Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~ 作:バルボロッサ
魔法を学ぶ大勢の子らが懇親会という名の鞘の当て合いを行っているころ。
月下に二人の剣士が対峙していた。
「なるほど君が怪物か」
その遭遇は必然といえるだろう。
鮮やかな金色の髪。その顔に浮かぶは討つべき敵――ヴィランを前にした歓喜にも似た笑みが浮かんでいる。
スラリと鞘から抜き出した剣は何処かの国の王権を示す黄金の剣。であれば、それを振るう主もまた何処かの国の王族――王子なのだろう。
まるで何れかの御伽噺の王子様のように、騎士様のように、敢然と悪たる敵に立ち向かう。
そして討たれるべき
その剣は不可視。剣士と剣士、騎士と騎士の常道の戦ではあるまじきものと言えるかもしれない。だがそれも当然だろう。黄金の剣を構える剣士が王子にして騎士であるならば、その相手は討たれるべきヴィランなのだから、邪道にして邪悪。倒されるべく卑怯にも歯向かってくるのが物語の筋道だろう。
「君が、サーヴァント、か……?」
「自らの武器を隠すか! 過去の亡霊を取り込みし卑屈なる異形の化物よ。我が王剣の血錆にしてくれよう! 来い!
見るからにセイバーであると主張するかのような敵を前にして、しかし明日香は不審を覚えていた。
道中において感じた何かを追って捕捉した相手。あからさまに用意された敵と見えなくもないが、九校戦の会場近くで遭遇した以上、放置しておくことはできまい。
相対する相手が構えているのもこれ見よがしに剣。ならば目の前のサーヴァントはセイバーということなのだろう。だが違和感がある。
本当にこの相手は、サーヴァントなのか、という…………
✡ ✡ ✡
懇親会と銘打たれたパーティは立食形式で行われ、無論高校生のパーティなのだからアルコールのない健全なパーティだ。ただし、二日後には各校の威信と自らの名誉をかけた競技が始まるのだから和やかなものとはいかず、魔法こそ飛び交わないものの前哨戦あるいはプレ開会式のようなものでもある。
自然、上級生ならばともかく新人である1年生が和やかに話す相手は同校の仲間に限られていた。
一校生の二科生として唯一、(一年生としてではなく全学年の二科生として)技術スタッフとなっている達也はとりわけ肩身の狭い状態ではあった。もっとも当人がそんな肩身の狭さを感じ取るだけの殊勝な性格かといえば、決してそうではないのだが。
それでも同じ一校生の一年生男子から疎遠にされている状態では、殆ど話す相手はいない…………かと思いきや、彼は彼で会場内のメイドさんに話しかけていた。
「エリカ、どうしたんだ、その恰好?」
訂正、丈の短いヴィクトリア調ドレス風味のメイドコスチュームに身を包んだ同学年の女生徒、千葉エリカと話をしていた。
「アルバイトよ!」
「なるほど、関係者とはこういうことか……」
「あっ、深雪に聞いたんだ? びっくりした?」
メイド姿の彼女は大人びたメイクまでしていて普段の年相応に溌溂とした美少女のイメージから一転して、周囲のコンパニオンとも遜色ない美女に化けていた。
「それにしても……」
「ん? なぁに?」
「いや……」
もっとも、それを率直に表現するようなことはさしもの達也も空気を読んで控えているが。
この九校戦は軍用施設を間借りしており、懇親会にはホテルのスタッフや基地の応援なども借り出してはいるが、それだけでは賄いきれずにバイトらしき若者も幾人も雇っている。
通常ならば魔法科高校の生徒とはいえ簡単には雇ってもらえないだろうが、そこは千葉家の息女。
千葉家は師輔十八家に次ぐ位の家柄である百家本流。その中でもとりわけ白兵戦技の名門であり、体系化したその魔法剣技の技術をもって広く弟子をとっており、主に警察や陸軍などには特に千葉家の一門が所属しているため、軍や警察には顔が利くのだ。
