Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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2話

 

 

 

 九校戦――正式名称を全国魔法科高校親善魔法競技大会。

 

 一年生のみ参加の新人戦と全学年が参加できる本戦とに分かれるその競技大会では、6つあるそれぞれの競技に割り振られた得点の合計で各校の順位付けがなされる。

 その中で、男子のみがエントリーできる競技であるモノリス・コードは男子三人が一チームとなって出場するチーム対抗戦で、得点配分が他の競技に比べて高い。

 新人戦の得点は本戦の半分であり、まだ入学して間もない一年生とはいえ、過去の九校戦――殊に現在の三年生が一年目の時などはやがて来るだろう最強世代の到来を予感させる見応えある戦いとなることもあり、スター誕生の瞬間を目の当たりにできるかもしれないという期待感もある。

 

 九校戦は魔法の視覚処理を施された上で一般の非魔法師も見ることのできるテレビ放送がされることもあり、魔法師非魔法師問わずにフリークが存在したりもする。

 ただし、例年富士の演習場南東エリアを舞台に行われるその大会には、政府関係者や魔法関係者のみならず、一般企業や海外からも大勢の観客と研究者とスカウトが来ることもあり、場所柄軍事施設とも近いため一般人が直接観戦することはなかなか難しい。

 

「………………」

「雫」

 

 北山雫は現在こそ魔法科高校の学生で、当事者となっているが、去年までは魔法科高校の入学を志す一般人でしかなく、しかし日本屈指の企業家の令嬢ということもあってその貴重な直接観戦を行うことができていた。

 そして鳥肌が立つほどの感動を覚える魔法競技の舞台にいつかは自分も立ちたいと思っていたし、特に彼女は熱烈なモノリス・コードのフリークであった。

 ――そこに泡沫の夢に出てきた誰かがいることを期待していたこともある。

 とても強い魔法戦闘技能士で、自分と同じくらいの年齢ならば、きっとモノリス・コードの舞台に立っているはずという希望も、心のどこかにあったのかもしれない。

 

 そして今年、その九校戦の舞台に自分が立つ権利を有し、同時にその本人もまた出場できるかもしれないと分かり、それならば彼が、自分が一番好きなモノリス・コードに出場して、きっと活躍すると、その夢想は残念ながら叶えられそうになかった。

 

「…………なに?」

 

 いつも通り平静を装った感情の起伏の乏しい表情を取り繕ってはいるが、その纏っている空気が不機嫌ですと告げる声。

 それは先ほど獅子劫明日香という魔術師の彼に、九校戦についての説明を熱く行ってからだ。

 より正確にはモノリス・コードへの出場の期待を打ち明け、そのルールを説明したところ、適正がなさそうだと言われたから。 

 

「モノリスコードの件は、すまない」

 

 彼が九校戦について知らなかったのは、まあ、百歩譲って仕方ない。

 雫が好きな九校戦だが、彼は魔法師ではなく魔術師。違う価値観の中で生きているというのだから、まあ仕方ないだろう。本当は仕方なくないけれども仕方ない。

 

 不満なのは、彼がモノリス・コードのルール上では十全の力が出せないことだ。

 モノリス・コードは競技の中では最も実戦に近い競技ではあるが、れっきとした魔法実技であり、武器の有無にかかわらず直接的な接触攻撃が禁止されているからだ。

 明日香の戦い方は、見えない魔法を操って相手を撃破する戦闘スタイルで一見すると非直接的な魔法攻撃を行っているようにも見える。

 だが実際には武器に魔法(魔術)をかけて不可視化させて振るっているれっきとした直接接触攻撃――白兵戦だ。

 それでは“仮にその力が発揮できたとしても”、ルールに抵触どころか、ぶっちぎりでルール違反だ。

 そしてルール内で適したタイプの便利な遠隔魔法能力は残念ながら明日香にはない。

 

 ということを、本人の口からカミングアウトされたわけだ。

 ちなみに同じことを風紀委員会の本部で圭が摩利に告げていたりする。

 

