Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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お見合い編 1話

 九校戦にバカンスに突発性多発的小旅行(アストルフォの気まぐれ)にと、例年とは別ベクトルで大忙しであった今年の夏休みも残りを数えるばかりとなったある日。

 

「まったく、なんで君はこんなに直前でこんな要件を切り出すんだ」

 

 明日香は魔法科高校の制服ではない、外出着を着用して相方である圭にぼやいていた。

 夏真っ盛りであるため長袖のジャケットではなく青色のベストを着用し、白のワイシャツの首元には細身のタイが締められている。

 この装いが窮屈だから文句をつけているわけではなく、これからこの格好で赴かなければならない要件のためだ。

 

「これでも気をつかったんだけどねぇ、うん。だってほら、あまり早くに言うとライダーから雫ちゃんたちに筒抜けになっちゃうだろ?」

「…………」

 

 その相方である圭も、明日香と同様に、彼よりも少しばかり華やかなネクタイで締めた格好だ。ただ装いがカジュアルでなくとも、よく回る舌の滑らかさは変わっておらず、明日香は眉を顰めた。

 

「まぁ、見目麗しい女性と仲良くおしゃべりできる機会だ。僕が君の立場になるのもやぶさかではないけれど、そこはほら。やっぱりフィアンセが既にいる身の上じゃ、お見合い相手としては不誠実だろう?」

 

()()()()()がいるのに女の子に色目を使って出会いの運命を囁くのはいいのかと、ツッコミたくなったが、それを言うとなんだか自身の中にある霊基に都合が悪い気がして明日香は口を噤んだ。

 

 そして二人が現在赴いている先。藤丸家が都心から離れたところにあるのに対して、都心にほど近い高級住宅街。そこに建つ一際存在感のある洋風の邸宅が今日の目的地だった。

 諸事情から藤丸の屋敷も敷地面積こそ大きいのだが、そこで生活している“人間”は極めて少ない。対してこちらの邸宅は幾人もの使用人が働いている上に敷地も広大だ。

 お見合いなのに会場が相手方の屋敷とはこれ如何に、と思わなくもないが、邸宅の豪華さを見るにそれほど大きな問題でもないのかもしれない。

 敷地入り口から屋敷に案内されるまでの道すがらというものがある時点でなんともはや。

 

 もっともそれは、一応魔術師としてある身からして、この屋敷の主が権謀術数が得意と噂に名高いことを考えれば、自身のテリトリーに招きこんだと見えなくもない。

 魔法師に魔術師の工房のような概念があるとは知らないが、この屋敷には相手方の身内の魔法師が大勢いるだろうし、勝手知ったる領域だ。

 

 明日香も圭も、自身の身の上が特殊であることは理解している。

 現代おいて世界の表側に残っている最後の魔術師──少なくとも魔法師たちの知る限りにおいては。

 そして魔法師たちでは打倒できない“神秘”の塊、サーヴァントを打倒する手段を現状で唯一持つ存在。それは一高で起こったブランジュの事件と、九校戦の裏側で行われた誘拐事件、そしてかつての魔法師子女誘拐事件を通してよく知っている。 

 

「ようこそお越しくださいました。当主に代わりましてまずはお礼申し上げます…………って、改まって言うのもなんだか気恥ずかしいわね。いらっしゃい、藤丸君、獅子劫君」

 

 黒く長い髪に添った黒のカジュアルドレスと黒に映えるのは太腿を大胆に出したダークレッドのフレアスカート。

 二人を迎えたのは学校の先輩にして一校の会長、七草真由美であった。

 

 

 

 

 事の起こりは昨日の晩。

 この日、明日香は一日かけて机の上で文書ファイルとにらめっこしていた。

 二十一世紀になっても長期休暇に夏休みの宿題という類の課題があるのはつきもので、学生の中には夏休み最後の一日に泣く泣く問題集やタイトルだけが撃ち込まれた文書ファイルに向かう姿はお馴染みのものだ。

 とはいっても明日香が取り組んでいたのは学校の課題ではない。

 九校戦の選抜メンバーは学校の威信をかけた大会への練習などもあったために課題が免除されている。

 明日香が取り組んでいたのは主に()()()()()()()()()()提出するための報告書だ。

 時折、暇を持て余したアストルフォをあしらい、とっとと同様の報告書の作成を終えて優雅さアピールをしてくる圭を邪険に扱い、ようやく終わりが見え始めた。

 そんな時に、圭から「手助けの借りに」と明日一日、外出に付き合うように言われたのだ。

 要件を尋ねると、さらりと「君のお見合いだよ」だなどと言うものだから、適当に相槌で流そうとしていた明日香は大いに慌てた。

 驚きと動揺。けれども既に明日香には逃げ道などなく、今日に至る。

 

