Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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4章Intro

 

「新宿ってところに行きたい!」

 

 それは唐突な ── いつもどおりの── アストルフォの気まぐれのような希望から始まった。

 

「……キャビネットの乗り方は覚えただろ、ライダー」

 

 乗り方、というのは勿論キャビネット──日本で運用されている一般的な公共交通機関である個型電車への乗り込み方だ。間違ってもそのクラス特性でもある乗りこなし方では決してない。

 このトラブル製造機を一人で街に歩かせることに不安を覚えないわけではないが、現世における生活を送っている明日香や圭としては学校に行く必要もある。

 魔術師やサーヴァントについて研究したいという魔法師たちからすると調べられる機会を少しでも増やしたいという思惑があったのだろうが、あのアストルフォに学校生活など送れようはずもない。

 そして世界の裏側にいるというマスターから絶えることのない魔力を供給されている彼が霊体化などという無粋な真似をして存在を隠すはずもない。当然ながら明日香や圭に、それを止める権利などあるはずもない。

 かくしてアストルフォは日中、実体化して第2の生を謳歌する権利を堂々と行使している。

 夏休みには遠出のために明日香と圭を日本全国に連れ回ったが、近隣程度であれば勝手気ままに街をぶらついて現代日本大いに楽しんでいる。

 にもかかわらず今回、東京都内を出歩くのに明日香たちに声をかけたのは────

 

「だってさだってさ! 新宿って、魔術髄液で魔術師になったチンピラが闊歩していて、そんなチンピラたちをオートマタがチンピラ狩りしていて、そんでそんで、首無し騎士(デュラハン)を乗せたおっきな狼が走り回る街なんでしょ?」

 

 どこかで仕入れたこの認識がためだ。

 

「そんな悪性隔絶魔境は知らない」

 

 通常、サーヴァントの大本である英霊は座と呼ばれる時間も空間も超越した概念にオリジナルがある。

 英霊という存在の一側面のみを、クラスという鋳型にコピーすることで召喚されているのがサーヴァントだ。

 座にある英霊には勿論生前の知識があるし、召喚にあたってその世界、時代における知識を行動に不都合のない範囲で聖杯から賦与される。

 だからこそサーヴァントは死後の自分に対する評価や後代の出来事についても認識している。

 だがサーヴァントとして現界した後の記憶についてはオリジナルと随時共有しているわけではない。

 座に戻った後に現界時に得られた記憶を持ち帰ることもある。ただしそれらは、座においては記録の一つでしかない。

 よほど大きな衝撃を与えた出来事。それこそその英霊の価値観そのものに影響を及ぼすほどの出会いや出来事であればまだしも、通常はただの記録は膨大な情報に押し流されて実態を伴わない単なる情報の一つとして処理される。

 これまで明日香たちが出会ったサーヴァントの中には、かつてカルデアに召喚された英霊と同じサーヴァントもいたが、彼らはカルデアに召喚されていた時の記憶、藤丸の初代魔術師と紡いだ絆はない。

 対してアストルフォの方は、この世界に来る前の世界──聖杯大戦から座には戻っておらず、そのままこちらの世界に転がり出てきているので、前の世界の記憶がある。

 そして本来座にある大本の記憶には未来も過去も関係なく、時空を超越して情報が蓄積されているため、今のアストルフォにもどこかでの残骸のような記録も有しているらしい。

 そして明日香も──―正確には明日香の中に宿る“彼”の霊基にも………………

 

 だからこそ、明日香は難色を示した。

 東京という土地については仕方がない。

 けれどもその中心地の一つ。因果絡まる彼の地。“異世界の騎士王”が変質した旅路を歩む端緒となった地は、彼ではない明日香にも二の足を踏ませていたから。

 ────の、だが。

 

「それじゃあいいもん。シズクとホノカにでも案内してもーらおっと♪」

「!? ちょっと待てライダー! 何故君が雫とほのかの連絡先を知っているんだ!?」

 

