Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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4話

 ――――剣閃が奔り、空気を切り裂く。

 

 ニ閃、三閃。蒼銀の騎士が振るうは黄金の聖剣。

 鞘としていた風の加護を己が身に纏うことによって可能となる即時移動はもはや人間の反応速度を超えて擬似的な瞬間移動じみたものとなっており、吹き荒れる魔力を載せた剣戟は直撃すれば重装備の騎士ですら両断するであろう。

 

 しかし必殺の剣は相対する騎士の盾に受け流される。

 鎧はおろか盾ですら諸共に両断してのけるだろう剣は、恐るべき技量を備えた騎士によってその盾に傷一つつけることは叶わなかった。

 騎士の手に携えられた盾は身の丈ほどもある十字架型の盾。その中心には“円形の卓”。薄紫の髪は片目を隠しており、その身を覆う鎧は黒と紫。

 盾の騎士は受けるだけではなく、細身の剣を駆使して切りかかってくる。

 聖剣を振るう彼とは異なり風の加護を受けているわけでもない盾の騎士の動きは、彼からすると決して速くはない。だが技量と体技において隔絶たる練武の差があった。

 剣での斬撃、と見せて大盾での薙ぎ払い。

 

「――――――!!」

 

 吹き飛んでダメージを軽減することすら許さずに直撃したそれは、鎧を貫通して衝撃をその体に徹し、蒼銀の騎士の顔に苦悶を刻みつけた。

 激痛に風の加護が緩み、動きが止まる。

 体全体を回転させての大盾の一撃による追撃により、今度こそ蒼銀の騎士は吹き飛ばされ、10m以上の溝を地面に刻みつけたところでようやく停まった。

 

 ――うん。ここまでだね――

 

 蒼銀の鎧が光の粒子となって消え、世界に、あるいは脳裏に響いた“夢魔”の声がこの戦いの終わりを告げた。

 

 ――お疲れ様。どうだい、僕たちの王様の器は? まだまだ? 厳しいねぇ、ギャラハッド君は。まあ、王様と比べればね――

 

 ――君もお疲れ様。おや、まだやるつもりなのかい? まあまあ、今日のところはこのへんで。そうだねぇ、次はギャラハッド君と、そうだね、ランスロット卿の父子タッグなんてどうだい? えっ? ダメ? あはは、相変わらずだねぇ、ランスロット卿とは――

 

 ――それじゃあ、明日香君。君はそろそろ戻ろうか。さぁ、今日も1日頑張って……――

 

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 新学期。それも中学から高校へと学び舎の変わったばかりの教室の雰囲気はたとえそこが国内でも数少ない魔法師を養成するエリート高校であったとしても、普通の高校生とはそう変わりはないだろう。つまりは初めて出会い、クラスを共にすることとなったクラスメイトたちとの挨拶や自己紹介、春休み明けに再開した友人との会話を楽しむような時間だ。

 これまで優れた魔法師の卵として将来を嘱望されていたことにより周囲に溶け込めなかったこともある少年少女たちには、初めて同類に囲まれている環境というのは新鮮で、気分を高揚させている生徒も多い。

 むしろ昨日の入学式の前後に顔合わせと挨拶を済ませた生徒も多く、あるいは地元を同じくする数少ない友人知人と雑談を交わしていた。

 

「おはよう、雫、ほのか」

「おはよう、獅子劫君」「おはよう……明日香」

 

 明日香にとっては馴染みの圭が別クラスになったため、雫とほのかは昨日からのとはいえ数少ないこのクラスでの顔見知りだ。

 

 もっとも、くすんでいるとはいえナチュラルな金髪の明日香は、幾分周囲の視線を集めはした。魔法師の国際結婚が推奨され、血統の操作が自然な形あるいは“不自然”な形でなされたとはいえ、数世代もたてば日本人らしい面立ちへと収束していくものだし、整った容姿というのは魔法師の来歴を考えれば優れた魔法師のステータスといえなくもない。容姿と魔法師としての実力が完全にイコールではないとはいえ、明日香の整った容姿は特に女生徒を中心に目を引くものだし、そんな彼がこのクラスでも指折りの美少女たちへと親し気に話しかければ男子の注目も集めるだろう。

 そんな視線をものともせずに、昨日出会ったクラスメイトへと挨拶を交わした明日香は端末を操作して自らの座席を確認した。 

 

「席は……っと、雫の後ろの席か。うん、席運に恵まれたみたいだね。よろしく、雫」

 

