくし、十師族ではないためにそれを知らなかったのだろう摩利やエリカたちが驚きの表情になった。
あの時、タイミング的に十文字家と七草家が突入する前に明日香たちは誘拐犯――ライダーのサーヴァントを撃破することができたが、全員に暗示をかけて記憶を改竄して雲隠れできるほどの時間は残されていなかった。
結果、日本の魔法師の頂点に君臨する十師族と鉢合わせすることとなってしまった。流石に彼らほど影響力の強い魔法師たちに暗示をかけて記憶を改竄することは意義的にも難しく技術的にも当時の圭にも難しかった。
そのためいくらかの情報を交換し、その中には誘拐犯の首領の正体――サーヴァントと呼ばれる存在についての説明もあった。
無論のこと、現状それを再度この場で説明し直している時間はないが、十師族のニ家が共同で事にあたって解決できなかったというのは、一介の ――というには地位があるが――魔法科高校の生徒にできることではない。
「過去の英霊……そんなのを、本当に倒せるのか?」
「やってみなければ分からないというのが実情ですね。けれど倒さなければこの人を救う術はないね」
レオの懸念は怖気づいたというよりも慎重さの現れだろう。事前に英霊について情報を収集していた達也とは違い、端的な説明を聞いて、レオやエリカは全てを理解できたわけではない。
過去の英霊が蘇った存在。それが幽霊のような非物質的存在であっても、そうでないとしても、果たして伝説にまで語られるような存在を相手に討伐することが可能なのか。
いっそ酷薄なほど冷静に告げる藤丸圭の言葉。沈鬱さが室内に流れ――――
「ならば倒そう」
その空気を、獅子刧明日香は一刀両断に切って見せた。
現状、克人が十文字家“総領”として号令を発し、東京近辺にある魔法師を急遽動員したとして、テロリストの殲滅とあの道化のサーヴァントを撃破できるかは未知数。ならばすでに同種を撃破したことのある明日香が協力してくれるのは克人としては願ってもないことで――――
「けど問題はどうやって彼らの居場所を探るかだねぇ」
「むぅ……」
ただ続けられた圭の言葉に、明日香は沈黙で答えざるを得なかった。
視線を克人に向けてみても、腕を組んだまま低い唸り声が漏れているのを見るに手がかりにはなりそうになり。
だがそれも無理はない。
一番の当事者であるテロリストたちは軒並み自爆してしまったし、仮に生きたまま捕縛できたとしても教師か警察に身柄が移されて彼らが尋問することはできなかっただろう。
辛うじて尋問できたのが、テロに与した生徒たちだが、彼らがテロリストの本拠地を知っていたかというと怪しいだろう。
公安や内情といった国の機関にすら目をつけられている連中が、末端として使い捨てに利用しようとした学生程度に本拠地を明かすはずはないのだから。
「それなら心当たりがあります」
一同が驚きの視線を達也に向けた。
彼らにしてみれば、達也は確かに優秀な風紀委員ではあるが、百家でもまして十師族でもない。エリカのように家の関係で警察権力とつながっているということもない一般家系のはずなのだから。
そんな彼らがなぜテロリストのアジトに心当たりがあるのか。達也は問いかけるような視線には答えず、出入り口の扉を開いた。
立っていたのは明日香や圭には馴染みのない人物で、しかし真由美たちには既知の人物であった。
「九重先生のお弟子さんの目をくらませようなんて虫がよすぎたわよね」
「スクールカウンセラーの小野先生?」「遥ちゃん!?」
驚いた声を上げたのはレオだ。
本来一科生に比べて教員との関わりの薄くなりがちな二科生だが、彼女――小野遥は例外的な人物であった。
そのほんわかとした外見や雰囲気に学生からの人気の高いスクールカウンセラー。そんな彼女の登場に明日香と圭は意外そうに成り行きを見守った。
「単刀直入に聞きますが、先生はブランシュのアジトの場所を知っていますね?」
「……私にも守秘義務があるのだけど、生徒が自発的に知ってしまったならしょうがないわね」
ここに来るまでになんらかのやりとりがあったのか。達也の心当たりというのは彼女のことなのだろう。問い質して入るが断定した言い方に、遥は少しだけ困ったような顔をつくった。
「ブランシュのアジトの場所を送るから地図を出してちょうだい」
端末を介して提示された地図情報に座標データが送信されて位置が示された。
「近い……」
「というよりも目と鼻の先じゃねぇか!」「舐められたものね」
そのあまりの近さ。
学校から人の足でも一時間はかからないような距離にある位置にマーカーが示されていることに明日香は顔を顰め、レオとエリカは憤慨した。
そこは街外れの丘陵地帯にこそ位置しているが、隠れ潜むというにはあまりに都市部に近い。
「環境テロリストの隠れ蓑であることが判明して夜逃げ同然に放棄された工場。ここを拠点にしていたのか」
添付されたデータに記されている内容を考えても、およそ個人が単独で調べたものではないだろう。
「いやぁ、やっぱりバックアップに組織力があると違うねぇ。うん。明日香もそう思わないかい?」
あまりにもあっさりと敵本拠地が見つかったことに、圭が嬉しそうに明日香に微笑みを向けた。
その言葉には、何か別の示唆が含まれているのか、明日香は憮然とした表情で地図に視線を落としている。
「今まであなた達はどうやって探していたの?」
「それは当然、捜査の基本は足ですよ。怪しそうなところに出向いて歩いて、後は明日香の直感頼みですね」