 結局は振り回されることとなるのであった。

 

 

 

 

 

 ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 

 

 新宿。

 戦前──第三次世界大戦でもある二十年世界群発戦争よりも前の、魔法がまだあまり発達していなかった時代にはすでに超高層ビルや超高層マンションが立ち並び、繁華街やオフィス街、商業と文化の拠点ともなっていたこの街は、魔法が発達した今においても賑わいを見せている。

 駅から出て、というよりも駅の構内から既に、あたりを少し見回しただけで、この街の賑わいと華やかさには気が付くだろう。

 ただそんな華やかな街にあって、降り立った彼ら──―というよりも彼女たちは目立っていた。

 

 ベージュのリボンを黒髪のアクセントにした北山雫は、ロイヤルブルーの淡くも華やかなブラウスに白いミニのスカート。

 彼女だけではなく、ほのかや美月、エリカであっても一人でこの街を歩いていれば声をかけられること必定な美少女たちで、一緒に藤丸や明日香、レオがいなければナンパの対象となることであろう。

 ついでに述べるのであれば、すでに近くのショーウィンドウ──チョコを主力にした菓子店──に瞳を輝かせているアストルフォは、ピンクのオフショルダーに黒のインナー、紫の髪留めをアクセントにした見紛うこと無き美少女の姿である。

 

「達也と深雪も、休みの日にすまない」

「いいえ。アストルフォさんには以前のお礼もしたいと思っていましたから」

 

 とりわけ周囲の一目を集めているのは、彼女をおいて他ならないだろう。むしろ彼女ほど飛び抜けているとおいそれと声をかけるのも躊躇われるであろうが。

 

 本日は友人たちと一緒に新宿散策に来ていた。

 主にはアストルフォの気まぐれなのだが、雫や深雪たちにとっては以前、危ういところを助けてもらったお礼もあって案内がてらに誘いに乗ってくれたのだ。

 

「どこか行きたいところはありますか?」

 

 圭はともかく明日香は現代の新宿、特にアストルフォの好みそうなショッピング関係には詳しくない。

 そこのところ、魔法師とはいえ現役女子高生であり一般庶民の美月やほのかは慣れているだろう。そしてやや一般とは違って、いわゆるお嬢様である雫や深雪であっても今日来ている男連中に比べれば慣れている。

 

「んっとね。可愛い服があるところを見たいな♪」

 

 もはやアストルフォのこの返答に対してツッコム言葉を持てないのはあきらめの境地に達してしまったが故か。

 問いかけた美月とほのか、エリカたちが微笑ましく話を続けていることに違和感を覚えている達也がおかしいわけではきっとないはず。

 

 いわゆる集団デート、とも言えないが、夏休み中の水着購入イベントの時にはいなかった明日香や圭、アストルフォ。彼らがいる光景に雫はほんのりとしたものを感じ、けれども明日香の様子が少し違うことに気が付いた。

 

「アストルフォのことが気になるの?」

「雫。……いや、そういうことじゃないんだが……」

 

 いつもよりほんの僅か、難しい顔をしている明日香。

 以前もアストルフォの女装に苦言を呈していたことから、それで悩んでいるのかと思い尋ねてみるが、そうではないらしい。

 歯切れ悪く答える明日香に、雫は小首をかしげた。

 

 上目遣いに見上げてくる少女に、思わず苦笑を漏らし、なんでもないと微笑んで告げようとした明日香は、けれども懸念に引きずられて顔を曇らせた。

 

 世界の時間軸は無数に広がっている。

 中にはまったく違う時間軸を流れていく世界もあり、アストルフォが召喚された前の世界と今の世界、そして“彼”が召喚された世界と今の世界も、同じ時間の流れの上にはない。

 厳密にはそれらは異世界と呼べる関係性だろう。

 ましてかつてカルデアのマスターがレイシフトで訪れた特異点は時間の連続性の孤立した時の最果て。

 この(・・)新宿で聖杯戦争が行われたという記録はカルデアにはない。

 