 

 

 

 

 使用人から案内を引き継いだ真由美によって通されたのは豪奢な調度品に飾られた応接間だった。

 十師族というのは日本において魔法技能に特に優れた28の家系の中から、更に選ばれた10家だけが任期づきで選ばれる集団で、表の権力とは関わらないという建前があったはずじゃぁ……などということがぼんやりと頭の片隅に浮かんでくるが、それが単なる建前にすぎないのではないかというのはこの室内を見ただけでも邪推できてしまう。

 十師族は表の権力には関わらない。それが建前。けれども魔法の脅威に対抗するためにはその力は必要不可欠で、十師族はそれぞれに担当地域における魔法師がらみの事件や国外からの魔法師の侵入などを防衛している。

 そして七草家の担当地域は東京を含む関東地域。この首都一円に対して強大な地盤を築いている一族だ。

 

 応接間には案内をしてくれた真由美の他に3人の七草がいた。

 

「こうして直接会うのは初めてになるね。七草家当主の七草弘一だ」

 

 革張りのソファに腰掛けた二人に対して最初に挨拶を述べたのは真由美の父である七草家の当主。

 真由美が狸親父と呼称するだけあって(勿論二人は聞いたことはないが)浮かべている笑みは初見では親しみを感じさせ、けれどもその裏には信頼の置けないなにかがあった。

 

「今日はよく来てくれた。歓迎するよ、今を生きる魔術師、藤丸君、獅子劫君。お二人には以前から会って御礼を言いたいと思っていてね」

「こちらこそお招きに預かり恐縮です、七草のご当主殿」

 

 座った位置関係は瀟洒なデスクを挟んだ対面ではなく、コの字の形。

 明日香と圭の対面には真由美の他に二人の少女が腰かけていた。挨拶を交わす圭の隣で明日香は対面に座る二人の少女に目を向けた。

 

 黒と赤を基調とした大人な雰囲気を演出している真由美とは反対に、二人の少女は淡い色合い──レモンシフォン色のワンピースタイプのドレスを着ており、どちらかというと少女らしい華やかさと可憐さを演出していた。

 やや幼げに見えるほどに少女らしい、という演出がどういった趣向からなのか、あるいは七草家の当主殿が明日香と圭に対して得たどこかしらの情報からのプレゼンテーションの一環なのかは測りかねるが、確かに少女たちの演出方法として適切ではあった。

 深雪や雫、真由美の例にあるように優秀な魔法師というのは往々にして眉目秀麗なことが多い。

 イコール関係ではないにしろ、一種の目安にはなるものだと言われており、この二人の少女も客観的に見てかなりの美少女と言える。

 一人は肩にかかるくらいのストレートボブの少女で、髪飾りとして淡い色のリボンを前髪の一房につけており、ペールターコイズのサッシュリボンを細いウェストに巻き付けている。

 もう一人は逆の配色をしたサッシュリボンと、髪飾りの代わりに肩口にレースシフォンボレロを羽織っているショートカットの少女。

 どちらの少女もライムグリーンの色の瞳をした可愛らしい少女で、トランジスタグラマーな真由美と比較すると体格こそ華奢な印象を受けはするが、彼女とは別ベクトルで愛らしい少女たちだ。

 年齢的にもほとんど同じくらいに見え、あるいは、というよりも彼女たちが魔法師の間で噂に名高い“七草の双子”なのだろう。

 髪型に差異はあるが面差しはとてもよく似ている。

 ただ、浮かべている表情は対称的だ。

 髪飾りをつけた少女の方は熱を帯びたような潤んだ瞳を向けているが、ショートカットの少女の方は威嚇するような視線を向けてきており表情と相俟って勝気なボーイッシュな雰囲気が漂っていた。

 

「末娘の泉美だ。以前君たちに救ってもらったことがあってね。覚えているかな」

 

