Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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バカンス編 4話

 ――――――バカンス初日の夜。

 徹夜で遊び続けるにはいくら何でも昼間に遊びすぎたし、夕食もたっぷり食べた。

 そうでなくとも元々雫は夜にあまり強くない。

 それでも若さ故の元気さで少年少女たちはしばし健全な夜遊びを楽しんだが……。

 夜はゆっくりと更けていき、まだ数日間バカンスが続くこともあって、その日の休息の時間はやってきた。

 普段の雫の寝室は、それこそ富豪の溺愛された令嬢らしい寝室だが、この別荘の寝室もハウスキーパーの人や昼間に雫達が遊んでいる間にいろいろと準備してくれたメイドの黒沢さんたちによって綺麗に、快適に眠れるように整えられていた。

 スプリングのよく効いたベッド。ふかふかの布団、南の島でも過ごしやすい快適な室温調整機能のある寝室はきっと心地よい睡眠をもたらしてくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………ゆっくりと、微睡みから睡夢へと落ちていったはずの雫はふと風が頬を撫でるのを感じた。

 見回すとそこは、色とりどりの草花が咲き乱れるなだらかな平原だった。

 視界を遮るものはなにもなく、ぐるりとあたりを見渡すと蒼天と大地とが見晴るかす限り続いている。

 勿論だが、雫はこんなところに来た覚えはない。

 覚えているのは自分が北山家所有の別荘に友人たちを連れてやって来たこと。昼間にたっぷりと遊び、夜になってベッドに入ったこと。

 いくら日本有数の富豪の北山家とはいえ、別荘島がこんなにも地平線が見渡せるような平原のある島なわけがない。

 

 であればこれは夢なのだろうか?

 明晰夢というものがある。

 寝ている状態で見る、()()()()()()()()()夢のことだ。 

 夢というもの自体は、睡眠時の中でも脳だけは活動している状態――レム睡眠時に見るものなので、覚醒のタイミングで、起きてから夢を覚えていることもあるが、多くは意識されるものではない。

 偶さか、自分が夢を見ているという自覚があるときがあるというのは知っているが、これがそうなのだろうか。

 だとすれば今見ているこの花園の光景は、雫が潜在意識で処理しているものか、あるいはどこかで見た光景を脳がふっと思い出したにすぎないはずなのだが…………

 

 花園の景色に一つ。人が立っていた。

 質素ながらも仕立てのよいローブを纏った誰か。そんな誰かを、雫は見た覚えがなかった。

 

 雫が彼に気づいたのを見て、その男はフードの中の顔に笑みを浮かべた。

 

「グッナイッ! 恋に迷える少女よ。ようこそ羊のお兄さんの夢の世界へ!」

 

 それはどこかで、聞いた覚えのある声に似ていた。

 けれども知らない。

 ただ、どこか…………その姿は“彼”に似ているように思え――――――

 

「でもレム睡眠とは感心しないな! 朝から二度寝かい? それとも昼から? なんにせよもっと深度の深い眠りを提案するよ。だって、そうしないと私がお邪魔できないからね!」

 

 やっぱり気のせいかもしれない。

 “彼”が最初の印象と違って、はっちゃけたところがあるのは知っているが、これではどちらかというと“彼”の親戚の方だ。

 妙にリアルな明晰夢だからだろう。夢の中なのに思わず雫は問いかけてしまった。

 

「アナタは……?」

 

 これは夢、妄想のようなものでしかないはずなのに問いかけてしまったことに、自嘲するようなおかしさを感じた雫は、フードの奥にある顔がニンマリと悪戯好きな妖精(よからぬことを考え付いた時の藤丸圭)のような笑みを浮かべたことに気が付いた。

 違和感があった。

 

 ――――これは本当にただの夢?――――

 

「うんうん。いい質問だけどもう少し話しやすい所に行こうじゃないか。僕特性のクロロホルム魔術、“アルトリアお勉強の時間ですよ”さ」

「え? だれ……――――――」

 

 雫の胸に湧いた違和感と疑問を形にする前に、謎の不審人物(夢の男)のよく回る舌が()()を紡いだ。

 