 だからこの靄のような感情にもならない杞憂は、気に留めるべくもないもののはずだ。

 それは明日香自身が抱いているものではなく、すでにここには居ない、“彼”の巡る旅路の中でのほんのひとかけらに過ぎないのだから。

 だから────―

 

「気になるのなら行ってくればいいんじゃないか?」

「ケイ……」

 

 この(・・)新宿には何もない(・・・・)

 それは明日香が調査するまでもなくすでに十分に調べつくされた情報だ。

 圭の予測でもカルデアの調査でも、この新宿に聖杯が現れる予兆はなんら確認できなかった。

 

 だからこの新宿は、“彼”の召喚された新宿、世紀末からは連続していない。

 

「意味はないとしても……気になるんだろ?」

 

 それでも気にかかることがあるのは、この街が、この街で得た出会いが“彼”にとってあまりにも────―

 

 

 

 

 

「あれ? 明日香くんは一緒に行かないの?」

 

 短い謝罪の言葉とともに背を向けて離れていく明日香に、エリカたちは首を傾げた。

 今回の散策のメインはアストルフォの案内だが、一緒に来たのだからそのまま一緒に行動するものとばかり思っていたのだ。

 

「新宿には思う所が色々あってねぇ」

 

 肩をすくめる圭。

 感情の起伏に乏しい雫の瞳が少し陰って見えるのは気のせいではあるまい。

 

「魔術師の役目絡みか?」

 

 流れとしては唐突過ぎる別行動に、達也は少しだけ踏み込むように尋ねた。

 魔術師がらみの事件の危険性は既知のものだ。

 ただ、危険だから避ける、置いて行かれるといって納得できるような面子ではなく、達也にしてもすでにここまで来ているのであれば事情を説明されない方がむしろ危険だという考えもあった。

 

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるというか」

「はっきりしないわね」

 

 煙に巻いたような圭のそれは説明にもなっていない。

 エリカがムッとした顔をしているのも魔術師二人の排他的な態度が癪に触っているのだろう。

 

「特に楽しいことがあるわけでも、危険があるわけでもない、ただの意味のない確認作業。あるいは心の贅肉ってところかな」

 

 とはいえ、圭としては、今回の件に関しては魔法師である友人たちをのけ者にしているわけではない。

 単に明日香の個人的な事情。あるいは事情にもなっていない杞憂。

 まず間違いなく無駄足になるとわかっている、面白くもないことだからなのだが。

 

「ふ~ん。それ今やらなきゃいけないことなわけ?」

 

 少し強めの語調でエリカが追及してくるのは、あからさまに除け者にされている自分ということもあるが、目に見えて落ち込んでいそうな友人()がいるからだろう。

 エリカのような陽性の美少女に睨みつけられるというのもそれはそれで悪くはないが、気持ちを考えろとばかりに目配せされていれば肩をすくめざるを得ないだろう。

 

「これまで新宿には寄り付かないようにしていたみたいだから、丁度いい機会だよ」

 

 明日香と“彼”。

 同一ではないけれども、今の明日香の霊基は二つがほとんど融合している。

 だからこそ、“彼”がその死後にもっとも影響を受けた出会い、戦いの地であった新宿は、明日香にとっても、良きにしろ悪きにしろ強い心象影響を与えている。

 ただそれはやっぱり明日香自身の思いではないのだ。だから持て余してしまう。

 今回無理やりにでも新宿に来ることになったのは、それを克服するのにはちょうどいい機会だろう。

 もっとも、誘ったのはアストルフォとはいえせっかく来てくれた友人たちを放って単独行動しているのは褒められたものではないのは間違いないが。

 

「気になるのなら行ってみたらいいよ。別に危ないことはない。そこは保証するよ、うん」

 