 まず紹介されたのは髪飾りのある少女。

 ぺこりと会釈した少女は緊張しているのか、明日香と目が合うと顔を真っ赤にして恥じらうように俯いた。

 七草の双子については、今回七草邸を訪れる前にある程度は調べていたし(主に圭が)、かつての魔法師子女誘拐事件で関わりを持った相手であることは認識していた。

 ただその顔がうろ覚えであったのは、あの時、彼女と会った時にはまだやるべきこと、コロンブスの討伐と他の魔法師たちの救助が急務だったからか。

 うすぼんやりとした印象しか記憶に残っていない明日香に反して、泉美の方はかなり思い入れのあるような視線を明日香に向けているが……。 

 

「それと、真由美は知っていると思うが、泉美の双子の姉の香澄」

 

 そんな末妹の姿に、真由美はあらあらとでも言うかのように笑みを浮かべ、香澄と紹介された少女は面白くなさそうに顔を険しくした。

 

 

 

 

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 ────2年前。 

 

 

 魔術などの異能の“発見”から魔法の創成、エレメントなどの過程を経て、現代魔法の理論は構築された。

 魔法技能が“なんらかの”遺伝的素質らしきものに依るものであることが判明してくると、国家が主導しての強制交配じみた行為や人工授精、遺伝子操作などが行われるようなこともあった。

 それらの暗中模索は、先達である魔術師たちの謎の消失や古式魔法師たちの知識の喪失といった不可解な現象があったが為なのだが、それらのミッシングリンクがなぜ起こったのかは未だに明らかにされていない。

 日本においてはその効率的な運用や発展のために十の魔法技能師研究所が設立され、それぞれのテーマに沿った魔法の開発が行われた。

 そして元々、七草は三枝──―つまり三の由来である魔法技能師開発第三研究所の最終実験体であったとされる。

 しかしその後に第七研究所に移管されたという経緯があり、両研究所の研究テーマであったのは“多種類多重魔法制御”や“対集団戦闘を念頭に置いた魔法”。

 結果、七草家は特定の不得意魔法のない“万能”の系譜として成立した。

 その“万能”さ、魔法師としての優秀さをして、七草家は現代の魔法師たちにとって知らぬ者のいないほどの名門となっている。

 十師族という制度ができてから一度も選外になったことがない、魔法師における名門中の名門。四葉と並び双璧とされるほどの一門。

 そして日本の魔法技術の水準は世界でもトップクラスとされる。

 つまり七草の一門は世界的に見ても魔法師のトップ集団に数えられる家柄だといっていいだろう。

 

「一番の収穫(お宝)はやっぱこいつだよな」

 

 だがそうは言っても、七草の名を持つ者すべてが現時点で高レベル魔法師というわけではない。

 そもそも世界的に見ても高水準である日本の魔法師に限って見ても、実用レベルの魔法を使用できるのは最も魔法力が顕在している(成長途上あるいは減衰前)とされる中高生時期でも年齢別の人口比でおよそ0.1%にしか過ぎず、事故や現実に対する強固な認識固定などにより魔法力を失うケースなどもあることから、成人後も実用レベルの魔法力を維持している者は年齢別で十万人に一人以下とごくわずかだと言われている。

 そしてその実用レベルの中でも、実戦に通用するレベルの高レベル魔法師ともなればさらに少ない。

 

「十師族のお嬢様だぜ」

 

 十師族ともなれば幼少期から魔法の修練には取り組んでいたりするが、高度な魔法技能の学修が始まるのは魔法科高校へと進学以降。

 中学生になるかならないかといった年齢の少女では、暴漢たちへの恐怖に身を震わせてしまうのも無理はないだろう。

 

「日本の化け物(魔法師)どものお姫さまとこんな形でお会いできるなんざ、まったく、おカシラさまさまだぜ」

 

 まして今の彼女──七草泉美には魔法を行使する力はおろか、身体を動かすための自由すらもないのだから。

 魔法師ですらも圧倒した白髪の髭男。彼によって嵌められた首輪は彼女から魔法の技能を行使する意志も、逃げ出そうとする意志も、抗う意思そのものを封じている。

 それでも流石は十師族の直系と言うべきか。

 ここにはいない他の少女や魔法師たちは彼女よりも上の年齢の婦女ばかりであるのだが、最も思考するだけの余分を残しているのが彼女だった。

 それが幸か不幸かと問えば、一概には決められまい。

 なにせ思考することはできても抗おうとすることそのものは計画することすらもできないのだから。

 他の魔法師たちが調教済み奴隷だとするのならば、泉美はまだ躾けがいのある、これから調教する余地のある奴隷だと言えた。

 故に、彼女だけは他の奴隷たちとは違って特別待遇を受けていた。

 

