Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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12話

 木々の生い茂る森の中を眠りに誘う棘を持つ茨が張り巡らされた。

 

 とある物語において魔女にかけられた百年の眠りによって生育したかのように鬱蒼と人の世を拒む眠りの茨。

 しかしその茨も約束された王子である彼の歩みだけは妨げない。

 

「さぁて、どうする騎士王サマよぉ」

 

 茨で囲まれた中、明日香と対峙しているのは鉄腕のランサー1騎のみ。

 もう1騎のアサシンの姿も、そして先程までランサーとともに明日香に剣を振るっていた剣士のエネミーもいない。

 

「――――!!!」

 

 今、この周囲には明日香以外にも人がいる。

 重症をおして駆けつけた圭と、アサシンによって拐かされた雫や深雪たち、そしてどこかへ囚われてしまった大勢の生徒(子供)たち。

 一対一で対峙しているという状況が何を示しているのか、思い至った瞬間、明日香は身を翻した。

 

「おっ!? 判断は早いがそいつは騎士王サマの直感じゃねぇよなぁ」

 

 至近にいるランサーは確かに脅威だが、それよりもただの人間に対してサーヴァントと、サーヴァントが創り出した敵性体が対峙しているだろうということの方が、遥かに脅威だった。

 

「―――――!!!」

 

 明日香は茨に対して不可視の剣を一閃。風の剣閃と化して茨を吹き飛ばし、道を開くとそこに飛び込んだ。

 茨はすぐさま再生し、明日香を絡み捕えんと迫り狂った。

 

 

 

 

「さぁて、これで怪物は追い払えた。待たせたね、僕のプリンセスたち」

「っ!」

 

 頼みの明日香とは分断された。

 自身の状態は右目の損傷をはじめ、肋骨や鎖骨の骨折、四肢の骨にも亀裂があり、それらを誤魔化していた治癒魔法はここに来るまでの無茶で殆ど剥がれている。

 なんとか自前の頼りにならない治癒魔術を施しはしたが、所詮それも礼装頼み。

 残る左目だけでは未来予測の演算などできはしないが、相手はサーヴァントの宝具によって生み出されたエネミーだ。

 自分の魔術が多少の効果を及ぼしはしても倒すことなど到底出来ないのは、キャスターのデーモンとの戦いで先刻承知済み。今回の”王子”はデーモンよりもおそらくレベルが高く、圭が通用するものでは到底ないだろう。

 

 ――すでに僕は眼中になし、か――

 

 叶うならばすぐにでも逃げたいところだ。

 後ろに守るべき少女たちがいなければ。

 

「茨と王子様、ね。なるほど童話の再現。それがアサシンの宝具の特性か」

 

 この茨を生み出すために、アサシンは宝具の真名を解放していた。

 メルヒェン――それは童話の一つの体系であり、童話の中で王子様が登場するのもまた王道的なストーリーだ。

 そう、誰もが彼を王子だと認識する。

 華美な装飾の剣。金髪碧眼の整った容貌に、自信に満ち溢れた立ち居振る舞い。

 姫を救い、悪を退け、ハッピーエンドを迎える王子(主役)

 

「うん? ははは、邪魔はしないでもらえるかな、魔術師くん」

 

 その王子にとってみれば、少女たちとの間に立ちふさがる(魔術師)明日香(怪物)は打倒されるべき物語の悪なのだろう。

 

「だそうですよ、お姫様方。僕としてはできれば逃げることをおすすめしたいところだけどね」

 

 当然、圭とてそう安々とエネミーに従うつもりはない。

 王子にとってはその存在が物語そのものなのであろうが、圭や明日香はそのモブキャラではない。

 ただ、明日香と分断された現状、圭だけでは彼女たちの身はおろか、自身すらも守れるかは怪しい。

 

「当校の生徒をはじめ大勢の人が誘拐されている状況で、私が逃げるわけにはいきません!」

 

 それは一高の生徒会長としての責務からか、それとも魔法師の中でも特権を得ている十師族の一員としての矜恃からか。

 真由美はCADを構え戦う意思を示した。

 それを受けてではないだろうが、雫も拳銃型の特化型CAD――アイスピラーズ・ブレイクのために習得したフォノンメーザーを使用するための構えをとり、深雪も手首に巻いたCADにサイオンを流して、いつでも魔法を発動できる状態だ。

