Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~ 作:バルボロッサ
テロリストたち、そして“悪魔”メフィスト・フェレスの待つ敵アジトへの強襲には克人が用意した大型オフローダーに乗車して行うこととなった。
明日香と克人、達也と深雪、そしてレオとエリカに加えて桐原という二年生が加わることになったのは明日香の表情をさらに憮然としたものにするのには十分だった。
事情あっての同行ということで桐原本人は大層燃えているのだが、その事情とやらは一行に明かされていない。
他の同行者たちにしても、深雪以外は明日香とは食堂で一度は会ったことがあった程度でお互いにそれほど話はしていない。
簡単な自己紹介の後に道すがら行ったのは敵に対する情報交換だった。
「サーヴァント、英霊っつたか、アレは。具体的にはどうやって倒すんだ?」
硬化魔法が得意だという西条レオは手甲のように武骨に前腕を覆う幅広で分厚いCADを装着している。
剣の魔法師の二つ名を誇る千葉家の直系、千葉エリカは刻印のなされた特殊警棒型のCADを、剣術部エースの桐原武明は腕輪型のCADと刃引きされた刀を携えている。
彼らはいずれも魔法を用いた荒事には自負があるのか、テロリストの鎮圧にも協力していたし、テロリストたちが自爆したという惨事を聞いてもこの強襲劇に足踏みしなかった。
「メフィスト・フェレスには僕があたります」
だが十師族ですら対処できなかったというサーヴァントへの対策を尋ねたレオに対して、明日香は強圧的に応えた。
それは彼の自信の表れでもあるのだが、同時に魔法師たちではサーヴァントに勝てないことが分かっているからだ。
だが彼の意図が分かるだけに、明日香の答えにエリカはムッと顔を顰めた。彼女がこの場にいるのはテロリストに対する義憤のようなものもあるが、剣士として同じ剣士の壬生紗耶香を騙して操った者たちに対する怒りが大きい。
そして彼女よりも憤怒を覚えている者もいた。
「そいつは、壬生を洗脳したやつか?」
克人が同行に加えた桐原だ。
彼と明日香とは初対面だ。達也が風紀委員の活動初日に取り押さえたのが彼らしい。その彼がここにいる理由にはどうやら壬生紗耶香が絡んでいるようだが、詳しくは分からない。
ただ怒りの感情を隠し切れずに内側から溢れさせているような彼を見るに、このままでは無理やりにでもメフィスト・フェレスに挑みかかりそうで明日香は強い口調のまま告げなければならなかった。
「相手は人を超えた英霊。魔法師であろうと、魔術師であろうと、サーヴァントは倒せません」
サーヴァントという枠にはめられていたとしても英霊たる存在を相手にしては打倒するのは難しい。中には例外もあるであろうが、魔法という魔術よりもさらに神秘の薄れた文明技術によっては、魔術師のクラスたるキャスター相手に分が悪い。
「ふ〜ん。アンタだったら倒せるっていうの?」
険のある声はエリカのものだ。
サーヴァントという存在を直接見たことのない桐原も明日香の言い分には納得していないのがありありと見えたが、それにもまして、入学早々から一科二科などというくだらないやりとりや、優越感に浸っていた一科生を見てきたエリカにしてみれば、よく知らない一科生である明日香の言葉少なな説明は彼らと同じにも聞こえた。
「獅子劫は2年前にも一体、サーヴァントを倒している。サーヴァントは俺たち魔法師にとって未知の存在だ。壬生たちの命もかかっている。獅子劫に任せて俺たちはテロリストに専念するのが得策だ」
助け舟を出したのは一度サーヴァントとの交戦経験のある克人からだ。
そしてそれはたしかに正論で、エリカと桐原も不承不承ながらも引かざるを得なかった。
捨て駒扱いどころか使い捨ての玩具扱いテロリストたちが辿った末路を思うに、壬生紗耶香のみならずエガリテの侵食を受けた他の生徒たちも爆弾にされていないとも限らない。
やりとりを聞いていた達也も、彼にとっても未知の存在であるサーヴァントと戦うことのリスクを懸念していたため口を挟むことはなかった。