 離れていった明日香を見つめていた雫に声をかけた。

 少し驚いたように振り向いた雫は、次いで確認するかのようにほのかたちに視線を向けた。

 ほのかと雫。

 親友二人は、だからこそ互いの想いの先を知っている。

 だからこその頷きの応え。

 雫は見えなくなりそうな遠い背中を追って足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 後ろから駆け足で追ってきた足音が隣に並ぶ。

 少しだけ息を弾ませ、表情はなんでもないことのように隣に並んだその少女を、明日香は少しの驚きを持って見下ろした。

 同年代の高校生男子としてはやや高身長の部類に入る明日香と、同年代の高校生女子としては小柄な雫とでは足のコンパスがかなり違う。

 歩くペースは違っていて、追いついた雫が隣に歩いていてもすぐに置いて行かれてしまいそうになる。

 

「君も物好きだね。楽しいショッピングとか、特に見るべきところはないんだけど」

 

 歩くペースを緩めながら────雫の歩くペースよりも心持ゆっくりと。

 それは少し駆けてきて息の弾む自分に気遣ってのことか。

 いつもの微笑みに少しだけ困った色を混ぜた明日香を雫は見上げた。

 

「いい。………………一緒にいたかったから……ダメ?」

 

 アストルフォの現代ショッピングに付き合う。

 それがほのかや深雪、雫たちの今日のプランではあったし、それはそれできっと楽しかっただろう。

 友人とのショッピングという経験がないではない。

 お嬢様ではある雫だが、ほのかと一緒に出掛けたことはあるし、バカンス前の水着新調の際にはみんなで達也やレオを振り回したのはいい思い出だ。

 そんな楽しそうな一日と今の自分の行動。天秤にかけることはしたくはないが、今は彼といたかった。

 

「………………それは断れないな」

 

 頬をかいて、少し照れたように。

 雫は明日香の隣を、彼にペースを合わせてもらいながら歩いた。

 

 

 

 

 

 

 およそ百年前。終末論に傾倒した宗教組織によって実行されようとしていた核兵器テロ。それを防ぎ、事件を未遂に終わらせたことで発覚した異能者たち。

 自分たち魔法師の原点(プロトタイプ)。今はもうほとんどが失われてしまった魔術という異能を、今に受け継ぐ数少ない家系。

 藤丸という幼馴染を親戚に持ち、自らは英霊と呼ばれる存在を身の内に宿して──―憑依させて、サーヴァントとしての超常の力を振るうことのできる魔術師。

 蒼と銀との鎧を纏い、不可視の剣と風を操って過去の英霊(サーヴァント)を斬り伏せる騎士。

 高校生としてはやや大人びていて、かと思えば男子高校生らしい茶目っ気を見せる。

 九校戦ではバトル・ボードに出場して、大波を作る魔法とボードの操縦技術をもっているのに、この夏まで泳ぐことができなかった。

 学校の成績は実技がよくて座学は低空飛行。不勉強だからではなく魔術(古式の魔法)の考え方から現代魔法の考え方にうまく適合できていないかららしい。

 女子に優しく、夏休み中には七草先輩の家とお見合いの話があったらしい。

 雫が知っている明日香のことはそんなところ。

 

 魔術師のことも、明日香のことも、再会して半年近くが経ってもまだまだ知らないことばかり。

 だから今回はそれを少しでも知ることのできる機会だから。 

 

 彼自身が言っていたことだが、雫から見てこの行いに何の意味があるのかは分からなかった。魔術的に意味があることなのか、そうでないのか。魔法師である彼女には分からなかった。

 だからできることは一緒に歩く。ただそれだけであった。

 あの輪の中から一人離れてしまった彼だが、それでも雫がついていくことを宣言し、実行すると気遣いをしてくれてはいる。

 歩くペース。何気ない会話。

 目的地はわからないが、それはただの散策のようでもあった。

 

