Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~ 作:バルボロッサ
FGO2部の展開によっては矛盾や原作乖離などがありますが、そういうものとしてお楽しみください。
20××年.人類は一度消滅した。
誰に知られることもなく、そしてその後に再び人類は存続しているが、たしかに一度消滅したのだ。
いや、それは正しくはない。
人理は一度、焼却されたのだ。神代に決別を告げた過去から、21世紀に至るまでの人理定礎が崩壊し、全ての人類史は一度焼却された。
魔術王ソロモンを騙る存在によって誰に知られることもなく成された人理焼却という空前絶後の完全犯罪は、しかしその功績を知られることなく修復された。
魔術を知らない人間にはその詳細を知らされることなく、しかし記憶の欠如という大きな違和感として残されはしたものの、22世紀となった今も人理は継続している。
ただし、人理が継続しているということに比べれば、遥かに些細なことではあるが、記憶の欠如、それも1年にも及ぶ記憶が全人類規模である日からぽっかりなくなっているというのは、世界的に見て
それこそ歴史の転換点として成り立つに十分たる事件へと発展した。
本来魔術とは隠匿されるもので世界は異常を嫌うものではあるが、この事件を何事もないものとして処理することは魔術を管理し神秘を秘匿する魔術協会にも、全ての異端を消し去り神秘を管理する聖堂教会にも、そして一度破綻した世界にも不可能なことであった。
結果、神秘の多くが露見した。
無論それは、今まで知らなかったことを数多、知らなかった者たちが知ることになったということでの多くなのだが――――神秘の露見はまた別の問題を生み出した。
そもそも、魔術は隠匿されるもの。神秘は秘匿されるもの。
それは魔術や神秘とは信仰心を集めることによって力を得て、一般に知られることによって力を失うものだとされているからだ。
つまり、魔術を知らなかった者たちが神秘側の現象を認知してしまい、それを解明しようという試みは、魔術を駆逐しようという行いに等しい。
しかし無知であった彼らは、無知であるがゆえに知ることを望んだ。
無論その動きが単発的、個人的な動きであれば魔術協会ないし聖堂教会による粛清によって人知れずなかったことになったであろう。
だが人理を修復した、つまり世界を救ったのが科学と魔術を併せ持った組織であれば?
魔術的な組織としてだけでなく、科学的な―― 一般社会としての立ち位置を有している組織であれば、秘匿を徹底できるであろうか。
人理継続保障機関“フィニス・カルデア”。
魔術協会の一角、時計塔の天文科、アニムスフィアの魔術師が主導し、国連の一機関としても認められているこの組織こそが、人理の修復という大偉業――グランドオーダーを成し遂げた救世主であったのだ。
そもそもにおいて、魔術師は科学を嫌煙するものが常であり、科学は魔術を駆逐してしまう相容れないものであるはずであった。
しかしながらカルデアでは両者の力が必要であった。
魔術だけでは見えず、科学だけでは測れない世界を観測し、人類の決定的な破滅を防ぐ為の各国共同で成立された特務機関。
疑似地球環境モデル・カルデアス。近未来観測レンズ・シバ。守護英霊召喚システム・フェイト。霊子演算装置・トリスメギストス。それらの装置は魔術だけでは十全に機能せず、科学だけでは役割を果たすことのできないものであった。
そのためカルデアは国連という非魔術的かつ国際的な組織に認められ、世俗的なかかわりを結ぶことを必要としたのだ。
結果として、カルデアは正しくその役割を全うし、人類史を継続させた。
だがカルデアをもってしても、気づいたときにはすでに人理の焼却は行われた後であり、その先にあった目的が完遂する前に、どうにか人理定礎を復元させることに成功したに過ぎない。
つまり、幾ばくかの爪痕を残してしまったのだ。
世界を滅ぼすことのできる力であり、同時に未来を観測し現在を救うことができる技術。それが自分たちのものになればどれほど心強いだろう。
各国は新たに知ることとなったその異能の解明に、こぞって乗り出した。それが本人たちの意図していることとは裏腹の、いかなる顛末を生むのかも知らずに…………