おそらく年若い彼女が友人付きで会場に紛れ込めているのはそのコネを利用したからだろう。
「ハイ。エリカ可愛い恰好をしているじゃない。関係者って、こういうことだったのね」
そしてちょうどタイミングよく二人の会話に深雪も加わった。
到着時に深雪はすでにエリカと会って話をしており、彼女の他にも美月やレオ、吉田幹比古という同じクラスの友人たちもやってきていることを聞いていた。
「そういうこと。ね、可愛いでしょ? 達也くんは何も言ってくれなかったけど」
身体を左右に捻って、丈の短いスカートがフワリと広がり揺らして見せながら、エリカは不満げにそう言った。
彼にしてみれば別に考えることがあって気が回らなかっただけのことだが、達也がなんと言うべきか返答に悩んでいるうちに、横からまた別の知り合いがやってきた。
「おやおやそれはよくない。うん。実によくない」
口を挟んできたのはこの九校戦において二人だけ出場している魔術師の一人。藤丸圭だ。
片手にはワイングラスを持つ姿はなかなかに様になってはおり、不思議と場慣れしている様子が窺えた(もっともグラスの中身は当然だがワインではなくノンアルコールのジュースだ)。
「こんな素敵なレディが愛らしく奉仕してくれる姿をしているんだ。美しく咲くレディは褒め称えるものさ。うん。実に愛らしい装いだとも、ミス・エリカ」
その回る舌から紡がれている言葉には物怖じした様子も照れもない。
「それはどーも」
ただ残念ながらというべきか、藤丸圭はエリカにとってそう言うことを言ってほしかった相手ではなく、第三者に過ぎない。それで照れや恥じらいを見せるエリカでもない。
どちらかというと軽薄な態度に
「藤丸。獅子劫はどうしたんだ? 姿が見えないようだが」
一方で、話題が自分から逸れた達也にとっての興味関心は彼の隣にだいたい居そうな人物がいないことだ。
馴れ馴れしく
「明日香かい? 彼はこういう場が苦手でね。どこかで壁の苔にでもなっているんじゃないかな」
肩に回そうとして虚しく空を切った手をぷらぷらとさせながら圭が答えるも、その顔が面白くなさそうなのはエリカにお手付きしようとして避けられからなのか、このめんどくさそうな場からまんまとエスケープした明日香に向けたものか。
「おかげでいつもは小うるさいお目付け役がいないからね。うん。折角の
エリカにあしらわれた直後にも関わらずのそのアグレッシブさは達也にも到底真似できそうになかった。…………もとい、美しい妹の前でそんなことを考える許しは降りようはずもなかった。
ただし、女性の方からやってくるのではその限りではない……というものでもなかろう。
「ここにいたんですね、達也さん! 深雪」
「明日香は出ていないの?」
冷めた視線を向けている深雪とエリカに代わって話しかけてきたのは雫とほのか。
ほのかは達也と深雪の方に嬉しそうに声をかけ、共にやってきた雫は圭へと視線を向け、その隣に立っているのではないかと予想していた人物がいないことにわずから落胆の色を滲ませていた。
「おや、雫ちゃん。ふむ……。うん、でもまぁ問題ない。僕が居ればノープロブレムだろう?」
自信満々、というよりも芝居気を感じさせる口調と身振りの圭に雫はクールを超えて冷え冷えとした視線を送るも、圭にはあまり通用していなさそうだ。
一方でほのかは達也の衣装――まるで一科生のような八枚花弁の施された九校戦メンバーのブレザー姿を改めて褒めていた。
本来は八枚花弁のない二科生の制服を身に纏う達也だが、この時ばかりは一高の代表が紋無しではしまらないからという理由と別にブレザーが用意されるという事態が急遽発生しており、それに関してはほのかのみならず深雪も大層喜びを表していたそうだ。(もっとも達也本人は借り物のブレザーにしっくりこないものを感じて窮屈さを増大させていたが)
