Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~ 作:バルボロッサ
国立魔法大学付属第一高校 ―― 魔法科高校は日本で9校しかない魔法師の養成高校の一つであり、その入学に求められる魔法力は時に“補欠”と評される二科生であっても高い。まして胸に八枚花弁を掲げた一科生であれば、学力水準的にも魔法力的にも国内トップレベルの素養があると認められたようなものだ。
そんなエリート高校の入学式において
「こんにちは、レディ。君の隣の2席に、もしよければ僕と僕の友人を座らせてもらないかな?」
「はえっ!? れ、レディ!? えっと……」
よもやこんな軽薄そうな声をかけられることになるとは自分も、そして直に声をかけられている友人――ほのかも思いもしなかっただろう。
特に男性恐怖症というわけではないのに、ドギマギとしてこちらの様子をうかがっている。
「ど、どうしよう、雫?」
「おや? そちらの可愛らしいレディは貴女のご友人ですか? それはいい。丁度、僕も友人と来ていましてね」
ほのかが小声で対応を尋ねてきたことで男子はこちらにも気づいたようで、紳士然とした、つまりは軽薄そうなニコニコとした笑顔を向けた。
「席は空いています。ご自由にどうぞ」
「えっと、ど、どうぞ」
テンパって挙動不審になりかかっている幼馴染に代わって口を出すが、別に座席に指定があるわけでもないし、ほのかの隣の席に他の誰かが来る予定もない。
「うん。ありがとう。ところで――」
「ケイ」
二人から許可を得た男子は丁寧にもお礼を述べ、そこに彼の友人だろうかくすんだ金髪の男子が名を呼んで近寄ってきた。
「まったく君は、目を離すとすぐに――」
「ほら。これが僕の友人さ」
一昔前に優秀な魔法師の血統確立を目的として国際結婚が推奨された時期があったために、外国人の血を引く魔法師はままいる。実際この講堂をぐるりと見回せば黒ではない鮮やかな髪色をした新入生もおり、彼らもそういった家系なのだろう。
ただ、その姿は――――――
「どうかしたのかい?」
息が、止まったかのようだった。
ふと見上げたその姿は強烈なデジャヴュをもたらし、雫の脳裏にないはずの記憶を揺らした。
――大丈夫かい? 遅くなってすまない――
どこかで、その声を聞いた気がする。その姿を見上げた覚えがある。
蒼銀の鎧を身に纏い、その手で振るわれるは風を唸らせる不可視の剣。
それはいつかの夢に見たかもしれない光景。必ず彼女を守ると告げる騎士の背中。
「雫?」
「………………あなたの、名前は……?」
唖然として目を開いている友人の態度を不審に思ったのだろう、ほのかの声が雫の意識をこの場に回帰させた。
恐る恐る、といったように、あるいはすぐに消え失せてしまう宝石のような記憶へと慎重に手を伸ばすように、震える唇で雫は彼の名を尋ねた。
その顔は霞む記憶の彼方、フードに隠された奥から垣間見た鮮やかな金髪碧眼。その碧眼は覗き見ると蒼色にも似て見え―――
「明日香。獅子劫明日香だ。よろしく」
「…………黒……?」
しかし、今目の前に立っているのはくすんだ金髪に黒目の人。
強烈なインパクトをもたらしたデジャヴュは、瞬く間に淡くはじけ、途端に止まっていたかのような時間が動き出す。
気のせい。あるいはただの錯覚だ。
「?」
「なんでもない。北山雫です。こっちはほのか」
「み、光井ほのかです」
雫の様子に明日香と名乗った男子も不思議そうな顔をしたが、雫は軽く首を振って幻想を追い出すと自分と友人の紹介を行った。
「しずくにほのか、か。うん。素敵な響きだね」
それは何気なく紡がれる言葉で自然体。下心など感じない紳士さがあった。
つきりと、どこかで何かが軋むような気がした。
「ちなみに僕は藤丸圭。よろしくね、雫ちゃんにほのかちゃん」
ただ、続けられたもう一人の自己紹介に違和感はどこかへと消えてしまった。
✡ ✡ ✡
入学の式自体はすんなりと、そしてそれなりに厳かに進行した。
「ほぉ~、彼女がこの学年の魔法師の主席か」
分けても会場の注目を集めたのは学年主席の女生徒の答辞だった。
長い髪は日本の古式ゆかしい魔法使いに則っているかのようにぬばたまの黒髪。容姿は非常に整っており、隣に座る雫やほのかもかなりのものだが、輪をかけて絶世の美少女と評してよいくらいだろう。
実際、新入生の男子生徒の大部分は心を奪われたかのように彼女の姿に魅了され、隣のほのかもなにやら陶然として雫となにかを話している。
「ほのか、あの子だった?」
「うん、そうだよ、雫。入学試験のときからすごく目立ってて、まるでそこだけ空気が違うみたいで……カッコよかったんだよぉ!」