 確かに彼女から直接モノリス・コードで活躍して欲しいなどといったお願いをされたわけではない。

 だからこそ雫も直接は怒っていない。

 約束を破られたわけではないのだから。

 だが明日香はたしかに雫に対してお願いをきく約束をしたし、彼女はそれを望んでいた。

 それを叶えられないのは事実だ。

 だからこれは拗ねているだけ。それもひどく身勝手なわがまま。

 本当は感謝しなければならないのは自分の方で、彼からしてもらったことに比べれば自分が彼にしてあげられたことなんて本当に些細なことでしかないのに、彼の好意に甘えているだけ。

 

「けれども約束は違えない。絶対だ。選ばれた競技では必ず全力を尽くすことを誓おう」

 

 けれどもそう言ってくれる彼に甘えてしまいたくなる。

 

「騎士の誇り、いや、君に対して誓おう」

「…………わかった」

 

 真摯な瞳で、たわいのないことのはずの約束をまるで騎士が誓うように告げる彼の言葉を、雫は頷く以外に返す術がなかった。

 

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 九校戦に対する準備は一筋縄ではいかなかった。

 

 そもそも一高は教師からして実技偏重主義であり、魔法工学分野に対する造詣に浅さがあった。

 勿論教師の中には魔法大学から出向しているだけあって魔法学の特定分野においては比類ない知識をもつ教師もいるが、全体的にCAD分野に対する知識が浅かった。

 結果、それは生徒にも反映されているのか、一高にはCADの技術者が少ないという問題点を抱えていた。

 全国に九校ある魔法科高校にはそれぞれ特色がある。

 例えば尚武を掲げる三校は特に戦闘系の魔法実技に重きを置いているし、瀬戸内を本拠とする七校であれば海の異名を冠するように水上系の魔法を特技とした生徒が多い。そして九校の中で魔法工学のような理論的な分野に力を入れているのが第四高校であり、第一高校は全体的に優秀とされてはいるが、どちらかというと実技より。

 すなわち魔法工学系のエンジニアが少ない傾向があった。

 九校戦の出場メンバーはなにも魔法実技が卓越している者だけが選ばれるわけではない。

 競技出場選手に限ればたしかに魔法実技の優秀者から選ばれるのだが、九校戦ではCADのスペックに制限がかけられる。

 それは安全上の理由からでもあるし、公平性を担保する意味でもある。

 そして概して、九校戦で定められているCADのスペックは、それに選ばれるほど優秀な魔法師が持つCADと比べると低スペックな基準に定められており、そのために技術スタッフは低スペックのCADでいかに選手の技量を発揮させられるかの技量や戦略が問われる。

  だが競技出場選手がイコール自身のCADを自身で完全に調整できるかというとそうではなく、魔工技師の協力が必要となり、技師もまた当然学生が務めることになり、そのために技術スタッフも選定する必要がある。

 だがそういた魔工学的な技術理論よりも実際的な魔法の技術を重視する一高では技術スタッフが育ちにくい環境となっているらしい。

 つまり――――第一高校には技術スタッフに問題があったわけだ。

 

 

「―――最後に技術スタッフの紹介です。技術スタッフ、2-C五十里啓―――1-E司波達也」

 

 そんなこんなで、九校戦出場メンバーは一悶着の果てに発足式を迎えた。

 選手四十名、作戦スタッフ四名、技術スタッフ八名(内二名はプレゼンターで除外)、合計五十名が選抜メンバーで、彼らあるいは彼女らは、技術スタッフ、選手それぞれにユニフォームを着用しその襟元には選抜メンバーとしての証である徽章がつけられる。

 

 競技の出場者としてのメンバーにはこの発足式の司会進行を務めている深雪をはじめ、一年生からは雫やほのか、明日香や圭も選ばれていた。他にも圭と同じ風紀委員である森崎や圭と同じクラスの明智英美なども選ばれている。