「な~に、発がん性とか心配する必要はナンセンスだよ。だってこれは夢なんだから」

 

 夢の中であるはずなのに――――雫の意識が花に包まれるようにして沈んだ。

 

 

 

 

 ………………………

 

 

 

 

 次に起きたとき―――雫の意識上ではだが―――そこは何故かどこかの広間の中だった。

 今時珍しい石造りの建物だろうか。

 だがそれは豪華絢爛で、まるで人の手によるものとは思えない威光があった。

 ただ、どこか重い印象を受けるのはそんな建物の造りのせいばかりではないだろう。

 そしてそんな広間の中で、円形の卓を囲うようにして並んでいる13の椅子の一つに雫は腰かけていた。

 着ている衣服は記憶にある限り直前まで着用していた寝間着ではなく、一校の制服。

 

 混乱する雫の対面には先程の怪しげな夢の中の人物が座っていた。

 男はフードを外した。

 窓から差し込む光に透かされたような虹色の長髪。稚気に満ちた微笑み。

 やはり見覚えはない。強いて言えば、藤丸圭が見せている素振りに似て見えるが………

 

「さあさあ、ようこそヴィヴィアン。気になる彼の過去話が聞きたいって? そうかいそうかい。それなら話そうじゃないか! 彼の中に宿る“彼”の物語を。王の話をするとしよう」

 

 そして些かテンション高めに、戸惑い困惑する雫をよそに切り出し始めた。

 不思議なことに、目の前の男が口にした“彼”という代名詞だけは、戸惑うことなく“彼”だと思った。

 獅子劫明日香。

 現代に残る魔術師の一人。

 デミ・サーヴァントになるという魔術を持つ、雫の命の恩人。

 そして……………。

 普段であれば冷たい視線を向けて無視しただろう。

 おしゃべりな男は嫌いだ。

 どちらかというと実は藤丸圭も苦手な部類だ。

 けれども、“彼”の話をするという男の言葉に、呆気に取られていたのもあるが、雫はとくりと胸の鼓動が期待に跳ねたのを感じた。

 

 感じた、のだが…………

 

「星の内海、物見の(ウテナ)。楽園の端から君に聞かせよう」

 

 何かよく分からない、勿体ぶった出だしが始まった。

 気のせいか周囲に花が舞っているような気もし始めた。だがそんな幻想的(苛立つよう)な語り口調は―――

 

「君たちの物語は祝福に満ちていると。罪無き者のみ通るがいい――ガーデンオぶふフォウッッ!」

 

 どこからか現れた白いナニカによって文字通り蹴り飛ばされた。

 コークスクリューを加える感じで小さな全身を銃弾のように錐もみしながら飛んできたそれは、謎の魔術師の頬を手加減容赦なく痛撃して倒し、さらには小さな前足でぺしぺしと追撃している。

 

「何をするんだ! キャスパリーグ! この悪猫め!」

 

 たまらず叫ぶ魔術師にのしかかる、その小さな動物は――――

 

「フォウくん!? …………え?」

 

 違和感を覚えた。

 目の前の魔術師にぐりぐりと爪を立てているリスのようにも見える小動物。毛並みの色やどことなくの雰囲気は魔術師のそれに似ており、自分はそんな小動物を()()()()()()()()()

 なのに口をついて出てきた言葉。

 

「フォウ?」

 

 魔術師を痛めつけていたフォウは雫が戸惑っているのを見て首を傾げている。

 けれども知らない。

 自分は()()…………

 

「少しばかり時間軸がずれているみたいだね。でも問題ないさ。君にとって、この夢はもう少し先の未来で見ている夢だ」

 

 優しげな声が、聞こえた。

 混乱している頭を無理やり動かして、倒れていた魔術師を見ると、上半身を起こしてこちらに微笑んでいた。

 その声はどことなく明日香に似ているはずなのに、向けている微笑みはどこか、酷薄さを帯びて見えた。

 それは、そう……人がヒトでないものを見ているもののようで…………

 

「それに逆接だけれど、これで君はキャスパリーグと縁を結べた。もう少し先で初めて出会うときに必要なことだよ」

 

