Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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11話

 昔々、あるところに一つの村がありました。

 そこに住んでいた人たちは一生懸命日々を働いて過ごす善良な人たちでした。

 しかし沢山の子供が笑いあい、大人たちがそれを微笑ましく思いながら生きていく村。

 けれどもその村の人々にはある悩み事がありました。

 村にたくさんのネズミが住み着いてしまったのです。

 ネズミたちは残飯をあさり、飽き足らず食料をあさり、衣服や家屋ですらも齧って台無しにしました。

 誰かどうにかしてくれれば、どんな報酬でも支払うのに。

 そう村の人々は思っていましたが、彼らにはそんな力はありませんでした。

 ところがある時、一人の男が村にやってきました。

 色とりどりのつぎはぎの服を着た男。

 男は大きな笛を持っていました。

 旅の楽師かと、村人たちは思いました。

 日々を一生懸命に働いている彼らからすれば、村から村に、町から町に、旅を続けて気ままに音を楽しみ生きるような男は、不誠実でろくでなしな人間でしかないとも思っていました。

 ところが男は村の住人に言いました。

「金貨を報酬としてくれるのなら、君たちを困らせているネズミを全部退治して見せよう」

 村の住人たちは困惑し、けれどもやってくれるのならばと了解しました。

 退治の依頼を受けた男は自分の持っていた笛を吹きだしました。

 すると不思議なことに、村中のネズミたちが一斉に集まり出しました。

 驚く村の人々たち。

 ネズミは笛を吹く男の後をついていき、川まで歩き、そして自分から川へと飛び込み始めました。

 そしてなんと、全てのネズミが川で溺れ死んでしまいました。

 善良な村の住人たちを困らせていたネズミは全滅しました。めでたしめでたし。

 ところがある村人がぽつりと言いました。

「なんて残酷やつだ」

 笛吹き男はそんな言葉には耳を貸さず、報酬を求めました。

 ところが善良に日々を生きる村の人たちは思いました。

 笛を吹いただけで自分たちが一生懸命に稼いだ金貨を持って行くなんておかしいと。

 口々に村の人たちがそれに賛同しました。

 笛吹き男は金貨をもらえませんでした。

「恐ろしいことが起こるぞ」

 笛吹き男は怒ってそう言い、村を出ていきました。

 やがて村人たちがネズミのことと、笛吹き男のことを忘れたころ、不思議な音色が、村人たちの寝静まった深夜に響きました。

 あの笛吹き男です。

 けれどこの村にはもうネズミはいません。笛の音に連れていかれるネズミは男がすべて川に沈めてしまいましたから。

 けれども不思議なことが起こりました。

 大人たちは誰一人として目覚めず気づかず、子供たちだけが笛の音につられて踊り出し、笛を吹く男についていき始めたのです。

 大人たちは誰も気づきません。

 

 そして100人の子供たちは誰一人として、戻ってきませんでした。

 

 それは昔々の一つのお話。

 男が集めた多くの話の一つの物語。

 

 

 

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 

 

 

 

 笛の音に誘われて森の中を迷い歩く魔法師の子供たち。

 一高の制服、二高、三高……九校の学生たちが夜闇に覆われた森の中を歩いていた。

 大人の姿はない。

 九校戦のフィナーレ前夜における子供たちだけの秘密のパーティであろうか。

 いや、そのようなはずはない。

 彼ら、彼女たちの表情にはまるで夢を見ているかのごとくに生気がなく瞳は虚ろ。けれども足取りは一律で足場の悪く行く先の見えない森の中であるにもかかわらず、躓きこけることも木々にぶつかることもない。

 もっとも多少の枝葉に顔や皮膚を傷つけられる者は多いが、だがだからこそそんなかすり傷を誰もが気にもかけずに黙々と歩みを進めている光景は異様だった。

 先導にはつぎはぎのあるまだら模様の派手な服を着て、笛を吹き鳴らす男。

 

 そんな中に深雪もまた歩みを進めていた。

 己の意志ではない。

 彼女は、なすべきことのある最愛の兄を見送って、それを周りの皆に気づかれないようにして、そして彼の帰りを待っていたはずだった。

 達也がなすべきと定めたのは自分のため。自分を地に墜とそうとした者たちを誅戮するため。

 ―――自分の全てはお兄様のために―――

 それが彼女の根底にある想い。

 