 そして一悶着の原因ともなった司波達也は、一年生で(一科生二科生含めて)唯一、技術スタッフとして選ばれていた。

 その選ばれる過程では、それこそ彼が前例のない風紀委員となる際に決闘騒動を起こしたのに匹敵する騒動があったのだが、今現在誇らしげに達也の襟元に徽章つけている深雪には、この上なく名誉なことで、かつその名誉はお兄様には当然のものであるとでも思っていそうだ。

 全員が徽章を受け終えると――それはなんの順番的にか最後であった達也が深雪に徽章をつけられたタイミングで、観客の最前列に陣取っていた二科生の一部、達也の友人たちから拍手が送られ、それを皮切りにさせるために進行役の真由美や深雪も手を打ち、合わせてメンバー全員に対する拍手にすり替えさせて講堂へと広がった。

 

 

 

 

 そして発足式が終われば、それは同時にテスト明けでもあり、九校戦への準備期間でもあった。

 本職は魔術師であり魔法師ではないとはいえ、今は第一高校の生徒としてメンバーに選ばれた明日香や圭も、九校戦に向けて準備を進めている。

 

「……そんなものまで使う気になるなんてどういう心境の変化だい、明日香?」 

 

 今は明日香の出場競技の練習を圭が見ていた。

 魔法師であり魔術師である明日香だが、魔術や本来の戦い方をするのであれば魔法師的な準備は必要ない。

 だが今回の九校戦は魔法実技による対抗戦。

 使うのは魔法なのだから彼もその準備が必要であり、九校戦のレギュレーションに則ったCADの調整が必要となる。

 そして使用できる魔法も、基本的には殺傷ランクに制限がかけられたものとなる。

 CADの調整には非常に高度で専門的な知識と技能が必要だ。

 一科生としてやっていけてはいる明日香だが、魔法工学技師志望ではない他の多くの一科生と同じく自身でCADの調整を行うことは得手ではない。

 使う予定の魔法は幸いにもレギュレーションに引っ掛からないようにすることも可能なのだが、それを魔法に偽装してCADにぶち込むなどということは明日香の技能では到底不可能。

 そしておそらく並みの魔術師が居たとしても理解できないものであったとしても魔術絡みでもある以上、扱えるのは圭だけ。

 藤丸圭は自身も出場選手入りしてはいるが、同時に明日香と自身のCAD技術スタッフを兼ねていた。

 魔法式自体は公開されているものが多いが、魔法師であっても本当の手の内、秘匿術式というものは存在している。

 例えば十師族の固有とも呼べる魔法は魔法式自体が公開されていないことが多いし、その内実を知る者も少ない。それが古式魔法の術者に至っては特に術式を秘匿する傾向がある。

 そしてそれがゆえに魔法師であっても互いの魔法の術式を詮索することは公にはマナー違反となっている。

 そのため、ルール上は二競技まで選手登録を兼ねることが可能ではあっても、特に秘匿したいことの多い魔術師である二人は、両者とも一競技にしか登録をしていなかった。

 

「せっかくのお祭りなんだ。こういう時には全力で、というのがカルデア式だろう? それに約束もあるしね。モノリス・コードを君に任せる以上、選ばれた競技に関しては全力を尽くすのが僕の役目だ」

 

 圭が選抜されたのは本来は明日香を出場させる予定であったモノリス・コード。そして明日香が登録されたのは、圭の推薦によるバトル・ボード。波乗りの異名を取る九校戦唯一の水上競技だ。

 

「まぁ、確かに本気で君が乗りこなそうと思うなら“それ”くらいは必要になるのかもしれないけど……」

 

 彼の足元にあるボードは、どことなく見覚えのある青地に金のラインのサーフボード。

 流石に宝具そのものではないが、そもそも“彼”の霊基を受け継いでいる明日香は、“彼”同様に湖の精霊の加護を受けており、水中に転落するということはまずない。

 水上系の競技であれば明日香の適性はこの上なく高いだろう。

 

 “彼の息子”そっくりだよ。というのは、おそらく触れてはいけないタブーだろう。

 かつてのカルデアの霊基データ、“海辺の騎士王”とか“波上の叛逆騎士”とかを鑑みれば、こういうのもまぁ、ありえなくはないのかもしれない。

 それが今の“彼”の霊基を継承している明日香にとって自然なことなのかどうかはともかく……。

 