 友人たちの戦おうとする姿を見て、怯みそうに、挫けそうになっていたほのかもCADを構えた。

 

 

 真由美の魔弾の射手が全方位からエネミーに集中砲火を浴びせかけ、雫がフォノンメーザーを最大出力で放つ。

 それらは対人魔法としては必殺のものであり、九校戦で人に対して行えばレギュレーション違反どころか死人を出すのが間違いないレベルだ。

 

「くっ!」

 

 だがそれらの魔法はまるでかき消されるように効果を発揮しない。

 金属の壁をも貫通するはずの熱線も、真由美の全方位からのドライアイスの射出弾も、それの二次的効果である二酸化炭素による追加効果も、魔法のすべてが王子には通用しない。

 

「なら、これではっ!」

 

 魔法的な現象はすべてがかき消されてしまう。

 それならばと深雪は大規模に物理現象を発生させるニブルヘイムを放った。

 雫のフォノンメーザーも真由美の魔弾の射手も、どちらも物理的に対象にダメージを与えようとする魔法だ。だが深雪のニブルヘイムであれば、対象は周囲の空間。

 男が魔法を無効化するとはいえ、空間そのものの事象改変を止められはしないはず。

 大規模冷気塊を生み出し、その極低温を持って凍結させれば―――

 

「そんなッ!」

 

 けれども深雪のニブルヘイムですら、その生み出す極低温の環境ですら、王子には意味をなさない。

 

「はっはっは! 僕に魔法が通じるはずはないだろう! 僕は物語の王子様だよ! 魔女は王子様によって魔法を破られ倒される! それが物語さ!」

 

 物語において王子(主役)が魔女の魔法で倒れることはない。

 それはストーリーを破綻させてしまうからであり、すなわちそういう概念的な存在だからだ。

 魔女(女性の魔法師)では概念的に効果が出せない。

 そして魔法ではなく魔術であったとしても、強大な神秘であるサーヴァントの宝具によって生み出された存在には、生半可な魔術であってはダメージを与えることは難しいだろう。

 メフィスト・フェレスの眷属のデーモンに対して仕込みを行っていた魔術ですら、足止め以上の効果がなかったのだ。仕込みもない今の圭の魔術では到底効果を及ぼしはしないだろう。

 ゆえに圭は遠距離から魔術で牽制代わりにでも攻撃することを却下し、持ってきていた杖に魔術を通して物質強化し、同時に自身の身体にも強化の魔術を駆動させて斬りかかった。

 

「舐められたものだね。魔術師風情の真似ごと剣術が王子に通用するはずがないだろう」

 

 だがそれは当然のごとく王子に受け止められる。

 メルヒェンにおいて、王子が幼少期から剣の鍛錬を積んでいたかどうかは描かれることがないかもしれないが、多くの場合、敵役を倒すのは剣で行われる。

 ゆえにアサシンの宝具によって生み出されたものでも、その特性は剣士(セイバー)のもの。

 

「そうかな? 世の中には王様に剣を教えた宮廷魔術師なんかもいるらしい、よっ!」

 

 ただ圭も知っている。

 かの騎士王を育て上げた魔術師は、魔術を唱えるよりも剣をとって戦う方が手っ取り早いと嘯くようなキャスターだった。

 もとより藤丸の魔術などたかが知れている。

 時間を稼ぐのなら、明らかに通用しない遠距離よりも、多少でも打ち合える接近戦だ。

 しかしその抵抗もまた、この舞台(物語)にあっては余りにも儚いものだった。

 

「邪魔だよ。魔術師」

「がぁあああああ―――――ッッッッ!!!!!!!!」

 

 たった一言。

 それだけで圭は絶叫を上げて倒れた。

 魔術で止痛を施していた傷ではない。

 まるで両足が燃えているかのような灼熱の激痛に、圭は立つこともできずに地に転がった。

 なにが、だとか、どうして、だとか、そんな理由を思考することもできないほどの激痛は、いっそ両足を切り落としてほしいとさえ願ってもおかしくはないほど。

 だがその両足は燃えてはいない。

 王子は地面に転がる圭を嘲笑うかのように見下すと、早々に興味を失ってその横を通り過ぎる。

 