 よいしょと身を起こした魔術師は、なおも威嚇しているフォウくんの首根っこを抓み上げ、ぽいっと円卓の上に放り投げた。

 すたっと卓上に着地したフォウはそのまま一席の前に陣取り、魔術師もまた席に座り直した。

 

「さて! それでは“彼”の話をしよう!」

 

 そしてまた口調は楽し気なものに。

 事態の場を呑み込めない雫だが、妙に彼の話を聞いてみたくなっていた。

 

「おっほん。彼の女性遍歴に関するものだったね。うん、それはもう実に多彩なものだよ。何せ彼は騎士の中の騎士にして王。貴婦人方の憧れの騎士で白馬に乗った王子様。修業時代に“彼”ともう一人と、もう一人の私が一緒になって旅をしていた時は、それはもう随分と熱烈なものを向けられていたとも」

 

 そんな話ではなかったはず。という反論は残念ながら雫の口から出てこなかった。

 そんな間がなかったのもあるが、雫がイメージしていた彼について、遍歴、というほど女性との関わりが多いことにショックを受けたのもあるし、話され始めた“彼”というのと繋がらなかったのもあるからだ。

 

「下心のあるものから単なる純愛。愛欲、敬愛、愛慕、性欲。うん、私とサー・ケイもそりゃあ多少は色目を使って睦言を囁きはしたけれど彼の騎士道の結果程じゃないと思わないかい? 彼の行動は確かに善意からのもので、ご婦人方の受けもそりゃあよかったとも」

 

 じとっ、と雫の視線が温度を下げたのも無理はないだろう。

 印象通り、この口うるさい男はちゃらついたところがあって――――けれども“彼”と共に旅をしていた、というのは、不思議なことに出まかせなんかじゃないと、すとんと胸に落ちた。

 

「ともあれ数あるそれらが実を結ぶことはなかった。なにせ彼は人でなしだ」

フォウ、フォフォーウ(お前が言うな)!」

「まあそうだね。最終的に人でなしが私だけになってしまったのは、……まぁいいじゃないか。それよりも“彼”の話だ。人でなしの彼だけど実は結婚経験がある既婚者だ」

 

 合の手を入れるフォウと、次なる衝撃。

 彼と“彼”とは違うのだと、その時の雫はなぜか理解できていたから、胸の痛みは強くはなかった。

 ただ、それでもやはり少し衝撃はあった。

 

「もっともその結婚は彼にとってはそういうシステム(舞台装置)だったからだ。政略結婚ともいうね。なにせ彼は理想の王様だ。理想の王には理想の王妃が必要だろう? 貞淑にして聡明。見目麗しく可憐で楚々として王を支える内助の王妃。その点彼女は理想的だった」

 

 魔術師が語るのは“彼”の物語。

 “彼”の父が、国が、民衆が求め、魔術師が造り上げた“彼”――理想の王という英雄の物語。

 雫の視界に、円卓ではない景色が映る。

 可憐な少女。お姫様、というのはかくあるべきだと体現したかのような少女は、馬に乗り去り行く騎士の背を見送っていた。

 

「彼女は王と王妃の関係も理想のみで成立するものと確信していたし、理念の尊さだけが人間を結びつけるものだと信じ込んでいた。王を敬愛し、憧憬し、その生き方に倣おうと必死だった。なにせ“彼”が王としての道を歩み始めてから10年、陰ながらずっと“彼”を慕い続けていたのだからね」

 

 騎士の背を見送っていた少女は、いつの間にか雫自身となっており、今度はその視界に肩を並べる王と王妃の姿があった。

 かつてお姫様であった少女は、“彼”と釣り合う程の、一対の妃となってそこに立っていた。

 

「けれど、彼女は理想的を貫き通すにはあまりにも普通過ぎたんだね」

 

 その王妃が、悲嘆に暮れていた。

 帰らぬ“彼”を思う。激務と繰り返される戦、民の嘆きに心身を削るかのような“彼”の姿。その役に立とうとして、けれどもなんの役目も果たせない自分の無力。

 