そして女の子好きな自称紳士の友人も品定めするかのように主席の少女を見ている。ただ明日香にとっては学年主席という魔法師の少女の美しさよりも気にかかることがあった。
「それよりも、ケイ」
そう――視線を向けられていることだ。
それも直接的なものだけでなく魔法を介した視線。ただ漠然と視点があったというわけでなく、明確にこちらに焦点を合わせている。
直接的な視線は主に教職員のあたりからも向けられているが、魔法的な視線は流石にどこからかまでは明日香には分からない。敵意が含まれていれば直感に引っ掛かるかもしれないがこれにはそんな感じはない。あるいは圭ならばそこまで解析できるかもしれないが……
「分かっているさ。何、この視線なら心配はいらない。熱烈な女性からの視線はどうあれ歓迎すべきものだからね」
案の定、圭はこの監視魔術、もとい魔法の逆探知を美少女の品定めの片手間に終えているらしく、しかし何かをする気はないらしい。もっともそれが鼻歌混じりなのは案外この視線の主が美女だからなのかもしれない。
「どうしたの?」
ただ、式の邪魔にならないように小声での会話だったが、何かが雫の興味を引いたらしく、小首を傾げてきた。
ほとんど喜怒哀楽の表情を表していないその顔がどことなく不機嫌そうに思えるのが、聞かれた問いへの明日香の返事を遅らせた。
「いや……」
「ああ、明日香くんはあちらの美しいレディは何者かと気になっているようでね」
「ケイ!」
その躊躇いに代わって圭が視線で舞台脇の席を示すと、少しだけ雫の眼差しに剣が宿ったように見えた。
――なんで私……イラついている?――
雫は先程から自身の感じている苛立ちにも似たなにかに戸惑っていた。常であればクールだなどと評されることが多く、大好きな九校戦などを除けば自身でさえそう思っていたのに。
軽薄そうに話しかけてきた一科生の新入生男子。その男子の友人だという男の子を見たときから心のどこかがざわついて感じる。
それは先程瞼に映ったデジャヴュのせいかもしれない。そのデジャヴュを呼び起こした男の子と気障な言葉がまた雫の心をざわつかせ、彼が美少女に視線を送っていたときいてなぜか嫌な感じがした。
もやもやとしたナニカを抱きつつも藤丸圭の言う美しいレディが気にかかり視線を向けた。
舞台脇に席を設えられ座っているのは上級生の女子生徒だった。
豊かな黒髪は腰ほどまであり、小柄だが決して幼児体型ではないその女子生徒は、新入生代表挨拶を行った女子と比べてタイプは違えどそう遜色ないほどの美少女といえる。
「あれは七草会長。十師族の七草家の人で一高の生徒会長だよ」
美少女具合では雫やほのかにもいえることではあるが、それがもやもやとしたナニかを慰めることに繋がりはしない。
「なるほど、あれが七草家の……ありがとう、雫」
まして先程咎めるような口調だった彼がにこやかな微笑みとともに告げた御礼は、少女の心のざわめきを大きくして、同時にモヤモヤも大きくした。
――あれが遠隔監視魔法を放っている魔法師……十師族の七草か――
先程から、というよりもこの講堂に入った時から魔法でこちらを監視している相手が、以前わずかなり関わったこともある日本の魔法師集団のトップの係累であることから明日香はその少女をまっすぐ見返した。
監視されているというのは不快感を覚えないではないが、彼らの来歴を考えれば無理からぬことだろう。
強い眼光で見つめ返すと、監視されていることに気づいたというこちらの意図がわかったのか目を見張って驚き、苦笑い気味にこわばった微笑みを向け返してきた。
その隣では圭がすぐ近くからじーっと明日香を見つめている少女の眼差しと、先程の会長どのの微笑みの意味を考えて意地悪そうに笑いをこらえていた。
✡ ✡ ✡
入学の式が終わると新入生たちは順次講堂から退席し、続いて行われるIDカードの交付手続きへと移った。
いくつかの窓口に本人が赴いてその場で個人認証を行って学内用カードにデータを書き込むものだが、明日香や圭たちは比較的早めにその手続きを終えることができた。
「雫とほのかは何組だったんだい?」
カードの受領と共に所属するクラスも開示されるため、一足先に手続きを終えた雫とほのかに問い掛けた。
「私とほのかはA組……貴方は?」
「いいね。僕もA組だ」
明日香の答えに雫の顔に少しだけ笑みが浮かんだような気がした。それはつきあいの長いほのかが辛うじて分かるくらいの微細な変化ではあったが、ほのかには雫の機嫌がなんとなく浮上したように思えた。
「おっかしいなぁ。僕だけB組なのはどういうわけなんだい?」
そして四人の中で一人だけ違うクラスとなった藤丸はぶちぶちと不満そうにしていた。
