Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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9話

 

 不可視の剣と鉄腕のランサーが振るう槍が激突する。

 これまで明日香が打倒してきたサーヴァントはいずれも白兵戦技の逸話無き英霊たちだった。

 だがこのランサーは違う。

 譲り渡された霊基とその経験、不可視という武器の特性、夢の中にあっても鍛え続けた剣技をもってなお切り結び、押しきれなかった。

 そもそも、“彼”の霊基にある戦闘経験とは全てが“人”に対したものではない。大いなるモノ。巨獣。ヒトならざるモノ。“彼”の故国にあってはそれら幻想の種が跋扈し、民草や国を脅かしていた。

 対してランサーの武技は純粋に人との戦いによって磨かれた武技、人に向けることのみを想定した戦い方だ。

 霊格は“彼”の方が勝っていても、デミ・サーヴァントである明日香では十全には引き出せず、そしてサーヴァントとしてクラスに押し込められてしまったスキルは完全ではない。

 加えて、ランサーの戦いにもここで決着をつける意図が見られなかった。

 隙があれば吝かではないが、決着を引き延ばしつつ何かを待っている…………

 

「――!!」

「おっと、気づいたか」

 

 だからこそ、明日香は異変に気付いた。

 サーヴァントであればある程度の距離内にいるサーヴァントの気配を察知できる。

 

 ――サーヴァントの反応が、もう一騎。しかもこれは、ッッ!! ――

 

 だからこそこのランサーとの戦いに持ち込むことができたのだが、そのもう一騎は突然彼の感知範囲内に出現した。

 その場所は今、九校戦の競技、モノリス・コードが行われている場所だ。

 

「このフェーデは俺の勝ちってこった。あんたの“眼”、奪わせてもらったぜ」

「くっ!」

 

 それまで近接戦を行っていたランサーが一転、明日香から距離をとった。

 距離を詰めるべきか否か。

 戦場における直感は距離を詰めることを訴えかける。

 だが明日香としての彼は、その距離を詰めることを逡巡する。

 距離を詰めることはこの場での戦いの続行を意味する。

 今更もう一騎のサーヴァント所へ、襲われているであろう圭の所に行ったとして、如何にデミ・サーヴァントの超常的な脚力をもってしても、空間を跳躍でもしたとしても間に合わない。

 人がサーヴァントに対抗することはできない。

 それは明らかな事実で、こうしている一秒あれば圭が絶命するのに十分過ぎる。

 

 

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 

 白い煙が、あたりの視界を遮っていた。

 

 10m先も見渡せないだろう白煙の中、彼らは意識の向きを揃えていた。

 決して視線の向きを揃えていたわけではない。

 一人はそちらに背を向けて精神を統一するかのようにしていたし、一人は太陽のような笑みで何一つ恥じることはないとでも言うかのようにそちらに視線を向けていたし、一人は眠っているのかどうかわからない眼をしている。

 

 

 ――きゃぁあああああああああ――

 

 

 そしてその意識の向きの先、理想城を護るが如く聳え立つ壁の向こうから、白煙を斬り裂いて悲鳴が聞こえた。

 

 ――「うふふ。この母に遠慮は無用ですよ、マスター。さぁさぁこちらに。母と一緒に」――

 ――「あぁ、旦那様(マスター)旦那様(マスター)。いけません。このようなところで。ですが、おっしゃっていただければわたくし、いつでも……♡」――

 ――「……マスター。一緒に温泉……♡」――

 

 悲鳴が……聞こえた。

 瞬間、彼らは勢いよく立ち上がった。

 身を覆っていたのは常在戦場の鎧ではなく、彼らの霊基()をも癒す湯。

 

「これは!」「女湯から聞こえるマスターの悲鳴!」「今こそ我ら円卓の騎士が馳せ参じる時!」

 

 下の霊基を隠すことなく立ち上がった彼らは、ただタオル一枚のみを手に、いや腰に、己がマスターのもとへと馳せ参じんとする。

 出遅れた騎士が一人、何かを叫んでいるが問題ない――いや、問題だ。

 騎士たるもの、何よりも(マスター)の危機に参じることこそが急務なのだから。

 それ以外は些末。

 そこが例え女湯であろうとも。

 そこに見目麗しき女性英霊が集っていても。

 そこに…………彼らの王が居たとしても。

 