「理想の王様、理想の王妃様。とくれば次に必要な()()()()は理想の騎士様だ。強く、麗しく、弱気を見捨てず、王に献身の忠節を誓い、貴婦人に愛を囁き護る最強無敵の理想の騎士。なればこそ、籠の鳥たる王妃が理想の騎士と情を交えるのは自然な流れだったのだろう」

 

 やがて雫は一人の騎士が、そっと王妃を眺めていて、次の光景ではその騎士が王妃の涙をすくっていた。

 

「結果的に、理想の王妃と理想の騎士。“彼”にとって代えがたい妻と友が国を滅ぼす引き金を引くことになってしまったわけだ」

 

 最後に見た光景は、幾人もの騎士たちが理想の騎士によって切り捨てられ、片腕に抱いた王妃を馬上に乗せて走り去っていく、そんな光景を見送っている“彼”の姿だった。

 思わず雫は、理想の騎士と王妃ではなく、“彼”の顔を見た。

 そこには雫の知る彼の表情はなかった。

 どこまでも無機物めいて、感情も心も持ち合わせていない。

 伴侶を奪われたばかりだというのに、あるいは処されようとしている最愛を救い出されたというのに、激情も安堵も、そこにはなかった。

 そう、まるで、“彼”は――――――

 

「うん? “彼”は王妃を愛していなかったのかって? 勿論愛していただろうとも。けれど愛を語らい睦事を交わすには当時の“彼”は多忙を極め、重責を担いすぎた。人々はより良い理想を王に求め、“彼”はそれを当然の事として受け入れ成し遂げようとし続けた」

 

 雫の傍らで魔術師は物語を紡いでいた。

 それは確かに、王の物語であった。

 

「彼にとって大切なのは傍らにあって輝く光などではなく、彼に不満をぶつけ石を投げつけるような、そんな一般の民衆の幸福だったのだから。その意味でも彼には人の心が分からなかったのかもしれないね」

 

 一切の私情を交えず。友であっても、伴侶であっても、そこに例外はなく、ただただ国と民衆の為の王としての姿があった。

 それはもはや人ではなく、王というよりも、全てを救う神の代弁者たらんとするかのようであった。

 ただし神は人を救わない。

 そんな“彼”だからこそ、きっと“彼”は人ではいられなかったのだろう。

 

「生前の彼の女性関係であれば後は“彼”の姉君だね。彼女もねぇ、うん、美しい女性ではあったんだけどねぇ。誰が悪かったといえば……私とウーサーになるのかな……?」

 

 そしてそんな王の姿を、憎悪をもって見つめる一人の女性。

 喪服の様なベールに覆われたその顔を伺うことはできないけれど、口元には笑みが――王の国の崩壊が始まっていくことへの喜悦が浮かんでいた。

 

「まぁ、ともかく本来ならば王を助けるはずの彼女は王を憎んで、叛逆の騎士を創り出し、最終的に王を死に追いやることに成功した。あぁ、そういえば違う世界の私も、アルトリアと同じで“彼”に勘違いの挙句に告白めいたものを受けたりしていたんだったかな? うん、まぁ、それはカウントしなくても構わないね。非人間と非人間がお互いにすれ違って、抱いたものを人間らしい感情に当てはめてしまった結果だ」

 

 そして雫が見ている場面も変わっていた。

 陽光が黄金色に輝く中、大船団が今にも出立の時を待っているかのようなそんな景色の中で、王と魔術師が何かを話していた。

 魔術師の言葉に肩を竦めて呆れた顔をした“彼”は、くすりと微笑み、何事かを魔術師に告げた。

 呆気にとられた魔術師は、次に困ったような顔になって言葉に詰まり、分かれの言葉を告げる機会を逸した。

 そして魔術師と王は、互いに背を向けた。

 王は船に乗り遠き戦場へ。

 魔術師はこの世界から逃げるようにして花園へと消えた。

 

「以上が“彼”の生前における女性遍歴の代表かな。けれども彼女たちはあくまでも理想の王様という幻想に縛られた“彼”に関わった人たちだ」

 