この第一高校では一学年二百名の内、その半分の百名が一科生として教員からの魔法実技の個別指導を受けることができ、残り百名が二科生として教えられないことを前提として入学することとなる。
この区別というか差別あるシステムの原因はそもそも魔法を教える側の教員が絶対的に不足しているという理由がある。いくら魔法が魔術に比べて広く開かれ汎用化したものといっても素質のあるなしまでは変わらない。魔術師に比べて魔法師の数は圧倒的に増えた(ものと思われる)が、魔法師の有用性は非常に広い。
だからこそ魔法が国家規模で解明を推奨したのだし、とりわけ魔法師は軍関係への有用性が高い。そして魔法という技能の開発以降、それまでの世界大戦の抑止力であった核兵器はその汚染性、壊滅性から国際的に禁じられることとなった。
そんな経緯から魔法師の力は国家の軍事力に直結するものとみなされるようになり、国立魔法大学の付属教育機関である魔法科高校には毎年百名以上の卒業生を魔法科大学および魔法技能専門高等訓練機関に輩出しなければならないというノルマがある。
それは即ち他者を教導する魔法師の不足――魔法科高校の教員の不足という悪循環から脱却できないでいた。
そして残念ながら魔法教育には“事故”が付き物であるのは魔法が魔術となっても完全にはなくすことはできない。
もちろん魔術と比べて一般化した魔法はその運用の安全性は段違いであり、ましてノウハウの蓄積によって死亡事故や障害の残るような事故に至るのをほぼ根絶することができている。ただ事故によって心理的な傷害を負い、魔法の才能を失う事故は少なからず存在する。
ノルマを満たすための生徒を確保しつつ、有望な一科生に欠員がでたときの穴埋めのための要員、それが二科生徒である。
そのような経緯で創られた制度の為、一科生と二科生はクラスが明確に区分けされており、一科生はA~D組、二科生はE~H組となっている。そしてこのクラス分けは一科生の中にあっても基本的には変わることがない。
なので三年間、圭だけが今日のこの四人の中では別のクラスになってしまうというのは疎外されているような気分にもなるだろう。
あるいは、もしかすると“
ただ決められたクラス分けに文句をつけるほどではなく、入学初日にやるべきことを終わらせた彼らは、新入生総代に話しかけたいというほのかの希望に付き添って移動していた。
ただ、絶世の美貌をもつ今期の新入生総代に話しかけたいと思うのはほのかばかりではなかった。
「うわぁ、会長と話し込んでるよ。しかもひどい人垣」
先ほど見た覚えのある生徒会長と話し込んでおり、その周りを二重三重に取り囲んでいる。
「ミス・ほのか。こういう時は踏み込むべきだよ。遠巻きに見ているだけで変わることなど往々にしてない。なに、多少厚顔無恥を晒してでも知ってもらわなければ距離は詰められない」
「そうだけど……」
取り囲んでいるのはほのかのような同性よりもむしろ男子が多い。
ほのかをはじめ、多くの生徒が生徒会長と話し込んでいる総代に声をかけるのをためらっている――というよりも話しかけるべきではないだろう状況で、しかし女の子好きの悪戯好きは彼女をけしかける。
それでもほのかは引っ込み思案な性格もあってかやはり一歩を踏み出すことはなかなかできないようで、一人の空気の読まない、もとい勇気ある男子生徒が生徒会長とのお話など知ったことかとばかりに総代に声をかけた。そしてそれをきっかけにして他の生徒たちもわいわいと彼女に近づき始めた。
わいのわいのと次から次へと話しかけ、遠目に見ても総代の少女が困惑しているのが見て取れた。
「いくらなんでもああはなりたくないよ……」
「はっはっは」
「あ……司波さんが……」
躊躇っているうちに(けしかけている圭は愉しんでいるようだが)総代の少女は生徒会長に何かを促されて歩き始めてしまった。
波紋のように伝わってくる話によるとどうやら彼女はお兄さんと待ち合わせをしていて、そちらに向かうつもりらしいのだが………………
「ほのか、私たちも行こうか」
移動する総代――司波深雪というらしいと人垣についていき遠巻きに見ていると彼女は幾人かの新入生と話し始め、そして会長と別れて校門へと向かっていった。
彼女が待ち合わせしていたというお兄さんと思われるのは一人だけいた中背の男子生徒のことだろう。
兄というからには上級生かと思いきや、漏れ伝わってくる話によると彼も新入生らしく、双子かあるいは年子なのだろう。
ただヒソヒソと、というには大きな声で話されている内容によると主席の司波さんの兄は二科生、
そして――――
――あれは…………――――
「……あの人だ………」
「え?」
「入試のときすごく無駄のない綺麗な魔法を使う人がいて……さすが魔法科高校だって思ったのよ。それが、なんでッ!