 最初に赴いたのは新宿の繁華街にある一角。

 “どこか”への道を探しているようなそぶりで、結局どこにもその“どこか”に通じる道はなかったらしく、安堵したかのような苦笑をしていた。

 次に赴いたのは海岸だった──東京湾に面した一角だった。

 東京臨海副都心。

 雫は隣に立つ明日香とともに新宿から少し離れ埠頭から東京湾を横断するブリッジを臨む光景を眺めていた。

 

「ここに、なにかあるの?」

 

 こんなに穏やかな眺めではなかったが、そういえば雫が初めて明日香たちと出会った場所──彼らに助けられたのも湾岸に臨む場所だった。

 見える景色に、かつてのトラウマ(クリストファー・コロンブス)を連想したわけではない。

 ただ少しだけ──―散策のように繁華街を歩いていた時やここに来るまでよりも、少しだけ、この景色を眺める明日香の顔に険しいものがよぎったように感じたのだ。

 同じ景色を見ているはずなのに、そこに雫ではなく明日香が、別の何かを、かつてのサーヴァントとの死闘を視ているかのようで…………

 

 

 

 

 ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

「今の魔法が作られるよりも以前、魔術がまだこの世界の表側に合った最後の時代。この新宿を中心とした東京で聖杯を巡る戦い、聖杯戦争が行われていた世界線があったらしいんだ。ここではないどこかの世界。並行世界での出来事」

 

 明日香たちと別れた達也や圭たちは、アストルフォに振り回されつつもほのかや美月、エリカたちが主導してショッピングを楽しんでいた。

 もちろん、圭の役割は達也と一緒に女性陣たちの荷物持ちになることであり、アストルフォの自由気ままな食レポの財源になることであった。

 今は男性陣が入るには少々気後れする聖域──当然(?)だがアストルフォはその男性陣には含まれていない──に女性陣が入ってしまったため、男二人で休憩がてらの雑談を行っているところだ。

 

「明日香が経験した出来事ではないけれど、どうやら明日香の霊基には、その聖杯戦争に参加した英霊の記憶の名残があるようでね。それがちょっとした心残りになっているみたいなんだ」

 

 圭がこれを誰かに、魔法師に、それもよりにもよって達也に話しているのは、もしかしたら予感があったからかもしれない。

 未来を予測できるといっても、それは異能の類にまでは至っていない。

 啓示のように唐突で、確定することのできない揺蕩った未来の予測。

 魔法師 司波達也とこうして話すことは、もしかすると未来に繋がる事になるのかもしれないと、そう、漠然とした予感にもならないものがあるから。

 告げているのはこの世界とは違う異世界の出来事。

 明日香に力を与えた英霊の残照。

 

「つまり明日香が探しに行ったのは、新宿で行われた聖杯戦争の痕跡だよ」

「新宿にお前たちの言う、聖杯がある可能性があるということか?」

 

 それは達也としてはただの雑談では済まされない情報であった。

 サーヴァントというこの世界の異物を召喚できるオーパーツ。

 達也としては、サーヴァントなどという過去の亡霊を使役したいなどとは思わない。

 けれども他の魔法師、特に十師族や魔法師を国防の軍事力とみなしている者たちは望むだろう。

 今を生きる魔法師たちを損なうことなく、彼ら以上の力を自在に使役できるとしたら。

 現時点で判明している事実として、霊体であるサーヴァントは実体化していても通常兵器による物理攻撃が通用しない。そして“神秘”という魔法が魔術になる過程で切り捨てた曖昧とした力でしかダメージを通すことができない。

 それは魔術師ならざる魔法師でもサーヴァントにダメージを与えられないということ。

 そんな存在ならば、おそらく四葉の現当主──達也の叔母にして極東最強の魔女とも呼ばれる彼女が興味を抱くことだろう。

 彼女以外にも、七草や九島、国防軍。彼らはおそらく独自の調査を進めていることだろうし、魔術師たちとも接触を図っているに違いない。

 特に七草はサーヴァントの脅威を身をもって知っているだけに、それに対抗できる力を求めるのは必然だろう。

 