「待、がああああああっっっ!!!!」

 

 王子の歩みを止めるような抵抗は灼熱の痛みの中ではできはしなかった。

 入れ替わりに彼を見下ろすのはアサシンのサーヴァント。

 

「王子様は姫を迎えてハッピーエンドを迎えるもの。そしてそれを邪魔する存在(意地悪継母)は焼けた鉄の靴を履かされ踊るもの。んン。さぁ、お姫様のハッピーエンドを見届けようじゃありませんか!」

「ッッ、~~~~~~~~!!!!」

 

 悲鳴があがった。

 通り過ぎた王子の方に顔を向けると、王子の周囲から出現している茨が四人の少女たちへと襲い掛かり、捕らえていた。

 

 

 

 

 

「きゃぁああああああ!!!!」

 

 抵抗は無論あった。

 雫もほのかも真由美もそれぞれの魔法で迫る茨を吹き飛ばそうとしたし、深雪は植物を凍り付かせる氷結の魔法で殲滅しようとした。

 けれどもそれらの魔法は神秘を切り捨てた物理現象に堕ちたものでしかなく、強大な神秘である宝具による茨に抗することはできなかった。

 

「ははは。悲鳴を上げる必要はないよ。それは君たちを傷つけるものじゃない。(王子様)との出会いを約束する祝福さ。少女はいつだって王子様との出会いを夢見るものだろう?」

 

 少女たちの四肢が眠りの茨によって絡み取られ、飲み込まれていく。

 

「くっ。これ、は……」

「精神干渉系魔法……!? だめ……」

 

 茨に捕らえられた真由美も雫もほのかも、そして深雪ですら抗いがたい誘惑に駆られ始めた。

 眠りの誘惑。

 思考は揺蕩いまとまらず、視界はぼやけて定かにならず、手足の力も感覚も曖昧なものとなって地に足がついているのか、それとも茨によって宙に持ち上げられているのか分からなくなっていく。

 

「さぁ、一番最初に眠るの(茨姫)は誰だい? 僕の可愛い子供を孕むオーロラは!!」

 

 舞台上の役者の如く少女たちの自我喪失を待つのは、“眠りについた姫”を愛する王子の出番。

 

「お兄さま……ッ」

 

 耳に届く不穏な言葉に、深雪は敬愛する兄を切望するが、それでどうにかなるほど茨の眠りは生易しいものではない。

 

「みゆ、…………………」

「ほのか、ぁ…………」

 

 深雪は瞼が落ちそうになるのを懸命にこらえ、最早限界を超えたほのかが脱力して眠りに堕ちた。

 親友の眠りに堕ちた姿に雫が懸命に呼びかけようとするも、その彼女の視界もブラックアウト寸前。

 彼女たちの傍へと眠りをほぐす(ネクロフィリアの)王子が歩み寄ろうと、それに抗う術はなく、全員がその意識を手放し―――

 

「はぁッッ!!!!」

「むっ! デミ・サーヴァント! ランサーは何を!?」

 

 その寸前で茨の壁を破ってきた明日香が少女たちを束縛していた茨の蔦を断ち切った。

 4人の体が解放されて地面に落ち、その衝撃で深雪や真由美は目を覚ました。

 

「ぅ、あす、か……。―――ッッ!!!」

 

 雫も辛うじて意識を取り戻し、けれどもその彼女が見たのは断ち切ったはずの蔦が高速で再生し、今度は明日香を捕らえようとしている光景だった。

 

「くっ! この茨は、ッ」

「だから悪手だ、つったろ?」

 

 片手で剣を振り抜いた直後の右腕がまず絡めとられた。すぐさまそれを引き戻して茨を引き剥がそうとするも茨の蔦は凄まじい勢いで腕を上っていき、さらには足元からも脚を絡めとる。

 遅れてやってきたランサーの言う通り、“直感”のスキルは勝利に導く最善の手段を手繰り寄せるものであり、その直感よりも少女たちを救おうと動いたことで、明日香の勝利は遠のき、危地へと踏み込んだ。