――確かに。師匠の話では通常の魔法攻撃は無効化される恐れがある。だが……――
達也の隣で兄を見つめる深雪も、兄であればたとえ相手が過去の英雄・怪物であろうとも倒すことは不可能ではないと信じていた。
八雲の言を考えると、サーヴァントが出てきた場合彼らに任せた方がいいとも思えるが、一方で彼らのいないところでサーヴァントに遭遇する可能性も大いにありうる。実際、深雪は一度サーヴァントの戦闘場面に遭遇しているのだ。
その時に対抗手段を知らないままでは命を落とす危険性もあり、それ以上に達也にとって大切な
そのために彼はあえてテロリストの殲滅戦に同行した。
魔術師の、サーヴァントのことを知るために。もちろん、彼にとって身近にテロリストたちがいるという状況が彼らの日常の平穏を脅かす存在であるというのも理由の一つではある。
「あの時とは違って今回は迎撃の準備が予想されます。単独で乗り込むのならともかく、この人数でどう突入しますか?」
メフィスト・フェレスの対応については明日香に一任することがひとまず決められ、しかし今回の殲滅戦ではテロリストたちへの対処も必要となる。彼らが果たしてメフィスト・フェレスの傀儡爆弾になっているのか、それとも狂信者としての反攻になるのかはまだ分からないが、明日香の言うように何らかの対処が求められることは確実だろう。
「突入については考えがある」
それに対してハンドルを握る克人が一つの方策を提案した。
✡ ✡ ✡
テロリストのアジトに乗り込む、といっても真正面からノコノコとアジトに入るほど無計画なわけではない。
克人が提案した突入方法は、攻防一体となった方法で、しかし確実に侵入を察知される方法でもあった。
「パンツァー!!」
レオの雄叫びにも似た声を認識したCADが魔法式の展開と構成を同時進行させてすぐさま魔法を発動。
発動したのは、硬化魔法という物体の分子間の相対座標を固定させるという基本的な魔法だが、時速百キロ超で走行する大型オフローダーの車体全体を、衝突のタイミングに合わせて硬化するともなれば、かなり高度な技量と集中力が求められる。
硬化魔法によって装甲車以上の破砕力を持つほどの大型車となる。
それにより強襲突入を決行する計画だった。
もとより挑発してきたのは向こうなのだ。こっそり侵入したとして知られるのは時間の問題どころか、迎撃態勢を整えているのは当然だろう。
高速移動する大型の物体全体を硬化する魔法はそう長くは保たない。そもそも硬化魔法は狭いエリアに対して発動するのが基本となる魔法だ。
シビアなタイミングを要求されるのは、翻せば連続発動も持続発動もできないということであり、それは硬化魔法に高い適正をもつレオだからこそできるものでもあり、意表をつくこともできる。
しかし多大な集中力を要するもので―――
「!!!」「なっ!」
克人の運転するオフローダーが、ブランシュのアジトと断定された廃工場の門扉を突き破った次の瞬間、フロントガラスへとナニカが激突した。
冷静に観察する余裕があれば、それが人で、学者か法律家といった趣の外見をした痩せぎすの身体つきに伊達眼鏡をした男であることに気づいただろう。
硬化魔法の施された時速百キロ超の大型車と激突した男は一瞬でその泣き崩れていた顔面を潰し、眼鏡の破片を顔面にめり込ませ、体の骨がぐずぐずになるほどの衝撃を受け―――
「レオ!」
「えっ、うおっ!!!」
―――爆発した。
それは肉片が飛び散ったことを比喩するものではなく、体内に仕掛けられた爆弾が爆発したもの。一高に侵入した武装テロリストたちが辿った末路と同じ。
多大な集中力を消耗して反応することもできなかったレオの首根っこをエリカが片手で引っ掴み、桐原を明日香が、深雪を達也がそれぞれ確保して、扉を蹴破らんばかりに(あるいは実際に蹴破り)車から飛び降りた。
「むんっ!!!」
運転手を務めていた克人も素早く離脱しており、着地するのも待たずに爆発を遮るための、そして追撃を防ぐための防御魔法を展開。