「勿論この新宿に聖杯はないよ。それは真っ先に探索した。だから本当に明日香のそれは杞憂にすぎない。ただ、それだけこの新宿で行われた出来事がサーヴァントとしての明日香の記憶に影響を及ぼした出来事だったんだろうね」

 

 

 

 

 ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 ──いいか、セイバー ──

 

 かつて、ここではないこの場所で、とある戦いが繰り広げられたことがあった。

 

 ──お前は正しい。東京の人々。本来なら俺たちにはまあ、関わりのない連中だけどな。それでも無辜の民たちだ。かつて俺たちが守った愛すべきあいつらと、何の違いもあるものか。俺はここまでだ。なあ、騎士の王。輝きの剣を栄光のままに振るう男よ──

 

 神威猛る古代の神王(ファラオ)。その宝具の一つである神獣、熱砂の獅子獣(スフィンクス)

 粉うことなき神代の生物にして、数多の伝説を有する劫火と暴風の概念の化身。

 不死の怪物たる獣たちを相手に、黄金の剣──星の聖剣を振るいそれらを打倒せしめた彼のセイバー(聖剣使い)は、東方の大英雄(アーチャー)北欧の戦乙女(ランサー)と共に、神王(ライダー)の宝具“光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)”へ挑んだ。

 正真正銘のサーヴァント。

 明日香のようなデミ・サーヴァントではない。

 英霊の現身。

 それでもかの神王の力は強大で、戦いの果てに聖剣使いは傷つき、東方の大英雄は己が霊基と引き換えに東京を救った。

 大英雄の宝具解放による代償。偽りの身体が崩れいく中、大英雄は“彼”に尋ねた。

 

 ──お前は聖杯に何を願う? ──

 

 

 

 聖杯戦争の舞台、東京をそこに住まう幾万もの無辜の民と共に灰燼に帰すことを定めた神王。彼の神王は“彼”に命じた。

 

 ──世界を救え──

 

 それは今なお、おそらく世界の果てにおいてなお続く“彼”の使命。

 

 ──認めよう。余は神君であるが暴君の顔も持ち合わせるが故に、こうも醜く歪み果てた世界なぞはどうにも救いきれぬ。特に是なる当世、繁栄と消費をあまりに貪り過ぎている。我が豪腕を思うさま振るうには、あまりに頼りなかろうさ──

 

 その神威を振るわんとしたのは巨悪を討つため。

 世界を滅ぼす、人類の敵対者を屠るため。“彼女”を守る騎士であった“彼”を弑するため。

 星の輝く光。

 かつて葦の海を割った奇跡の光を目にして。

 

 ──故に、此処では貴様が救え、勇者よ──

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 閉じていた目を開くと、そこに在りし日の決戦の名残はない。

 東京湾を横断するアクアラインは破壊されることなく今なお人々の脚となり、明日香ではない英霊をして不死身の怪物と評した神獣など影もない。

 

「サーヴァントというのは過去の存在。今に映し出された影法師に過ぎない。だからサーヴァントは夢を見ない。基本的に彼らは睡眠を必要ともしないしね」

 

 眠っている時に見る夢というのは、情報の整理や再現のためだとされる。

 古代においては夢を通してのお告げや神託、かなり後代においても夢占いなどが信じられていた時代もあるが、現代魔法が発展した現代ではもっと物理的な、生理学的な現象として位置付けられている。

 もっとも、魔法演算領域という無意識領域を働かせる魔法師においては、時折その無意識領域が夢に干渉するといった事例がないわけでもなく、それが魔法の再発見以前に生じていた睡眠時の怪奇現象の一部だとされているケースもある。

 しかし、今を生きているわけではないサーヴァント、英霊は夢を見ない。

 彼らがその目で耳で、五感で得た情報や感じた思いなどは現身であるサーヴァントの脳に蓄積されるのではなく、最終的には座に持ち帰って情報として処理される。

 だから人の見るような夢は見ない。

 明日香は影法師であるサーヴァントとは違い、今に肉体を持つデミ・サーヴァントなので、()()()()()が夢を見ることはある。

 あるいはどこぞの夢魔に導かれての夢。あるいは────

 