…………結果として、魔術基盤はその多くが世界から失われた。
ただし多くが、というのはすべてではなかった。
解明に特に執着されたのは、いつの世でも世俗の長が求めるもの――軍事力に関わるものであった。そのため軍事的な転用が期待されやすい物理現象――即物的な破壊やそれに対応のできる異能が、ひときわ早く基盤を崩壊させられた。
解明努力の初期において、当然ながら魔術師からの積極的な支援など得られるはずもなかった。むしろ断固として阻止すべき立場であり、しかし国家レベルのプロジェクトとして、それも大国まで含めて世界各国で沸き起こったその一大ムーブメントを止めることなどできなかった。それどころか積極的に阻止しようと動けば、それこそが“魔術”という異能の存在を証明することになるのだから。
しかし国連という大きな枠組みにおいて、すでに歴然たる“結果”が提示されてしまっている以上、修正をはかることは困難であった。
徐々に徐々に、魔術と神秘とは追い詰められていった。
そして結末に向かって流れていく大河を前にして、魔術師たちのとった道は大きくは三つに分かれた。
基盤の喪失とは無関係な系譜は領地に引きこもり、これまで同様の研鑽に努め、これまで以上に姿を消した。
基盤が失われることに気づき、絶望した系譜は自らの魔術の終わりとして幕を下ろすことにして消えた。
そして基盤が失われることに気づき、しかし新たなる在り様に希望を見出そうとあがいた系譜は、密かにこのムーブメントに助力した。
勿論のこと、それにより魔術協会や聖堂教会により粛清の対象となり人知れず姿を消した系譜もあったが、魔術の大部分の喪失と神秘の衰退という流れは決定づけられ、その代わりに異能の解明は進められるという流れは止めようがなかった。
最も多かったのは姿を消した魔術師の系譜だろう。
彼らがその後どうなったかは分からない。もとより在るか無いかも定かではない世界で生きてきたような者達だ。多かった、というのは結果として魔術を管理する機関――魔術協会がその影響力の大部分を失ったからこそ、そういうだけで実際のところは分からない。
新たなる流れに協力した魔術師は決して多くはなかったものの、新たなる時代へと向かう流れの結果として、“魔術”は別のものとして生まれ変わった。
かつて、神代から人の世に下る際、世界の在り様は人の在り様に適した形に創り替わったという。
後代の人は、神代の空気の中では生きていけず、世界そのものが変わったのだ。
それは世界から幻想の種が消えたことにも表れているし、地表に残った数少ない神秘が息づく島ですらも、その後幾世紀かの後には滅びた。
同じように、“魔術”という存在は新たなる時代では生きていけなくなってきていたのだろう。
ただし、その流れの結果として生まれたのが“魔法”と名付けられることとなったのは、助力した魔術師たちにとってなんとも皮肉なことだろう。
そうして新たに生まれることになったこの“魔法”を身に着けた異能者たちを、のちに“魔法技能師”あるいは“魔法師”と呼ぶこととなる。
大きな変遷の流れ。
しかし、この魔術基盤の大崩壊という未来を観測していた一派もたしかに存在した。
そう、未来を観測し、人類史の継続を保障する機関、カルデアだ。
カルデアは最後となるその観測結果において、世界に刻まれた魔術基盤のかつてない大崩壊が起こり、そして――――世界が終わる未来を観測した。
カルデアの未来観測技術は科学と魔術によって成り立っている。
魔術基盤の喪失はすなわち未来観測技術の喪失と同義でもあり、喪失していく基盤の中にそれも含まれていたのだ。
失われ行く未来観測の力。
その終焉の間際――それは奇しくもかつて英霊であることをやめた魔術王が、未来を見通す千里眼を失う際に見たのと同じ、世界の終焉の光景だった。
語り継がれることのない真実において、かつてカルデアはただ一人の平凡な、そしてそれゆえにこそ尊く偉大なマスターと、数多の英霊たちの協力のもと、人理の修復を成し遂げた。それは20××年における人理焼却から、過去における人理定礎が崩壊したことによるものだった。