その判断は功を奏して、爆風と熱波に続いて降り注いだ銃弾の嵐から一同を守った。
「襲撃が読まれたか!」
迎撃されることも考慮しての突入方法であったが、初手が銃撃程度であれば硬化魔法によって硬化されたオフローダーであれば防ぐこともできたであろう。
だが高速突入してきた車に密着状態で爆発させるような手は予想外。よもや初手から人間爆弾を文字通り使い潰してくるというのは敵の外道さを甘く見積もりすぎていたといえるだろう。
――攻撃は銃弾のみ。なら……―――
「深雪。銃を黙らせてくれ」
「はい、お兄様!」
達也の一声に反応した深雪が、広域に魔法を作用させる。
放たれた魔法は振動減速系概念拡張魔法――“
領域魔法が広がり、銃火器が沈黙する。
――――だが嵐のような銃声の沈黙は静寂を意味しない。
「はぁぁぁい! それではミナサマ! 世界の終わりの時間ですよォ!!!!」
沈黙を嫌うかのように即座に狂声が響く。
「メフィスト・フェレス!!!!」
誰何する間も、爆煙が晴れる間もなく、響き渡る道化の声に明日香が反応した。
受け身をとった桐原からは既に手を離し、その右手には不可視の武器を持ち、身を包むのは一高の制服ではなく蒼と銀の鎧。
力を開放した明日香はすぐさま魔力放出とともに地を蹴り、地面を爆ぜるようにして跳び出そうとした。
くすんだ金髪は鮮やかに煌めき、黒の瞳は碧眼に輝いている。
銃弾には神秘は宿っておらず、傀儡化しているかどうかはともかく銃手はテロリストだろう。ならばサーヴァント化した明日香ならば物の数ではない。
「ああ、ああ! せっかくの駒だったのによぉ! うちの主は豪快すぎていけねぇ! 駒ってのはもっと慎重に慎重に! 使い潰すならもっと大事なところで派手にいかねぇとなぁ!!!!」
だがその前に舞い降り、道を塞いだのは三体目のデーモンタイプのホムンクルス。
最初に戦ったのは戦場での略奪を象徴する悪魔――すなわち“早取屋”。
二番目に戦ったのは戦争の凶暴性を象徴する悪魔――すなわち“喧嘩屋”
そして三体目。物欲を象徴する悪魔――――すなわち“握り男”。
かのファウストに記された、“悪魔”メフィスト・フェレスの使役する三人の手下の悪魔。
「邪魔だ! ―――ッ!」
明日香は右手に持つ不可視の武器を一閃――――しようとして、寸前でその刃を軌道変更させた。
剣が振るわれる軌跡の先に“握り男”が生身の人間を掲げたからだ。
それはテロリストの一人。克人たちにとっては明確に敵で、しかし明日香にとって、明日香の中に宿る霊基にとっては片手間に切り捨てていい相手ではない。
強引に剣閃を変えたことによる隙を狙ってテロリストたちが明日香へと飛びかかる。
――速い!?――
その動きは生身の人間のものではない。加速魔法がかけられていたとしても、おそらくその反動により肉体の損傷を避け得ないほどの動き。
そうでなくては隙が生じたとはいえ、デミ・サーヴァントの力を解放した明日香へと肉薄することはできまい。しかしそれは彼ら自身の意志によるものでないのは明白。
「うぁあああああッッ!」「いやだっ! いやだぁああああ!!」
「――――ッッ」
魔術という異常によって肉体に介入されて強引に動かされている彼らの体の中身は最早全身複雑骨折の肉袋のようなものになっているのだろう。死にも至るほどの地獄の苦しみが彼らに襲いかかっており、さらには別の恐怖もあるのだろう。顔は涙でぐちゃぐちゃに歪んでおり、悲鳴を雄叫びのように上げている。
逡巡している間はない。明日香が剣によって彼らを惨殺しなくとも、裁くために時間をかけても、彼らは一瞬後に爆散する。それがなくとも今の動きの反応によって死に至る。
致死であることはすでに避けようもなく、ただ一瞬の今を生かされている。
動揺しかかる明日香の心が、その中に宿る”霊基”の揺るぎない意志による訴えと反発しあう。
「なにっ!」
「そいつらは俺たちに任せろ、獅子刧!」
