Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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14話

 

 キャスターのサーヴァント、メフィスト・フェレスとの戦い。

 それは超常たる者同士の戦いでありながら、しかし白兵戦の技量においては圧倒的に明日香が上回っていた。

 魔力放出と風の精霊の加護による高速移動は、多少白兵戦技能を有していたとしてもキャスターなどに遅れを取ることは決してなく、風に包まれた不可視の刃は、たとえそれが二重の鞘による封印を施された上でも敵の大鋏を上回っている。

 

 

「流石は騎士サマ! それではコチラは――いかがですかぁ!!」

 

 戦闘にあって不必要な行為。大声と大仰な身振りを行う間隙。ただでさえ押されているメフィスト・フェレスにとっては致命的なはずのそれに対して、明日香は構えを変えて防御の姿勢に切り替えた。

 

「さぁぁってっ、御覧あれぇっ!!  微睡む爆弾(チクタク・ボゥム)! アヒャヒャハアアア!!!」

 

 微睡む爆弾(チクタク・ボム)

 そのワードをトリガーにして周囲一帯に爆弾が現出した。懐中時計と一体化した明らかに時限式の爆弾。だがそれは当然、ただ時限式であるのみならず、別の要因によっても起爆するのは明らか。

 

「っ、はぁッッ!!」

 

 明日香は気吹とともに右腕を一閃。荒れ狂うかのごとき旋風が巻き起こり、彼の周囲の爆弾を薙ぎ払って誘爆させた。

 

 ―――――それは明日香をして油断といえるだろう。

 

 彼が警戒していたのは敵の宝具。単なる武器、道具ではなく、その英霊を英霊たらしめている伝承(もの)

霊基の格では明日香の中に宿る英霊と比してメフィストの霊基は弱い。加えて高ランクの耐魔力――魔術や魔法に対する耐性を有していることからも魔術師や魔法師、そしてキャスターのサーヴァントとは相性がいい。

 

そんな相性の不利、力の多寡を覆す可能性があるのが宝具だ。

 

 “藤丸”のマスターが遺したデータによるとこの爆弾こそがメフィスト・フェレスの宝具。

 魔法師や魔術師からすれば規格外の魔術を行使できるキャスターのクラスだが、明日香に力を与える“霊基”の英霊は規格外ともいえる耐魔力の持ち主であり、風の精霊の加護をも有する今の明日香に対し、“今の”メフィストでは例え宝具によっても爆発でダメージを与えることは難しかった。

 

 だが、メフィストの爆弾が設置されたのは明日香の周囲のみではなかった。

 

「しまったっ!」 

 

 それは一瞬で、明日香を取り囲むのみならず克人たちの周りすらも取り囲んでいたのだ。  

 

「くっ! 全員不用意に動くな!」

 

 “握り男”の足止めを行っていた克人だが、しかし自分を含め仲間たちを取り囲むようにして突如として現れた爆弾に対して反応素早く、耐熱・耐物理防御の防御壁を展開。

 その展開速度、強度、規模は鉄壁の十文字家の名に相応しい仲間を守るための盾であり――――

 

 ――ッッ!? これは!!!――

 

「十文字会頭!!!」

 

 現れた爆弾を精霊の眼(エレメンタル・サイト)で視た達也だけが瞬時にそれに気が付いた。

 だがそれは明日香の反応をもってしても、サーヴァントとの戦闘中という状況下においてあまりにも致命的な遅さだった。

 

――――「がっ、―――――ッッ!!!!」――――

 

「なっっ!!?」

「か、会頭ッッ!!!!」

 

 口元を一層に歪めるメフィスト。明日香の聴覚が捉えたのは、背後で爆発する音と、肉が爆ぜる音。苦悶を必死にこらえ、けれども漏れ出るほどの苦痛を訴える克人の声。 そして動揺を露わにする桐原たちの悲鳴のような声だった。

 それを聞いて、明日香は咄嗟に振り向いてしまった。

 突き出した腕の肉がはじけ飛び、膝をつく巌のような巨体の姿と、周囲を守っていた防御魔法が消える光景。

 そして―――

 

「いやいや、いいですよねぇ。よそ見できるその余裕」

「ッッ――――!!!!」

 