「……、ここ、は……ッ!?」

 

 それまで周りの皆と同じく夢を見ていたかのようだった深雪が目を覚ました。

 周囲の景色は、彼女の記憶にある最後の景色、ホテルの部屋の内装とは明らかにことなる森の中。

 すぐに彼女は兄の姿を求めるが、どれだけ離れていたとしても感じられる彼の匂いが分からない。

 まるで異なる次元の壁にでも阻まれているかのごとくに隔たれている。

 

「オヤ? なかなか変わった毛色をお持ちの子供だ」

 

 状況理解の追い付かぬ深雪の耳に、聞き覚えのない男の声が届いた。

 それは意外感をたたえたもの。

 笛の音に自意識を眠らされているはずの子供が一人、目を覚ましたことに“笛吹き男”の奏者である男は意外感を覚えたのだろう。

 

「何者です!?」

 

 今の彼女は氷の魔法――振動系減速魔法を得意とする魔法師であるように見せているが、本来の彼女は精神に干渉することを得手とする魔法師の血を受けており、殊に凍結させる魔法を得意とするはずなのだ。

 現実の物理世界における氷結はあくまでも結果にすぎない。

 そして極めて強度な事象干渉力、精神により現実を改変する力を有しているからこそ、精神に干渉してくる魔法に対して抗うことができたのだろう。

 無論彼女に意識も記憶もなかったであろうが、ここに来るまでの間にも、彼女の心の中、精神世界ではかけられていた精神干渉系の細工に懸命に抗っていたのだ。

 

「ッッ! ほのか!? 雫、美月、エリカ!? 七草会長!?」

 

 だがそれは彼女のみの話。

 ほかの大勢の同級生や他校生たちは虚ろな顔で夢遊病のようにどこかへと歩みを進めていた。

 彼女の友人たちだけでなく七草真由美や渡辺摩利ら生徒会のメンバーもいれば、三高の生徒―― ミラージ・バッドで戦った一色愛梨や一条の姿もある。ほかの学校の生徒たちも多いが十文字克人の姿は見られない。

 深雪の呼びかけに対しても周囲の皆は反応を示さず、ほのかや雫まで聞こえていないかのように虚ろな表情で歩き続けている。

 

「これは、―――――くっ!!」

「ほぅ」

 

 現状の認識にまでは至っていないが、精神干渉系魔法による支配下にあるのだと気づいた深雪はCADを操作して領域一帯への干渉力を作用させた。

 強力な事象干渉力を発生させることで周囲のみんなにかけられている“魔法”を阻害しようとしたのだ。

 皆を操っているのがおそらくあの奇妙な感覚のする笛の音だとするならば、この精神干渉魔法は持続的なものではない。その推論の証となるかは分からないが、笛の音からはサーヴァントに対峙した時に感じた奇妙なサイオンのようなものが感じられる。そして笛吹き男は途切れさせることなく笛を吹き続けている。

 であれば、笛を吹くことを止めさせるか、あるいは一時的にでも音の干渉を遮ってしまえば魔法は解ける。

 それはある意味正しかった。

 ただの領域干渉ではなく、物理現象に干渉すら行ってしまうほどに強力な精神干渉系魔法の術者である深雪が行ったものだからこそ、意味があった。

 

「ふぇ……ここは、深雪?」

「え?」

「司波さん……? えっ!?」

 

 わずかに数人。深雪が全力をもって正気に戻すことができた領域の人数だ。

 精神干渉が魔法であるならばおそらく深雪のとった選択は最善手であっただろう。 

 だが行われていたのは神秘を基盤にした精神干渉。

 理解の及ばない領域(リソース)による力が、深雪の本来強大であるはずの力を大きく上回っていた。

 それでもほのかや雫、そして真由美は意識を取り戻すことができた。

 彼女たちの魔法に対する抵抗力が高かったというのも理由だろうが、深雪との物理的距離が近かったことも働いたのだろう。魔法は物理的な距離に影響しないとはいえ、魔法師の心を如実に反映するため、術者が物理的な認識に囚われていると距離に応じて減弱するのだ。