主席の方の司波さんにうっとりと陶酔するほど入れ込んでいたほのかは、どうやら兄の方にも思う所があったらしく、差別的として禁止されているはずの蔑称を口にした。
ただ魔法科高校のクラス分けは本来的に魔法師ではない明日香や圭には参考にはならない。
明日香の“直感”はあの“劣等生”の新入生が危険な者に感じられた。それこそ――――“彼”がこの世界に在る原因へとつながるかもしれないほどに…………
「ふむ、そこらへんの話もじっくり聞きたいところだから、ほのかちゃん、雫ちゃん。よければこの後一緒にティータイムにでも行かないかい?」
明日香の隣で女の子たちをお茶に誘っている圭のニコニコ顔はそれを察しているのかどうか。
✡ ✡ ✡
入学初日の夜――――
<ごめんね学校では取り乱して>
「ううん。ほのかすごく楽しみにしてたんだもんね」
雫はお姫様が寝るような天蓋付きベッドの上に横になり、ほのかと通話していた。
<うん。勝手だとは思うんだけど、あんな魔法を編み上げる人が一科生じゃないなんて裏切られた気持ちっていうか……ゴメン。やっぱ勝手だよね>
話の内容は今日の入学式での出会い――主席入学の司波深雪とその兄である人が劣等生であったこと。
入学試験の時、ほのかは二人の桁違いの受験生を見たのだ。
一人はまさに圧倒的。輝くばかりの魔法力と他を寄せ付けない発動速度、干渉強度、干渉規模。
ほのかも雫も、ともに同じ地元出身でありどちらも周囲からは隔絶した魔法の素質と力を持っていた。それは周囲から浮いてしまうほどに圧倒的な才能であり、特に雫は2年前の誘拐事件で思うところがあったのか、さらに魔法の鍛錬に力を入れていたし、ほのかとてそこまでいかなくとも十分に訓練していた。
魔法の発動速度と魔法式の構築規模であれば司波深雪が見せた魔法力はそんな雫に勝るとも劣らないレベルであったのだ。
雫の苦手な細かな魔法の制御や複雑な魔法式の構築といった領域であればほのかは雫に勝てるかもしれないが、それでも司波深雪に勝てるビジョンは浮かばなかった。
それほど司波深雪という魔法師は圧倒的だった。
それに対してもう一人、彼女の兄であったあの人の作る魔法式はただ美しかった。
“光井”であるほのかはその来歴から魔法の素養が十師族に次いで百家に並ぶほどに高い。ただし現代魔法の理論である4系統8種の分類が確立されて以降の、それに特化した形で“品種改良”された十師族や百家と違い、“光井”とはエレメンツ――――すなわち伝統的な属性である「地」「水」「風」「火」などの要素が魔法の分類とされていたころのアプローチによって作り上げられた魔法師の血統。その中でも光のエレメンツである“光井”は光振動に対して他の魔法師を寄せ付けない鋭敏な光に対する感受性を有している。
ほのかの目には魔法式の余剰や無駄は光波のノイズとして見える。雫はもちろん司波深雪の魔法式にもそれは現れており、むしろ彼女たちは輝くほどの光波が見えて、それが彼女たちの魔法力の強さを表している。一方でほのかの目にも彼の魔法式にはまったくノイズが見られなかった。
必要最小限。使用する魔法に必要なだけ、一切の無駄のない機能美。
「ううん。でも、そんなに綺麗だったんだね。なら…………分かるよ」
激昂したほのかの取り乱し様。それだけ彼の魔法式の美しさに心奪われたのだろう。
それは雫にも覚えがあった。
絶望の淵で求めた希望。あの暗闇で見た碧の瞳のように、夢か幻であったとしても決して消えない宝石のごとき色。
獅子刧明日香。
彼の顔を見た瞬間、雫の脳裏にその宝石が色鮮やかに蘇った。
だから、あの時は取り乱さなかったが、彼の瞳の色を見た瞬間、なぜかわからないけれど、言葉にできないけれど、何かが違うと感じたのだ。なぜか無性に、心がざわめいたのだ。
それはあるいは、勝手に抱いた期待を裏切られた気持ちに、ほのかの気持ちに似ているのかもしれない。
<ありがとう、雫……地元では雫しかライバルがいなかったのに、司波さんには打ちのめされちゃったな。お兄さんは……まだよくわからないけど、世界は広いよね>
ひとまず3話まで連日投稿です。
内容的には劣等生よりもかなり優等生よりの展開になっています。
実は執筆していて気づいたのですが、しばらくは主人公(明日香)の影が薄いようです。戦闘が入り始めればきっと!