  彼女の後ろの席であることを幸運だと、さらりと述べる彼の笑顔に雫はこくんと頷きのみを返した。

 やや素っ気ないように思える雫の態度を気にすることもなく、明日香は自分の席へと鞄を下ろし、椅子に座った。

 二人のやりとり、特に幼馴染の雫の態度にほんの少しほのかは違和感を覚えていた。

 獅子刧君と名字で呼んだ自分に対して明日香と名前で呼んだ雫。彼の馴れ馴れしさというか、外見にそぐう外国人らしい態度はほのかにとっては些かパーソナルスペースを圧迫される感があるが、雫の方はそうでもないらしい。

 昨日は自分のことで、というか憧れの人のことでいっぱいいっぱいであったから気づかなかったが、昨日からの様子を振り返るに、雫は彼のことをどこかで知っているような節がある。

 ただ彼の方はそうではないらしく、二人の距離感はどうにもチグハグな感じがした。

 そのことを二人に聞いてみようかと思ったほのかだが、その問いかけは口からでることはなかった。

 不意に、教室がざわめいたからだ。

 教室内の生徒が男女を問わず、新たに入室した生徒に注目した。

 

「おはようございます」

 

 お淑やかさを感じさせる清らかな声で挨拶とともに入室したのは、雫やほのかを上回る美貌の女生徒。今年の新入生の主席で、昨日の入学式でも答辞を行った司波深雪だ。

 

「司波さんだ、総代の」

「やっぱりこのクラスだったんだ」

 

 学年一位だからA組、という図式が当てはまるのかどうかは公開されていないが、A組に配されることとなった生徒たちにしれみればやはり飛びぬけて美しく優秀な彼女と同じクラスになれたことはそれだけで幸運なことだっただろう。

 一瞬にして、ほのかも他の多くのA組生徒たち、あるいは司波深雪が来るまでの登校途中に彼女を見かける幸運を得た生徒たち同様、心を奪われたかのようにぽわぁとなった。

 

 そんな周囲の態度や状況は、彼女ほどの美貌の持ち主であれば当たり前のことで慣れているのか、視線を集める彼女は気にした風もなく、明日香や他の生徒たちが入室してまず行ったのと同様、端末に視線を落として自らの席を確認した。

 A組の生徒の多くはその一挙一動作を熱に浮かされたような瞳で見つめ、そんな中彼女は視線を明日香やほのかの方へと移した。

 

「あぁ、司波さん。僕の後ろかな」

「えっ!」

 

 驚くほのかだが、アイウエオ順で座席が決められているのであれば獅子劫-司波なのだから席が前後する可能性は当然あるだろう。

 クラスの中で心奪われていない数少ない生徒である明日香や雫は、まあそういうこともあるかと司波深雪が自分たちの方へと歩いてくることを受け入れ、一方で昨日の様子からも司波さんに敬愛のような思いを抱いているのが分かるほのかは、その当人が自分の方に向かってくることが分かって明らかにおたたと動揺し始めた。

 

「あわわ」

 

 明日香や雫の席からは少し離れた場所に座席を配されたほのかは、朝の雑談として雫の席のところに来ており通路に立っていただけなのだが、だからこそ雫の後列に行くにはほのかとすれ違うこととなる。

 心構えの整う前に近づいてくる司波深雪に、ほのかはますますとテンパり、間近に迫った時、ニコリと微笑みがほのかに向けられた。

 

「はぅ………」

 

 それはただ自分の通り道近くに立っていたから社交辞令的なものであったのだろうが、女神のごとき笑顔を向けられたほのかはくらりとよろめき、通路のあいた司波さんはそのまま雫の二つ後ろ、つまり明日香の後ろの席へとカバンを降ろした。

 

「ほのか、自己紹介のチャンスだよ」

 

 くらりと倒れ掛かったほのかを支えつつ、耳元に顔をよせての囁きは、ほのかの意識を覚醒させた。間に明日香がおり、彼とは昨日からの知り合いであるとはいえ、まずは話しかけることこそが肝要。そして昨日な人垣に囲まれて近づくことすらできなかった彼女が、今日はこんなにも近くにいるのだから。

 挨拶ならば昨日空振りに終わったためにその分これ以上ないほどじっくりと考えてきた。エリート校である一高の一科生として、その主席に対するに恥ずかしくない挨拶をするのだ。ほのかは決意を固めて一歩を踏み出した。

 