 意識を取り戻した真由美たちだが、先ほどの深雪と同様に周囲が森になっていることに気づいて混乱しており、けれども深雪がCADを構えて何者かと敵対している様子に気づいて、すぐに自分たちもCADに手を伸ばした。

 

「深雪さん、これは一体!?」

「分かりません。ですが―――」

 

 それでもすぐに加勢のために魔法を放たなかったのは、この場を深雪の領域干渉が覆っており、無暗に魔法を発動することで魔法の相克が起きることを案じたからだろう。

 幸いにも、男はこちらを興味深げに眺めているだけで、笛吹き男はただ笛を吹き続けて、彼女たち以外の生徒たちをどこかへと連れ去っていく。

 森の中、夜闇の中であり、その行き先がどこかは分からない。――いや、違う。深雪の干渉している領域から10歩も行かないところで、生徒たちはまるで闇に呑まれるかのように消えていた。

 異質な気配漂わせる男の所で、彼の手にしている本から溢れている闇に囚われるように、靄に包まれて消えていく。

 

「ひっ! なに、あれは」

 

 サーヴァントというもの直接見たことのなかったほのかが、その存在を見ただけで圧されて短く悲鳴を上げた。

 一見して分かる。

 魔法師でも、まして人間でもない。自分とは違う存在。格の、次元の、在り方の違う存在。

 感受性の高いほのかだからこそ、一目で()()()()()()()()()()()()隔絶しているものだと分かった。

 

「あれは……サーヴァント、っ!?」

「あれが――――ッ!」

 

 サーヴァントという存在を見たことのある雫や深雪は敵の正体が何に属する者であるかが分かっていた。分かってしまっていた。

 そして話にのみ聞いていた真由美も、圧されつつも闇を発する男を睨みつけていた。

 

「想定していた展開とは違うけれど、これはこれで面白い。僕には物語を0から創作する苦悩(面白さ)は知らないけれどね。ただ、お姫様が舞台に残っているのなら、その相手は決まっているだろう?」

 

 それに対してサーヴァントの男――アサシンは飄々としたものだ。

 彼が収集した“この”物語には、この展開はない。

 子供たちは誰一人として気づかぬ間に消えなくてはならない。

 けれども彼は演劇家ではないし、創作家でもない。彼自身の物語を描くことはなく、異なる物語を集め、手を加えることこそが彼の在り方。

 ゆえに彼はこの物語の展開に相応しい役者を喚び出した。

 

「もう一人……!」

「そんな……」

 

 月下に映える金髪碧眼のセイバー(主人公)

 華美な装飾の施された剣を携え、少女たちの危機に駆けつけた姿は、役どころが違うのであればまさに白馬に乗った王子様のごときであろう。

 ただし彼は彼女たちを救うために駆け付けたのではない。

 深雪と真由美は4月の事件でサーヴァントの作り出す使い魔のごときモノと戦っている。

 それらが自分たちの魔法とは異なる異能に依るものであり、魔法の効果が薄いことも覚えている。

 あの時は異形の姿(デーモン)で、今回は人型が2人という違いがあるが、一体相手に何人もの魔法師がかかって足止めがやっとであったのだ。

 まして今回はサーヴァントまでいる。

 サーヴァントの力が人の及ぶものでないことは雫も知っている。

 七草家や十文字家の係累である魔法師たちですらも、たった一人のサーヴァントにいいようにあしらわれたのだ。

 

 ――お兄様ッ!!!――

 

 深雪は心の中で彼女の守護者。彼女が敬愛する兄を呼んだ。

 彼は今、離れたところに居る。

 異常事態を感知すれば文字通り飛んでくることも、距離に囚われない彼の魔法が彼女を守護することもできる。

 だが果たしてこの状況で彼の護りはどれほどか。

 達也に対する鋭敏な()()を有するはずの深雪が、達也の守護を感じ取れないのだ。

 同様に達也が深雪の現状を感知できていない可能性はある。

 

 4月の事件で達也の分解の魔法はサーヴァントに対して有効な攻撃力とならなかった。以来、サーヴァントという物理現象、魔法現象を逸脱した超常的存在に対しての対抗策を達也が考え、新魔法として修得しようとしているのを深雪は知っている。

 けれども今の達也は遠く離れており、まだ修得に至っていない魔法を距離を超えて発動させてサーヴァントという強大な存在を消滅させることができるほどではない。

 