「僕の方はなんとか目途が立ちそうだが、君の方は大丈夫なのか?」

「モノリス・コードかい? ああ、そういえば雫ちゃんの好きな競技だったっけ」

 

 全力を尽くすことを誓い、実際にその準備を進めている明日香。

 一方で、圭の方は実技成績(一年男子では森崎に次いで第二位だった)を鑑みて最も得点の高いモノリス・コードの選手に選ばれたわけだが、森崎との相性は控えめに言っても良好とは言えない。

 1-Aの森崎駿と言えば、主に警護やSP職を生業とするクイックドロゥの森崎一門として有名で風紀委員を務めているほどの実力者だが、同時に一高ではガチガチの一科至上主義の急先鋒としても知られている。

 そんな森崎相手に圭(と不本意ながら明日香も)は二科生を庇うような発言をしたこともあるし、秘めていたかどうかは知らないが森崎君のとある女性に対する敬慕の心情を大暴露してしまったことがある。

 同じ風紀委員を務めていたとして仲がよいはずがない。

 まぁ、多分、二科生でありながら風紀委員として森崎以上に華々しい戦果(あるいは本人にとっては戦禍)を上げている達也よりかはマシな人間関係であるだろうが、五十歩百歩だろう。――あるいは目糞鼻糞を笑う、の方が適切な評だろうか。

 

「……大丈夫、うまくやるよ」

 

 九校戦唯一のチーム競技であるし、得点が最も高く、何よりも“彼女”が熱烈なフリークであるほどに入れ込んでいる競技であるからこそ、明日香は代役としてその選手に選ばれた圭の状況を気にかけている。

 彼は魔術師としても、魔法師の学生としてもそこそこ優秀だ。

 だが今年、九校戦には十師族の一角、一条家の御曹司であり、クリムゾンプリンスの異名を持つ魔法師が出場するという。

 その異名に相応する実力があるのは実戦証明済み(コンバットプルーブン)。三年前の沖縄海戦に呼応して行われた新ソビエト連邦による非公式の佐渡侵攻事件において、数多の敵を鮮血に沈めたことからつけられた異名だ。

 実戦を経験しているから強いなどというものでは一概には言えないが、少なくとも

 実践慣れしていることは間違いないし、単なる宣伝(プロパガンダ)で少年義勇兵だった未成年に異名がつけられたわけではないだろう。

 なによりも、日本における最強の魔法師集団を自負する十師族の直系だ。並みの新入生と思って侮れるものではないだろう。

 魔法の祖たる魔術師だから力がある、などということは決してない。むしろ単純な火力や日常性であれば魔術の多くよりも魔法の方が上だ。

 それよりも頭を悩ませるだろう要因は入学一週間経たない間に険悪化した森崎との関係を放置したことによるチームワークが果たしてまともに機能するのかということだろう。

 

 それと……………

 

「…………ところであれはいいのか?」

 

 もう一つ、最近――――ではなく入学後割とすぐから付けられている監視。それも人間のものではない視線が最近得に騒がしくなっていることだろう。

 

「別にいいんじゃないかな。まぁ最近特に忙しくなっているのは、大方君の加護の影響を視たからだろうけどね」

 

 視線の主は古式魔法において精霊と呼称される存在。

 精霊を介して明日香や圭の様子を観察している魔法師がいるのだ。

 それは魔法科高校にある魔術師(異端者)につけられた数多くの監視の一つに過ぎないが、精霊を使ってというのは珍しい。

 似たようなのは先のメフィスト戦の際に使い魔――現代魔法においては化成体と呼ばれる――を介していた視線があるが、これの出処はそう遠くない。

 だから、向こうから話しかけても来ないのであれば、その他の多くの監視と同じく、こちらからどうこうとする必要は、ない。

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 校内某所。

 

