Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

22 / 64
7話

 

 

 一般の観客席からは隔離されたVIPの観覧席。そこに老人が居た。

 魔法界の大御所。今の十師族という序列を確立した立役者。九島烈。

 十師族の一角、九島家の元当主で、20年前までは世界最強の魔法師の一人として目されていた人物だ。

 今は当主としての座を息子に譲ってはいるものの、現在も国防軍魔法顧問の地位につき、“老師”として魔法師たちの崇敬を集めている老人。

 

「あれが魔術師――藤丸の分家の魔術か……」

 

 その彼が注目しているのは今大会初参加の―――九校戦以来始まって以来のという意味で初参加の、魔術師の出場した競技だった。

 

 獅子劫明日香。魔術師“藤丸”を本家とする、その分家だというのが、()()()()()()()()()情報だ。

 魔法師の家系において、古さ=強さではない。傍流が本流に勝ることもあるだろう。

 他ならぬ十師族そのものが、魔法が確立したたかだか100年にも満たない歴史しか有していないのだ。

 ただその新しさこそが魔法の強さでもある。

 これまでの人間が蓄えてきた科学の叡智。紡いできた異能の歴史。それらが折り重なって今の魔法が生まれたのだ。

 ならば最新の力である魔法は魔術などという過去を凌駕する……はず。

 なのにどうだ、魔術師は魔法師では解決できなかった事件を解決し、数多の魔法師から選ばれた精鋭をただ一つの“魔術”をもって呑み込んでいく。

 

 一体、魔法と魔術と何が違う。何が足りない。

 

 彼がこの世に生を受けた当初、まだ魔法は今の現代魔法程洗練されてはいなかった。

 魔術や超能力と言った異能からの過渡期だった。

 だが、過渡期ではあってもその繋がりは連続はしていない。

 気づいた時には、異能の存在は世界の全てが存在を認識していた。

 気づいた時には、魔術師という存在は世界から殆ど姿を消していた。

 まるで前世紀にゴシップ雑誌をにぎやかしたUMAやUFOのような存在。知っている者は数あれど、見た者、触れた者はいない。

 老師である九島烈をしても、魔術とは、魔術師とはそういった存在であった。在り方を変えて現代の魔法に生き延びている古式魔法とは違う。

 ミッシングリンクの存在。

 喪われたなにかが、決定的に魔法と魔術とを分けていた。

 

 歴史的には、終末思想による人類滅亡の預言を実現しようとした狂信者たちによる核兵器テロを、特殊な能力を持った者が“未然に”阻止したとされる事件こそが、魔法を生み出す端緒となった契機として知られている。

 だがそれは真実なのだろうか。

 そのような狂信者の、人の集団は居たのだろうか。

 あの変革(空白)は、人が為せるものだったのだろうか。

 

 世界が創り代わった世紀。その在り様の変化を識る者はいない。けれども誰もが知っている。

 

「星見の魔術師、藤丸家……」

 

 分からないならば埋めればいい。

 そのためのサンプルは、他でもない、自ら目の前に現れてくれたのだ。

 それも二人。

 

「深夜の息子といい、今回の九校戦はつくづくと――――」

 

 ただ、気がかりは魔術師のみではない。

 司波達也。

 兵器としての魔法師の在り方を今もって頑なに続けている師族。

 

 最早超常の力が世界の裏側を支配し続ける時代は疾うに過ぎ去り、国の在り方にまで関与するようになった現実の力、魔法は単なる軍事力――兵器ですらもない。

 人に溶け込んだ、人に帰属する力。

 それを拒む四葉家が日本の魔法師界の頂点に立つような事になれば、彼が築き上げた十師族をも上回る存在となってしまうのは、避けなければいけない。

 

 そう、たとえ疾うに過ぎ去った過去を食い物にしようが。

 過去は未来のためのもの(サーヴァント)なのだから。

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 新人戦二日目の終わった夜。一高の選手たちが宿泊しているホテルの一室に数人の一年生女子がちょっとしたパーティを開いていた。

 

「では雫の“早撃ち(スピード・シューティング)”優勝とほのかの“波乗り(バトル・ボード)”予選通過を祝して――――かんぱ~い!!」

 

 集まっているのは今日一競技を終えた雫と予選を終えたほのか。明日からが本番となる深雪、エイミィとクラウド・ボール新人戦に出場する里見スバルと春日菜々美だ。

 