「あ、あの司波ひゃん、ッッ!」

 

 そして噛んだ。

 気合を入れて両拳を握りしめ、その気合の入りように司波深雪は何事かと目をぱちくりとさせ、舌を咬んで涙目になり、そして恥ずかしさで耳まで赤くなって固まっているクラスメイトを見た。

 

「おはようございます、あの……」

 

 再起動が早かったのは司波深雪で、とりあえず何事もなかったように微笑みとともに出てきたのは定型的な挨拶。

 

「光井です! 光井ほのかです!」

 

 ほのかもなんとか再起動を果たし、想定からは随分と違ってしまったもののなんとか自己紹介を果たすことができた。

 社交辞令なしに一生懸命なその微笑ましい様子に、深雪は本心を隠すためではない微笑みを浮かべた。

 

「司波深雪です。光井さん仲良くしてくださいね」

「!! こちらこそ!」

 

 当初の目論見とは違う、けれどもだからこそ自然に言葉が出ていた。

 

「よかったね、ほのか」

「はぇ、雫。うん!」

 

 交友への第一歩を踏み出せたことで万感胸に迫って幸せそうなほのかに雫はひとまず祝福を述べ、自身も深雪へと向き直った。

 

「北山雫です。司波さん、お名前はかねがね。ほのかが司波さんのすっごいファンでよくうかがってます」

「ふぇっ!!?」

「……? すみません。どこかでお会いしたことありましたっけ?」

「試験会場で一緒だったみたいで、そこで一目ぼれしたそうですよ」

 

 女の子同士だからこそ言い合える会話だろう。ネタにされているほのかは恥ずかしそうに雫を止めようとしているが、そのおかげで深雪も含めてごく自然に歓談が楽しめるようになっていた。

 一方で会話の間に挟まれている形になった明日香は三人の、特にほのかの照れ具合などを見て面白そうに口元を隠して肩を震わせた。

 その様子に、人を間に挟んでいたことに今気がついたかのよう深雪は間の男子生徒へと顔を向けた。

 

「あ、ごめんなさい。貴方は……」

「獅子劫明日香です。初めまして、司波さん」

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 ――あれが現在に生きる魔術師(メイガス)……――

 

 自然な形で初対面の自己紹介をすることができただろう。

 オリエンテーションのためにやってきた指導教官の百舌谷の話を聞きながら、深雪は思考の片隅で目の前の座席に座る彼について考えていた。

 魔法がまだ魔法となる前、異能、超能力、あるいは魔術と呼ばれていたころ、その秘技を修めていた者たち。時代の波に呑まれたかのごとく消えていった数多の魔術師たち。

 “藤丸”家は現在も残っており、魔法師にも認知されている数少ない魔術師の家系だ。(無論、魔法師が知らないだけでまだ他にも多くの魔術師が生き残っている可能性は否定できないが)

 もっとも、知られているといってもそれは全ての魔法師にではない。日本においてはごく一部、百家本流の者たちや十師族だからこそ知り得ていることだ。

 2年前、 “藤丸”はそれまで隠棲するかのごとくにあったのを突如として方針転換して魔法師と接触した。彼らがそれを意図していたのかどうかは分からないが、結果として魔法師と彼ら“魔術師(メイガス)”が協力体制を敷いたことがあったのだ。

 東京を中心にして起こった魔法師子女誘拐事件。十文字家と七草家が全霊をもって解決にあたっていたこの事件は、しかし魔法師だけでは解決できなかった。このことは魔法師の頂点たる十師族の権威にも関わるため百家ですら知り得ない情報だ。

 魔法師の家門の中で、とりわけ数字をその名に関する一族の一部は“数字付き(ナンバーズ)”と呼ばれている。その中でもさらに一から十までの名を関する二十八の家柄から選出される日本最強の魔法師集団。それが十師族だ。

 深雪が普通の魔法師の家柄では知るはずのない事件、魔術師“藤丸”のことを知っているのは、他でもない、ある十師族の当主から聞いているためだ。

 十師族“四葉”。

 たまたま四の数字が名前に入っているだけの場合を除いて、“数字付き(ナンバーズ)”の家系の中に“四”は一つだけしか存在しない。

 当代における世界最強の魔法師の一人である四葉真夜を頂点に戴き、“兵器として開発された魔法師”の伝統を、最も忠実に守り続けている一族。触れてはならない者たち(アンタッチャブル)