 そこにはただ一人の魔法師のみが居た。

 すでに定期試験の結果発表まで終わった放課後であるとはいえ、一高に限らず魔法科高校ではどこも九校戦に向けて慌ただしい盛りだ。

 ゆえにこそその場所は不思議だと言えた。

 ただ一人の魔法師のみがそこにはいる。

 自らの視覚を遮断し、共鳴している精霊の知覚によりここではないどこかの視界を瞼の裏に映している。

 古式魔法による精霊喚起と感覚同調。

 本来は目を閉じる必要もないが、今はそれだけ視ている景色に集中しており、ここにある光景と混同することを避けたいのだろう。

 だがそれはとても無防備な状態。

 魔法を隠匿するのは魔術師の頃から続くマナーのようなもので現代魔法師にとっては自らの戦力、軍事力を秘匿するために魔法を隠匿することもあるが、そんな現代魔法師に比べても古式魔法師は自らの系譜の魔法を隠匿する傾向が強い。

 それは魔法師としてより魔術師に近かったことの名残なのかもしれないが、それはもはやただの独占欲のようなもの、自らの手の内を知られることを恐れるというものとなり果てている。

 そこにはなぜ魔術師が魔術を秘匿していたのかという理由までは伴われていない。だからこそ、このような誰が来るとも知れない場所で術を行使しているのだろう。

 もっとも、だからといって、何の対処もしていないわけではない。

 無秩序な魔法の行使、部活動や九校戦に向けての練習などのきちんとした目的のない魔法の行使は一応は校則でも法律でも禁止されている。

 それに無防備な状態を晒すことになるとも分かっているのだから備えはしておくのが常道。

 この一帯は今、常人が入って来られないように人除けの結界が敷かれている。

 その常人には魔法師も含まれており、特別鋭敏な感覚や直感のない魔法師ではなんとなくこちらには来たくなくなってしまう。

 魔法の行使を隠すために魔法の行使を行う矛盾の螺旋。

 そんな矛盾を抱えてまで彼が魔法を行使しているのは、別に単なる自己学習・研鑽のためなどではない。そんなこときちんと許可をとるなり部活動に入るなり、家に帰って行うなど、練習のための場所も環境も彼にはいくらでもある。

 彼の名前は吉田幹比古。

 百家などの現代魔法師としての名門ではないが、神道系の古式魔法を伝承する古い家系で、精霊魔法の名門だと言われる吉田家の直系だ。

 もっとも、そんな古式魔法の名門であっても、魔法師を名乗っているからには魔術に関してはもはや伝承が遺されていない。

 いや、そもそもにおいて吉田家が魔術師であったのかどうかも定かではない。

 吉田家は神道系を謳ってはいるものの、媒体に呪符も使うし陰陽道系の占術もこなす。その雑多な様相は宗派間の垣根が低く、積極的に多宗派の技術を取り入れたといえばいいのか、はたまた節操がないといえばいいのか。

 だから現代魔法師とは距離を置きがちな古式魔法師にあっても珍しく現代魔法師とも関わりがある。

 

 彼らが知る由もないことだが――――それらが示すのは、彼らが最早魔術師などというものではないということ。

 ただし、かの一門の目的に関しては、魔術師としての名残を残していた。

 とある精霊を、その源である“神霊”へと至る道を模索している。

 あるいはそれは魔術師たちが求めたナニカに近いのかもしれない、それ“が”目的ではないというところに、彼らはもはや魔術師ではないと言えた。

 

 

 そんな彼、吉田幹比古が学校というそのほか大勢がいる不用意な場所で人除けの結界を敷いてまで精霊を介した遠隔知覚魔法を行使して遠見しているのはとある二人。

 魔法師の世界では唯一存在が確かだと言われている生粋の魔術師の一族。

 魔法師の学び舎に飛び込んできた異端者 ――― 藤丸圭と獅子劫明日香の二人だ。

 

 ――精霊が、魔法の発動もなしに体に纏わりついている? あれは一体…………――

 

