Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~ 作:バルボロッサ
一高を襲撃した武装テロリスト集団――ブランシュと、キャスターのサーヴァントとの戦いが決着した後始末は、主に克人の呼んだ十文字家の家人たちによってつけられた。
テロリストの多くは爆弾にされて肉片となっており、ブランシュのリーダー、司一も既に亡かった。
生き残っていた幾人かのテロリストたちは全て捕縛され、ブランシュ事件は解決を見た。
十師族、十文字家が指揮をとったことから一般の生徒たちはそのように理解した。
だが実際には指揮をとった克人は腕に深手を負い、その治療を受けていた。再生医療の発達した現代においては問題のない傷だが、悪くすれば隻腕となっていてもおかしくはないほどの深手。
「――――というのが、今回打倒した敵。そして2年前にも戦ったサーヴァントについてです」
三巨頭の中でも十師族としての立場のある真由美と克人は、今回の事件の顛末において、魔術師についての情報を得ることを求められた。
2年前に引き続き、国内最強の魔法師集団である十師族の魔法師を上回るやもしれない脅威を警戒するためにも必要なことである。
事件翌日の放課後、別件で明日香とは別行動をとることとなった圭が真由美たちに情報提供のための話し合いを行っていた。
「メフィスト・フェレスにコロンブス……過去の英霊。そんなものを喚び出すことが可能だなんて…………」
壬生紗耶香の体を傀儡としたメフィストと話はしたものの、真由美や摩利は直接はアレを見ていない。故に信じがたいことではあったが、十文字克人が片腕に重傷を負うほどの相手で、彼がこのようなことで偽りを述べるような性格ではないことはよく知っている。
「事実として、あれらには魔法が通用しなかった。
克人にしてもアレがメフィスト・フェレスというのは信じがたいことではあるが、2年前のサーヴァント、クリストファー・コロンブスと戦ったことから名前ではなくその力こそは脅威であることを理解していた。
そしてそれらに個別の
魔法の通用しない超人たち。それを打倒することができたのは彼らの知る限り明日香ただ一人。
「まったく、魔術というのはとんでもないな。過去に死んだ偉人すら蘇らせるとは」
ため息まじりの摩利の言葉は、十師族である真由美と克人の方がより深刻に考えることだった。
ただ、それはいささか誇大的に捉えすぎというものだ。
「まさか。魔術であったとしても死者は蘇らない。英霊の召喚は規格外の儀式魔術ですが、本人そのものを蘇生させるわけではありません。それに英霊召喚は、召喚することそのものも、そしてそれを運用するのも、多くの者の破滅を招きかねない禁忌に近い儀式です」
“魔術”であったとしても、死者の蘇生はできない。
サーヴァントの召喚というのも、英霊そのものを現界させることができないからこそ、あくまでも英霊の一側面のみをクラスという枠に当てはめることで擬似的に喚びだしているに過ぎない。
「英霊の召喚が儀式だというのなら、どうして魔術師たちはそんな儀式を始めたの? 英霊とまで呼ばれるような人たちを喚びだして、危険を犯してまで」
真由美はその愛らしい顔を曇らせていた。
十師族の魔法師とは、建前的には世俗の権力を持たない私的な集団ではある。だが、実際には魔法力は国家の軍事力と密接に関わりを持つし、その強大な力を恐れる権力者たちは多く、ゆえにこそ表裏において権力とは結びついているものだ。
十師族、七草の長女――嫡子ではない――ともなれば、その辺りの黒いやりとり、たとえ周囲を危険に晒しても成すことがあるのは分かっている。分かっているだけに克人は眉根こそ寄せているが黙然としているが、真由美は嫡子ではないがゆえにか、まだしも一般人的な忌避感を示していた。
この世界、この時代において、魔法師との協力は不可欠だろう。彼らの力は広くこの世界に馴染んでおり、今回の騒動でも彼らの情報力がなければあれほど迅速にキャスターを打破することはできなかった。
だが一方で、魔術とは秘匿するもの。魔術師ならざる藤丸とはいえ、魔術を伝える家系の者である以上、秘匿すべきものもある。
圭は魔術師として、そして使命持つ”藤丸”の者として、それに答える必要があった。
「儀式の名前は聖杯戦争。元々は300年ほど前に日本の一地方都市で行われ始めた聖杯を巡る戦いに名を借りた魔術儀式が発端だったらしいですよ」
それはある意味で始まり。
“藤丸”家の戦いも、使命も、そこから始まったと言ってもいいのかもしれない。
「聖杯? それって