 それは遥かな過去において、今も紡がれる英雄譚の中で行間に埋められた物語。あるいは頁の狭間に消えた数行の出来事だろうか。

 

 やがて光景は別の時代を映した。

 

「悲劇の中で故国の救済に失敗した“彼”は奇跡を求め、死に瀕してなお抗い続けた。滅びゆく故国を救うための奇跡――――聖杯だ。“彼”は世界の守護者を騙る詐欺師まがいの抑止力の誘いに応じて聖杯を巡る争いに身を投じた」

 

 先程までよりもずっと現代に近いどこかの屋敷の中。

 

「時代を超え、国を超え、世界を超え、そして出会ったのが3人目の彼女だ」

 

 雫もよく知る蒼銀の鎧に身を包む“彼”が、一人の少女と契約を交わしていた。

 可憐な少女。今の雫と比べてさえなお幼いだろう。

 陽に透けるかの如くに柔らかな髪。

 淡く、透き通った色の瞳。

 それらは翠色のドレスが実によく彼女に映えていた。

 そう。まるで輝きに咲き誇る一輪の花の如くで、“彼”が少女を護る騎士なのだと言われれば、ああやっぱり、と符合する絵画の如き光景だった。

 

「彼女は……そうだね、彼女ほど一途に“彼”を想った女性はいなかっただろう」

 

 契約の証は少女の胸に。

 人形のように愛らしく、神々しいとさえ思える少女の、フリルにうずもれたドレスの胸元に羽を模したかのような紋章が浮かび上がっていた。

 騎士然として契約の文言を紡ぐ“彼”。対して見上げる少女の瞳は熱を帯びていたかのように潤んでいる。

 

 たぶん――少女のその胸に去来していただろう感情の名は恋というのだろう。

 

「彼女は生まれて初めて恋をした“彼”に全てを捧げようと決意し、実際にそうした」

 

 まるでデートに行くかのように夜の街(聖杯戦争)へと繰り出す二人。

 時に踊るようにして食事を作り、時に挑発めいて入浴を誘って照れた表情を見せ、時には共に食事をして睦言のように言葉を交わす。

 そのどの光景にも、少女の恋心が溢れていた。

 

「彼女は万能だった。“女の子の機能を持って生まれた神”。しかし恋を知ったことで“女の子になってしまった神の機能”となった少女」

 

 ――「あなたに聖杯をあげると、決めたの」――

 

 可憐な唇が恋を謳うようにして“彼”に告げている。

 

「彼の願いを叶えるために彼女あらゆる手を尽くそうとした」

 

 ――「あなたの願いを叶えてあげる。あなたが、●●●●を救えるように」――

 

 輝く瞳は美しさを伴い。

 

 ――「そのためなら、何だってできるし、何だってするわ」――

 

 ただ、少女は眩く、柔らかな微笑みを“彼”へとかたむける。

 

「その結果――――“彼”は一途な想いを向けてくれた彼女を一突きに刺殺した」

 

 そして雫が見たのは、無防備な少女の心臓を、背後から“彼”がその手にする黄金の剣で刺し貫いている光景だった。

 

「なん、で…………」

 

 それは信じがたい光景だった。

 だって少女をあんなにも献身的で、あんなにも一生懸命で、あんなにも“彼”に恋していたのに。

 

 ――「……ぃた。痛い。痛いわ。セイバー。すごく、痛い。ごめん、なさい。痛くて、あなたが何を言っているのか、分からない、の」――

 

「それが自身の願いを否定するものだと知りながらも“彼”は彼女を殺した。文字通りすべてを捧げてくれた彼女を、だ。

 聖杯を手にするためにあらゆる非道を為すことを決め、幾百人、幾千人の無辜の民を獣に捧げ、自身の妹すらも供物にしようとしていた彼女。

 なぜなら神の機能たる彼女は分かっていたからだ、“彼”の願い、滅びという結末の定められた故国を救うためには人理を崩壊させる必要があった。

 過去と現在、そして未来、人という種、文明を破壊し尽くした果てに、“彼”の願いの叶う余地があると。

 世界を喰らう女神(ポトニテアローン)。彼女を指してとある王様はそう評していたね」

 