「十師族の、つってもまだガキ過ぎじゃねぇか?」

 

 他の魔法師の子女たちが今頃品定めをされている頃、反抗的な意識を辛うじて残す泉美は、数名の男たちに別室に連れてこられた。

 非魔法師から見て、十師族・七草というのは雲の上の存在。魔法師などという怪物たちを支配する超常者の家柄。

 それを自分たちが躾けられるのだ。

 

「へっへっへ。分かってねぇなぁ。だからこその楽しみ方があるんじゃねぇか」

 

 そして捕まえた他の魔法師たちと泉美との違いは、彼女の出自、確たる家柄の良さだけではない。

 

「よぉ、七草のお嬢様よぉ。このゼンリョーな一般民の俺たちに教えてもらいてぇんだけどよ」

 

 ──―もう初潮は来たのか教えちゃくれませんかねぇ──―

 

 年齢。捕らえられた魔法師たちの中で、泉美は最も若く、幼い年齢だったのだ。

 

 

 

 

 

 ゾッという怖気が泉美を襲った。

 魔法師とか、非魔法師などと関係なく、大の大人が、中学生になるかならないかの子供に不躾にしてよい質問ではない。

 なんでもない日常において突然なされた問いかけなら、赤面して怒りを顕にしただろう。

 

 だが今は、ニヤニヤと自分をモノのようにしか見ていない誘拐犯、いや、もはやこの規模は組織だ、そんな輩に拉致され囲まれている状態で、恐怖でいっぱいになった。

 怖くて、おぞましくて、十師族、七草の直系として情けなくとも体はガクガクと震えて固まってしまいそうになるのに、その問いかけと、答えろという圧力に、まるで魔法をかけられているかのように首が動こうとしてしまう。

 

 ──いや! いやぁ!! ──

 

 ゆっくりと、抵抗しようとする理性とは反対に、泉美の体は首を横に振ることで答えを返してしまった。

 即ちまだだ、と。

 その動きに、問いかけた男をはじめ、周りの男たちが口笛を吹いてそのことを囃し立てた。

 

 前世紀末頃、様々な生活や様式の変化から早まってきていた初潮──少女たちの初めての生理は、その後頭打ちとなって落ちつき、フリーセックス時代を経た後、地球規模の寒冷期による食糧事情の変化や気候変化などの要因により、むしろ少し遅まっていた。

 それも相まって、現在では結婚まで貞操を保つという観念が一般に広がっているだから、中学に上がる直前の泉美がまだ初潮を迎えていないのは決して平均と比べて遅いわけではない。

 未だ二次性徴を迎えておらず、乳房はまだ明らかな膨らみを持っていないし、体型も幼児体型と言われればその通りだ。

 だが双子の姉である香澄よりも、多少賢しらだと自認している泉美は、大人に好かれやすく、また少女としてよりらしい服装や立ち居振る舞いを心がけている。

 ただそれは泉美の賢しらさによるものだけでなく、彼女の性格的に貞淑さが心地よいからだ。

 そんな彼女にとって、自身の生理状況を暴かれるという羞恥は耐え難いほどだった。

 だが耐え難い、というのはこれからだった。

 

「な~るほど」

 

 仲間の質問の意図と、その答えが意味することを察しよく気づいてしまった誘拐犯たちの笑みが深まる。

 捕らえた魔法師の女たち──奴隷たちにはこの後の行く先、売り払い先が決められている。

 現在、世界的な傾向として、そして日本の魔法政策として、魔法師、特に高い魔法の才能を持つ者の渡航や海外結婚は著しく制限されている。

 異能から魔法への過渡期においては推奨されていた多人種との結婚は、しかし現代においては自国の軍事力の流出という観点から殆ど禁じられているといってもいい。

 ただそれは日本やUSNAのような魔法先進国にとっては良くても、魔法後進国や大亜連合のように古式的な魔法の技術を失ってしまった国にとっては足枷でしかない。

 そこで他国の優秀な魔法技術を、魔法師ごと掠奪するということがある。

 今回もそうだ。

 誘拐された少女たちは奴隷としてとある隣国に売り払われる。そしてそこで魔法の知識を供与させられ、優秀な魔法師の因子を持つ者は母胎として使われる。

 この少女は特にそうだ。

 日本の魔法師たちのトップ。それも一度も十師族の選外に落ちたことのないほどの名門・七草家直系の女だ。その胎に宿る才能は素晴らしいものとなるだろう。

 つまりこの少女はこの国に敵対する国家の魔法師を生み出すための孕み袋になる運命。

 だから本来ならば、魔法師でもない男たちの子種を植え付けてしまうわけにはいかないのだが………… 

 