 精霊の知覚を借りて瞼の裏に映っている光景は、精霊魔法を得手とするはずの彼にとっても不思議な現象だった。

 吉田幹比古はかつて吉田家の神童とまで言われた天才だった。

 その才は自身を過信させある召喚事故を招くまであった。だがその事故以来、彼は魔法のスランプに陥ってしまっていた。

 自身の思う様に魔法が扱えない。

 リスクを承知でこのようなところで彼らを監視しているのも、一つには家の者たちにこそ見られたくないから。

 そして、魔法についての知識を貪欲に求めてなお、彼の求める答えが見つかっていない以上、彼らよりも永い歴史を持つ異端者たちに触れるのも一手だと考えたからだ。

 かつて魔術師であった古式の魔法師たちが捨て去った、あるいは捨てざるを得なかった何かならば、自身のこの問題を解決することがあるいはできるかもしれない。

 

 実際、彼らがどのような魔法、あるいは魔術を使っているのか幹比古にさえ分からないが、ボードと水を自在に操る彼には、まるで手足のように精霊たちが従っている。

 幹比古とてかつては神童とまで言われたのだ。精霊に対する操作性は、魔法のスランプに陥っていたとしても残されてはいる。

 だが彼の精霊使役はそんなものとはまるで別物だ。

 CADを操作している素振りも見えない。魔法式を読み込んでいる挙動すら見えない。まるでそれは……そう。精霊による加護を与えられているようではないだろうか?

 

 あれほどまでに精霊に愛されているかのような魔法師を他には知らない。

 神童であると思っていた頃の彼自身よりも、無論のこと彼の兄よりも、父よりも……………

 

 戦慄とも言える光景だった。

 精霊を使役する魔法を得手とするからこそ、何気ない、それこそ日常的に在るだけで精霊を支配下に置きその加護を我が物にする。

 それが彼方に在る魔術師――――獅子劫明日香。

 

 視界を彼方に。おそらく気づかれてはいる。あの魔術師たちはあまりにも異端に過ぎる。ここにある肉体があまりの戦慄に汗を抑えきれない。

 動揺が術を乱してしまいそうになる。

 簡単な共有知覚の魔法だ。そんなものですら乱すほどに堕ちてはいない。

 幹比古は動揺を抑え、魔術師たちの監視を継続しようと術を整えた。その瞬間だった―――― 

 

「吉田くん……?」

 

 その声には警戒の色はなく、忘我して漏れ出たような呟き。けれどもここにある肉体から意識を飛ばして彼方に集中し、無防備な状態を晒していた吉田にとっては咄嗟の脅威を感じさせるのには十分だった。

 

「誰だ!」

 

 それは条件反射に等しい誰何。

 堕ちたとはいえ、魔法の威力自体が衰えたとは思っていない。彼が思うように魔法を使えないと感じているのは魔法の発動速度においてだ。

 万全の状況で、十分な準備時間をかけて敷いたはずの人除けの結界だ。

 それを破って接近してきた相手が、それが単に迷い込んできただけの女子だとは考えられない。

 いやもっと根源的に、誰も来ないはずの場所で、見てはいないはずの術の行使を見られたこと、そして視ていた対象の未知数の大きさが、翻って彼に衝動的な恐怖と危機感をもたらした。

 押し寄せるその衝動に対して咄嗟にとった彼の行動は、攻撃だった。

 怒りと恐怖の感情に応じ、魔法式に呼び起こされた精霊が、その向かう先が誰なのかもわからずに襲い掛かる。

 

「きゃぁっ!」

 

 押し寄せる光の玉に、少女は悲鳴を上げた。そして――――――――

 

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 九校戦の本番が近づくにつれ、学校に居残りして競技に向けての準備を行う生徒は多くなっていた。

 そもそもが競技の選抜メンバーに選ばれるほどの生徒であれば、自主練習を怠るような魔法師たちではない。

 主に一年生女子の担当技術者となった達也と共に九校戦に向けての奥の手の特訓を行っていた雫も、その練習に熱が入って帰宅が遅くなっていた。

 