 耳元でささやかれたように錯覚するほどに悪魔の声が聞こえた。

 首に、脇腹に、膝に、腕に、臓器に、悪魔のささやきをトリガーにしたようにして、明日香の体内に埋め込まれていた微睡む爆弾(チクタク・ボム)が、一斉に起爆して明日香を飲み込んだ。

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 魔術師を吞み込んだ爆炎を背に立つは道化のサーヴァントとその配下たるホムンクルス(デーモン)

 

「会頭!!」

「ぐ、ぅ……く、ぉおおおあッッ!!!!」

 

 右腕の肉が弾け飛び、防御魔法を継続できないほどのダメージを受けて膝をついた克人。この場においては克人は彼らの上官の役どころであり、部下の役どころであるところの桐原が青ざめて動揺した声を上げて克人を呼ぶのを薄れいく意識でとらえ、克人はぎりぎりのところで魔法演算領域を働かせて傷口を焼いた。

 治療魔法が卓越しているのならばともかく、今この場にいる魔法師は一科生の克人と桐原、深雪を含めても治癒魔法に特化してはいないし、敵を前にして悠長に治療行為を行うゆとりもない。

 出血は著しく、すぐにでも止血しなければ完全に意識を手放すことになり、そのまま倒れ伏すだろう。

 明日香や達也がどう考えているかはともかく、この場における上官は克人だ。だからこそ彼が倒れるわけにはいかないという自負があった。

 だがそれは激痛を伴う行為であり、ただでさえ深手を負っている身だ。途切れかけていた意識が寸断し、すぐさま激痛によって覚醒する。

 さしもの克人も額から脂汗が流れ落ち、厳めしい顔が鬼気迫る形相に歪む。

 

「このチクタクくんが爆弾と思いましたか? おまぬけですねぇ」

「くっ!」

 

 防御と足止めの要であった克人が崩されたことで形勢は大きく傾いた。そしてそれだけではなく、人外の戦いを繰り広げていたサーヴァントが明日香という枷を外して立っているのだ。

 メフィストは克人たちが警戒した爆弾の一つを手元で弄び、手品のように消した。

 

「ただの見せかけですよぉ。本当の爆弾は、すでに貴方がたの体の中に設置済み。ククク。怖いですねぇ。爆発にはお気をつけください!!」

 

 爆弾を玩んでいた指が達也たちを指さす。

 達也はメフィストからは目を離さず、同時に精霊の眼(エレメンタル・サイト)によって情報次元における自分たちの情報を視て歯噛みした。

 

 ――いつの間に!?――

 

 彼らの情報体に巣食うようにして貼り付いている高密度のプシオン体。

 超心霊的存在であるプシオンが何をなすものなのか、それは達也にも分からないが、壬生沙耶香の体にもあったそれこそが、おそらくは爆弾。

 達也をしても、いつの間に爆弾が仕掛けられたのか分からなかったのだ。他の何かであればともかく、よりにもよって深雪の体にも爆弾と思しき情報体は仕掛けられている。

 油断していたはずはない。

 それこそ彼の知らない認識の死角から放たれたものとしか考えられなかった。

 

 ――くっ! こちらの解呪……いや。敵性体の排除を!――

 

 敵はこちらの知らない、感知領域の外から攻撃する手段と防御を持つサーヴァントとその配下のホムンクルス。

 達也には多くの柵からなる制約があるが、それらは彼にある唯一の激情―ー深雪のことに比べれば、いや、天秤に載せるべくもないことだ。

 四葉の秘匿も、国防軍の守秘も抑止にはなりえない。

 敵が悪魔と名乗るのであれば、彼もまた悪魔の力と呼ばれた力を振るうにためらいはない。

 

 達也の意識が切り替わり、その秘めたる力が解き放たれる――――

 

「さぁぁて、それでは次はどなたを面白おかしく、ごっ……?」

 

 放たれようとしたその時、メフィストの体からナニカが生えた。 

 

 

 メフィストの肉体を背後から貫いたのは見えない刃のようなもので、凶悪なる道化師の血を以てその刀身を暴いていた。

 

「がふ……ぉや、おゃ。頑丈ですねぇ。まったく」

「獅子刧!」

 