「他のみんなは?」
「あそこよ」
尋ねた深雪にほのかは彼方を指し示す。
遠巻きに見ていながら、視線を向けられると慌てて目を反らす男子生徒の集団と同じところにいる一年女子たち。
どうやら深雪の傍に近寄りたいと熱い視線を送りつつも、達也がいるために近づけなかったようだ。
「みんなきっと、達也さんにどう接したらいいのか戸惑っているんですよ」
まるで番犬のようだと呆れる達也をほのかが一応は慰めのコメントをかけたが、達也としてももっともなことだと思っただろう。
達也自身、
知らぬ程度の者は達也に気後れし、知っている者は藤丸にも気後れするだろう。
解決策としては歩み寄ること。向こうから声をかけづらくとも、所詮は同じクラスメイトで今はチームメイト。こちらから歩み寄って話しかけることで解決できる問題ではあるだろう。
「バカバカしい。同じ一高生で、しかも今はチームメイトなのにね」
「千代田先輩」
そう思っているのは達也だけではないらしく、吐き捨てるようにいったのは2年生の千代田花音だ。
百家本流の
彼女にとっては一科二科の問題などは現状で関わりになるようなものではなく、それよりも学校と自分の威信をかけた競技会を目の前にして、なおつまらないプライドに拘泥して実力者を見極められずグズグズしている輩が気にくわないのだろう。
「分かっていてもままならないのが人の心だよ、花音」
「それで許されるのは場合によりけりよ、啓」
彼女の婚約者であり同じく百家本流の五十里啓がフォローの言葉をかけてもあっさり一蹴するほどだ。
「どちらも正論ですね。しかし、今はもっと簡単な解決方法がありますよ。深雪、皆の所へ行っておいで。チームワークは大切だからね」
婚約者同士の痴話喧嘩のような言い合いを始めそうな雰囲気に、達也は早々と事態の収束を図る方向に舵を切ったらしく、渦中の深雪に対して微笑みかけて番犬としての役目を緩めることを提案した。
事の問題は一高の一科生たちが深雪に話しかけたくても兄である達也がいるから話しかけられないことにある。ならば嫌われ者から深雪が離れて来てくれれば、彼らにとっては万々歳、というわけだ。
「ですがお兄様」
「後で部屋においで。俺のルームメイトは機材だから」
無論のこと深雪がそんな有象無象の喜びを満たしてやる必要も許すはずもないのだが、それよりも兄の意向は重い。加えて“後で”(つまりはこの懇親会の終わった後の夜半の時間に)兄が待つ彼の部屋に行くというご褒美の響きは耳元に甘かった。
やや後ろ髪を引かれる思いで、けれども確かにチームメイトとの交流も必要だとの理解を示して、深雪は兄に辞去する旨を告げて一校の生徒たちのもとへと歩み寄った。
「ふむ。それでは僕の方もご一緒させてもらおうかな」
それに合わせて圭も達也のもとを後にした。
そのタイミングは、別の方向からやってきている風紀委員長の姿を認めたのもあるし、どこか別のところに美しい
賑やかしいのは好きだ。
猥雑に流れていく景色。様々な情報が目に映り、色々な未来を予感させてくれる。
人の未来、魔法師の卵。
この中にあって魔術師である自身は異端であることは分かっている。
自分の役目は繋ぐこと。
未来から過去を護るために過去からの使命を未来へと紡ぐ。
この景色を、この世界を、剪定されるものへと堕とさないために、自分がここにいるのだと、眺める景色の中に多くの人が居ると再認できる。
――うん…………?――
ふと、意識の端が何かを捉えた。
「あっ、あれ三高の一色愛梨さんだ」
「ホントだ! エクレール・アイリ!!」
視線を向けた先には鮮やかな金髪の美少女、周囲の男子たちが羨望の眼差しで見つめ、お近づきになれないかと憧れる少女……ではない。