過去の改竄にも等しい完全犯罪に対して、カルデアは対抗してみせた。
現在から過去へ。
しかし、彼らが観測した次なる”特異点”は未来であった。
百年にも満たない後の未来において、人類史の灯火はカルデアスから失われ、その継続は行われなくなる。
“特異点”――それは人理定礎を破却し、人類史の継続を危ぶませる転換点における異常。本来の道とは異なる未来。
カルデアは、それがなぜ起こってしまうのかまでは見通すことができた。
しかし、そこまで。
もはや彼らには現在から断絶した未来に干渉する術はなく、終にはカルデアスやシバを始めとした事象観測装置も魔術の基盤崩壊に巻き込まれてその機能を失った。
故にこそ、彼らにできたのはただ一つ。
太古の昔、神代より始まるころより以前から人が行い続けてきた、人たればこその行い――――願い託すこと。
観測した未来、特異点を解決する手段を遺し、それを未来の子らへと希望を託したのだ。
そう。
人理定礎の復元というグランドオーダーを完遂したマスターと、そして彼に寄り添い続けた護る者――デミ・サーヴァントの少女の子孫へと………………
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「――――かくして今日から我々も現代魔術、もとい“魔法”の学び舎であるところの、魔法科高校へと足を踏み入れ、様々な出会いと別れの果てに輝かしくはならないだろう魔導の道を歩んでいくことになったりならなかったりするのである、まる」
桜舞う季節。
彼の国ではそれは出会いと別れの季節であるとされており、そんな路を歩いている二人。
一人は先程から延々と喋り続けている少年。
灰がかった髪は肩口まで伸びてふんわりと波打ち、瞳に稚気を湛えている。
「相変わらずよくそこまで舌が回るものだ、ケイ。それに誰に説明したんだ、今の?」
もう一人は、そんな友人を呆れたように、あるいは諦めたように見ている少年。その髪の色はくすんだ金の色をしており、二人共に言えることだが顔立ちも日本人の一般からすると異国染みている。
フランスかドイツ、あるいはイギリスあたりの血を濃く受けているのかもしれない。
「それはもう、僕の舌の廻りは、竜ですら呆れるほどだと、ほら、君はよく知っているだろう、明日香」
それは誰のことを評した言葉であっただろう。
目を細めて呆れたように睥睨するも、舌に潤滑油でも塗っているかのような勢いは止まらない。
「こうしてわざわざ君の名前を口にしたのも先ほどの説明も、今この場面を覗き見ているかもしれない、過去、あるいは未来の誰かさんに向けての紹介とプロローグだからさ。未来を見た結果、僕らは、というよりも君はここにあるんだ。“彼ら”がこの場面をまさに見ていたとしても、ほら、おかしくはないだろう? 後、僕の名前は圭。この国は言霊とやらの国なのだから、きちんと呼んでくれたまえ、明日香君」
「………………」
むしろより一層滑らかにぺらぺらと廻る舌に、明日香と呼ばれた少年はため息をついた。
そのやりとりは彼らの付き合いが長く、そして彼にとって友人のそんな舌はすでに諦めの境地に達しているもののようである。
「それにしてもこのエンブレム。これで八枚花弁の花冠だそうだよ? 二科生にはなくて、一科生にだけあるものらしいけど、よりによってこの僕につけられたのが、こんな無粋な花冠だというから呆れるほかないとは思わないかい? まぁ、僕の歩く道には必ず花がつきものだ。ともに歩む君に花の祝福があったのだからよしとするべきかな」
圭の言葉に明日香は自身の着ている制服――国立魔法大学付属第一高校、そのブレザーには一科生を示す八枚花弁が咲いている。同様に圭の胸にも八枚花弁。
優秀な魔法師を最も多く輩出しているエリート校である高等魔法教育機関の学徒である証であるが、彼らはともに魔法師とはいえない。
21世紀初頭において世界に知られるようになった異能――のちに魔法と呼称されることになるそれは、元を辿れば“魔術”と呼ばれていたものを、より一般化したものだとされている。
当時の魔術は限られた血統の者たちの中でもさらに限られた者しか扱えない異能であったらしいのだが、転換期において魔術はより汎在化することとなった。