 単なる茨との力比べではない。茨からは触れたところから眠りに誘う毒の効果が明日香の体と脳を蝕もうとしてきており、明日香は対魔力を全開にしてそれを防がなければならなかった。 

 

「んン。さすがはあの英霊の霊基を宿す紛い物。なかなかの対魔力です」

 

 だがそれゆえに茨を引きちぎることに全魔力を回せない。

 一手遅れたことでどんどんと茨が明日香の体を覆っていき、眠りの毒は勢いを増していく。

 

「まったく、邪魔はしないでいただきたいですね。これは王子とプリンセスが結ばれる物語ですよ? 怪物を宿す野獣は冬の庭ですら死すべきものなのですから」

「くっ」

 

 描かれた結末に向かう物語は止められない。

 アサシンが執筆しているこの物語において、プリンセスたちの活動の時間はもう終わり、あとは別の人物たちにスポットライトがあたる時間なのだ。

 それはデミ・サーヴァント(怪物)の時間などでは決してない。

 一つは王子の活躍。

 姫が眠りつき、王子がそこに立ち会ったとなれば、行われることは一つであり、それでこそ姫はハッピーエンドを迎えるのだから。

 そしてそれとは別に、裏に潜ませるもう一つの結末。

 

「それにこの物語が与える教訓とは因果応報。例え悪に対してであっても、殺戮などという手段をとった魔法使いが絶望する物語なのですから」

 

 王子と姫が結ばれてハッピーエンド。それも一つの結末の在り方だが、“彼が収集した”物語はそれだけでは終わらない。

 物語において悲と喜とはともに在るべきものだというのが彼の物語なのだから。

 

「おいおい、それはどういうことだ。アサシンよぉ。ちょっと気になることを言ってねぇか?」

 

 だが物語の収集家であるアサシンの価値観と決闘卿であるランサーの価値観とは別の物であり、仲間であっても齟齬はあった。

 

「んン! おや、ランサー。困りますねぇ。彼をしっかりと抑えていただかないと。悪党どもを成敗した魔法使いが哀れにも姫の無残を見るシーンが台無しになってしまうじゃありませんか」

 

 彼らはサーヴァントとしてのではなく、あくまでも現世における金を介した契約のもと、と、ある者たちと関係を結んでいる。

 そこに魔力の供給はなく、通常のサーヴァントのような――令呪による縛りやパスはない。ゆえにランサーは気づかなかった。

 ここから遠く離れた場所で、雇用契約を結んだ主たちが死体すらも残さずにこの世から消えてしまっていたということに。

 

「アサシン。テメェまさか!」

 

 物語の収集家であるこのアサシンはそれを察知していた。というよりも、予定していたのだろう。

 

「んン。ええ、ランサー。貴方のパトロンは残念ながら業に塗れた死を迎えたのですよ」

「テメェ……」

 

 香港系国際シンジケート、無頭竜(ノーヘッド・ドラゴン)

 それが彼らが――ランサーが金で、そしてアサシンが物語の提供者として契約した者たちの組織。

 その中でも日本支部の幹部として存在していた彼ら自身はこの九校戦を賭けの対象とした胴元だった。

 だがノルマ達成のための強引な賭けの開催とオッズの設定、一高の一部生徒による下馬評以上の快進撃によって彼らは大敗を余儀なくされ、強引な介入と大規模殺戮によるうやむやを図ろうとした。

 そのいずれもがとある生徒(司波達也)その関係者(国防軍)とによって防がれてしまったのだが、その過程で彼らはアンタッチャブル(達也の逆鱗)に触れてしまった。結果、彼らは僅かな鬼火を残し、それも数秒ももたずにこの世から消えてしまった。

 だがそれらはアサシンにとって物語の一部。

 彼が収集する死の物語のほんの一幕。

 

「彼らはこの祭りを呪った! 己が欲望の、金の、栄誉の、保身のために、子供たちの未来を奪わんとした! ならば物語の主役に因果応報! 報いを受けて殺戮されるは教訓ある物語だ!」

 

 人を呪わば穴二つ。

 彼らが凄惨かどうかは知らないが殺害されることは物語として当然の“過程”。

 

「だがまだだ。まだ物語には続きがある」

 

 そう、“穴二つ”。

 