――彼女は…………――
視線の先の少女も、近くの他校男子生徒から一色と呼ばれた少女も、とても整った容姿をしている――魔法師の成り立ちとして血の濃いであろう魔法師だ。
「あの……三高の一色さんですよね。よかったらお話でも……」
興味が湧いて、二人連れの他校生が声をかけるのを眺めてみると。
「あなた十師族? 百家? 何かの優勝経験は?」
「へ? え、あ、いえ。特に、そういったものは……」
「話すだけ無駄ね。行きましょ」
随分な塩対応で返答に詰まった二人の男子はあっという間にあしらわれていた。
呆然とする二人の男子に背を向けて、美少女は友人だろう同じ三高の制服を着た二人の少女と共にその場を離れた。
残された男子二人の唖然とする顔に哀愁が漂っている。
声をかけてから彼女に話にならないと判断されるまで、その間30秒もかかっていない。
人は第一印象が重要だとしても、美少女に焦がれた男子高校生にとってはなかなかにキツイ対応だろう。
ただ、ツンケンとしたその在り様は…………そう、弄りがいがありそうに見えた。
花のナンパ師、藤丸としても難攻不落を装う美少女へと声をかけねばならないね、という謎の義務感も沸き立って、圭は口元に笑みを浮かべると彼女へと歩み寄った。
「ははは、刺々しいね。レディ。けれども、うん。棘のある花だからこそ、美しいとも言えるかな」
いつもどおりの笑顔でのコンタクト。
気取った馴れ馴れしさを感じる男に、案の定、少女はギロリと剣のある視線を向けた。
「…………貴方は?」
当然、誰何はあるだろう。
近くの会話を聞いていて、おそらく彼女が魔法師としては(高校生魔法師としての二つ名をつけられるほどに)有名人であることや名前を分かってはいても、彼女の方はこの馴れ馴れしい男の名前に心当たりなどないのだから。
「おっと、これは失礼、ミス・愛梨。君の名前は先程、運命的にも聞かせていただいていてね。私の名前は藤丸圭。しがない花の魔術師さ」
ただとりあえず、会話一言目にして背中を向けられることはなかったので、つかみは上々とばかりに大仰に自己紹介。
「魔術師“藤丸”、ッ! そう、貴方が……」
“一色”。つまり一を関する
「おや、僕のことをご存じで。僕は十師族でも百家でも優勝経験があるわけでもないけれど、うん、君のような美しいレディの記憶に留められているというのは、実に喜ばしいね」
浮かべているスマイルも愛梨にしてみれば神経を逆撫でするかのような上から目線のような余裕じみたものが感じられる。
愛梨の家門である“一色”は百家本流の中でも師補二十八家に位する名家だ。だが同じ“一”を冠する一条とは異なり十師族ではない。
一条を蹴落としてなどという不毛な志向はないが、上昇志向は強い。
師補二十八家たる“一色”の魔法師として、強い自負を有しており、この九校戦はそんな彼女の魔法力を見せつけるまたとない機会。その前々夜であるこの懇親会は、単にミーハー精神による親交を温める場ではない。
名家の看板を背負う自分に有用な縁を紡ぐ場だ。
“一色”の家名。エクレールの異名。自身の美貌。それらも紛れもなく自己の一部ではあるが、先程の有象無象のように見栄えと異名だけに惹かれてお近づきになりたい、などという自らの益になることも覇を競う間柄となる気概もない輩に割く時間はない。
けれども彼は違う。
魔法の祖たる魔術の系譜。
謎に包まれた魔術の一門。そこと縁を紡ぐことは愛梨にとっても“一色”にとっても益となるだろう。
けれどもそれがこんなにも軽佻浮薄に見える輩だとは…………
「ほうほう。お主が魔術師、藤丸か」
失望が苛立ちに変わる。それを遮るようにして会話に入り込んできたのは古風な喋り方をする小柄な少女。