「ああ、そういえば……まぁ、聖遺物といえば聖遺物ですね。実態としては強大な魔力の集積装置のようなものですよ」
小首をかしげる真由美に、圭はいささかのズレを認識しつつも正すべきときではないとした。
現代魔法の概念においても
その中には崩壊した魔術基盤によって意義をなくしたものもあれば、魔術協会の混乱によって流出して、意味もわからずに現代魔法師に受け継がれてしまったものもある。
「まあ実態はともかく、当時の冬木では、一般人には知られない裏側の戦いとして7騎のサーヴァントとそれを従える7人の魔術師による暗闘があったそうです」
「7騎も!?」
驚愕の声を上げたのは真由美だが、それは克人も摩利にも同様のことだった。
他にも幾人かはいると予想してはいたが、具体的な数を聞くと、彼らの厄介さを体験しただけに険しい顔にもなろう。
「
一括りに英霊といってもその伝承はあやふやなこともあれば複数の属性を持つこともある。
「ただ、使役される側のサーヴァントは一側面とはいえ英霊です。その性質によっては民間人に多大な被害を出すことを躊躇しない者もいれば魔術師に従うことを是としないサーヴァントも当然いたらしいです」
召喚されたサーヴァントが召喚者を殺す。
周囲に甚大な被害を与える。
召喚者を籠絡して逆に従わせる。
それらは今回の騒動においても見られたことで―――――かつての聖杯戦争においても見られたかも知れないこと。
「7人もの英霊を召喚して、一体その聖杯戦争の目的はなんだ? そしてなぜ今、それらのサーヴァントたちが召喚されている」
どんどんと深刻な懸念ばかり増えてくる話に、克人は踏み込んだ。
十師族としては、というよりも十師族の一部に今の話が伝われば、リスクを承知でサーヴァントを私物化しようとする動きが懸念されなくもない。
すでに内々的にではあるが十師族十文字家の総領となっている克人にはその危険性が感じ取れていた。
故にこそ、圭も危険性を伝えることを先行させ、克人はその意を汲んだ。
強引にその術法を聞き出すことによるリスクよりも、魔術師と協調することでサーヴァントに対する備えをこそ知り、日本の魔法師に対して敵対行為を行っている者にこそ備えるべき。
それが克人が下した判断だ。
「さぁ?」
ただ、残念ながら圭にもそれは答えられなかった。
「別に誤魔化しているわけではないですよ? 私たちは生粋の魔術師というわけじゃありませんから」
「どういうことだ? 藤丸家は魔術師の家系だろう?」
ピクリと眉の上がった克人の反応に対する圭の弁明に、摩利たちが揃って首を傾げた。
彼女たちにとって藤丸圭というのは絶えて久しい魔術を今に受け継ぐ唯一の家系であり、魔法史の転換期において闇に消えたその真相を知り得る存在だと目していたからだ。
「たしかに藤丸家は魔術を継ぐ家系ではありますけど、魔術師というわけではないんですよ。藤丸家が魔術師になったのだって精々この百年程度のことですし」
ただ、圭にとって、藤丸にとってはその始まりからして彼らは魔術師ではなかった。
だから魔術師の積み重ねてきた業の深さも、世界から消えた彼らの抱いていた「 」への妄執も、藤丸にはない。
「古式魔法師ならともかく、現代魔法師としては百年前といえばかなり長い歴史だと思うがな」
現代魔法師がその歴史を歩み始めたのと、藤丸家が魔術師となったのはほぼ符合する。
十師族はその成立過程において幾多の実験的魔法師たちの成果であるからして、名家と呼ばれる魔法師の家門においても百年を超える現代魔法師の家系はない。
魔術師を捨てて魔法師となった古式魔法師であれば古い家系はあるが、彼らには最早魔術師であったころの名残はほとんどないといっていい。
「歴史の深さだけじゃありませんよ。目的そのものが魔術師ではないんですよ。
藤丸家は魔術師というよりも魔術使い――ただ魔術を使う者であって、本来的な魔術師なんて生き物は、もうこの世界の表側にはほとんど生き残ってはいないんじゃないですかね…………多分」
先史以前において、世界は神のモノであり、
それでも西暦以前の古代において、世界には神秘が色濃く残っていたが、やがて神秘が消え行くとともに魔術は弱体化し、幻想の種族は世界の裏側へと姿を消した。
魔術師もまた同じ。
彼らが滅びることはないだろう。彼らが積み重ねてきた妄念は魔術基盤が完全に失われる時、すなわち人がその体を不要と断じるときにまで在り続ける。
けれども多くの基盤が喪われ、彼らの魔術をもっては“魔法”に、「 」に至ることはないのだと悟ったとき、彼らは世界から姿を消した。