「それでも時折その繋がりを通してサーヴァントが夢を見せるとしたら、それはその英霊が経験した過去の記憶。ここは僕の中にいる霊基()がかつて召喚された聖杯戦争で経験した決戦の舞台だった場所なんだ」

 

 ここでの戦いがあったから、“彼”はその後も戦い続けている。

 東京を救い、世界を救い、そして今なお“獣”を追い続けている。

 神秘の薄れた現代において明日香がサーヴァントの力を奮うことができる──デミ・サーヴァントとして霊基を貸し与えられているのも、“彼”の使命の一端が明日香たちの目的と合致するためだ。

 

 かつての、ここではないどこかで行われたという聖杯戦争。

 それを雫は目にすることはできない。ただ明日香のこれまでのサーヴァントとの戦いからその苛烈さを想像することくらいだ。

 湾内は波も凪いでおり、この日常と同じように平穏を保っているように見える。

 けれども雫も知っている。

 その平穏の裏では、様々な事件や出来事が起きており、彼はサーヴァントという超常的な存在と戦っているのだということを知っている。

 

「みんなと合流する前に、もう一カ所だけ、見に行きたいところがあるのだけれど、いいかな?」

 

 

 

 

 

 もう一カ所、と明日香が向かった先は、新宿からほど近い住宅街であった。

 前世紀末ごろにはすでに多くの家々が立ち並んでいる。

 屋敷の大きさや外観から推測するに、雫の北山家ほどには裕福ではないが、一般家庭としては十分以上に高所得な家庭の人たちが住んでいそうだ。

 もちろん、そこにも東京湾同様、かつての聖杯戦争の名残を見せるものなどなく、魔術的痕跡もない。

 魔法師であることも、魔術師であることも関係のない長閑な平和な景色。

 ただただ普通の民家が続く、一般家庭が日々を暮らしている光景でしかない。

 やはり目的地は分からず、雫は明日香の様子を横目で見た。

 どこか緊張して、どこか愁いを秘めているような明日香。

 

 その歩調が乱れたのは、向かい側から二人の少女が歩いてきている姿を見た時だった。

 友人だろうか。明るい金髪の少女と黒髪の少女。

 どちらも翡翠のような色の瞳をしており、とても仲の良さそうな幼子たちだ。  

 花のほころぶような、見ていて微笑ましい金髪の少女も進路上で行違うこちらに気づいたようで、その視線が明日香の方に向いてハッとしたような興味深そうな顔になった。もう一人の気の弱そうな黒髪の少女は人見知りなのか、金髪の少女の背中に少し隠れるようなそぶりをとった。

 

 視線を向けられながら、けれども発する言葉はなくすれ違った。

 すれ違ってから、再び背後の方で二人で話す声が聞こえてきた。

 どうやら明日香が格好いいといった話をしているらしい。

 それも当然だろう。明日香の顔を見慣れている雫でさえ、こうして二人で隣り合って歩くとドキドキとするのだ。

 勿論それは容姿だけではないのだけれど。

 

「?」

「………………」

 

 ふと、明日香の顔に浮かんでいた不安のような色が消えていた。

 そして明日香は雫に顔を向けた。

 どこか物悲しそうで、どこか──遠くの何かに決別を告げたような、そんな寂しげな笑みだった。

 

「今日はありがとう、雫。ケイたちと、みんなと合流しようか」

「見に行きたいところはもういいの?」

 

 結局、彼が最後に見に行きたかった所というのは雫には分からなかった。

 

「ああ。いいんだ。…………いいんだ、もう」

 

 ただ、明日香の中で、なにかの整理はついたのだと、それだけは感じ取れたのだった。

 

 

 

 