 メフィストに背後から致命となる刺突を与えたのは、先程爆弾の直撃を受けたはずの明日香。

 爆煙に包まれたことによる汚れこそ見られるものの、目に見える限りにおいて身体の欠損は見られず、今まさに“心臓”に一撃を受けたメフィストよりも戦闘能力を残しているように見えた。

 もっとも、あの道化師に“心臓”などというものがあればなのだが。

 一撃を受けたメフィストが苦悶し、動きを止めたこと様子からすると“心臓”に相当するものがあるのは間違いなさそうだが……

 

 

 

 

 宝具の直撃を受けたものの、それを目くらましにして明日香はメフィストの不意を撃つことに成功した。

 爆煙に紛れて“握り男”を両断するとともに、その断末魔をメフィストが察知するよりも早くその霊核に一撃を与えたのだ。

 

「マスターの居ない君の宝具では、私の耐魔力の方がわずかに上回ったようだな」

「その、ようですねぇ……」

 

 もしもこのキャスターが、()()()()()()()()()()()()()()()()()であれば、いかに明日香の耐魔力であっても宝具の直撃を受けて無事では済まなかっただろう。

 

 本来、サーヴァントはマスターとともにあってこそ、その距離が近くにあってこそその全力が発揮できる。

 サーヴァントとはこの世界、この時空には本来存在しないはずの境界記録帯(ゴーストライナー)。ゆえにこの世界に在るには、さらに特別な例を除けば、楔となるものが必要だ。

 だが()()()()()()()()()()()()()()()であるメフィスト・フェレスでは、その力を存分には発揮できない。

それは()()()()()()()()()()が、明日香はデミ・サーヴァントとして肉体というこの世界における強固な楔がある。無論のこと、メフィストにも召喚されるだけの楔はあるのだが、それはただの楔でしかなく、運用するための現世の力にはなりえない。

 

 その差が先ほどの直撃における明暗を分けたのだ。

 

「終わりだ。キャスター、メフィスト・フェレス」

 

 明日香の刃は確実にメフィストの霊核へと突き立てられている。人間における心臓に相当するサーヴァントにとっての霊核。それは人が血を全身に行き渡らせるように魔力を循環させるための基幹となる臓器。

 そこに刃が突き立てられった以上、形勢を逆転するに至る一手は最早無い。

 

「あぁ……ああ、そうですね。終わりですか。終わりですね。えぇ、ええ」

 

 だが―――――

 

「ですが、そう言えば、わたくし、思い出しました」

 

――――道化師は嗤った。

 

「今まで多くの方の生が、死に切り替わる瞬間の絶望の顔を見てきましたが、ワタクシ自身の腸を面白おかしくぶち撒けたことはなかった、と」

「なに? ッッ!!」

 

 血に濡れて刀身が暴かれた不可視の刃が掴まれた。

 傷つくことすら最早かまうことなく、その手を血塗れにして、否、自ら肉を抉らせて動きを止めた。

 

「キヒヒヒヒ。それでは最後の置き土産! 3,2,1! 微睡む爆弾(チクタク・ボゥム)!!!!」 

 

 メフィストの体に、そして不可視の刃に、明日香の体を覆うように微睡む爆弾(チクタク・ボム)を最大展開した。

 

「なっ―――――!!!!」

 

 サーヴァントは現界しているだけでも多大な魔力を消耗する。

 だが霊核に致命傷を受けたメフィストはすぐに消滅する。ゆえに現界を維持するために消費される魔力ですらも最後の足掻きに使うことができた。

 

「一度言って見たかったのですよ!!!  時よ、止まれぇ!!!!」

 

 最後となる宝具の真名解放は、先程の威力を大きく上回る、正真正銘の宝具としての威力を以て大爆発を起こした。

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 ―――――自爆!!? アイツは!? ――――― 

 

 達也たちの目の前で起こった爆発の規模は、先ほどを遥かに上回っており重傷の身を押して防御魔法を展開した克人と耐熱障壁を展開した深雪の魔法がなければ彼らも巻きこまれていただろう。

 恐らくそうなれば魔法師である彼らであってもただでは済まなかったはず。ならばその直撃を至近で受けた魔術師は?