 一歩、剣持つ王子が深雪たちに近づく。

 彼女たちの魔法がどこまで効果があるのか分からない。けれど真由美も深雪も雫も、CADを構えて戦う意思を示した。

 王子が微笑む。

 それが無駄な抵抗だと知っているから。

 彼は姫を救う物語の王子(主役)であり、物語において王子に魔法が効果を示すはずはないのだから。

 そんな概念である存在だと真由美たちが認識していたわけではない。

 だが異質な存在感が彼女たち気圧しており――――

 

「いやいや。明日香より先に僕だけ到着とか、ちょっと勘弁してもらいたい展開だね、うん」

 

 それを打ち破り声をかけたのは傷だらけの魔術師。

 

「藤丸さん!?」

 

 右目に眼帯、頭部に包帯。見える箇所以外にも怪我を負っているだろう藤丸圭が木々の闇から姿を現した。

 サーヴァントの男と剣を持つ王子が魔術師に気圧された様子はないが、深雪たちの周囲は明らかに様子が変わった。

 彼女たちが安堵を覚えたというわけではなく、何らかの魔法的(魔術的)作用が及ぼされたらしく、深雪が何とか抵抗していた領域干渉にかかる負担が消えていた。

 

「重傷だったはずだけど、怪我は大丈夫なの、藤丸君?」

「ご心配いただきありがとうございます、七草会長。できればカッコつけたいところなんですけれど…………」

 

 ただ、その状態は明らかにベストコンディションからは程遠い。

 すでに軽く息が乱れており、額には暑さから来るのではない汗が浮かんでいる。

 

 現代魔法における治癒魔法とは、瞬時に健康状態を取り戻させるものではなく、魔法で一時的に世界を欺き、それを効果が持続するうちに何度も掛け直すことで偽りの治癒を世界に定着するものなのだ。無茶をしたり動き回ったりすれば治癒は遅れ、偽りの治癒は容易く剥がれ落ちる。

 治癒魔法とは別に、彼自身も治癒魔術を施してはいるが、そもそも藤丸家に継がれた魔術は大したことがない。

 異様な魔力を感知して、すでに明日香が居るものだという予測(期待)で、彼をサポートするために駆けてきた圭にとってはかなり予定外のことで、この時点でかなり負担が大きかった。

 少女たちの手前、安心させる言葉をかけたやりたいのはやまやまだが、余裕はない。

 

「魔術師ごときが、僕の前に立ち塞がるというのかい? この王子の前に!」

 

 なので余裕たっぷりにエネミーがウタってくれているのは時間稼ぎとしてありがたい。

 

「んン。そちらのデミ・サーヴァントが来ることに期待しているのですかね。無駄ですよ。今頃、彼はランサーとのフェーデ真っただ中。こちらに来られる余裕はありませんよ」

 

 アサシンにあるまじき男は外連味たっぷりにその存在感を主張している。

 もっとも、いくら直接戦闘能力の低いアサシンのサーヴァントとはいえ、魔法師や魔術師相手ではまず後れをとることはない。

 気配遮断を解除してこうも目立つ宝具を展開しているとなれば、舞台を整え幕を開いたということに他ならないのだろう。

 実際、未来視が封じられている状態の圭では明日香がいつここに来るかは分からない。

 すでに到着しているものと予想していたのも外れたばかりだ。

 頼みの明日香が別のところで戦闘中という情報に、真由美や雫の胸に絶望がよぎりそうになる。

 

「舐められたものだね」

 

 だが圭は苦し紛れではなく、口元に笑みを浮かべた。

 

「そちらこそ。いかに騎士王の霊基を有するとはいえ、たかだかデミ・サーヴァントの分際で、ランサーを容易く下せるとは低く見すぎですよ。もうご存知でしょうが、あのランサーは決闘卿。古臭いカビの生えた騎士道を後生大事にする騎士を下してきた傭兵騎士なのですから。それともあなたがサーヴァントを倒せるとでも? カルデアの魔術師さん?」

 

 たしかにそうだ。

 相手は三騎士の一角。ランサーのサーヴァント。

 短時間で倒しているとすれば、宝具の真名を解放でもしないかぎり難しく、今それをすることはできない。

 けれど圭は信じている。

 ここには彼が守るべき少女や、未来を紡ぐ者たちがおり、それを護るために彼は“運命”を受け入れ、剣を抜いたのだから。

 

