Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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お見合い編 2話

 

 お見合い、といっても一人は高校の先輩で、よく話す親しい間柄というわけでもないが、いくつかの事件を共にした仲ではある。

 

「えっと、アストルフォさんって、男性だったの……?」

「シャルルマーニュ英雄譚でも男性でしたが」

「ん~っと、それはそう、なんだけど、ね……」

 

 ちなみに今は、明日香と三姉妹のみで、圭は互いの自己紹介が終わって早々に「後は若い者同士で」などという前世紀以前から使い古されていそうな(言いたかっただけな)テンプレート台詞を述べて七草家当主と別室に退いた。

 

「それにしても、藤丸君じゃなくて獅子劫君がこのお見合いを受けてくれるとは思わなかったわ」

 

 受けたわけではない、というのはこの場に来てしまっている以上、通用しない言い分だろう。

 実際、今回のこのお見合いは藤丸家(明日香含む)が十師族と縁戚関係になるつもりがあるかというと怪しいところがあるが、圭としては表の権力と強く関係性のある現代の魔法師とはいい関係を結んでおきたいところなのだ。

 前世紀までには存在があった魔術師は基本的に一般民衆の生活に溶け込んでこそいても、魔術を国家のためや民衆の生活のために使おうとはしなかった。

 魔術自体が科学技術といった近代以降の文明と相性が悪かったのもあるし、生活に役立てるなどといった発想がそもそも魔術的ではなかったためでもあるが、けれども彼らは権力とは巧妙な形で結びついていた。

 時に地元の名士として地脈を抑え、時に教会と接触を持ち、時には国家権力や国際連合とさえ関係を築いたこともある。

 だからこそ魔術がらみの事件があったときには街ぐるみ、国家ぐるみの隠蔽工作がなされることもあったし、とある国、とある警察機構においては魔術師(魔術使い)が一団を形成していた、なんてこともありえた。

 かくいう藤丸家も、とある超国家的組織に所縁のある魔術家系ではあるのだが……

 

「ケイには一応許嫁がいますからね」

「そうそれ! お返事をいただいた時に知ったのだけどそれがびっくりなのよね。彼って、その、そういうタイプじゃなさそうじゃない?」

 

 圭としては真由美ほどの美女と楽しくおしゃべりする機会は厭うものではないし、どちらかというと軟派を自認している。学校でもよく女の子を口説いている光景がお馴染みだ。

 だが、お見合いともなれば話は変わる。

 魔術師の家門として、()()()許嫁が決まっているという建前上、おおぴっらに十師族の魔法師とお見合いを受けるわけにはいかない。

 けれども同時に、この話を突っぱねるには七草家の影響力は大きすぎる。

 過去の経緯もあって明日香と圭が最も関わりのある十師族は間違いなく七草家と十文字家だ。逆の視点として、魔法師側にとっても今世界で唯一存在が確認されている魔術師との窓口となっているのがこの二家ということにもなる。

 魔術を捨て、魔法を選んだ古式魔法師とは異なり、失われた魔術がどういうものなのか、現存させている唯一の家門。

 近年ではサーヴァントという超常的な存在、魔法師をも凌駕し、一般人にさえ被害を齎しかねない危険な存在が跋扈してきていることや、魔術がそれすらも打倒できるほどの強力な戦力となるというのなら、国防を担う魔法師の一門としては是非とも味方に引き入れておきたい、留めておきたい存在だろう。

 そして十文字家には藤丸や獅子劫と婚姻関係を結べる直系の女性はいない。となれば残る窓口である七草家が乗り出してきたのもわからなくもない。

 そして圭としても、現代における魔法師との繋がりはなるべくなら悪化させず、良好な関係を結んでおきたいというのが実情なのだ。

 何故なら既に今が特異点になっていたのだとしても、そうでなくとも、この時代から先の未来を繋げていくためには、過去に遡ることこそが本懐であった魔術なのではなく、この時代の人間こそがそれを成せるのだから。

 

 ────―という尤もらしい台詞を、昨日急遽、「いやぁ、雫ちゃんたちとのバカンスの最中に切り出さなかった僕の英断に感謝してもらいたいねぇ」などという結びの言葉と共に言われたものだから、半ば愉しんでいるのだろう。

 ただし、それと同時に、カルデアの魔術師の一人として、魔法師たちと良好な関係性を築いておきたいというのも本音だろう。

 