援護の魔法を放ったのは克人。防御に用いるはずの防壁魔法を高速移動の要領で射出し、強固な攻性魔法へと転用してテロリストたちを吹き飛ばしたのだ。
「このっ! ちょろちょろと鬱陶しい!」
彼以外にも、深雪の放つ魔法が驚く“握り男”に襲いかかった。
驚くべきは敵を足止めしていることだろう。彼女の減速魔法――氷結の魔法は魔術にも匹敵するなにかがあるのか、流石に人間や魔法師相手にほどは効果を発揮していないが、ホムンクルス相手にはある程度の効果を及ぼしていた。
そして達也は銃型のCADをテロリストたちに向けて引き金を引き、何らかの魔法を放ち、テロリストたちをダウンさせている。
エリカやレオ、桐原もそれぞれの獲物や魔法を駆使してテロリストや“握り男”を牽制している。
踏みとどまったのは一瞬、明日香は魔力放出によって推進力を得て飛び出し、敵本命――メフィスト・フェレスへと斬り込んだ。
――変化の魔法? いや……なんだアレは!?――
確かに人間を相手にする時ほどにあのホムンクルスには魔法の効果が薄いものの、何らかの要因があるのか深雪や達也の魔法はまだ効果を保っていた。加えてあの“握り男”は“戦争男”や“早取男”に比べて直接戦闘能力が低いらしく傀儡爆弾としているテロリストたちをけしかける戦法をとっているのも大きい。
テロリスト相手であればレオや桐原の魔法も有効。
克人の魔法と深雪の振動減速系魔法によって“握り男”の足をとめ、そこに達也が分解魔法を放ってエリカが切り込む。それによってホムンクルス相手でも戦うことができていた。
だからこそ達也は思考の一欠片を明日香たちに割くことができた。
その明日香の様子は明らかに違っていた。
古式魔法で言うところの精霊――Spiritual Beingであろうか。明日香の右手側には大量の情報体がブラックホールに吸い寄せられているかのように渦を巻いており、彼自身も異常な変貌を遂げていた。
肉眼的には髪の色と、よく見れば瞳の色が変わっている程度だが、その中身はまるで別物――達也のイデアの世界にアクセスできる達也の
そしてそれはまさしくあのサーヴァント――メフィスト・フェレスと同質の存在。
内奥から尽きることなくサイオンを溢れさせ――どころか吹き荒れさせているかのような輝き。
達也の知る中では深雪が最もサイオンの煌めき溢れる魔法師だが、彼らのそれは深雪と比較してなお人外といえる。
あれだけサイオンを奔流のように纏わせていれば、並の魔法師ならばすぐにガス欠。サイオン量の多い達也や深雪でもあの状態で戦闘を行うことはできないだろう。ましてあれだけサイオンが吹き荒れていれば、魔法式の投射も妨げられ魔法を使えない。擬似的なキャスト・ジャミングのような状況となってしまう。
それを応用して達也はアンティナイトなしでのキャスト・ジャミングを技としているが、彼らはまさにあるだけでキャスト・ジャミングのような効果をその身に宿しており、並の魔法どころか余程高位の魔法でも無効化されるだろう。
それが激突すればどのような結果をもたらすのか。
それをのんびりと眺めているほどの暇はない。
あれらほどではなくとも、人間爆弾を指揮するホムンクルスとやらは魔法にとっても天敵であることが視てとれた。
液体窒素すらも生み出すほどの極低温を発生させる深雪の魔法で氷漬けにされてもホムンクルスはその氷を破り、克人の鉄壁の魔法壁を受けても薙ぎ払っている。
慣性制御魔法と加速魔法を駆使して一撃離脱を繰り返すエリカはなんとか捉え切られずに戦えているが、レオの硬化魔法や桐原の剣術では太刀打ちできないだろう。二人は傀儡状態のテロリストたちを殴り、あるいは叩きのめして戦闘不能状態に追い込んでいる。幸いにもまだ彼らが自爆前提の爆弾攻撃を仕掛けてはきていないが、近距離で受ければあの二人もただではすまないだろう。
達也は銃型のCADをテロリストたちに構え、圧縮したサイオンを放って彼らにかかっている魔法、あるいは魔術の分解を試みた。
達也の魔法演算領域は酷く歪つで偏りを持っている。