勿論、まったく素質のない者――魔術とは元々縁のない者たちがすぐに使えるようになるほど生易しいものではなく、当時から“明らかとなっていなかった”なんらかの要因によって使える素質のある者、素質のない者とは区別されてはいた。
しかし魔術から魔法に転換することによって、魔術という一子相伝であった異能は、万人に向けてではないにしろ、より広く伝えていける技能へと変化した。
そこにどのような葛藤や消え行くモノがあったのかは、魔法師は知らない。
それを知る者たちの多くは魔術とともに消え去り、それを捨て去った一部の魔術師は古式魔法師と呼ばれる、魔法師の中でも歴史ある家系として生き残ることとなった。
ただし、それはもはや魔術師としての家系ではなかった。
魔術師とは……魔術の求める目的とは、魔法によって得られるものではなかったのだから。
神秘がより一層弱まり、魔術基盤の多くが崩壊した。
しかしそんな今世においても、古き魔術の神秘を宿す者たちはその数を大幅に減らしはしたものの“世界の表側”に居た。それこそが、
さて。今しがた軽口をたたき合っていた二人の少年、
彼らはともにある魔術師の血脈に連なる者たち。現在において数少ない、世界に認知されているメイガスの家系の者たちだ。
とはいえ、彼らもまた純粋たる血脈を重ねた、呪いにも似た宿業を背負った魔術師の家系ではない。
だからこそ、古式魔法師と呼ばれる
「ところであれは、誰を待っているものだと思う?」
そんな彼らが通る予定の魔法科高校の門前に、巌のような巨漢が腕組みをして立っていた。
服装こそ彼らと同じく魔法科高校のブレザーだが、その服の下にはそれこそ金剛力士もかくやと言わんばかりの筋肉が隆起している。
同様に魔法という超常たる異能を学ぶこの学舎もまた、常界ならざる異界であると考えるのならば、あれもその一種といえる……ものではないだろう。
なにせ知った顔だ。
だいたい2年ほど前、とある事件の際にその事後処理を任せることとなったのをきっかけに、ある程度はつなぎをとっていた相手だ。滅びの際にあるとされる今の世の
ただ、知った顔だからといってほっとできるかというとそうではない。
未だ魔法師たちは魔術の全てをその内に取り込んだとは言い難く、すでに古式魔法師が魔術を捨てて絶えて久しく、現代の魔法師にとって魔術の血脈の発見と取り込みは、彼らが何故人類史から姿を消してしまったのかを知る手がかりになるかもしれないのだ。
以前のそのきっかけになった事件に関しても、魔法師を目的とした“異常”による事件であったがために、彼らとかち合ってしまったに過ぎない。
そして何よりも―――
「いやぁ、目立ってるねぇ、彼。たしかこの学校の会長だかなんだかをやっているんだっけ? このまますんなり正門をくぐり抜けられると思うかい、明日香? 多分、僕らもすっごく目立つことになるんじゃないかなぁ」
「…………だろうね」
目立っているのだ。
あの仁王……もとい、十文字克人という人物は、なんというか、高校生離れした体格と風格を備えているようで、彼らと同じように魔法科高校の門を通ろうとしている新入生はおろか、在校生たちですら恐々としたように見ている。
神秘の隠匿というのは魔術師にとっての性であり、すでに魔術基盤の大部分が崩壊してしまった今の世においても魔術師とは基本的に隠れるもの、あるいは溶け込むものだ。
彼らが生粋の魔術師ではないとはいえ、あまり入学早々、というか入学式も終わっていない内から変に目立ちたいとも思わない。
「さて、どうする?」
「………………」
圭に問われた明日香は一瞬、ちらりと視線を脇に滑らせた。
異界における結界であれば、門以外からの侵入は多大なる報いを受けることになるが、ここは別に悪辣な魔術師や神秘によってこしらえられた異界ではない。
厄介ごとの気配を感じ取ったのならば、壁を乗り越えるのもありではないかと考えがよぎるが。
「それは上手くないかな」
幸いにもそれが実行に移されることはなかった。明日香の視線の動きから意図を読んだ圭が諦めたような半笑いを浮かべていた。