「させるかぁ!!!」

 

 だが、立ち塞がるは彼らの同胞。

 過去においては叛逆の騎士として王に刃を向けたその騎士が、バスタオル一枚を鎧にし、王より簒奪した剣をかつての、そして今の同胞たちに向けた。

 

「なっ! そこをどきなさい、モードレッド卿!」

「どくかボケェ!」

 

 叛逆の騎士がその背に守るは、同胞の騎士たちにとっての遥かなりし理想郷(アヴァロン)

 今は()()困った事態になっているが、叛逆の騎士にとってはどうでもいい。

 それよりもこの騎士(アホども)をこの場より先に進ませないことこそが重要なのだ。

 なぜならそこには……

 

「あ、あの、モードレッド卿」

 

 百合のように可憐な声が名を呼んだ。

 その事実に、叛逆の騎士は得も言われぬ喜びをわずか覚えるが、今はその喜びを押し殺し、剣を握る手に力を込めて怒鳴り返した。

 

綺麗な方(リリィ)の父上はだぁってろ!!」

 

 おずおずと、浴場の方からこちらの様子をうかがおうとしていた少女騎士は叛逆の騎士からのドスのきいた声にビクリと体を震わせた。

 しかし少女騎士の方も折れはしない。叛逆の騎士が確たる思いを胸にその剣を握っているのと同じく、少女も言わねばならないことがあって口を挟んだのだから。

 

「い、いえ、モードレッド卿も女性ですし、その、(アルトリア)とモードレッド卿の体はその、ほぼ同一体形ですので、えっと」

「…………」

「は、恥ずかしいんです! モードレッド卿がタオル一枚でクラレントを振りかぶっていらっしゃると!」

「ごふっ!!!」

 

 リリィなセイバーの言葉はCriticalに突きささった。

 叛逆の騎士は吐血した。

 彼女が自分と同じ。彼女と自分に繋がりがある。それを他でもない彼女から言われたことに天上の鐘が鳴り響き渡るかのような至上の喜びをもたらしていた。

 

 生前であれば絶対にかけられることのなかった言葉。

 英霊となって後も、決してそのような言葉をかの王からかけられることはなかった。

 見るがいい同胞の騎士たちよ。いや、見るな。聞いていたか。天使と比するリリィの愛らしさを。

 

「―――――????」

 

 緩みそうになる顔をドヤ顔にまでは持ち直すと、けれども騎士たち(アホども)は揃って首を傾げていた。

 まるで異なる宇宙の真理での会話を聞いているかのように。純粋で、悪意なく、首を傾げている。

 

 いち早く一人の騎士が再起動を果たした。

 

「私は悲しい。草木も生えない平野を眺めることのなんと空虚なることか。その無意味さこそ私は物悲しい」

「…………」

 

 嘆きの騎士は語る。

 

「トリスタン卿の言、至極もっともです。いいですかモードレッド卿。例え貴公の体と王の御身が同じように悲しい平原であったとしても、我々の目的はそこにはないのです。ですので強く生きつつ、そこをどきなさい」

 

 太陽の騎士は語る。

 そして今一人、湖の騎士は…………

 

「こ、これは、違うんだ。言い訳をさせてくれ、マシュ! マシュゥ!!!!」

 

 今一人立ち塞がった盾の騎士から向けられるゴミを見る目に錯乱していた。

 

「上等だテメェら! 我は王に非ず! 彼の王の安らぎの為に、あらゆる敵(アホども)を駆逐する! 我が麗しき(クラレント)―――――」

 

 

 

 

 

 ――ちゅどーん!!――

 

 と、どこか遠くで豪快な音が響いて誇り高き円卓の騎士(バカども)が吹き飛んでいるのを見ていた。

 

「あッはッは。やっぱり彼らは面白い」

 

 彼ではない彼の口が動き、言葉を紡いでいる。

 