 少女は死に逝く最後の一瞬まで、“彼”には笑顔を見せた。

 

 ――「大好きよ、セイバー」――

 

 

 

 英霊とは、生前において、あるいは神話や伝説の中で偉業を成し遂げ、功績が認められた英雄のことだという。その功績が信仰を生み、その信仰をもって精霊の領域にまで押し上げられた存在だと。

 そしてサーヴァントとして人の使い魔になるのは、そうなってまで叶えたい願いがあるのからだとも。

 

 あれほどの騎士である“彼”が、あれほどまでに“聖杯”を求めた“彼”が、なぜ彼女に対してこんな結末を与えたのか。

 雫には分からない。

 

「少しショッキングだったかな。うん。でも次が最後の四人目だ」

 

 咲き誇る花舞う月下の庭園の中で、一人の騎士と一人の少女が契約を果たそうとしていた。

 

「“彼”の迷いを断ち切らせてくれたのは、なんというか……うん。平凡な少女だった」

 

 平凡、とはいえ、魔術師の少女だ。

 けれども魔法師である雫からしてみれば今更だ。

 年のころは雫と同じくらいか。

 先ほどの少女の神の造形を思わせる姿からすればたしかに普通の少女だった。

 

「神の機能たる少女の妹。暖かな温もりを授けられた幼子。それは“彼”が守ろうとした、貴いと感じた人の営みの果てに得られた未来の形」

 

 けれどもそんな彼女だからこそ、“彼”は再び戦場へと舞い降りた。

 そんな彼女をこそ守るために、“彼”は血塗られた呪いの丘より先、眠りの地へと旅立つのではなく。

 

「過去と未来は確かに繋がっていて、失くしたもの、失ったものはあっても、過去は礎となって今へと続く。求めた場所は、此処にある。求めた明日は……そう、彼女であり、君なのだ」

 

 王ではなく、騎士として在ることを選んだのだ。

 

「そうして“彼”は聖杯(奇跡)を否定した。滅びを待つ国、血塗られた丘へと戻り、終わりを受け入れた。そうして座に召し上げられた彼は、けれども一つの業を負った。そう、“彼”に恋をして、“女の子になってしまった神の機能”。求め続ける彼女の想いが再び“彼”を戦場へと喚んだ」

 

 一瞬だけ――――何かが見えた。

 獣の王冠であることを示すかのような角を持つ何か。

 

 けれどもそれが何か分かる前に、目の前の光景は円卓の広間へと戻っていた。

 

「人理を守るための戦い。人理を崩壊させる獣との果てしない戦い。そうして“彼”はここにいる。いつか辿り着く場所へ至るために。確かに求めた明日を、彼女(君たち)を守るために…………」

 

 魔術師は読み聞かせていた本を閉じるかのように両手を合わせた。

 ポン、という音と共に広間も消え去り、最初の花園に雫は立っていた。

 いつの間にか、魔術師の姿もなく、フォウくんの姿もなかった。

 ただどこか遠くて近いところから、魔術師の声だけが夢のように語りかてきていた。

 

「うん。今日のところはこんなものかな」

 

 急速に視界が狭まっていく。

 ここは夢の中であるはずなのに、まるでこれから眠りに落ちていくかのようだ。

 

「この夢の中での出来事を君はきっと忘れてしまうけど、確かに君は“彼”を見た。彼の中にある“彼”。君が恋をするのは、愛情を抱いているのはどちらなのか、今のうちにちゃんと考えてごらん」

 

 もはや視界は暗転し、聞こえていた声も朧気。 

 ただ、その最後の言葉だけは、雫の胸の中に一匙の澱のように残された。

 

 

 ――――別れはいつだって唐突に訪れるものなのだから…………――――

 

 

 

 

 

 

 




バカンス編 完

ひとまず当初描きたかった部分は描けました。この夢の会合部分がどうしても書きたかったんですよね。
少し間をおくことになると思いますがまだまだ夏休みが続きます。
次回は最初の方からちらちらと影が見え隠れしているもう一人のヒロイン候補が登場予定です。
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