テロリストたちの体組織の一部を穿つことで意識をブラックアウトさせることもできるが、傀儡と化した彼らはそれでは止まらない。故に達也は彼らを操作している魔術・魔法及び体内に仕掛けられているらしい爆弾の分解を狙っていた。
「ひ、ひぃぃ……、か、体が動、がぼ!!」
「なんだ!? こいつら動きが」
――人体操作は分解可能か……だが、あのプシオンの塊は……――
「レオ! 桐原先輩! 操られているテロリストたちは解除可能です! ですが体内に爆弾が残っている恐れがあります!」
操り人形状態から急に解放されて戸惑うテロリストたちを昏倒させつつも戸惑っていたレオと桐原に達也が注意を促した。
それと同時に達也は人体分解魔法に切り替えてテロリストたちに放ち、彼らの意識を断ち切っていた。
人のどこをどの程度分解すれば人体は動けなくなるか。それを達也は熟知している。そしてどのように人体を穿てば意識を保てずにブラックアウトするのかも。それは数多の実体験を踏まえての知識であり、彼には秘匿されてはいるものの従軍経験すらあり、一人や二人ではない数の殺人の経験すらある。
「なるほど。やるじゃねぇか、達也!」
動きの止まったテロリストに一撃食らわして昏倒させたレオが獰猛な笑みを浮かべる。
操作されていた彼らの動きは早く、なかなかに厄介だったのだ。彼の場合は自身に施した硬化魔法の鎧のお陰でダメージを負うことはなかったが、あの動きがなくなるだけでも段違いだ。
レオと桐原は達也の援護を受けて次々にテロリストたちを仕留めていった。
――あとは、あのホムンクルス……くっ。獅子刧は……――
ホムンクルスと対峙している克人と深雪、そしてエリカの方はなんとか膠着状態を作り出すことができていた。勿論、深雪への守護を怠る達也ではなく、意識の何割かは常にそちらに割いている。
対象を分解する魔法を、秘匿を無視して放つことも試みはしたものの、テロリストたちにかけられている魔術あるいは魔法とは違い、あのホムンクルスを分解するには至らなかった。
それは達也があのホムンクルス――つまり魔術の構造そのものを理解しきれていない、ということなのだろう。
なれば防御手段の乏しい達也は、自爆攻撃に突っ込んでくるテロリストたちを掃討し、膠着している深雪や克人たちの状況を崩さないようにするのに動くべきだ。
そして事態を好転させられるだろう明日香の方は、メフィスト・フェレスとの直接戦闘を展開していた。
達也には九重八雲に師事していることから武術の経験もある。その彼からしても明日香とメフィストとの戦いは次元が違っていた。
優勢なのは明日香だ。
彼の持つ不可視の武器――
視える限りにおいては、魔法式や魔法の息継ぎなどが見られないことからなんらかの魔術なりで武器の不可視化を施しているものと考えられる。
見えない武器というのは初見の相手に対しては大きなアドバンテージだが、それを抜きにしてもあの敵を相手にしている動きは超人的だ。
加速魔法を用いれば確かに瞬間的にはあの身体速度を再現することはできるだろうが、明日香の動きは斬撃の鋭さも躱す時の反応性も含めて攻防の全てが魔法師のそれすらも上回っている。
魔法師が同じことをしようとすれば、魔法の負荷に肉体が耐えられずに筋線維が千切れるか、関節が壊れるかだろう。あるいはあっという間にサイオン切れになるか、三半規管を始めとした感覚器官が激烈な加速に耐えきれずに自滅するか。
いずれにしろ、あれほどの高速戦闘を行うにはまず、人間の知覚速度では足りるはずがない。
たしかに魔法の中には知覚速度を向上させ、筋肉自身を操作することで人の動きを超えた動きを可能にする魔法も存在するだろうが、“アレ”がそんなものではないことは、視れば分かる。
分かってしまった。
両者とも超常の動きではある。だが幸いにもメフィストの扱う大鋏よりも明日香の剣技の方が勝っていた。
不可視の剣と大鋏が打ち合うごとにメフィスト・フェレスは追い込まれている。その気になれば彼を一刀両断できるほどに。
だがそれは達也が、魔法師が知らないからだ。