「それで。どうかしら、明日香君? うちの妹たちは」

 

 思考は片隅に。

 今は何よりも見合いの場の華たるレディに集中しなければならないとは、彼自身も思っているし、どことはなしに霊基も訴えかけている様ではあった。

 

 好意的な視線と威嚇的な視線。

 このお見合いに先んじてというわけではないが、魔法界で大きな影響力を持つ七草家のことは当然ながら圭が調べていたし、魔法師ならぬ魔術師である彼らでも容易に多くの情報は仕入れられた。

 

「真由美先輩の妹さんたちのことは聞いたことがありましたが、こんなに可愛らしいレディたちとは知りませんでしたよ」

 

 そのうちの一つが彼女たちのことだ。

 “七草の双子”。

 十師族の直系であるから、周囲から期待される程の魔法師としての素質を有していることもあるが、泉美と香澄という双子の少女魔法師は、とりわけ珍しい、特異的とすら言える魔法特性を有していることからその名が知られている。

 とはいえ、それらの情報からでは実際に対面した時の反応までは予測することはできまい。

 

「うちの父の思惑っていうのもあるんだけど、特に泉美はあなたにずっと会いたがっていたのよね」

 

 今回、七草の当主である弘一はとにかく魔術師との繋がりを強くすることが第一目的で、三姉妹の誰と、見合い相手を指定はしない豪儀さを見せていた。

 現時点で同じ一高の先輩後輩関係にある真由美でも、かつての誘拐事件で関わりを持った泉美でも、好きに選んでくれて構わない、と。

 ただ三姉妹、少なくとも真由美としては今回のお見合いのメインは末妹の泉美であるようだ。

 社交辞令ではありそうだが、決して悪くはなさそうな感触に真由美は少し踏み込んで推してきた。

 

「まぁまぁ、それじゃあ二人で少しお庭の散策でもいかが?」

 

 

 

 

 ✡  ✡  ✡

 

 

 

 七草家の敷地面積は、散策を愉しむには十分で、陰ながら妹の逢瀬を覗き見ることのできるほどには広い。そして名家らしく目を楽しませる庭園や魔法の訓練施設など、初来訪の明日香に紹介しつつ話を繋げていくには容易いくらいだ。

 

「う~ん、まだ緊張してるわねぇ」

 

 離れたところから泉美と明日香を見守っているのは、別に明日香が(泉美)に対してよからぬことをするのではないかと危惧してのことではなく、興味心からだ。

 真由美から見て、泉美はよく言えば大人びた、悪く言えばおしゃまなところのある妹で、活発でボーイッシュな香澄よりも猫かぶりという点では自分に近い。

 ただ二人の妹は揃って真由美の恋愛事情に妹ながらのお節介を焼くような(あるいは監視を)ところがあり、真由美の方から妹の恋愛事情を眺めるのは新鮮なことでもあった。

 大人受けのするできた娘を演じるのがデフォルトの泉美だが、今、しおらしく淑女然として振る舞っているのは、そういった猫かぶりよりも憧れの“君”と会えたことによる緊張からだろうというのが見て取れた。

 真由美が泉美をメインのお見合い相手として定めているのは、いつも年齢より背伸びしがちな妹が、常々見せている恋する乙女としての思いを応援したいからというのがあるのだが、対してもう一人の妹である香澄の方は対極的だ。

 

「香澄ちゃんは泉美ちゃんの縁談には反対?」

 

 眉根を寄せて不機嫌さをアピールしている。

 かぶっている猫の数の多さなどは泉美が自分と近しいが、それは決して香澄と真由美に似ているところがないというものではない。どちらかというと父親への反発心などは香澄の方が真由美と似ている。

 泉美は良くも悪くも大人受けのする性格を演じる癖がつきすぎていて、逆に香澄は叛骨的なところがあるのだ。それは常々、(お嬢様らしくはないが)狸親父と父を評している真由美の性格とも近い。

 それがために、父などは泉美のことを末娘であることも相俟って、子供たちの中で最も気に入っている。

 真由美にしても、香澄も泉美も自分のことを慕ってくれる可愛い妹たちだ。

 

「だってアイツ! ……アイツ、他にも助けた女子にいい顔してるって…………」

「北山さんのこと? ほんとに、あなた達はどこでそういうの聞いてくるのよ」

 