単に魔術師という生命としての種を終わらせたのかもしれないし、あるいは幻創種たちと同様に世界の裏側へと逝ってしまったのかもしれない。
いずれにしろ、それらは“藤丸”が今に継がれていることとは関わらない。
「ちなみに、明日香にも言われたので弁明しておきますけど、私たちがこちら側に出てきたからサーヴァントが現れたわけではないですよ?」
戦いの前に明日香が気づいた懸念。
戦いの後、約束通り明日香は圭にそのことをみっちりと詰問した。
圭ならば魔法科高校がサーヴァントによって襲撃されることを“予測”し得たかもしれない。
圭のそれが万能ではないとは分かっているが、出来るだけに疑いはあった。
魔法師たちに危機感を植え付けるために敢えて彼ら自身が魔法師たちの懐に現れ、そして“敵”を誘う。
そんな未来を圭が創ることが出来たかも知れない。
魔術師の争いに魔法師が巻き込まれたわけではない。
そして圭はそれを知っていながら魔法科高校に入学し、魔法師たちを敢えて巻き込もうとした――わけではない。
「むしろ、魔法師がどこからか知った英霊召喚の儀式を利用しようとしている。あるいは利用されているのではないかと、私たちは考えています。そしてこういう事態に対処するためにこそ、明日香にはその力が宿ったのだと…………」
圭が予測したのは――――“藤丸”に伝えられているのは、この時代、この世界が“特異点”になり得る事象であり、なればこそ、彼らの有無にかかわらずこの事象には
人理定礎―――もしかするとこの時代は新たなる一つに数えられるものとなるのかもしれない。
ただ、それはまだ語るには早すぎることだ。
今の圭にできるのは、成立するかもしれない人理定礎を守るために―――――生きることでしかないのだ。
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圭が克人や真由美、摩利たち魔法師側の人間と話をしていたのと同じころ、明日香もまた同様の話を語っていた。
語るといっても、明日香にとっても語れること、知っていることはそう多くはない。
告げる相手は約束をした少女――北山雫だ。
語る内容は、だからなぜ、彼女は助けられたのかということ。
なぜ彼は北山雫という少女を助けたのかという理由。
「―――――僕は僕の目的のためにあのサーヴァント、奴隷王を討伐しただけだ。その過程で君を救うことがあったとしても、それは君が僕に感謝するものじゃない」
彼女を心配して友人のほのかや深雪、そしてあの戦いの時に同行していた千葉エリカと西条レオンハルト、そして司波達也の姿もあった。
あまりにも突き放した明日香の言い方に、雫と付き合いの長いほのかは息を呑み、
エリカなどは明日香を睨むような眼差しを向けていた。
「私じゃなくても助けた?」
「ああ」
「そっか…………」
白馬にこそ乗っていなくとも、その姿はまるでおとぎ話の王子様のようであった。
絶体絶命のピンチに颯爽と駆けつけて助けてくれる騎士。
その幻想を抱いたのは、きっと雫のみならず、2年前のあの時、彼に救われた少女たちの誰もが抱いた幻想だろう。
だが、その本人はそれを否定する。
あの戦いは、君を助けるための戦いではなく、自らの目的のためのものであったと。
明日香にとって、それは真実だ。
それに、確かに倒したのは彼だが、そこで振るわれた力は、“彼”のものだ。
救われた少女がいて、その少女が幻想に囚われているのなら、それは否定すべきこと。
明日香と“彼”とは、体を一つにはしていてもやはり違う人物だし、救われた彼女が求めたのは、獅子刧明日香という魔術師ではなく、“彼”という騎士なのだから。
だから……………
「それでも、やっぱりありがとう。2年前も、それに昨日も、その前も、助けてくれたよね。私だけじゃなくて、他のみんなも。だから、ありがとう――――“明日香”」
その言葉は―――“彼”に向けられたのではない、その言葉は、“彼”ではない明日香にとって、救いの言葉でもあった。
ここにはいないはずの、消えてしまったはずの“彼”が、微笑みを浮かべたような、そんな気が、明日香にはした。
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何処とも知れぬ暗闇の玉座に、一人の老人が座していた。
白髪で幽鬼のごとき老人は、まさに糸の切れたかのごとくに虚脱して玉座にある。
「…………キャスターは失敗しました」
声を発したのは玉座の老人ではない。否、すでに彼の翁は搾り取られるだけの存在に成り果てている。
玉座の隣に立つ男。聖職の衣に身を包んだ西洋人らしき人物こそが声の主だ。