「へ〜。この時代に珍しい。僕と明日香以外では初めて見たな。君の名前をお聞きしても、レディ?」
体型は小柄な上にかなりスレンダー。同系統の体型の(などと考えていることがバレると色々と怖い視線に晒されるが)雫と比べてもかなり小柄で、けれども髪は腰ほどまで伸ばされている。
何よりも圭が気にかかったのは彼女の“目”だ。
別に際立って目を引く色をしているわけでも
「儂は四十九院沓子。由緒正しい巫女の家系じゃ」
「なるほど…………うん。君のような愛らしい子に会えるのならここにいる意義があるものだね」
けれども同じ気配を感じたのだ。
自身の予測の未来視、あるいは明日香の直感。それに似た“
魔法や魔術だけではない、同じ異能を有する者だからこそ、それが分かった。
✡ ✡ ✡
一つの戦いを終えた明日香が人知れずホテルへと帰還を果たしていた。
疲労はある。
戦いの場においてはデミ・サーヴァントとしての力を振るえる明日香だが、常時その力を借り受けられるわけではない。
無論、通常時でも膂力などは常人のそれとは異なる。
けれども魔力の続く限り疲労を覚えないなどということはない。
それなりの魔術師であれば魔力を循環させて疲労を軽減させることもできるが、明日香の魔術師としての技量ではとてもそんなことはできないし、何より今は一戦を終えて急いで戻ってきたばかりだ。
体に感じる重怠さに吐息が漏れる。
「お疲れ様、明日香。どうだった?」
そのタイミングを見計らっていたかのようにかけられる声。
人知れず、のはずが、けれどもやはり彼の帰還を予測していた魔術師が、彼を待っていた。それを見てようやく戦場からの帰還を感じ取り、歩む力みを解いた。
「ホムンクルス……いや、何かは分からないがサーヴァントに匹敵するレベルの何かと戦った」
「カルデアのデータにあったシャドウ・サーヴァント。かい?」
「いや、シャドウではなかった。ただ……何らかの概念を内包していたように思う」
戦いがあったことは当然分かっている。
気になるのは明日香の言う存在が、以前一高へと襲撃してきたようなただのホムンクルスではないことだ。
明日香の脳裏の回想されるのは、先ほどの戦いの相手。
御伽噺にでてくるかのような金髪の王子。その力量はメフィストの召喚していた骨兵よりも強力でデーモンタイプのホムンクルスに勝るとも劣らない。
振るっていた黄金の剣も、宝具とまではいかなくともなんらかの礼装であると思えるほどの概念を内包していた。
「ふむ……サーヴァントにも匹敵するほどの霊基を造り出していたのだとしたら、それはサーヴァントの宝具かスキルだろうね。クラスはキャスターかライダーのクラス、かな……?」
サーヴァントは英霊の一側面に過ぎない。
世界に認められた英霊の魂の質量は破格で、その全てを降臨し、かつ人の使役下に置くことなど不可能。
その一側面こそがクラスであり、クラスごとに特性に偏りがある。
そして宝具やスキルといった面に特化しているのがキャスターやライダーのクラスである。
だが、
通常の聖杯戦争であれば一度の儀式に召喚されるのは一クラス一騎。
これがその通常を外れる異常であるとするなら、特異たる点へとすでに成っているのだとすれば…………今後の戦いは明日香というデミ・サーヴァント一騎でどうにかできるものではない。
事態に推移に思考する圭は、同様に沈思する明日香を見やり、そして思索に囚われていても接近する気配を見逃しはしない二人は、ピクリと反応を示して話題を続けた。
「ああ、ところで明日香。どうやら魔法師の方でも一悶着あったようだよ」
「なにがあった?」
魔術側の問題だけではなく、問題はなにも魔術師側でだけ起こっているわけではない。
明日香が帰還した同時刻。ホテルの敷地の一角でもまた魔法師たちの諍い事があった。