「悪党に報いを与えることを望んだ主人公もまた、悲劇を身に浴びるからこそ、教訓はより悲劇的に、残酷に、明確に子供たちに明示される!」

 

 子供たちに悪災をまき散らそうとして殺戮を受けたのだとしても、その殺戮者もまた殺害の咎を受けなければならない。

 それでなくては因果は巡らない。

 人を殺しては、呪ってはいけないということを刻み付ける教訓として未完成になってしまう。

 

「そう。彼が殺戮へと赴いた間に、彼が守らんと望んだはずの者たちが殺戮される。だが幸いにして姫は通りすがりの王子と恋に堕ち、彼の子を身篭り孕む」

 

 だから、殺戮者(司波達也)の居場所、最も大切な者(司波深雪)は、達也から失わなければならない。

 彼とは無関係な誰か(王子)によって孕まされ、奪われるという結末をもって。

 

 ある物語において、おばあさんの言いつけを守らなかった少女(赤ずきん)はおばあさん“の”干し肉を食べさせられた挙句、狼に食い殺されてしまう。

 ある物語において、継母の嫉妬を買った少女(白雪姫)は、毒を盛られて殺されて、ネクロフィリア(屍体愛好家)の王子に睡姦を受けて蘇生される。

 それらはハッピーエンドか?

 狼は猟師に殺され腸を引き裂かれる。

 王子と姫は結ばれて子をなすことになる。

 それは物語として一つの結末。

 王子と姫が結ばれたのであれば、それはハッピーエンドと言えるのかもしれない。

 あるいは――――――

 

「そう。まさに茨姫(オーロラ)のように! 髪長姫(ラプンツェル)のように!」

 

 睡姦されて孕まされた少女(オーロラ)通りがかりの王子に孕まされた少女(ラプンツェル)のように。

 物語においては王子と子と共に暮らす事となったプリンセスたちは、あたかもハッピーエンドであるかのように紡がれている。

 

「――!!  茨姫(オーロラ)に、髪長姫(ラプンツェル)。そうか、君の真名、宝具は―――」

 

 茨姫(オーロラ)髪長姫(ラプンツェル)

 それらは世界的に有名な童話のヒロイン。

 幾つもの出典、派生の物語を持ち、長く口伝として語り継がれていたそれらの説話は、けれども一つの童話集として形になって広く世界に知られるようになった。

 聖書に並ぶと言われるほどに広く読まれたその童話集は、多くの芸術家や魔術師にすら霊感という名のインスピレーションを与えたといわれるフォークロア。

 数多の伝承、説話、物語を収集した兄弟。

 

「――グリム童話か!!」

 

 ヤーコプとヴィルヘルムという二人の兄弟によって収集され、編纂された物語(メルヒェン集)

 ただ―――グリム童話の作者は兄弟ではあるが、アサシンは一人。――――兄であるのか、弟であるのか。

 いずれかは分からなくとも、手の内は大きく絞られた。

 

 剣を持つ王子様。人を襲う植物。笛を吹いて子供たちを誘う(ハーメルンの笛吹き)男。アサシンの宝具とは、すなわち物語の登場人物の再現。グリム童話の舞台の再演に他ならない。

 

 敵の真名を看破したことは大きなプラスだ。

 グリム兄弟のいずれかであるのならば、それは文系サーヴァント。戦闘タイプではないのは明らかで、年代的にも19世紀前後と纏う神秘は決して強大でもない。

 

 だが状況の不利を覆すには至らない。

 アサシン(グリム)が戦闘タイプではないにしても、ランサーがいるのだ。そしてさらにはアサシンの宝具(グリム童話)によって召喚された物語の登場人物(エネミー)も。

 

「まあいいさ。雇い主が先にくたばっちまうのもまた戦場じゃよくあることだ。要は金づるが尽きなきゃいいだけ。お前さんらの価値はどれくらいだ? フェーデでたんまり俺の金を返してもらえばいいんだよ!!」

 