 アレが達也の識る条理の外側にある存在に近しい――サーヴァントと呼ばれる存在と類似していることは分かる。通常時であればともかく、あの状態であれば魔法すらも寄せ付けないだろう。だがそれがサーヴァントによるものならばどうだ。

 先ほどの爆発では目立った負傷が見られなかったが、今度の規模では――――

 

「すまないが、約束を破るわけにはいかない」

 

 流石に、達也も瞠目した。

 爆煙の中から現れた明日香は、流石に無傷ではないものの膝すらついておらず、まるで風を操っているかのように煙を吹き散らした。

 その姿、何らかの魔法・魔術、異能の存在を裏付けるような尋常ならざる耐久力を眼にして、達也の脳裏に奔る驚きのレベルが水準を超え、逆に平常心へと戻った。

 

 ――あれが、魔術師。獅子刧の力か……――

 

 ある事情から達也の精神は一定の振れ幅を超えることができない。 

 彼自身あまり動揺を顕にすること自体が少ないが、生まれ落ちて後に、彼の精神はそのように歪に形作られており、故にこそ動揺が一定幅を超えて冷静さを強制的に取り戻されるという事態に警戒心が際立った。

 

「大丈夫ですか、十文字先輩」

「俺の方は、ぐっ。お前の方は、大丈夫なのか?」

 

 ――果心居士の再来とも言われる忍術使いである九重八雲がサーヴァントという存在を魔法師であっても打倒できないだろう存在だと評した。

 

「ええ。危ういところではありましたが。それよりもその負傷。放っておけば腕を失いかねない。治癒魔法は?」

 

 だが明日香はそれを打倒した。それも文字家の総領である克人ですらも深手を負った敵の攻撃の直撃を2度も受け、それでも大きな傷は負っていない。

 魔法と魔術。そのどちらが上なのかはともかく、魔術では並み以上の力であってもあの獅子劫明日香を打倒するのは難しいのだ。

 ならば魔法ならば?

 達也であれば、深雪であれば、魔法師であれば、魔術師を、サーヴァントを、獅子劫明日香を上回ることはできるのか。

 

「いや。ぐっ。ひとまずこれで決着したのならば、十文字家の者を呼び後始末を行う。それでいいな、獅子劫」

「ええ、それは構いませんが…………」

 

 苦痛に顔を歪めながらも十師族としての責務を果たさんとする克人。その片腕はたしかに重傷ではあるが、現代の発達した再生医療をもってすれば特別な異能がなくとも十分に回復させることは可能だろう。

 

 深手を負った克人、それを心配する桐原やレオたち。その中で冷静さを保っているのはそのような精神構造体をしている達也と、強敵を打破して残心を崩してはいない明日香の二人。

 

「お兄様?」

「………………」

 

 ゆえにこそ、魔法師の中で達也だけがそれに気づいた。

 右手に握った拳銃型のCADを掲げて引き金を引く。拡張された視認領域におけるターゲットは、こちらに視線を向ける人間ではない存在。古式魔法に言うところの化生体――使い魔による監視の目。

 

「どうしたんだ、達也?」

「いや……………」

 

 彼の持つ特異な魔法によって監視の目を分解した達也だが、傍目には不自然な挙動にしか見えなかったことだろう。達也が何かをしたのがわかった魔法師は深雪のみで、レオは達也の不自然な挙動について尋ねてくるが、達也は言葉を濁し―――視線を明日香へと戻した。

 残心を崩しておらず、一戦後の不意打ちに対しても警戒を怠っていなかった明日香がふっと表情を和らげた。

 

 ―――気づかれた、か……?――

 

 精霊の眼(エレメンタル・サイト)による知覚とは別に、やはり達也同様に明日香もなんらかの知覚能力を有しているのか、気がついたようだ。

 達也が今の一瞬で監視の目を“消した”ことを。

 

 

 

 ――――実際のところ、明日香は直感で監視があることに気づいており、それが達也によって排除されたことにのみ気づいたのであって、どのような手段をもって排除したのかまでは分からなかった。

 ただ、達也にとって重きを置くのは獅子刧明日香が、サーヴァントという魔法師にとっても超常の存在を打破する力を持っており、達也とは別の知覚系能力を有しているのかもしれないという認識を得たことだった。

 

 

 




ついにFGO第2部が始まりました。
ちょこちょこと進めていますが、基本的には1.5部までのストーリーで進めていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

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