 学年三位(実技成績のみでは次席)の雫がメンバーとして選ばれたのは九校戦競技の中でもとりわけ魔法力の求められるアイスピラーズ・ブレイクとスピード・シューティング。

 達也の場合は、同じ一年生の中でも男子には特に一科生至上主義が多いために受け入れられなかった結果だが、雫としては彼が自分の出場二競技を担当してくれる技術者であるのはむしろ喜ばしいことであった。

 彼の技術力は高い。

 実家が富豪であり、雫を溺愛している父のおかげでCADの技術者には事欠かない。だがそんな技術者よりも達也の技術力は上回っており、この数日だけでも彼女の魔法力、魔法技術力は明らかに向上しているという自覚があった。

 

 それでも今現在、彼女が行っている特訓――雫と同じくアイスピラーズ・ブレイクに出場することが決まっている深雪に対抗するための奥の手のための特訓は雫にかなりの疲労感を与えていた。

 厳しい特訓は必要だが、過剰な疲労の蓄積は訓練効率の低下のみならず怪我の発生にもつながる。

 達也はそろそろ今日の練習を切り上げる頃合いかと、雫の疲労具合から思案しはじめていた。

 

「やぁ、お邪魔していいかい、雫、達也?」

 

 ひょっこりと彼女らの練習室に明日香が顔を出したのはそんな頃だった。

 明日香の来訪に、疲労して汗を拭っていた雫は驚いた表情となっていた。

 

「ああ。もう終わるところだが、どうかしたのか?」

 

 応えたのはびっくりしており、なにやら動揺している雫ではなく達也だった。

 雫が特訓をしていたのと同様、選抜メンバーに選ばれた多くの生徒たちはそれぞれに九校戦に向けた特訓を行っており、明日香がこの時間まで残っているのは多少意外感はあっても不思議ではない。

 ただ、基本的に魔法師にとって手の内となる魔法は詮索しないことがマナーであり、同じ選手とはいえ――作戦立案なども行うことになる技術スタッフならばともかく同じ選手であるからこそ他の選手の魔法や秘密特訓には関わらないものが多い。

 明日香の出る競技と雫の出場競技が被っているわけではないのでスパイ活動というわけではないだろうが、何をしに来たのかという疑問は当然のものだろう。

 

「そろそろ終わる頃かと思ってね。うん、ちょうどいい時間だったみたいだね。レディが一人で道を行くには遅い時間だ。よければ帰り道をご一緒させてもらえないかな、雫」

 

 それに対して明日香が申し出たのは帰り道のエスコート。

 申し込まれた雫は先程までよりも目をパチクリとさせて明日香を見ていた。

 

 ――ふむ…………――

 

 季節的にはすでに日の長い時期とはなっているが、既に外は暗い時間だ。

 だが正直なところ、達也には一高からの帰り道にエスコートが必要かといえばあまり必要性がないのではと思っていた。

 学校から雫の家への帰り道はおそらく他の多くの生徒と同じく一高からまっすぐの徒歩圏内にある駅からキャビネットに乗って最寄り駅まで行くことになるだろう。

 遅くなって不安ならば雫ほどの家ならば送迎に対しても十分な対応がなされるであろうし、駅までの短い徒歩の中では、変なことに首をツッコまなければ危ないこともそうそうないだろう。

 無論、これが深雪が一人で、というのならばまた論理的帰結は異なったであろうが、今日は雫のCADを調整するため同じアイスピラーズの出場選手である深雪とは日程をずらしている。そして深雪はもっと早い時間に家へと帰している。

 達也にとって離れていることが深雪を護衛する上で致命的なネックになるものではないので同列には語れないだろうが……

 ただ、深雪を家で一人にさせている、というのが達也の気分的にいいものではないのは確かだ。

 そしてこの後、後片付けと雫の帰宅準備が整うまで待っていればそれだけ達也が深雪の待つ家に帰宅する時間は遅くなる。

 

 雫の方もまんざらでもないらしく、達也は明日香の申し出に任せることとして支度を済ませてその日の特訓を終わらせた。

 そして明日香は前言通り、雫の支度が整うのを待って下校の道を同道した。

 