 雇用関係は台無しにはなれども、この戦い自体はランサーにとって優位。ならば切り上げる理由はない。

 趣味と命令によって無頭竜(ノーヘッド・ドラゴン)の連中に肩入れをしたが、本来的に彼らは明日香たちの敵なのだ。

 ()()()()()()としても、ここでカルデアのデミ・サーヴァントを消滅させてしまうことは願ったりだろう。

 戦闘はまだ終わってはいない。

 たとえ敵の騎士が婦女子を守るために罠に飛び込み四肢を拘束されたとしても、誇り高い騎士ではなく、富をのみ求める盗賊騎士、傭兵騎士でゲッツ(ランサー)にしてみれば、絶好の好機でしかない。

 ランサーは槍を一転、茨に捕らえられて動きが制限されている明日香へと切り掛かった。

 

「ッッ!!!」

 

 両脚には茨の棘が食い込み、蔦が絡み、剣を持つ右手にも巻き付いている。

 茨が及ぼす睡魔に抗うための対魔力としてフル稼働している状態では、身体強化に魔力を割いて引きちぎることもできない。

 それをした瞬間、明日香は抗い難い睡魔に囚われ、集中が乱れればさらに、の悪循環へと陥るだろう。

 

「…………ほう。籠手で防ぐ、か」

 

 迫るランサーの槍に対して、明日香ができたのは唯一拘束の甘い左腕で防ぐこと。

 無論剣を持ち代えるだけの隙はなく、腕につけられた籠手で防ぐのが精いっぱいであった。

 ただの籠手ではなく、魔力で編まれた霊衣、武装の一つだ。

 生半可な武器と使い手であれば、刺突の一つを防ぐは容易いが、相手は決闘卿のランサー。

 

「ぐっ」

 

 槍の穂先が徐々に籠手を貫きはじめ、亀裂が広がっていく。

 なにより、この場にはランサーとの一対一ではないのだ。

 

「さて、それではこちらの幕はそろそろ下ろさせていただくとしましょうか」

 

 アサシン(グリム)が手に持つ本が今また新たな物語を開幕する。 

 

「ロストページ。隠匿された物語をお見せしよう」

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 

 隠匿された物語―――消された童話。

 世に知られるグリム童話だが、その物語は兄弟が初版を発行した当初からいくつかの改変と削除が行われた過去を持つ。

 その多くは、グリム兄弟の内でも弟であるヴィルヘルム・グリムが担ったと言われている。

 本来のグリム童話の、その原点となる説話は土着の民謡やメルヒェンとして埋もれつつあった口承の物語であり、童話というには子供に向かれた内容ではない――粗野な文章のもの、残酷な結末のもの、凄惨な事件をもとにした物語も含まれていた。

 ヴィルヘルムは兄弟で出版したその童話集の、あまりにも救いのない残虐な内容に関する内容を改変し、場合によっては物語ごと消してしまった。

 兄弟の共同作業であったはずの物語の収集と童話の作成だが、その編集作業、当時の道徳観や価値観に合わせて行っていた作業の過程から、それらが合わなかった兄・ヤーコプは次第に手を引いていった。

 だが残酷な結末が故、凄惨な展開が故、それでこそ物語は読者・聴衆に対して歴然たる教訓を齎すのだ。

 だがその残酷さを否定するための変遷は他でもない共同執筆者、(ヴィルヘルム)の手によって主動されて行われた。

 そしてその変遷が故に、グリム童話は後代においてその内容の推測、邪推が数多行われている。

 その推測の中には作者であり、収集家であった兄弟の、特に消された残虐な物語を集めていた(ヤーコプ)の人間性が無辜なる怪物となってしまうほどに悍ましいものも多い。

 神秘は信仰する者が多く、それでいてその真理を知らぬ者が少ないほどに強固なものとなる。

 なればこそ、遠い過去に成立し、数多の邪推によって塗固され続けてしまいながら読まれ続けた物語は、在り方が歪められてしまってサーヴァントとして成立するほどに強固な怪物になってしまったのだろう。

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 

「さぁ、物語の舞台は整った! ローランドの恋人(継母を殺した魔女の娘)よ! 踊り狂って茨で死ね!! デミ・サーヴァント!!」

「―――――ッッ!!!!」

 