「それにこのカルデアもまったく飽きさせないね。……だから、うん、君がついつい覗きに来てしまう気持ちも分かるけど、それはいけないよ。君が人であることを望むのならね」

 

 告げているのは花の魔術師。

 彼の王に仕え、支え、鍛えた至高の魔術師。

 ここに来てはいけないと彼は言う。

 未来を夢見ることは人の権利だが、時を渡り遥かな過去を覗くのは、人の歩みを止めかねないから。

 夢を渡るのは、夢魔との混血である(カルデアのマスターも)花の魔術師の能力ではある(よくレムレムしている)けれど、本来君にはそんな力はないのだからと。

 

 ――「さぁ、お戻り、君の在るべき場所(時代)へと」――

 

 “彼”に重なるように見ていた視点が離れ、それまで自分の口を動かすかのようにしていた“彼”の姿を映し出す。

 

 陽射しを透かす虹色めいた長髪の魔術師。

 

「ほぅ。こんなところにも婦女の浴場を覗き見る、騎士にあるまじきゴミがいたか。マーリン」

 

 ――――そしてその後ろに居るバスタオル一枚を体に巻き付け、白馬に乗って槍を持つ獅子王のブタを見るような冷たい眼差し……………

 

「あ、いや、ちょっと待とうか、うん。具体的には僕の身の潔白を王様に訴えてから……」

「聖槍、抜錨―――」

 

 視点が遠のいていく。

 最早留まることは許さぬ(一刻も早く還らねばいろいろ危ない)と。

 

「ちょっとちょっと! 待とうか、アルトリア。それは僕に効く(無敵貫通)―――――」

ロンゴ(最果てにでも)―――ミニアド(失せろマーリン)ッッッ!!!!」

 

 捻じれる光が疾駆する光景。

 一直線に放たれた光の奔流が、空の彼方へと昇っていく。

 星とて撃ち落とす光。……そして撃ち落とされた花。

 

 

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 意識が浮上する。

 

「―――、ここ、は……」

 

 やけに思い瞼をなんとか開けて、けれどなぜかいつもより視界が狭い。

 体のあちこちからも異常を伝える痛みが訴えてきており体を起こすのも難しい。

 そこで圭は自身の右眼を何かが覆っているのだと気づいて、やたらと痛む重い腕を持ち上げて手を伸ばそうとした。

 

「触るなよ、ケイ」

「うん?」

 

 死角になっている右側には人がいた。声の主を間違えようはずもない。相棒だ。

 ただその気配に気づかないほど今の自分は消耗しているのだと分かった。

 仕方ないので首を傾けてそちらに左目を向けようとしたが、途端に激痛が走って諦めた。

 

「治療魔法を施してもらって再生途中だ。その眼帯を取ると眼球ごと剥がれるらしいぞ」

「おっとっと。それはまずい」

 

 伸ばしていた手も引っ込めて、ベッドの上に下ろすとそれだけで重労働を終えたかのような疲労感が襲ってきた。

 けれど少しでも体を動かしたことで、痛む体が自分に何が起こったのかを教えてくれて、多分どこかのベッドの上に来る前の出来事を思い出すことができた。

 崩落する廃ビルの天井、背後に突然現れたサーヴァントの襲撃。

 

「それでどういう事態なんだい?」

 

 ただ、分かるのは意識を失うまでだ。

 今の状況は分からない。自分が重傷でベッドの上でお世話になっていることは分かるのだが、ここがどこで、あれからどれくらい経ったのかが《視》えてこなかった。

 

「ケイ……?」

 

 自分の直感とは別に察しの良さが図抜けているはずの圭の問いかけに明日香の目元が険しくなった。

 

「僕も初めて知ったことだけどね、うん。どうやら片目だけでも封じられると僕の予測演算も封じられてしまうみたいだ」

 

 圭の未来視は予測の未来視。それは人が元々持つ識別能力、記憶能力が日常生活を過ごす上で取捨選択している情報までもを取り込んで高度な演算を行う結果に過ぎない。程度を問わなければ人が誰しも持つ能力を異能の域にまで為さしめたものだ。