 ✡  ✡  ✡

 

 

 

 一日の終わりは黄昏時へ。

 アストルフォの自由気ままな散策に付き合っていた深雪やほのかたちもくたくただ。

 彼らは彼らで鍛えているので身体的な疲労としてはさしてないだろう。

 だが、そこはアストルフォの真骨頂。周囲を騒動と混沌とに振り回すことにかけては定評があるというものだ。

 

 集合場所として指定した新宿に向かう道すがら。

 

「あっ! ほのか!」

 

 明日香と雫は荷物をたくさん持った達也と圭、そして深雪やほのかたちを見つけた。

 集合場所はまだ先だが、道が同じになるのであればそこまでバラバラに行く必要もない。

 雫の声で向こうも明日香たちに気づき、振り向いた。

 

 今日一日。

 雫は明日香と一緒に新宿を中心に街を歩いて、少しは彼のことが分かったような気がした。

 とても強く大きな力。

 英霊というその力は、きっと明日香自身の意識に、無意識に、とても大きな影響を与えている。

 自分のこととその英霊のこと。

 サーヴァントと戦って、雫の時のように人を助けようというのは明日香自身の思いでもあるけれど、おそらくその英霊の思いも重なっている。

 だから分からなくなる。

 自分が助けたいと思っているのかどうか。その思いが本当に自分のものなのか。

 

「明日香。……行こう?」

 

 だから雫は呼びかけよう。

 最初に会ったあの時に、教えてくれたその名前を。

 これからも何度でも。

 みんなのもとに行くのに、雫は明日香へと手を伸ばした。

 とても強くて、けれども消えてしまいそうな儚さのあるその不確かな手を掴むために。

 

 明日香もその手をとり────

 

「!? 雫! 下がって!」

「待って!」

 

 明日香とアストルフォが同時に、少女たちを背に押しやって前に出た。

 

「アストルフォ!?」

「サーヴァントの気配だ。みんなは下がって」

 

 圭の問いにアストルフォが答えた。

 その姿は今日これまでに見せてきた子供の様な無邪気な姿ではない、英霊として名を馳せた騎士としての姿。

 アストルフォと明日香の視線は互いを見ているようで、彼らの間にある一つの脇道に向けられていた。

 そこから感じられるのはか細い、けれども確かにサーヴァントの気配。

 

 ──こんなところで、ッッ! ──

 

 今の状況でサーヴァントと遭遇戦をするには周囲の一般人が近すぎる。

 雫達はもとより、こんな街中で宝具の展開でもされようものなら、神秘の隠匿どころではなく、そもそもどれほどの犠牲がでるかわかったものではない。

 明日香にも、そしてアストルフォにも緊張が走る。

 二人はどちらも探知能力に秀でたサーヴァントではない。けれどもこれだけ近くに来れば、いや、もっと早くに気づいてもおかしくはない。

 けれども気づかなかったのは、それほどまでにこのサーヴァントの気配があまりにも────

 

「!」

「なにっ!」 

 

 細道から現れたのは確かにサーヴァントだった。

 身の丈ほどもある弓を背に持ち、腰ほどにまである真紅の髪は、左右不揃いのように片側だけが括られている。

 サーヴァントに特有の、この時代にはないと分かる霊衣はボロボロに傷つき、一見して“彼女”が戦いに傷ついた者なのだと分かる。

 満身創痍の彼女も、この距離でようやくこちらに気づいたのだろう。小さなその顔を明日香に向けた。

 髪の色と同じく真紅の瞳。

 それが瞼に隠れ、ふらりと、少女の姿をしたそのサーヴァントが意識を失った。

 瞬間、アストルフォが、そして刹那に遅れて明日香が駆けた。

 サーヴァントとしての瞬発力をもって、少女が地面に倒れる寸前でアストルフォがその体を抱き留めた。

 

「この娘……サーヴァント、だよね?」

「ああ。それも、彼女は………………」

 

 

 

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