「雫、ほのか、おめでとう」

「ありがとう! まだこれからが本番だけどね」

「うん。私も気を抜かないようにしないと」

 

 少し早い祝杯にほのかも雫も兜の緒を引き締めるように言ってはいるが、持ち寄った菓子やお茶の誘惑は魅力的。

 それが些かばかり夜更けにはなっていても、耐え難いほどの甘味の誘惑に流されるには絶好の口実だ。

 騒ぐのが安眠の妨害になるほどには遅い時間ではないけれど、一般のホテルではないこともありやや慎ましやかな宴会は、けれども少女たちの話のネタに困ることはない。

 明日からの新人戦に対する自信を漲らせた抱負であったり、ここまでの一高女子新人戦の好成績についてを振り返るものであったりだ。

 

「そういえば、ピラーズは司波君が技術スタッフを担当してるんだっけ?」

 

 そう言ったのは、この中で唯一、その司波達也の調整するCADの恩恵を受けていない菜々美。

 

「そう。信頼できるよ」

「バトル・ボードのときの私のフラッシュも、達也さんが魔法式を構築してくれたの!」

 

 雫がいつも通りの平静とした調子で、ほのかはテンション高めの興奮した調子で、達也の技術者としての凄腕を評した。

 凄腕。そう、達也が技術者として九校戦に出陣したのは、真由美のCADにちょっとしたメンテナンスを行ったのを除けば今日が初陣と言っていい。

 だがすでに彼は他校からも注目の的だ。

 雫のスピード・シューティング優勝は、もちろん彼女自身の力を示した結果ではあるのだが、同時に彼が担当したエイミィや滝川によって上位独占することができたという事実からすれば、彼のもたらした貢献は明らか。

 ほのかのバトル・ボードにおける“奇策”や雫の新魔法やとっておきのCADなどは、彼失くしてはなかったほどだ。

 

「いいなぁ。あたしも司波君に担当してもらいたかった~」

「こらこら菜々美。その言い方は先輩に失礼だよ」

 

 菜々美の出番は明日のクラウド・ボールからだが、担当の技術者は別の、先輩女子だ。

 悪気はなかったが、スバルに指摘されて思い返せば確かに失礼なセリフだったと、菜々美は舌をペロッと出して反省した。

 深雪たちも菜々美に悪気があったのが分かっているのでそれに苦笑している。

 実際、深雪をはじめほのかも雫も、達也の腕前とそのもたらす恩恵の強大さが分かっているだけに、菜々美の言い分があながちおかしなものでないとも思っているのもある。

 

「バトル・ボードといえば、男子の方も凄かったみたいだね。獅子劫君が圧勝したそうじゃないか」

 

 あまりこの話題に固執すると先輩批判にも繋がりかねないため、スバルは話題を変えて活躍していた別の男子へと移した。

 今大会、華々しい女子の結果に比べて男子の状態は悪いとまでは言わないがパッとしない状態だった。

 圧倒的というほどではないが、優勝争いにも食い込めると思われていた桐原が、優勝候補であった三高の選手とぶつかって二回戦敗退したというのもあるし、本戦でまだ勝ち残っている選手などもなんとか、という評価も致し方ないような戦況だったのだ。

 新人戦男子への波及が懸念されたバトル・ボード初日は、けれども明日香の豪快な波乗り(ビックウェーブ)によってまさに押し流されたと言っていい。

 

「うん。凄かった」

 

 いの一番に反応したのは、その試合を観戦していた雫だ。

 

「普通、バトル・ボードの戦略では最初にリードを奪った方が有利だから多くは加速魔法でのスタートダッシュを切るものだけど、明日香は敢えて初手に波に干渉する大規模魔法を発動させていた。達也さんが考えたほのかの光魔法も、発動からシームレスに移動魔法に繋げられる極小の魔法式が芸術的だったけど、明日香の場合あれほどの大波を起こせば自爆する選手が大半。それを制した技術は目を見張るものがあるし、なによりも驚嘆すべきはあれほどの大規模な魔法式を持続させられる魔法力だと思う」

「ウ、ウン……」

 

 もとより九校戦に対して熱い思い入れがあり、その話ともなれば普段のクールさが鳴りをひそめるほどの入れ込みようだ。そのテンションの上がり方は、表情が普段からの起伏には乏しい分、文字通り雄弁に語っており、その熱さは思わずほのかがたじろぐほどだ。 