 つまりその異能は視界の影響を強く受ける。

 片眼になり、視界から入る情報が制限されれば、そこから導き出される演算能力も減衰し、まして今は重傷を負って疲弊している状態だ。まともに未来視が働かなくなるもの無理はない。

 そして普段の圭の飛びぬけた察しの良さはそこから派生している推理力から来る。

 今の圭はそれらが著しく封じられているということ。

 

 ――あんたの“眼”、奪わせてもらったぜ――

 

「そういう、ことか……」

 

 ランサーのあの言葉は、単に(相棒)の目を奪ったというだけではない。

 明日香の探知能力はお世辞にも高くなく、圭の未来視や藤丸家に保管されている霊基グラフからの照合に大きく依存している。

 未知のサーヴァントを相手に、そして圭の未来視までもが封じられた状態というのは、まさに“眼”を封じられた状態ということだ。

 

 事情の把握できていなかった圭に説明を行い、二人は現状の確認を行った。

 明日香が対峙した槍持つサーヴァント。そして圭を襲撃したサーヴァント。

 

「隻腕、いや、鉄腕のランサーか……フェーデ、と言ったんだよね。彼は」

「ああ、すまない。ランサーだけでも仕留めておくべきだった」

 

 1対1の戦いであればおそらく、いや、本来のサーヴァントとしての力をもってすれば、間違いなくあのランサーを倒すことはできた。

 それができなかったのは他でもない明日香の力不足であり、戦闘を続行しなかった判断ミスである。

 あの時、どちらにしても圭の生死に関して明日香にできることがないのであれば、ランサーだけでも倒しておくべきであった。

 悔やむ思いはある。だが今はそれよりも相手の情報を整理する方が有用であり必要なことであった。

 そして英霊、サーヴァントの分析に関しては明日香よりも負傷してはいても圭の方が得手とするところ。

 明日香から聞き出したサーヴァントの外見、言葉、得物、武技などからその真名を推測していくことはできる。

 ランサーの姿は特徴的で、そして気になるワードも拾うことができた。

 

 

「フェーデはたしか中世初期頃から行われていた決闘の一種だ。日本で言うところの果し合いだけれど、10世紀以降は身代金や掠奪を行うための騎士たちによる口実に過ぎなくなった……」

 

 フェーデとは本来は自力救済のことを意味するもので、自己の権利を侵害された者が友人や氏族の協力を経て侵略者に対して武力的に対抗する法的権利のことだ。

 だが中世にあって身代金を積むことによってフェーデによる暴力沙汰を避けることが許される法律ができると、むしろそれを生業とする者たちが増え始めた。

 それはフランスやドイツなどで活躍した、いわゆる傭兵騎士などに多く見られ、それに対してフェーデを抑制しようという試みも11世紀には広がり始めた。

 有名なところでは、11世紀ころ神聖ローマ皇帝であるハインリヒ3世によりロートリンゲン公の継承に際して行った分割相続措置に対して不満の主張を行ったゴットフリート3世によるフェーデと、それを否定したことにまつわる“神の平和”運動がある。

 このフェーデは1495年に完全禁止となる法令が出されることになるが、それは制度末期にはフェーデを悪意的解釈することによる合法的な営利誘拐と身代金の要求などということが横行するようになったためだ。

 

「その二つの条件で英霊ともなると、真名はおそらく鉄腕のゲッツ、かな」

「ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンか……」

 

 本来であれば事前に決闘状を送り、フェーデを行う日時・場所を定めて行われるはずの決闘も、とりあえず襲っておいて人質を獲れてから決闘状を送って身代金を要求する、などということが合法として常態化するようになっていた。

 そしてこの制度を最も悪用し、営利誘拐を繰り返したことで知られる者が、鉄腕の傭兵騎士、ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンだ

 

「彼は従来の領主的な騎士ではなく、フェーデを悪用することによって財産を築いた盗賊騎士として知られている」

 

 鉄腕ゲッツの生きた1500年頃とは、すなわち騎士が衰退していく時代でもあった。

 大砲などの銃火器が戦場で活躍するようになり、騎士の華ともいえる決闘は悪用される。かつて円卓の騎士やシャルルマーニュ十二勇士などに代表されていた騎士道は、もはや花と散ることもなく泥に塗れ、冒険と戦場に求める栄誉は地に堕ち、踏み荒らされていくような時代だ。