「仕方ありませんね。所詮あれは異端の存在。主の恵みを否定せし、悪魔という堕落を象徴する存在なのですから」
男の声は酷薄な語調で、消滅したキャスターとは陣営を同じくするはずなのに唾棄すべき存在として見なしていたのを隠していない。
対して、かの聖職者に対面せし者は、不和を感じさせる男の言葉を聞きながらも、嬉しそうに嘲笑っていた。
「いやいや、なかなかどうして。かのゲーテの記せしファウストに語られるメフィスト・フェレス。んン! やはり道化としてはいい役ぶりを見せてくれましたよ。異端を正すために立ち上がれども、そこには必ず犠牲が必要となる。いい教訓が得られたではありませんか!」
聖職者とは違い、彼にとってはメフィストの消滅を含めて、結果には満足していた。
なぜならそうでなくてはツマラナイ。
ただ一度の暴動ごときを鎮圧した程度でハッピーエンドだなんて、そんなのは駄作もいいところ。
「ええ、そうですね、アサシン。やはり貴方とが一番話が合うようだ」
互いの認識と感性にズレがあるのを認識しながら、けれども聖職者は相槌を返す。
なぜなら相手はアサシンのクラスにありながらも狂気を内包した暗殺者。まともな話が通じると思ってはいけない。
「物語には教訓が必要です! んン! 主の威光を示せし聖書も、それは数多の教訓から成っているのですから!」
「貴方の紡ぐ寓話と聖書を一緒にされたくはありませんが……全ては主の御心のままに。魔法などという異端の存在は、許されるべきではないのですよ」
どこかズレたまま続けられる会話に、聖杯を手にせし悪逆のマスターは何も思わないのか?
否、もはや彼はただの楔。聖職者たる彼とその麾下にあるサーヴァントが現界するのに必要なだけの存在に成り果てているのだから。
自らを追放した者達への恨み。それを奪った魔法師たちへの逆恨み。故国への、敵国への怨念。
それらすべてを呑み込んで、すでに“裁定”は下ってしまったのだから。
「キャスターを倒したデミ・サーヴァントは、やはりかの騎士王の霊基を持つ者です」
「ほぉお。よもやメフィスト・フェレスごときにかの騎士王が聖剣の輝きを振るったと? んン、いえ、失礼。“
“
通常の聖杯戦争であれば召喚されるはずのない、7騎に属さないエクストラのクラス。
そのクラススキル、真名看破をもってすれば、たとえ使い魔の視線越しでも、相手がデミ・サーヴァントであっても、宿る霊基の素性を暴くは容易い。
「残念です。かの騎士王は、敬虔な教徒であると伺っておりましたが……彼の持つ聖剣は、彼の存在は許されるべきではない。ならば、次は彼の出番かもしれませんね―――― ランサー」
本来はありえないはずのクラスのサーヴァントの声に応じて、今また一人のサーヴァントが姿を現した。
ランサーと、クラスの名で呼ばれた男の姿はまさに騎士。
腰には剣を帯びつつも、それは飾りとして以上の意味をもたないのか、はたまた彼自身が剣を嫌っているのか、象徴のごとくに携える武器は槍。白と黒、二色に塗られた大きな槍。
だが、そのランサーを象徴するより特徴的なのは右腕。
そこには左腕にはつけられている鎧籠手はなく、また本来あるはずの生身の腕もない。あるのは血の通わぬ鉄の腕
「花と散る騎士道の終焉。騎士道の体現者たる彼に終焉をもたらすのに、彼ほどの適任はいないでしょう」
伝承に曰く、彼の騎士王は偉大なりし騎士道を体現した九人の偉人の一人にも数えられ、諸説あるなかでは、とある教えに敬虔な教徒でもある。
だがそれならば、知っているはずだ。
奇跡とは唯一、只一人の存在にのみ許された御業なのだと。
星の聖剣。そのようなものは、認められざる邪宝にすぎないのだと。
すぐにでもその剣を折り、自らの神に許しを請うことこそが、騎士王に許された行為であるのだと。
悔恨を思い出せ。絶望の内に座へと戻るがいい騎士王よ。
汝の体現せし騎士道の、その成れの果てこそが、この騎士であるのだから。
―――第一章 Fin―――
第一章vs.キャスター編終了です。
最後にチラッと複数のサーヴァントを前出ししましたが、次章はv.s.アサシン&ランサー編となります。そしてさらにはなんと! あのサーヴァントが!!
というわけで次回をお楽しみにしていただきたいのですが、次の章の開始までしばしお待ちください。FGOの第二章が始まってしまって……ではなくて、それもあるのですが、次の章の執筆がまだ途中だからです。二章のサーヴァント戦も大枠は考えているのですが、まだ九校戦そのものが手つかずです。一応明日香と圭がどうやって大会に絡むのかは決まっていますので、どの競技に絡むのかはお楽しみにお待ちください。