「魔法的にも科学的にもセキュリティが働いている。明日香ならこの程度を乗り越えることに問題はないけど、大人しく、正々堂々と門から入った方が厄介ごとは少なそうだ」
「……そうか」
圭の言葉に明日香ははぁとため息をついて、改めて魔法科高校の門へと踏み出した。出来るなら、彼が別件で立っているのだという淡い期待をわずかにいだきながら。
「…………来たか」
「あちゃぁ」
しかして予想通り。門まであと数歩というところまで来た時、腕組みをして厳しい顔を黙然として立っていた仁王像は、視線を確かに明日香と圭へと向けた。
明日香の影に隠れて天を仰いでいる幼馴染に頬が引き攣りそうになるも、自分まで同じリアクションをするわけにもいくまい。それに待たれていたのならば仕方ない。
「お久しぶりです。十文字さん」
魔術の血脈の果ては、新たな世代の魔法師へと出会う。
仁王のごとくに門を守護していた魔法師は、肯定して頷くと組んでいた腕を解いて明日香たちへと歩み寄った。
「お前たちのような失われた古式魔法師、いや、魔術師だったな。魔術師が再び表舞台に現れたことで、学校も十師族も大騒ぎだったぞ」
あのまま門のところで立ち話、では流石に他の生徒に迷惑がかかるだろうということで、二人は十文字克人とともに歩いていた。
「まあ、こちらにも色々と都合がありまして……」
「またあの時のような事件がらみか?」
あの事件――それは2年前に起こった連続子女誘拐事件のことだ。
拐われたのはいずれも魔法師の家の娘、あるいは素質をもつ娘ばかりで、その中には日本屈指の実業家の娘や十師族の家人すらも居たという。
警察はもちろん、十師族の中でもとりわけ関東に強い地盤を持つ十文字家と七草家が事件解決に動き、実際に幾度かは犯人の一派と思しき者と遭遇していた。
魔法が一般に認知されて以降、軍組織はもとより、警察機構にも対魔法師戦の用意は当然なされていた。そして十師族ともなれば日本国内では屈指の魔法集団であり、中でも七草家はその抱える魔法師の規模の大きさから筆頭の片割れとも目されており、一方で十文字家は一騎当千で知られる魔法師の家門であった。
少なくとも賊と対峙しさえすれば、それが国家規模のバックアップでも受けていない限りおめおめと逃しはしないはずで、国内において彼らの情報網から逃れることなどできようはずもなかった。
しかし、彼らでは事件を解決できなかった。
正体不明の賊には、魔法が通用せず、かといって通常兵器も効果がなく、若い女性の魔法師が追手の中にいれば逆に捕らえて拉致されてしまうという異常事態となった。
「――――」
「あの事件の続き、というわけではありませんよ。十文字克人殿。何かが起こると分かっているわけでもない。僕らがここに来たのは魔術師を代表して、というわけでもありませんし」
克人の懸念に答えようとした明日香の声に被せて圭が答えた。
その顔は感情を押し包んだ笑顔。
そしてその内容も別に偽りがあるわけではない。あの魔法師の拉致がどういった目的だったのかは、明日香たちよりもむしろ克人たちの方が詳しい。
あの奴隷商人たちは魔法師を他国に売り捌こうとしていたのだ。そしてその取引先は隣国。三年前の宣戦布告なしの侵略行為から休戦条約も結んでいない―― つまり敵国だ。
「……まぁいい。無事に入学できたのなら何よりだ」
何か思う所はあるのだろうが、深入りが危ういのは2年前の時点から分かり切ったことだ。なにせ彼らこそが、あの事件で魔法師が太刀打ち出来なかった存在を単独で打倒して見せたのだ。
その後も少し話を続けたのち、明日香と圭は克人と別れて入学式の会場である講堂へと向かった。
入学式へと向かう新入生二人の後姿を見送る克人の顔は険しい。元々厳めしく威圧感の強い克人がそんな顔をしていれば、多くの者は声をかけるどころか視認したところで回れ右をして迂回するだろう。
「あれが真由美の言っていたやつか」
そんな克人に声をかけるのは、同格の者か、あるいは彼と同じ十師族の者くらいだろう。
そして今、声をかけてきたのは、この“学校”において克人と並び称される三巨頭の一人、渡辺摩利――風紀委員長だった。
優秀な魔法師の血統であることの表れである数字付きですらない百家支流の渡辺家と十師族の十文字家では本来同格ではないのだが、そこは彼女の性格もあるのだろう。