 特徴はたしかに一致する。

 だが気になる点がないではない。

 

「だが鉄腕のゲッツならクラスはセイバーにならないか? サーヴァントの身ならともかく、生前の彼が義手で槍を操れたとは思えないが」

 

 短槍であるのならばともかく、ランサーが所有していた槍は両手持ちだった。

 サーヴァントとして現界しているために、あの義手は生身と変わらない動きができているが、15、6世紀の技術力で両手持ちの槍をあそこまで自在に操れるほどの義手が作れたとは思えない。

 それならばむしろ、義手のギミックとして装着できるような剣などの方がよほど親和性の高い武器に思える。

 無論、彼の知る中で隻腕の槍遣いの伝承を持つ英雄がいないではない。だがそれは英雄が英雄らしい時代の物語。

 幻想が遠のき、英雄譚が最早書物の中にしか存在しないような時代の、中世以降の英雄が英霊となるほどの功績を打ち立てられたとは思えない。

 だがそれに対しての推測はある程度、圭にもあった。

 

「おそらく彼は君とは、君の中の霊基とは逆のタイプのサーヴァントだね」

 

 サーヴァントとして召喚されたときの英霊の現界の在り方は、大きく二種に分けられる。

 伝説、伝承とともに在ることで強化されている者。

 歴史上の実在が記録として確認されている場合は主にこちらに分類される。いかに勇猛果敢で無双を誇った将軍・騎士であったとしても、生来の能力は現実の範疇に収まるはずだからである。

 一方でクラスという鋳型に当てはめられたことによって()()()()()()()()()()()もいる。神話、伝説、伝承の住人。神代の大英雄や英雄譚に生きる英霊などだ。

 古代末期から中世前期のとある英雄譚に、数多の神秘とともにその存在を記された“彼”は後者に、中世盛期の時代に史実として活躍し、戯曲などで謡われもしたゲッツは前者に相当するだろう。

 つまり明日香に宿る“霊基”は生前の力からかなり制限を受けており、並みの人間や魔術師と比べれば膨大な魔力量を誇る明日香であったとしても、“彼”の生前の力には遠く及ばない。

 対してゲッツはおそらくサーヴァントになったことでその力を生前よりも強化されているのだろう。英霊としてふさわしい超常の力、クラス固有のスキル。三騎士の一角であるランサーであるならば対魔力ですら備えているだろう。

 ゆえに生前の彼が義手で両手持ちの槍を操れないだろうからという推測でランサーを否定することはできない。彼に槍に纏わる伝承があればそれでいいのだ。

 

「それに鉄腕のゲッツがセイバーとして召喚されることは、伝承通りならまずないだろうね」

 

 そしてゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンが隻腕となった伝承からも、セイバーとしての召喚を否定することはできる。

 

「彼の右腕は自分の剣で切り落とされたものだからだよ。そしてだからこそ、彼は騎士道を憎んでいると言ってもいい」

 

 ゲッツの右腕は決闘やその勝敗の代償において失われたものではない。彼の右腕はとある戦争に参加した際、砲撃を受けて失われたのだ。

 神聖ローマ皇帝であり最後の騎士とも謳われたマクシミリアン1世に組する陣営での参戦だった。彼はその戦争に鷲の紋章が描かれた帝国旗を結び付けた大槍を携えていたという。

 一説によると、大砲の玉がゲッツの持つ剣に当たり、その弾みで右腕を切り落としてしまったとも伝わる。

 であれば、彼が剣を持つクラスとしてではなく、ランサーとして召喚されることはあながち無理ならざる推理ではある。

 サーヴァントとは過去に生きる境界記録帯(ゴーストライナー)であり、その死因や弱点は、伝承に明記されていれば強固に、色濃く表れる。

 自分の持つ剣が自分を傷つける、などというのは弱点としては大きすぎるだろう。

 そして以降、彼の戦歴は一変する。

 騎士として参陣して名誉を求めるのではなく、フェーデを悪用した決闘と称する強盗、恐喝、追剥を繰り返す盗賊騎士に。

 