そう、それは軍の施設の一つでもあるこのホテルへの侵入を試みた敵対勢力を、とある一高の高校生二名が人知れず取り押さえた出来事――――
「驚かないで聞いてくれ明日香。このホテルには…………温泉がある」
「…………」
―――ではなく、ホテルの地階、秘境にて行われていたアヴァロンたる地での出来事。
話の唐突な転移に明日香の眉が訝し気に顰められた。
だがその不審な目には頓着せずに圭は告げる。彼が気づいた
「温泉だ! どうやら湯着なるものを着て入ることになるらしい。嘆かわしきかな。寒冷期として知られることとなった出来事のために、日本の古き良きマナーは喪われてしまったらしい」
「なん……だって……」
「それに巫女がいた。コスプレではなく生粋の巫女さんだ! 残念ながら巫女衣装ではなかったけれど……
「くっ!」
驚きに彩られていた明日香の表情が苦悶に歪んだ。
“藤丸”の系譜を省みれば、絶世の美女である
だからこそ古式ゆかしい巫女さんというのは、逆にありがたみがあった。
明日香にとっても、由来する霊基の来歴だけに純粋な巫女さんというのは物珍しく、見たいという思いがないと言えば嘘にならなくもないこともないかもしれない……。
などという煮え切らない態度もとっているのも、二人ともすでに思考を切り替えているからだ。
「明日香!」
上気した声に明日香と圭は今気が付いたかのように振り向いた。
そこには湯上りらしく常よりも赤みの増した肌の少女たち。こちらへと小走りに駆けてくる雫と、その背後には九校戦の一年生女子メンバー。
「おっと、噂をすれば。獅子刧君。君にちょっと聞きたいことがあるんだが。君は雫のこと」
「スバル!」
その中の一人、ボーイッシュな顔立ちに眼鏡をかけた少女、里美スバルが何かを尋ねようとして、それを雫が慌てた様子で遮った。
「なんだい?」
「なんでもない。それより懇親会、居なかったけど何してたの?」
「うん……あ、いや…………」
尋ね返した明日香も強引に遮って、先ほどよりも顔を赤くした雫は話題を転換した。
噂をすれば……ということはおそらく彼女たちの話題のネタにでもされたのであろうが、一体彼女たちの間でどんな話題にされたのか気にならなくもない。
だが理由があったとはいえそれは魔術師としての事情だけに語るものでもなく、だとすれば選手のオープニングを兼ねた懇親会を無断欠席していることになるだけに、少しバツが悪い。
どのように話題を変えるべきか、明日香には咄嗟に頭が回らず、背丈の違いの関係で見下ろすような形になった明日香が雫を見やると、上気してほんのりと桃色に色づくきめ細やかな肌が覗いていた。
寒冷期ファッションで服装が前世紀よりもやや露出控えめがトレンドになっているとはいえ、夏の風呂上りだ。薄手のシャツは美少女の艶めいた香りを助長させるかのようで、目が合って小首を傾げる仕草を見て、明日香の思考に空白が出来た。
「いやいや、残念ながら目的は不発に終わってしまったかな、明日香」
その空白を埋めるは明日香よりも弁の立つ圭の言葉。
「……なんのことだ」
ハッとなったのを隠すように努めて平静のようにして圭へと振り返ると、ニコニコとした、あるいはニマニマとした笑み。
「ふふふ。湯上がりのレディたちというのは、朝露に濡れる花のように可憐じゃないかと、うん、今しがた明日香、が、話していてね」
「えっ!?」
風呂上がりの姿の想像。それをされていた方としていた方。
雫は単に上気している以上に顔を赤くして明日香へと顔を向け、明日香はバッと背けて雫からの追及の視線から逃れようとした。
「あっはっは!」
「ちょっと待ちたまえ! 笑っているが君もだろう!? なんの話をしていたんだ君たちは!!」
だが当然、それで誤魔化せるはずもなく二人揃って魔術師たちは魔法師の少女たちの追及を受けることになるのであった。