「種着けはダメでも、着くところがなけりゃあ、種着けにゃならねぇよな」

「ってことはナカダシし放題じゃねぇか!!」

 

 今はまだ、孕む危険性がない、というのであれば、他の少女たちとは違っても別にいいではないか。

 男たちが喝采を叫び、獣性を露わにした。

 

 

 

 

 

「────!!!!!」

 

 悲鳴が、喉を裂いて出そうになる。

 ケダモノたちの会話が分かるほどには、泉美は勉学を積んでいた。

 

 それは皮肉的な運命なのか? 

 

 かつて十師族で、とある少女が誘拐されたことがあった。

 その少女は異国のとある魔法組織に拉致され、様々な凌辱を受け、生殖機能を喪い、心と体に大きな傷を負った。

 その少女の婚約者であったとある十師族の少年は、少女を守ろうとして片目を失い、少女の失ったものを知り、両家は二人の婚約関係を解消した。

 魔法師としての、特に十師族ともなれば、婚約とは両家の繋がりとより性質の良い魔法師を生み出すためのものであり、生殖機能を失った少女は婚姻の対象にはなりえなかったからだ。

 二人の間に愛情や好悪の感情がどれほどあったのかは知らない。

 けれども片目を失った少年は、当時からの再生医療の技術と魔法があれば瞳を再生出来たのにもかかわらず、自分だけが何も失わずにのうのうとは生きられないと、以来隻眼となって過ごしている。

 そして大人になって、少年だった大人──泉美の父親である七草弘一は別の女性と結婚して二男をもうけ、さらにその後妻との間に三女をもうけた。

 一方で生殖機能を失った少女は、その記憶をそのままに心を改竄されて、今も伴侶はなく、極東最強の魔法師として十師族のとある一門の頂点として君臨している。

 

 かつて婚約者(四葉真夜)をそうして失った(七草弘一)の子供が、また同じように奪われようとしている。

 

 泉美の心は、必死に抗おうとして、けれども“鎖”で自由を拘束された体は、まるで泉美に従ってくれない。

 

「これから先、一生ただの魔法師孕み袋になっちゃあ可哀想だからなぁ。俺らがお嬢ちゃんに女を教えてやるよ」

「そうそう。俺らは義務でお嬢ちゃんにいれたりしねぇよ。たっぷり可愛がって、ちゃぁんと愉しめるようにしてやるからな」

「────―。────―ッッッ」

 

 囃し立てる男たちの手が泉美の未発達な乳房に伸び、弄び始めた。

 泉美の脳は痛みを感じ、けれども体は意志とは裏腹に奴隷としての役割であるかのように男たちの悦ぶ敏感な反応をしてしまう。

 襟元を乱暴に引っ張られてボタンが弾け飛び、下着のキャミソールが露わになる。まだ芯の残る乳首が薄い下着の裏でピンと主張し始める。

 押し倒されて両脚を持たれ、心ばかりの抵抗をしようとしても乱雑に開脚を強いられ、スカートの奥の可愛らしいパンティを露わにされる

 

 ──―お父様ッ! お姉さまッ! ──― 

 

 自身の純潔を凌辱せんとする現実の拒絶と、抗えない絶望。

 泣き叫びたくとも泉美の口からは、塞がれているわけでもないのに声も出ない。

 獣たちの興奮した下半身はもはや隠すなと言わんばかりにテントを張って飛び出す時を今か今かと訴えており、迫りくる凌辱の時に対して、泉美ができるのは現実を拒むように固く目を閉じることしかできなかった。

 

 ──―誰かッ! 助けて!!!! ──―

 

 

 

 祈りの言葉は誰の耳にも届けられず、けれども何かが落下する音が部屋に響いた。

 

「あぁ!? なんだぁ!?」「ガキ?」

 