「彼は神秘の薄くなった時代の英霊だ。その意味でも君に宿る霊基とは違うけれど、決闘という局面においては彼の伝承はピカイチだ。なにせ彼は生粋の戦争屋にして決闘卿。その財産をフェーデによって築き、それを否定されたことで破滅した人物だ」

 

 戯曲ではロビン・フッドのごとき義賊、皇帝権力に抗い、民衆のリーダーとして農民戦争に立ち上がり失意の最後を迎える勇ましい英雄としても描かれていたが、史実において彼は争いと見れば首を突っ込まざるを得ない血の気の多い性格で、民のためなどではなく、金のためにひたすら戦ったと言われる。

 そして最後には首を突っ込んだ争いの責任をとらされて幽閉され、その解放の条件としてフェーデを行わないという宣誓書を書かされることになったという。

 

「それともう一騎のサーヴァントだけれど、多分ライダーやキャスターじゃない」

 

 警戒しなければならないのはランサーだけではない。

 

「直前まで君がサーヴァントの気配を感知できなかったことと言い、おそらくクラスはアサシンだ」

 

 魔術師とはいえ人の身でしかない圭にとっては、むしろもう一人のサーヴァントの方が厄介だ。

 アサシンのクラスには気配遮断のスキルがある。 

 その程度は生前の伝承に基づきはするものの、事前に察知することは極めて難しい。

 まして今の圭には未来視の能力を封じられている状態で、明日香も戦闘状態以外での気配察知・探索能力はむしろ低いくらいだ。

 その真名も把握できていないし、宝具や固有のスキルはおろか戦い方ですらわかっていない。

 ここ数日、明日香が幾度か消滅させたシャドウ・サーヴァントもどきのエネミーを生み出しているのが、あるいはアサシンのスキルか宝具かもしれないが、それが具体的にどういうものかは分からないし、それがいかなる伝承に基づくものなのかも分からない。

 アサシンといえば暗殺教団の教主であるハサン・サッバーハが代表的ではあるが、彼らはその顔を髑髏の面で覆っているのが特徴であり、圭を襲撃したサーヴァントはかすかにしか見ることができなかったが、髑髏の面はしていなかった。

 オリジナルである冬木の聖杯戦争においてはアサシンは19人いるとされたハサンのいずれかから召喚されるとのことだが、特異点においてはその限りではない。

 英霊となるほどに知名度のある暗殺者というのはそもそも暗殺者の定義として間違っているのであまりいないが、暗殺や殺人に縁のある偉人は多い。

 特異点における聖杯ではそんな英霊や反英雄もアサシンのクラスとして召喚することがあると、かつての記録には残っている。

 ただし、圭を蹴撃したのがマスター殺しを得意とするはずのアサシンだとすれば、おかしな点もある。

 

「それになんであの時、僕に止めを刺さなかったのかも分からない」

 

 圭が生きていることだ。

 魔術師であって神秘の塊であるサーヴァントに対抗することはできないし、神秘と隔絶し物理現象の改変に堕ちた魔法ではなおさら傷をつけることもできない。

 

「魔法師たちの目があったからじゃないのか?」

「それならそもそもあんな場所で襲撃をかけてはこないさ」

 

 魔術も暗殺も、本来は明るみにでることを嫌うものだ。圭の抵抗によって目立つ可能性が出てきてしまったために退いたという推測は、そもそもそんな目立つ可能性のある場所で襲撃してきた時点で破綻した推理である。

 気配を察知することもできずに背後をとられた時点で圭の命は終わっていたはずだ。

 

「ランサーが陽動で君を誘い、その間にアサシンが動く、共働体制にあったのは間違いないだろう。けれどアサシンには九校戦のあの舞台で、魔法師たちに見られている状態でかつ悟られないように事故に偽装し、選手と僕に試合続行不可能なダメージを与える必要があったというわけだ」

 

 ならそれは逆。

 圭を殺せなかったのではなく、殺さなかった。

 魔法師に見られることを嫌ったのではなく、事故として魔法師たちに見せる必要があった。

 その目的は――――――

 