 深雪も苦笑して温かい眼差しを雫に向けており、菜々美とスバルも雫の変貌のような入れ込み具合に苦笑するほかない。

 

「雫はホント、あの獅子劫くんと仲良いよねー」

「…………そう、でも、ないよ」

 

 暴走気味だった雫だが、菜々美の言葉に我に返ったのか、恥ずかしそうに言葉を途切れさせた。

 途切れさせ、そして反芻した。獅子劫明日香は、彼とは、菜々美の言うように自分は仲の良い関係になれているのかと。

 

「たしかに、彼はなんていうか、こう、雫と藤丸君以外の人とは必要以上に関わらないようにしているように見えるね」

 

 同じ魔術師であるはずの藤丸圭とは異なり、スバルが言うように明日香はあまり交友関係を広げていない。

 部活などに入っていないのは、しなければならない役目があるからと言っていたが、同じ状況の圭はかなり積極的に学校に馴染んでいる。

 その中で雫は確かに明日香とは比較的話をする間柄だとは思うのだが、特別ではない。

 特別では、ないのだ。

 

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 九校戦5日目。この日は新人戦の二日目で男女のアイスピラーズ・ブレイクが2回戦まで一日かけて行われ、同時進行でクラウド・ボールの女子と男子がそれぞれ午前と午後に分かれて行われる。

 

 水上でのボード競技であるバトル・ボードや魔法球技の一種であるクラウド・ボール、ライフル射撃の魔法的発展競技であるスピード・シューティングなどとは異なり、アイスピラーズ・ブレイクは伝統的背景のない純粋に遠隔魔法のみでの戦いとなる。

 そのため選手の服装が一切影響しないこともあって、女子のピラーズ・ブレイクではファッションショーの様相を呈することがいつ頃からか見られるのが大概だ。

 服装に対する規制は唯一つ、公序良俗に反しないこと。

 ゆえに私服とほとんど変わらないスポーツウェアで出場する選手もいれば、エイミィのようにトラディッショナルな乗馬服スタイルで出ることもできるし―――今、舞台に立った雫も観客の目を惹く衣装であった。

 水色を基調として花模様のあしらわれた振り袖姿。ともすれば自己主張の控えめにも見える大人びてクールな面持ちを彩るように、振り袖に合わせた花弁の髪飾りが彼女の愛らしさを際立たせている。

 そんな艶姿に会場の観客、特に男性陣は感嘆の吐息をこぼした、かといえばそれは大多数ではない。

 アイスピラーズ・ブレイクは九校戦の中でも取り分け純粋魔法競技だけに魔法力の如何が問われやすく、優れた魔法力はそのまま軍事力に直結するのだ。

 軍事関係者や九校戦に関わる各校の選手は衣装の華やかさに目を惹かれても呆けて観るべき本題を見逃しはしない。

 

「いやぁ、華やかだねぇ。それに実に大和撫子な風景だ。氷の世界に咲く鮮やかな一凛の花というのも、うん。実に風情があるね」

「ああ。そうだな。あの装いは雫によく似合っている」

 

 圭と明日香も、雫の可愛らしい和装姿に注目してはいるし、彼女の競技の応援のために来ては居るのだが、軍関係者の青田買いでもライバル校の戦力調査という目的もないために比較的気楽なものだ。

 ついつい圭にあわせて軽口の出た明日香だが、隣に座る少女から興味深く探るような視線を向けられていることに気づいた。

 

「……なにかな? ミス・千葉」

 

 ニヤニヤとなにか悪だくみしているチェシャ猫のようなエリカ。

 なにか弄りがいのありそうな玩具を見つけた時のような顔に、あまりいい予感はしないもののその視線を向けられているのも注意の逸らされるもので、渋々と尋ねた。

 

「獅子劫くんって北山さんと付き合ってるの?」

「ふぇぇ!!?」

 

 案の定というか、爆弾のような発言をこの場でぶちまける彼女の言葉に、その隣に座っている美月の方が過剰に反応して周囲の視線を集めた。

 何事かと顔を向けてきた周囲の人たちの視線に美月は恥ずかしそうに身を縮こまらせてエリカを睨んだ。

 一方で逆側に座る圭は爆笑を堪えるようにして満面に愉快そうな顔を浮かべてこちらの成り行きを視ている。

 助け船は出そうになく、明日香はため息をついた。

 