 目を閉ざしていた泉美には見えなかったが、男たちは天井にある通気口の蓋が落ち、そこから一人の子供が飛び降りるのを目にしていた。

 フード付きのコートで全身を隠すかのようなその子供は、次の瞬間男たちの視界から消えた。

 

「ぐぎゃぁ!!」「げはっ!」「な、ぎぃっ!!」

 

 恥辱の感覚が無慈悲に訪れることに絶望しようとしていた泉美の耳に届いたのは、先程まで愉悦の会話を交わしていた男たちの短い悲鳴だった。

 固く瞳を閉じていた泉美は、けれどもいつまでもおぞましい凌辱の感覚がその身に訪れないことに気づき、ゆっくりと目を開けた。

 

「え…………」

 

 目を開けて、まず入ってきたのはフード付きのコートを被った誰か。

 泉美の胸を弄んでいた男も、両手足を掴んでいた男たちも壁の方へと吹き飛ばされており、動く様子はない。

 立っている誰かは少年だろうか。

 床から見上げる形になっているため本来の身長はわからないが、大人の男性ほどには大きくはないように見える。

 その誰かが、泉美へと視線を向ける。

 

「あ……」

 

 先ほどまでの獣のような男たちとは違う澄んだ瞳。

 それは息を呑むほどに美しい碧色で、思わず泉美はその瞳を見つめた。

 

「その鎖は……宝具か。動きではなく自由を拘束しているのか」

 

 少年は感情などないかのような冷静な、冷酷な碧眼を泉美に、そしてその首元に嵌められている戒めへと向けていた。

 その言葉に、泉美ははっとして自分の姿を思い返した。

 上着のボタンがすべて壊され、下着のキャミソールが露出した状態。そのキャミソールも捲りあげられて胸元の危うい所まで見えかけており、何よりも危険なのは足元だ。

 両足が開脚させられていたため、その中心の最も恥ずかしい場所が丸見えの状態。

 幸いにも下着はまだ脱がされていなかったが、羞恥は強い。

 すぐに脚を閉じて視線から逃れたいが、思考に反して体は素早く動いてくれない。

 だが、その羞恥はその視線の主によって遮られた。

 

 ──え……? ──―

 

 泉美の体を隠すように布が被せられた。それは眼の前の誰かが先程まで着ていたもので、コートを脱いだことで顔が見えた。

 金髪碧眼。

 少年、といっていいだろう。日本人離れした容姿で、年齢は自分よりやや年上に見えるがそれほどは離れていなさそうだ。

 

「────。──―! ふぅ。……セイバー!」

 

 大声での呼びかけに、泉美だけでなく少年も気が付いたかのように振り向いた。

 金髪碧眼の彼に見惚れていた泉美は気づかなかったが、もう一人別の少年がいつの間にか室内に居た。

 今泉美の肢体を隠しているコートと同じものを羽織っており、顔を隠していたフードを上げて顔を露わにした。その顔はどこか苦々し気だ。

 

「どうやらこの子は連中にとって少し特別だったらしいね。情報だと魔法師の重要人物の家の子が誘拐されたらしいからその子かな。他の子たちはサーヴァントのところだ」

 

 そして口にするのはやはり泉美のことを気にかけたものではなく、同じく捕らわれている魔法師たちのこと。

 

「わかった」

「君の直感のおかげでこの子は助かったけど……明日香、前にサーヴァント化した時よりもキミ、かなり影響を受けてないかい?」

 

 交わされる会話の内容は泉美には分からない。

 

「サーヴァントとしての力が馴染んできているように感じる……。今は力を多く引き出せるのは好都合だ」

「気づいてないみたいだから言っておくけど、さっき、自分の名前に反応できなかったぜ?」

「…………」

「立場が立場だけに、使うなとは言わないし、言えないけど、霊格の違いに、君の自己境界が潰されかかっている。急激に引き出しすぎると、呑み込まれるよ」

 

 けれども彼らにとってそれは、少なくともどちらかにとっては苦々しい思いを抱かせるものだったのだろう。

 

「……それでも今は、敵のサーヴァントを討伐するのが優先事項だ」

 

 金髪碧眼の少年は、見上げる泉美に背を向けた。

 光の粒子がその体を覆ったかと見えた次の瞬間、少年は衣装を変えていた。

 蒼と銀の騎士鎧。

 フードを頭からかぶり、再び頭部を隠した少年はそうして名も告げずに戦場へと駆けていった。

 

 

 

 

 


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