 昔々、あるところにある魔女が娘たちと住んでいた。

 一人は魔女の実娘、もう一人は継娘。

 ある時、とある願いから母親である魔女は継娘への殺意を抱き、ある夜にそれを実行に移した。

 けれども継娘はその殺意を知って、一計を案じ、魔女に実娘を殺害させて、家から逃げ出し恋人ローランドの所へ行ってしまう。

 そしてその逃亡劇の中で、継娘は追ってくる魔女を罠にかけた。

 自らを美しい花に変え(囮の娘を用意して)、茨の茂みに立たせ、ローランドをバイオリン弾きにした。

 やってきた魔女が花の美しさに見惚れて目的を忘れ、バイオリン弾きに花を手折っていいかと尋ねた。

 美しい花。

 それを手折る姿はあたかも一枚の絵画のように美しく、ならば相応しい音色を奏でて彩ろうとローランドは言った。

 茨の茂みに入った魔女は、継娘の魔法によって造られたバイオリンを弾き、魔女に踊りの魔法をかけた。

 茨の茂みの中で踊りの呪詛を受けた魔女は、自らの意志とは無関係に踊りはじめ、バイオリンのリズムが速くなればなるほど、激しく飛び跳ねる様に踊り続けた。

 その肌が茨に傷つき、裂かれ、血が飛び散り、瞳に刺さり、腸が引き裂かれても踊り狂い続けた。

 やがて魔女は倒れ、ローランドと継娘は国に帰った。 

 

 

 

 

 

 茨に飛び込んだ魔術師(怪物)が相手であるのなら、それを殺すは魔女の娘。

 

「茨の睡魔に抗した状態で、魔女を呪い殺した呪詛に抗し切れますかな!」

 

 茨から流し込まれる睡魔の呪詛とランサーの槍。二つに対して魔力と身体機能をフルに循環させて、それでも押し込まれつつある状況。

 そこに呪詛が上乗せされれば到底抗しきれない。

 

 継母を殺した魔女の娘(ローランドの恋人)を召喚するための魔法陣が明日香の足元に光り輝く。

 

 魔法師の少女たちはまだ睡魔から完全に抜け出しきれておらず朦朧としており、圭は継母を処刑する焼鉄の靴の魔法によって瀕死の状態。

 この状況では明日香の切り札を開放するには条件が整っていない。

 すべての状況が、明日香に絶対の死を齎すものとなっており、――――魔法陣からそれが現れた。

 

「!!!!」「なにっ!!!」

 

 喚び出されたはずの存在はローランドの恋人であり、魔女の娘であるはずだった。

 グリム童話の消された物語に描かれていた魔女を殺した娘。

 

 ―――――けれども現れたそれは、馬上槍(ランス)を振るい、ランサーへと斬りかかり、退けた。

 

「なんだ!? 誰だキサマは!!!」

 

 驚きは三騎のサーヴァントに与えられた。

 サーヴァントの中でも白兵戦に強い一騎であるランサーを吹き飛ばしたのだ。

 

「君、は…………」

 

 

 明日香の目の前で翻るは白のマント。裏地は赤く、包む体は華奢で、マントとともに三つ編みの長いピンクの髪も翻る。

 

「う~ん、事情はよく分からないけど、状況はなんとなく分かるかな」

 

 その“サーヴァント”が口を開く。

 快活な少女のようで、戦場であることを気にも留めないかのような明るい声。

 

 実際、そのサーヴァントは本当に事情が分かっていなかった。

 

 とある世界に居続けるには異物となってしまっており、世界を巡る旅の途中でたまたま開いた時空の歪みを見つけ、いつもの如く特に深く考えたりもせずに興味のままに飛び込んだだけだ。 

 そしてなんだか縁の微妙に繋がっているんだか繋がっていないんだか分からないけれど、なんとなく呼ばれたような気がして飛び出してきて、とりあえず女の子たちを守るためにピンチに陥ってそうなヤツが居たから味方しようと決めただけ。

 

「それに誰何されたのならば応えよう! 遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ!」

 

 それは自らを秘するはずの戦場にあって、名乗りを上げた。

 

「我が名はシャルルマーニュが十二勇士アストルフォ! 義理とかなにもないけれど、一手お相手仕る!」

 

 異聞(apocrypha)の大戦をくぐり抜けた奇跡の英雄――――アストルフォが、この世界に降り立った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 


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