「どうしてそういう話になったのかは分からないけれど、雫とは友人のつもりだよ」

「それよそれ! 他の人の名前を呼ぶときはミス・千葉とかなのに北山さんだけ名前呼びでしょ」

 

 率直なところを告げたつもりなのだが、そんな在り来り(テンプレート)な返答はエリカのお気に召した回答ではなかったらしい。

 どうなのだと追及される明日香にも、応えようもない答えであり、圧されている姿に圭はひとしきり肩を震わせて傍観してから口を挟んだ。

 

「いやー。明日香と雫ちゃんの関係は僕も気になるところではあるけれど、うん」

「ケイ!」

「そろそろ始まるよ」

 

 言葉につまる明日香にくっくっと肩を震わせていた圭がフィールドへと注意を向けさせた。

 明日香は圭に少しだけ睨みをきかせてから競技場へと視線を戻した。エリカも肩を竦めて、隣に座る美月の咎めるような視線に気づいて競技場へと視線を向けた。

 フィールドではいよいよ雫と相手、両選手の集中が高まり、スタートを合図するシグナルに赤い光が灯った。

 光の色が黄色に変わり―――そして青へと変わった。

 雫の指がコンソールを滑り、自陣12本の氷の柱を対象として魔法式を投射。わずかに遅れて相手からの魔法の干渉が雫の陣内に襲い掛かった。

 

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 この日一日、明日香と圭は平穏無事に観戦に終始できた。

 二人が観ていたのは主にアイスピラーズ・ブレイクで、とりわけ圧巻だったのは一高女子の司波深雪の氷炎地獄もかくやという魔法と三校男子の一条将輝による爆裂だった。

 モノリス・コードのような対人競技とは異なり、魔法の対象が氷柱であるアイスピラーズ・ブレイクでは魔法による殺傷ランクの制限がない。だからこそ軍事関係者なども注目の的であったのだが、二人の魔法は他の追随を許さないほどだった。

 十師族直系である一条は下馬評の段階で注目されていた。そして深雪の場合、本戦バトル・ボードでの摩利の事故を受けて、ミラージ・バットの本戦へと出場が変更されている。一年生で新人戦ではなく本戦へと出場するのは三高の一色愛梨に続いて二人目。そして一色は師補十八家の名門であり、その実力は高校以前の段階で高く評価されている。

 深雪への注目は、彼女が一色愛梨に匹敵する実力者だとみなされたからでもあり、優れた魔法師の証――整った容姿によるアイドル性もあってのことだ。

 そして実際、彼女の見せた魔法――氷炎地獄(インフェルノ)は凄まじいものであった。自陣エリアを極寒の大紅蓮地獄と化して守り、敵陣に灼熱の焦熱地獄をもたらして一切を焼き尽くす。新人戦とはいえ、九校戦に選ばれた他校の実力者相手にただの一つの氷柱を失うこともなく、どころか傷一つ負わせることなく、敵陣の氷柱を粉砕し尽くした魔法力は、見目の麗しさと相まって観客達を強烈に魅了した。

 

「やぁ雫。2回戦の勝利、おめでとう」

 

 ただそれ以外にも見応えのある、明日香にとってはむしろ大事な試合もあった。

 今、祝いの言葉を述べた少女の――先ほど本日最後の試合を終えて戦いの場での装いもそのままな雫の試合も、魔法に精通する玄人を唸らせる試合巧者かつ優れた魔法力を魅せつける試合であった。

 

「ありがとう、明日香」

 

 深雪のように相手に全くの反撃も許さずにとまではいかなかったが、例年の新人戦であれば間違いなく優勝候補筆頭。愛らしい和服姿と相まって多くのファンを獲得しただろうことは想像に難くない。

 

「うん。やっぱり間近で見てもその装いはすごく雫に似合っているね」

 

 試合が終わってすぐとはいえ、今日の競技日程はもうない。あとはホテルに戻って食事とCADおよび自身の調整くらいなのだから手早く着替えておいて何の問題もないはずなのに、それでもこの場で戦いの衣装を見せてくれたことも、どことなく嬉しかった。

 自分のこの特別な装いを見せることも含めて会いに来たはずが、いざ面と向かって褒められて雫の頬が微かに朱に染まった。

 

「明日は予選の最後と、決勝リーグだったね」

「うん」

 