「いいや。違う。明日香を、舐めすぎだと言ったんだ」

「―――ッ! なにっ!?」

 

 樹上から木々を裂いて落ちてきた蒼銀の騎士が不可視の剣を携えて圭の前に立った。

 

 ―― 明日香!! ――

 

 着地により舞い上がる木の葉と土の中に立つ騎士(明日香)の姿に叫びそうになりつつも、戦場の空気の中では声には出なかった。

 ただ圧倒的な信頼感と、安堵があった。

 幾度も駆けつけてくれた絶対の騎士。

 

 

 

 

「遅いよ、明日香。それに……」

 

 ただ、信頼に応えて、ではあるが圭の予想とは些かずれていた。

 それにこの短時間で宝具の解放なしにランサーを倒すことは流石に無理だったらしく、鉄腕のランサーも明日香を追ってこの戦場に駆け付けることになった。

 

「自分からここに誘ってきたんだ。2対1でも卑怯とは言わねぇよな、騎士王サマよぉ」

 

 無論、サーヴァントである明日香もランサーも息を乱しているというようなことはない。

 そして2対1。

 サーヴァントならざる圭や深雪たちはカウントされない。

 デミ・サーヴァントである明日香とランサー、アサシン。3騎ものサーヴァントがこの場に集っている。

 兵法通りであれば各個撃破を行うべきだ。

 初回にランサーを討ち損ねたことといい、合流されることを覚悟でこちらに来たことといい、大局など見れてはいない。

 “彼”ならばランサーを早々に打倒していただろう。

 騎士王ならば身内の犠牲を許容してでも、今後のためにサーヴァントを確実に倒せる方法(各個撃破)をとっていただろう。

 

「勿論だ。2人であろうと3人であろうと、彼女たちを傷つけはしない。斬り伏せて見せるとも」

「よく吠えたとも、デミ・サーヴァントなる怪物よ! 我が王剣の錆になるがよい!」

 

 彼が選んだのは、この世界の、この時代を生きる人を、見知った者たちを守る方策。

 それは近視眼的で後のことを考えない選択であるかもしれない。

 それでも、守るべき者を護る。

 

 王剣を持つ王子の横に並んでランサーがその槍を構える。

 明日香は右下段に不可視の剣を構え、地面を破裂させるほどの蹴り出しで突貫した。

 激突が衝撃波を伴う。

 ランサーとセイバー(明日香)。三騎士の霊基を持つ者同士の戦い。その速度は、超常の動きに慣れたつもりだった魔法師たちの目にも尋常ならざるもの。

 そしてさらには剣持つ王子もランサーに合わせて明日香を攻め立てる。

 

 

 

「どうなっているの!?」

 

 意識を取り戻してからのあまりの急転直下の展開は真由美たちを混乱させている。

 今目の前で繰り広げられているのは物語の中、英雄譚にしか存在しないかのような超人同士の剣戟乱舞なのだから。

 鉄腕の槍兵が放つ無数の突きは一刺が音を置き去りにして空を裂き、蒼銀の騎士は不可視の剣でそれらを薙ぎ払い、あるいは紙一重で躱している。

 魔法師が、それこそ剣の魔法師の異名を持つ千葉家の者であったとして、あれほどの動きのままで戦い続けられるものであろうか。――いや、常人であれば知覚速度を超えたあの動きに追従し続けられるはずもなく、音速をも超え、衝突のたびにソニックウーブを発生させるような動きに肉体がもつはずもない。

 しかも明日香は鉄腕の槍兵を相手にしつつ、さらには隙きを見て斬りかかってくる王子の相手もしているのだ。その力は彼ら二人よりはまだしも判別がつくレベルではあるが、それは魔法師の基準から見て、怪物と称されるほどのレベルだ。

 それを片手間で対処しつつ、さらに領域の分からない英霊とまで対峙している。

 書物の向こう、画面の彼方での光景ならば感嘆の光景、驚くべきと落ち着いていることもできるだろうが、現状は森の中で襲われて、いや誘拐されつつある只中なのだ。

 現状を認識し、対処するためにはまず情報が必要。

 真由美はヒステリック気味になりつつも、そして雫や深雪も激しく動揺しつつも圭に情報を求めた。

 