 ただ、七草家の諜報部を私的に動かしでもしているのか、双子の妹たちはしばしば真由美の交友関係──特に一高において真由美と関係性の強い男子のことを把握しており、なにやら牽制紛いのこともやっているらしい。

 それが今回は彼のこと──どうやら北山雫の情報を仕入れてきた様だ。

 

「獅子劫君は真面目な人よ」

 

 少なくとも、というのは彼の相棒であり本家筋にあたるという彼の従兄弟の方はかなり無節操に女の子に声をかけているというのが真由美の認識だからだ。

 確かに、北山雫と彼との仲の良さは、お見合いを行う上で横恋慕になるのではという懸念がなくはない。

 明日香にとって北山さんは過去の関わりもあるからやや特別な扱いをしているようにも見えるが、けれども二人は交際しているわけではないようだし、なによりも過去のことを持ち出せば妹だって関わり始めた時期は同じ時期だ。

 それに北山さんの方は今年に入るまで明日香や魔術師関連のことを忘却していた。その間も想い続けていたというのであれば………………。

 

 

 

 

 

 ──―隣に立つ少女の姉二人の視線を感じながらも、少女に案内されながら七草の庭園を散策していた。

 

「来年は高校生、だったかな?」

「はい。私と、香澄ちゃんも一高が第一志望進路です」

 

 二人きりになって暫くの間緊張が抜けていないようであったが、彼女にとって見慣れた庭を散策するうちに落ち着きを取り戻した様で、今は自然な微笑みを明日香に向けている。

 真由美もそうだが、彼女も身長はあまり大きくはなく、細身なスタイルは年相応からはやや小柄と言っていいだろう。

 けれども淑女然とした佇まいは、むしろきっちりしているときの真由美以上に大和撫子と評することができるかもしれない。

 

「優秀そうだ」

 

 もちろん明日香は彼女の学業成績や魔法師としての能力を詳細に知っているわけではない。

 ある程度は圭が調べたので魔法師の中でも特異な能力──“七草の双子”と呼ばれるだけの能力を有しているのは知っている。

 それにあの真由美の妹なのだ。

 周囲からの期待もあるだろうし、それに応えようとする素直さはある様に見える。

 あとはお世辞も幾分。

 それは泉美も分かっているだろうが、それでも泉美は明日香からの評価に少し照れた様にはにかんだ。

 

 

 

 

 ────彼と以前に会ったのは、たった一度だけだった。

 吊り橋効果というものがあるのは知っている。

 危機的な状況、過度な緊張を伴うシチュエーションでは、早鐘を打つ胸の鼓動を恋と錯覚してしまうといったもの。

 双子の姉である香澄からはロマンチスト(少女趣味)だなどと言われるが、確かにそうなのかもしれない。

 危ういところを救ってくれた王子様に恋心を抱いて、会えもしない幾年月を想い過ごすなんてロマンチスト(少女趣味)でしかないだろう。

 七草家では現在、泉美たちの異母兄である長男の智一が結婚して既に七草の屋敷から離れて暮らしている。次男の孝次郎は未婚だが、長女の真由美の結婚相手として十文字家と五輪家が候補に挙げられている状態だ。(十文字家の相手というのは真由美の同級生である克人)

 姉である真由美がとても美しく、身内贔屓なしに見ても可愛いし、自分の容姿だって決して悪くはない。どちらかというとそれを武器にできるくらいだとは思っている。

 泉美自身、実際のところ、学校の同級生は先輩・後輩含めて、幾人もの男子から告白を受けたことはある。

 香澄などは幾人ものボーイフレンド(恋愛関係での彼氏ではなく、男友達という意味でだが)と親しくしており、泉美からしてみれば奔放、というよりも危うい感じがする。

 もっとも、香澄にしても、とりあえず付き合ってみればいいなどと嘯いてはいても、姉である真由美に付きまとう虫に対してはなかなかに敵対的なところを見るに、貞操観念はしっかりしているだろう。

 そのあたりは泉美も香澄も弁えている。

 今まで泉美が誰ともお付き合いしたことがないのは、別に十師族として日本魔法師界の責務などのためだけではない。

 

 一凪の風が、悪戯を仕掛けたかのように泉美の髪を撫で上げた。

 思わず歩みを止めて、髪飾りが崩れないように手で押さえた泉美の髪を、彼女の手よりもずっと大きな手が触れた。

 