「それは…………………ぁ゛~、だめだ。頭が回らない」

 

 残念ながらそこまで推測するには推理の材料も少なければ、予測演算の領域が消耗しすぎている。

 魔法によって負傷している現実を騙して再生治療を行ってはいるが、完全に定着するまでは体の機能は損傷の回復に回される。

 明日香に治癒魔法のスキルはないし、圭にしても礼装の補助があればともかく、九校戦会場にそんな礼装は持ってきていない。

 なにせ宿泊するホテルは軍事施設の一部なのだ。

 魔法師は軍の貴重な戦力であり、魔法師にしてみればその源流であり未だに解き明かされていない領域の力を有している魔術を手に入れるためには、室内清掃と称して子どもたちの部屋に入るくらいはしているだろう。

 わかりやすく魔術の痕跡を示すような礼装を持って来れるはずもない。

 

 これ以上の推測は迷走につながり、進展はしないだろう。

 明日香もそう判断し、詰めていた息を深く吐いた。

 

「女の子成分が足りないんだよ。そもそもなんで君はお見舞いに来るのに女の子を連れて来てくれなかったんだい。ほのかちゃんとかエイミィちゃんとかエリカちゃんとか、雫ちゃんまで連れてこないなんて」

「先程ミラージ・バッドの決勝が終わったところだ。出場していたか、応援していたかだ」

 

 必要性から、サーヴァントのことについて、目覚めた圭と話す必要があったので見舞いに来られても困るという事情は分かるがが、希望としては負傷して身も心もボロボロの状態ではベッドの脇に居てくれるのは可愛い女の子がいい。

 主張をバッサリと切り捨てられた圭は、はぁ~と深々とため息をついた。

 視界の開けている左目を動かして窓の外を見れば、すでに日は落ちて星が輝いている。

 新人戦のミラージ・バッドにはほのかとスバルが出場し、技術スタッフは達也、とくれば本戦出場に変更になった深雪はもちろん応援席にいるだろうし、雫もエイミィもエリカたちも友人の応援をしていることだろう。

 

「そういえばモノリス・コードはどうなったんだい?」

 

 雫の名前が出たことで思い出したが、彼が出場していたのは彼女が好きなモノリス・コードだ。勝敗を含めて予選がどうなったのかは仮にも選手としては一応は気にかけなければなるまい。

 

「ルール違反のフライングとレギュレーション違反ということで四高が失格。選手全員が負傷した一高を除いて予選が終わったところだ」

 

 サーヴァントの襲撃というおまけはあるが、表向きには(というか実際に)室内における破城槌の使用というレギュレーション違反と、試合開始前の先制攻撃およびそのための索敵行動を行っていたというのは競技的にも立派にルール違反だ。

 フライングを防ぐための運営スタッフは何をやっていたのかというのもあるが、とりわけ破城槌の方は、人の居る室内で使われた場合、魔法師の基準では殺傷ランクA―― 一度に多人数を殺害しうるレベル――とされており、明確なオーバーアタック、ルールの逸脱となる。

 

「君が代理選手の出場、なんてことにはならないのかい?」

 

 モノリス・コードは実践的な魔法競技だけに、競技中の負傷とそれによる棄権というのはままあることではある。だが今回の一高が被ったケースでは責任はフライングやレギュレーション違反を見抜けなかった運営と行った四高にある。

 ルールや競技遂行上、仕方ないと済ませられるものではなく、これを見過ごせば今後の不正――他校が共闘して強豪校を負傷退場させるなど――にも繋がりかねない。

 

「生徒会長たちが運営の方のかけあっていたようだけど、僕は呼ばれてはいないな。君が僕のことを”適正がない”と進言しておいたからだろう」

 

 本来、新人戦モノリス・コードの出場選手に控えはいない。けれども真由美や克人たちには何らかのアテがあるのだろう。

 ただしその中に明日香は含まれない。

 当初の選抜の段階で、圭から明日香にはモノリス・コードの適性がないと()()()()伝えてあるからだ。

 

 

 

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