「敵の宝具に取り込まれたんですよ、まぁ明日香と僕は飛び込んだんですが」

 

 問われた圭だが、たしかに現状サーヴァント同士の戦いに参戦できてはいないが、ゆとりがあるわけではない。

 なにせ彼らが今いる場所は、九校戦会場となっている富士の軍事演習上の一角、その森の中、ではないのだ。

 空間が捩れ、概念が捻じれた世界。

 何かしらの結界に囚われた状態であり、それを展開しているのは間違いなくあのアサシンが持っている本。

 深雪や雫たちを攫ってきた笛吹き男の持っている笛も宝具の一種であろうが、宝具そのものではない。おそらくあの“笛吹き男”と”剣を持つ王子”。それらを生み出しているのがあの宝具の力であり、この空間の力なのだろう。

 

「宝具とは?」

 

 比較的冷静さを保っているのは深雪だ。

 兄との繋がりが感じ取れないという点では強い不安を覚えてはいるが、彼女の場合、明らかにしてはいない経験によるものが大きい。

 そして、たとえ自分の方が兄との繋がりを感じ取れなくとも、必ずきっと、お兄様は来てくれるという絶対の信頼感があるからだ。

 

「英霊の持つ伝承が具現化した概念(モノ)。英霊が英雄たりうる力の源……要は必殺魔法みたいなもんです!」

「では相手の正体も分かっているのですか?」

 

 ざっくりとした圭の説明ですべてを理解することはできないし、実際には理解できたとは言えない。

 ただ、4月の事件でサーヴァントや英霊については関わったことでその内容についてある程度は聞いている。

 英霊とは過去の存在、境界記録帯(ゴーストライナー)であり、その正体を看破することは英霊の特性を理解することに等しい。そこには弱点や突破口も含まれうる。

 

「いや。あっちのランサーは分かっているんだけどね。ホント、なんなんだこの宝具!? キャスターでもないのに、まるで固有結界だ」

 

 だがこの時代において唯一とも言える対サーヴァントの専門家である圭と明日香でも、未だあのサーヴァント(アサシン)の真名看破には至っていなかった。

 

 

 

 

 なんとか拮抗できている。そう評することができるのは明日香かランサーか、どちらの立場においてか。

 

「埒が明かねぇか。ま、それはそっちが言いたくなることだろうがねぇ」

「…………」

 

 鉄腕とも思えぬ精緻な動きと力強さ。

 加えて流石に決闘卿として史実に名を刻む騎士。

 神秘の失せた時代であり、不可視の武器など生前に対峙した経験などないはずなのに、すでに剣の間合いは掴まれてしまっている。

 それでもサーヴァントとしての霊格は明日香の方が上だ。

 神秘残るかの“島”で数多の神秘、巨獣を屠った英雄の霊格は、人の世に下って、人との戦争にのみ伝承を残す鉄腕ゲッツよりも格上。 

 それでも押しきれないのは、ランサー(鉄腕ゲッツ)だけでなく、アサシンの宝具の化身と推測できる剣士をも同時に相手しているからであり、既に多くの人質を取られ、すぐ近くに守るべき少女たちがいるからで…………。故に―――――

 

「アサシン!」

「ええ、分かっていますとも。んンッ!」

 

 敵が狙うべきアキレス腱もそこだ。

 ランサーの要請を先刻承知していたかの如く、アサシンの魔力が既に発動の準備を整えていた。 

 

 ―――くっ! 距離が―――――

 

 気配遮断を行ってはいないとはいえ、マスター殺しが得意なアサシンクラスのサーヴァントを敵にしているのだから警戒はしていた。だが白兵戦を挑んでくる二騎を相手にしていては、キャスターのような位置取りであったアサシンとは距離が遠い。

 

「舞台の上には怪物、騎士、魔術師、ヒロイン、そして王子! 仔らよ。残酷なる幻実を見よ(Kinder und Hausmärchen)! 眠りに誘え魔女の茨よ(Schlafende Schönheit)!!!」

 

 故にその発動は止められない。

 茨の壁が明日香と雫たちを隔て、その牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 


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