 

 

 

 校門から駅までの道のり。

 九校戦の準備の始まる前の普段であれば、雫はほのかや深雪、達也や友人たちと一緒に歩いたり、あるいは通学路の途上にあるアイネブリーゼという喫茶店に寄り道をしたりもする。

 その道を今、雫は明日香と共に歩いていた。

 クールで大人びた顔立ちの美少女である雫だが、体躯はほのかよりも全体的に小柄で高校生女子としては平均的でも男子として長身の部類に入る明日香と比べるとかなり小さい。

 必然、雫が明日香の顔を見ようと思うと見上げる形となる。

 

 その見上げた先にあるのは、かつて雫を助けてくれた騎士と同じものであり、けれども瞳の色、髪のくすみはあの時とは違う。

 ピンチに駆けつけてくれる騎士ではなく、同級生の獅子劫明日香。

 

 徒歩であったとしても駅までの距離はそれほど長くはない。駅からはキャビネットと呼ばれる二人乗りまたは四人乗りのリニア式小型車両に乗車して家の最寄り駅まで向かう。

 前世紀に主流であった移動手段の大型車両の電車とは異なり、痴漢や満員電車とは無縁にはなったし、プライベート空間の確保が優先されることとなった。

 キャビネットの中は肩が触れ合う程に狭いというわけではないし、心臓の鼓動が同乗者に聞こえるということも普通の聴力であれば当然ない。

 けれども雫は自分の心臓が少し弾んでいるのを感じていた。

 

「随分と特訓に熱が入っているみたいだね」

 

 何気ない会話は、弾む鼓動を少しだけ穏やかなものにしてくれるようだった。

 道々の話題は目下取り組み中である九校戦についてのことがほとんどであった。

 明日香が出場することになるバトル・ボード。圭が出場することになるモノリス・コード。そして雫が出場するのはスピード・シューティングとアイスピラーズ・ブレイク。中でもアイスピラーズ・ブレイクは唯一雫を上回る実技成績をたたき出した深雪が出場する競技の一つだ。

 

「うん。全力の深雪と戦えるチャンスだから」

 

 雫の魔法力は高い。

 サーヴァントのホムンクルスにこそ通用しなかったものの、実技成績学年次席の魔法力は伊達ではなく、彼女の得意とする振動系魔法は世界的にも高名だった母譲りで百家にも引けを取らないだろう。

 

 だがそんな雫をしても、司波深雪という魔法師は隔絶している。

 

 二年前、無力だった自分を助けてくれた明日香。その泡沫の理想に少しでも近づきたくて、並びたくて、雫は魔法力を磨いた。その結果、地元ではほのかと並んで敵なしとなり、そのほのかにしても魔法力だけならば上回るほどだった。

 けれども入試の時に見せた深雪の魔法力は、そんな雫を圧倒するほどだった。

 泡沫の理想ではなく、たしかに存在する目標。

 

 深雪は手強い。

 入試成績においても学年主席であるし、今回の試験の総合成績においても彼女は雫よりも数段上にいた。

 彼女を溺愛している兄の達也は、当然ながら深雪の技術者としても担当しているが、彼女だけに注力するのではなく、雫に対しても惜しみなく助力してくれている。

 それは達也が雫に授けた作戦ととっておきを思えば明らかだ。

 けれどもそれは相応に厳しい特訓を積むことが必要であるし、それでも勝てるかは分からない。

 分からないけれども、それでも雫は彼女に勝ちたいと思った。

 

 彼女を超えられれば、きっと理想(あの騎士)に近づける。

 そう思えるほどだった。だから―――――

 

「深雪ほどの魔法師に全力で勝負を挑める機会なんてそうない。だからもし、戦うことができたなら、今の私にできる全てを出し切って戦いたい」

 

 だから、深雪と戦いたい。深雪に勝ちたい。

 その姿を、彼に認めてもらいたい―――――

 

「そうか。雫、君は戦うことを選んだんだね。心に、剣を持つことを」

 

 

 

 

 

 

 

 


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