「渡辺か……七草が言っていたとはどういうことだ?」
この風紀委員長が先ほどからこちらの、というよりも彼らの様子をうかがっているのには無論克人も、そしておそらく彼らも気づいていただろう。ただ予想と違って渡辺の顔には好奇心に満ちており、克人が抱いている彼らへの懸念などは感じられない。
「なに。あいつが真由美の妹が巻き込まれた事件で、救い出してくれた騎士様なんだろ。妹憧れの騎士様をしっかり見てやると真由美のやつ、はしゃいでいたからな」
摩利の友人であり、この第一高校の生徒会長――七草真由美。彼女が今日の入学式の前から注目していたのがあの二人の内の一人、獅子劫明日香という新入生だ。
あの事件の中身を知っているがゆえに、克人は
「それに風紀委員の部活連推薦枠に入れ込むんだろ」
「ああ。そのつもりだ」
ただ好奇心に突き動かされての野次馬とはいえ、それでも彼女は風紀委員長。三巨頭の一人だ。
克人が会頭を務める部活連、教職員、そして真由美が会長を務める生徒会。それぞれからの推薦によって構成される風紀委員は学校の自治による治安・風紀の維持を行う組織だ。ゆえに相応の責任感と腕っぷしが必要であり、そして必要に応じて魔法を使う必要もある。
彼らが弱きを助ける騎士様だというのなら、それはうってつけの役だろう。
それに、表舞台から姿を消した魔術を使ってもらう舞台を準備するのは、十師族的にも、日本の魔法協会の意向的にも適っている。
少なくとも彼らの内のどちらかを取り入れたいところだ。
―――― 一方、そんなやり取りを向けられている新入生の少年たちは。
「ふむふむ。流石は我らが騎士王。女性たちの王子様。入学前から前途は明るそうだ」
「なんだそれは?」
訳知り顔で首肯する圭に明日香は胡散臭いものを見る視線を向けた。
いつも通りの薄っすらとした笑みをたたえる幼馴染には、時折千里眼でもあるのではないかと思えるような素振りを見せる時があるのだが……
「いやいや、お気になさらず。それらしく訳知り顔をしていた方が“らしい”だろ?」
幸いなことに
飄々と嘯く圭に明日香は眼光を厳しくした。
「まあまあ。気にしても仕方ないさ。それよりも入学式に行こうじゃないか」
そろそろいい加減にしろと言われそうな雰囲気を察したのか、圭は切り替えを促し、いささかの不穏を覚えつつも、圭の思わせぶりは今に始まったことではないとため息をついた。
「ああ。そうだな。行くとしようか」
圭と明日香が入学式の会場である講堂に入ると、まだ開始までは時間があるものの席は半ばほどまで埋まっていた。
もっとも座席の指定はないらしくどこに座っても構わないのだが、軽くあたりを見回すと前の方には主に明日香たちと同じく八枚花弁を持つ生徒が座っており、後ろの方には花弁のない無地の生徒に分かれるように座っていた。
「たしか座席の指定や案内はなかったはずだけど……ケイ?」
とりわけ一科二科の区分けにこだわるわけでもないので適当に空いている席を探そうとする明日香は、しかし先ほどまで傍にいたはずの圭の気配がないことに気づいた。
そして少しぐるりと周囲を見回すと。
「こんにちは、レディ。君の隣の2席に、もしよければ僕と僕の友人を座らせてもらないかな?」
「はえっ!? れ、レディ!? えっと……」
なにやら少女に声をかけていた。
声をかけられているのは優れた魔法師によく見られる整った容姿のおさげの少女は、気障な話しかけられた方をして戸惑っており、友人だろうか、その隣に座っている少女へとちらちらと顔を向けて視線を泳がせている。
「おや? そちらの可愛らしいレディは貴女のご友人ですか? それはいい。丁度、僕も友人と来ていましてね」
何を言っているのか。とりあえず何でもいいから可愛らしい女の子に声をかけたいだけではないのかと思えるが、実際2席が空いているところでもある。
「ケイ。まったく君は、目を離すとすぐに――」
「ほら。これが僕の友人さ」
とりあえず軟派な、あるいは紳士的な声のかけられ方に慣れていなくて戸惑っている少女から困った友人を引き離そうと近づくと、圭が話しかけていた少女たちの顔がよく見えた。その娘の内の一人は――――――