「────覚えてらっしゃいますか、獅子劫様」

 

 優しい手のひら。けれども力強さを感じるその手に、泉美はかつてから抱いた思いを溢れさせた。

 

「初めてお会いした時のこと……いえ、貴方に救っていただいた時のこと。私は今でも鮮明に覚えています」

 

 引かれようとした手を、急いで止めた。

 先ほどまで社交辞令もあってか優し気だった黒の瞳が、すっと感情を色褪せさせたように感じて、泉美の意気地が崩折れそうになる。

 けれども泉美は意を決して見上げ続けた。

 この2年。幾度も会いたいと願って、けれども一度たりとも会おうとはしてくれなかった彼へと想いをぶつけるために。

 

「…………あの時のことがきっかけで、というならそれは僕に礼を言う必要はないよ」

 

 返された言葉は感情を交えていないかの如く冷たい。

 

「サーヴァントとしての(霊基)は過去の亡霊のようなものだ。生者が死者に心を残すべきじゃない」

 

 それは紛れもなく拒絶。

 泉美という個人を評するものではなく、だからこそ彼我の距離の遠さ、いや、最早隔絶と言える距離を感じた。

 

「それでも! わたくしは! ッッ」

 

 どうしてと。

 同じように貴方に救われた少女(北山雫)は貴方の傍に居るのに、どうして自分は駄目なのか。

 そう叫びたかった。

 けれども彼の瞳を見て、それは違うのだと思った。

 きっと別の誰かであっても、彼は魔法師の誰かと、生者と寄り添う気はないのだと、それが分かってしまい、泉美は声を詰まらせた。

 だからそれでも、たとえ今回会えて話ができたのが、父の思惑による、魔法師の為の、七草家のための政略結婚であったとしても、それでもかまわない。

 

「政略結婚として、というのなら残念ながらそちらにメリットがない」

 

 そんな泉美の想いは否定された。

 

「僕も圭も、次代に藤丸の魔術を残すつもりはない」

 

 

 

 ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 

「ふむ。藤丸くん、私はね。魔術という、我々魔法師の源流にして未だ我らが届かない領域に手をかけた技術。それがこの世から失われるのは極めて残念でならないし、失ってはならないものだと思うのだが」

 

 お見合いに参加していないとはいえ圭が何もしていないわけではない。

 彼は彼で、七草家の当主との会談を行っていた。

 

「残念ながら、意見には相違があるようです。僕も明日香も、魔術を次の世代に継がせる気はありません」

 

 圭としては、今を生きる人としての自覚と在り方の薄い明日香が、今を生きる人たちと積極的に関わるようになるのは望ましい。

 これまであまり深い関わりにならないように婚姻関係や同盟関係その他の話を受けてこなかった圭が、今回このお見合い話を受ける気になったのは、明日香への懸念も一つだ。

 

 だが、それで魔術師・藤丸の使命を次代に繋げてしまうことだけはない。

 

「僕たちの役目は藤丸家の魔術をこの時代に終わらせることです。だから、魔術を解き明かしたいという貴方の願いを叶えることはできません」

 

 魔術師としての藤丸は当代で終わる。

 既に魔術師の殆どはこの世界の表側からは死に絶え、居なくなり、それでも藤丸が残っているのは当代における使命を果たさんがためだ。

 そのために魔法師との良好な関係、現代(イマ)を生きているということは必須だが、だからといって魔術の解明に助力することはできない。

 

 

「それは隠れ潜むことが魔術師としての在り方だからかな、藤丸君? だがそれでは矛盾していよう」

 

 七草弘一が藤丸家に婚約の話を持ち掛けてきたのは、彼が言うように魔術に興味があるからだろう。

 

「既に君たちは魔法師としても存在している。それが隠れ蓑だとしてもだ」

 

 七草家は十師族の中でも双璧を担う一門とみなされてこそいる強い魔法師の一族だ。

 だが、双璧の対を担っている十師族の一門。兵器としての魔法師を突き詰めている独自集団──四葉の戦力追及の意欲は驚異的だ。

 

「魔法が遺伝的な要因により受け継がれるものなのだから、魔術もそうなのだろう? 私はそうだと推測している。私は子供たちに魔法を残したい。残さなければならない。世界はもはや魔法を必要としているからだ」