真由美の問いに対する圭の返答に、真由美をはじめ一同が呆れたような顔を揃って魔術師たちに向けた。
よくもまあ、そんなアバウトな方法で、と思わなくもない。真由美や遥らは、彼ら魔術師が魔法の基となったという来歴を知っている。十師族や古式魔法師よりもなお古く、影に生きてきた魔術師の末裔。そんな彼らだからこそ、思いもよらない探索の魔術などというものがあるのかと思えば。
だが実際にその方法で彼らは二年前の事件、サーヴァントの討伐に成功しているし、一週間前にも雫やほのかたちの危機に駆けつけることができたのだから、侮ることはできないだろう。
「十文字先輩はともかく、本当に君たちも来るつもりなのかい?」
敵本拠地が判明して襲撃メンバーの選定を行った結果に、明日香は顔を顰めていた。
「当然でしょう!」「当たり前だぜ!」
結局、テロリストのアジトには明日香と克人、そして達也と深雪のほかにもエリカとレオまでもが同行することになった。
明日香としてはサーヴァントが自身に対する罠を仕掛けているところに魔法師とはいえ一般人を連れて行きたくはなかったのだが、克人の魔法師として、そして十師族の一人としての責務を出されては反対することは難しかった。
この国の魔法絡みの事件においては、十師族こそがその管理を行う組織でもあるのだから。
そして一人が同行するのであれば、なし崩し的に他の者の同行もまた否定しづらくなってしまう。
レオやエリカは、元々血の気の多い性質でもあるのに加え、学校の学生を利用し、味方さえ爆弾に変えるような外道に対する義憤もあるのだろう。
そして達也と深雪。彼らもまた思惑があってのことだ。
――彼らの周囲には気をつけた方がいい。彼らの近くに居ればいいのか、それとも離れた方がいいのかは、僕にも分からないけどね――
そう曖昧に彼らに告げられた八雲の言葉。
その真意は分からないが、いずれにしても早々に彼ら自身の目で見極める必要はある。
魔術師という生き物を。獅子刧明日香と藤丸圭という人物たちを。
一方で残されることになった真由美と摩利のどちらもが同行を願ってはいた。克人と同じく、彼女たちも生徒を危険に晒しながら自分たちは後方から指示だけ飛ばす、といった性格ではなく、それを是とするほど老獪でもない。
だが彼女たちはこの学校の生徒会長であり、風紀委員長だ。部活連会頭の克人が前線に赴く以上、この学校の学生たちのトップ三人が揃って不在になるのは好ましくなく、校内に残党が残っている危険もまだある。
加えて捕縛したテロリストたちが自爆したことにより精神的被害を受けた生徒たちもいるのだから。精神的安定のためにも彼女たちは残らざるを得ないだろう。
「さてと。それじゃあ僕もそろそろ彼女の方に取り掛かるとしよう」
そして魔術師側でも残ることになったのは藤丸だ。
敵サーヴァントに何らかの処置が施されたのだとしたら、それを解析解除できる可能性が僅かでもあるのは藤丸しかいなかった。
少なくとも優秀な魔法師である真由美や克人には紗耶香に仕掛けられたなんらかの魔術・魔法を視ることはできなかったのだから。
同行メンバーに顔を曇らせた明日香だが、圭がそれに関して口出ししない以上、論をもって諦めさせるのは無理だった。
圭の方針も分からなくもない。彼は魔法師との関わりを深めたいのだろう。
勿論、魔術を広めたいということではなく、この時代に起こりうるだろう“特異点”を解決するためには魔法師の協力が不可欠だと考えているからだ。
気持ちを切り替えて、集団での討伐任務だと割り切ることにした明日香の背中越しに、圭から見送りの声がかけられた。
「そうそう明日香。君なら大丈夫だと思うけど、油断はしないでくれよ。無事に帰ってきて、話さないといけない約束があるんだろう?」
相変わらず千里眼じみた予測演算である。
話さなければならない相手。おそらく克人や真由美たち魔法師側にも今度こそ話をしなければならないだろう。
だが彼らとは別に、話さなければならないのは、あの少女だ。
そして――――
「ああ。君にも、問い詰めないといけないことがあるからね」
「おっと、藪蛇だったかな」
問い詰めなければならないのは、この幼馴染にして従兄弟の魔術師も同様だ。
圭の未来予測が確実なものでないことも、全てを見通せるわけでもないことも知ってはいる。けれども彼の力の全てを明日香も把握しているわけでもない。
たとえ身内でも秘匿すべきものは隠す。それが魔術師。
“藤丸”は魔術師らしい魔術師ではないけれど、この圭は異端で、それは魔術師としてみれば全うなのだから……というよりもこの秘匿癖は圭の悪癖だ。
だが、圭と明日香が魔法科高校に入学して、その中に溶け込むことによって、サーヴァントの介入を誘発したとすれば、一高を巻き込み生徒に犠牲を出させるということを予測していながら戦略として組み込んでいたとしたら……
「君の心配事を先に解消するために言っておくと――――僕のせいではないよ」
明日香の背中から明瞭な怒気を感じたのか、圭は彼にしては珍しく真摯な声で告げた。
明日香が振り返ると、圭は既に紗耶香の方の検査に注力しており、その背中しか見えない。けれども彼が魔法師に、この学校の生徒に犠牲が出ないように戦っているということだけはわかった。
ならばそれでいい。
彼は国を守るために村を干上がらせることを是とする王ではない。
明日香は魔術師としてではなく、この世界を、この世界に生きる人達を守るためにこそ、“彼”とともにあることを受け入れたのだから。