 午前の一回戦、そして午後に行われた二回戦。そのいずれもを雫はじめ一高の出場選手三人は勝利した。

 残っている6人の中の三人が一高生。雫、エイミィ、そして司波深雪。

 二人は同じ一高生というだけでなく、交流のある友人だ。それだけに思う所は大きい。とりわけ深雪と戦えるチャンスというのは……

 

「明日香も明日は決勝だよね」

 

 そして明日香もまたバトル・ボードの準決勝、そして決勝戦。

 この戦いは使命に準じる戦いではない。世界を渡ってきた“彼”が果たすべき戦ではなく、魔法師ならざる魔術師である明日香にとっても、名誉をかけて争うべき舞台ではないかもしれない。

 

「ああ。必ず勝ってみせるよ」

 

 それでも負ける気は毛頭ない。

 この戦いの舞台に出ることを望んでくれた少女がいるのだから。 

 

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 新人戦四日目。

 雫をはじめとした一校の選手は午前の予選を突破し、大会史上初となる同一高校の選手による決勝リーグの独占という快挙をなした。

 それにより得点上はすでに決着し、大会委員会からは決勝リーグを行わずに同率優勝するという提案もなされた。

 一校の三人の内、エイミィは決勝リーグを棄権した。

 予選最終試合で三校の強敵、十七夜栞との戦いで魔法力と体力を使い切った彼女は疲労困憊で次の一戦を戦う力は残っていなかった。

 だがそれに対して雫は決勝を、深雪と戦う選択をした。

 

 

 ――とうとう、深雪に挑戦できる…………――

 

 第一高校に入るまで、彼女と同年代で彼女に勝る魔法師は身近にはいなかった。

 

 かつて誘拐され、明日香によって救い出されてから、彼女は実戦的な魔法の鍛錬にも力を入れるようになった。

 ほのかとはそれ以前からの付き合いで、身近で唯一、雫の魔法の才に拮抗する存在ではあったが、得意とする方向性の違いから実戦においては雫は同年代の魔法師の中で抜きん出ていたと言っていい。(ほのかは実戦でも有効な工程数の少ない魔法よりも、むしろ工程の複雑な、研究において特に有効な魔法の方が得意だ)

 思い上がりはなかったと思っていた。

 当時はまだ未熟だったとはいえ、大人の魔法師、そして十師族の魔法師ですらも凌駕する存在や騎士(明日香)が居るだろうことを思えば、慢心するような実力ではないと思っていたから。

 けれども第一高校に入って、やはり彼女はどこかで思い上がりがあったのだと気づいた。

 司波深雪。

 十師族でも、百家でもない、聞いたことのない家名。にもかかわらず彼女の魔法力は桁違いだった。

 魔法の処理速度は人間の限界に迫り、干渉強度は十師族に匹敵するほど、そしてキャパシティに至っては、Aランクの魔法(インフェルノ)すらも操れるほどだ。

 

 自分はまだ、“彼”に並び立てるほどの力もなく、あのときの自分の身を守れるほどには強くもない。

 それでも、おそらく同世代最強だろう魔法師の深雪に勝つことが出来たなら……もう少しだけ、勇気が持てるかもしれない。

 勇気。

 幼馴染のほのかが、遺伝系統的に他者に依存しがちな彼女だけれども、一人の男性を決めて一生懸命勇気を振り絞っているのを見て、彼女の相談に乗っているうちに、雫自身も踏み出すべきかと思うようになっていた。

 そのための勇気。

 

 しゅるりと、雫は試合着の衣装の袂を縛っていた襷を解いた。

 着ていた振袖ではあっても袂の小さめなものであったし、技術者の達也が「邪魔にならないか?」と気にしていたこともあって襷をしていたが、深雪との戦いでは外そうと思い立ったのだ。

 アイスピラーズ・ブレイクの試合は元々あまり動きの競技ではないから襷を外したとしても邪魔にはならない。

 それよりも自身の魔法力を十全に発揮するために、何にも縛られずに全力を出す、出し切りたいと思ったからだ。

 

 

 立ち向かうは自分を上回るだろう強敵にして友人。

 ここまでの成果のすべてを、ぶつけられる相手。

 

 左手首に内向きのコンソールタイプの汎用型CADを巻き、右袖の袂に()()()()CADを入れた。

 技術者兼作戦参謀である達也の提案によって身につけた新たなる戦法。

 二つのCADの同時操作という高難度技法をもって、雫は決勝の舞台へと臨んだ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。