 

 七草家としては、彼らが十文字家と組んでなお、打倒できなかったサーヴァントを打破するための力。未だ魔法師が手にできない“神秘”の力を取り込むことで、魔法師としての自分たちを発展させたいのと共に、戦闘魔法師として飛び抜けようとしている四葉を抑えたいのだ。

 だからそれは、一部では圭の思惑と重なり、けれども決定的に道が同じくはならない。

 

「そうですね。…………けれど魔法は魔術とは違う。そして僕たちの役目とも」

 

 魔法は既に世界に認められた存在だ。

 今はまだだが、日常を生きる利便性のためにも魔法は研究されつつあり、単なる軍事力としてだけの価値以外のものを人々(世界)は魔法に求めている。

 対して魔術は過去を目指すのがそもそも。そこに人の生活に役立てるなどという発想はないし、そもそも“藤丸”は真っ当な魔術師ではない。

 かつての、そしてあるいは世界の表裏のどこかに居るだろう魔術師であれば目指すべき“ ”は、藤丸にとって価値あるものではない。

 

「なら、君たちの役目とはなんなのかね」

「…………」

 

 問いかける七草弘一は長くを謀略に生きた男だ。その眼は、隻眼とはいえ若造の虚偽など必ず見抜かんとするもの。

 同時に野心を秘めたものだった。

 

 圭の眼は魔眼や千里眼ではない。

 確かに幾許かは未来を予測する真似事なんかもできるし、その関係で人の機微にも敏くはある。

 けれども経験としては所詮は若輩に過ぎない。

 相手の思惑を未来予測を利用した処理能力で見抜くことはできても、駆け引きの点では経験の少なさが如実に出てしまう。

 それに彼らの目的のためには、魔法師たちを、この世界に生きる人々に対して騙し、誤魔化すというのは、“カルデア”の魔術師としての道ではない。

 

「僕たちの役目は、時が来るまで“藤丸”の魔術師を残すことです」

 

 ただ、今は、まだ語る時ではないのだろう。

 事は重大で、あまりにも現実味のない、何処にでも何時の世でもありふれている出来事故に。

 

「ふむ。その“時”とは?」

「それは──────―」

 

 

 

 

 

 ✡  ✡  ✡

 

 

 

 七草家当主との会談が終わり、圭は明日香と合流した。

 

「おや、上手くいかなかったのかい、明日香?」

 

 明日香の雰囲気はいつもと同じで、つまりは恋愛関係には繋がらなさそうな空気。

 一方で見送りに来ている泉美の落ち込んだように憂いのある表情と、少し困ったような真由美の表情からは、色よい返事を明日香も返さなかっただろうことが見て取れた。

 

「ああ」

 

 答える明日香の淡々とした口調は、やはり個人としての圭の思惑(願い)通りにはいっていない事が窺える。

 それは明日香の、明日香としての人生を願って。

 その時が来たら、“藤丸”の魔術師としての使命が終わり、明日香の役目も終わった後、続いていく彼の人生が彩りある美しい物語になってほしくて。

 だから圭自身も、学校生活を楽しんでいるし、いわゆる青春を謳歌している。彼に敬慕を抱いている少女()との関係や、このお見合いを受けたのだってそれが理由。

 けれどもそれを明日香は望んでいなくて、いや、望もうとしていなくて────―

 

「獅子劫様」

 

 今回の企み(愉悦)は不首尾だったかと、そう考えた圭は、けれども声をかけてきた少女の、ハッとするほどに、誰か()にも感じた顔つきを見た。

 

「来年、一高でお待ちください。必ず、会いに行きますから」

「!」

 

 それは決意の言葉。

 魔法師として、十師族としての七草泉美は受け入れられなかった。

 だからそれは、十師族の直系としては、してはいけない決意なのかもしれない。

 

「私の想いはただの政略結婚だからではありません。だから、この想いは、私の自由ですよね」

 

 父はどう考えているのか、大人の思惑はどうなのか、それを伺ってきてばかりだった泉美にとって、あるいは初めてかもしれない、自分だけの、自分のための決意と宣言。

 

「だから言っただろ。上手くいかなかったようだね、って」

 

 花の如く可憐で勁い言葉に、明日香は呆気にとられ、圭は笑みを浮かべた。

 


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