 表には知られていないが、司波深雪は、そして彼女の兄は四葉の血族、それも直系である。

 そしてその当主であり叔母である四葉真夜から直々に今年同学年として入学してくる“魔術師(メイガス)”のことを聞いたのだ。

 四葉は十師族の中でも七草と並んで最有力と目されている一族だ。それだけに七草家が一騎当千の魔法師を抱える十文字家と組んでも事件を解決できなかったという事態を軽視していない。それを解決に導くために介入してきた“藤丸”のこともだ。

 藤丸圭と獅子刧明日香。

 彼らは幼馴染であると同時に従兄弟でもあるらしい。名前からするとBクラスとなった藤丸圭の方が主家で獅子刧はその分家のような存在なのではないかと推測できるが……そう、推測だ。

 世に恐れられる四葉の力は何も魔法戦闘力のみのことだけではない。数では七草に及ばないが、裏仕事を受け持つ分家や協力者など、諜報力においても十師族の中で抜きん出ているのだ。

 その四葉の諜報力をもってしても“魔術師(メイガス)”の内情、特に今になって表舞台に上がってきた理由を探ることはできなかった。

 近年になって、分かっている限りにおいては3年前の大亜細亜連合の沖縄侵攻と前後するあたりから彼らの活動が活発化しており、藤丸圭と獅子刧明日香の二人が日本のあちこちを移動しているとのことだ。

 当主からは“深雪”が彼らの探りを入れたり、敵対したりする必要はないとのことだが同じクラスになってしまえば、まして席が前後になってしまえばまったく関わりあいにならないというのは難しいだろう。それでなくとも、「学友なのですから仲良くなさってくださいな、深雪さん」という叔母からのお言葉と目の笑っていない微笑みをもらっているのだから。

 

 藤丸の方は分からないが、獅子刧明日香は深雪から見て、とりわけおかしなところがあるようには見えなかった。

 日本人離れした顔立ちとくすんだ金髪をしてはいるものの、魔法師であればその成り立ちから日本人以外の血が混ざっていても不思議ではないし、血統確立の過程で自然ではない要因が紛れ込んでいてもおかしくはない。魔術師(メイガス)が魔法師と同じとは限らないが、似たようなことをしていても不思議ではないだろう。

 

 

「ちょっといいですか、司波さん?」

 

 そこまで深く考えに沈み込んでいたわけではないが、指導教官による簡単なオリエンテーションは終わり、準備時間の後には各々の判断で校内の見学するもよし、あるいは実技授業の見学をして一科生の特権である先生のレクチャーを受けるもよしといった時間になった。

 深雪がクラスメイトとなった男子生徒から声をかけられたのは、準備時間になってすぐ、まだ席を立つこともしていない初動の前だ。

 

「なんでしょう?」

「司波さんはどちらをまわる予定ですか?」

 

 数名の男子生徒に机を囲まれて、その内の一人からドキドキを隠しもしない顔で尋ねられた深雪。

 

「私は先生について――」

「奇遇ですね! 僕もです! やっぱり一科なら引率してもらうほうですよね! 補欠と一緒の工作なんて行ってられませんよね」

「いえ、そういうわけでは……」

 

 男子生徒の反応は、深雪がどんな回答をしても第一声が“奇遇”にも決まっていたかのような食い気味な反応だった。しかも出て来る言葉と一緒に漏れているのは彼女の兄である二科生を小馬鹿にしたような言動。

 反感を覚えるものの初日からあまり目立って不和を招くようなこともできずに顔を曇らせそうになるも。

 

「だったらもう集合場所に急がないといけませんね!」

 

 そんな彼女に助け舟を出してくれる子がいた。

 男子に囲まれている深雪の、その間に強引に体を割り込ませて入ってきたのは、先程自己紹介をした光井ほのかだ。

 その強引さは、ほのかが今度こそ声をかけるガッツを出したのに加えて明らかに困惑している深雪を助ける意図もあったのだろう。

 

「そうですね、光井さん。行きましょうか」

 

 幸いとばかりに深雪はほのかについて席を立った。

 さしもの男子たちも、女子同士が仲良くしている間に割り込むことはできずに反応が遅れる。

 そしてガッツを出したほのかの友人、雫はほのかについて行くべく席を立ち、離れる前に後ろの席の明日香にも声をかけてみた。

 

「明日香はどうするの?」

 

 雫の問いに明日香はチラリと近くの男子生徒――深雪に置いてけぼりをくらって未練がましく後を追おうとしている人たちを見た。

 雫のこの問いはお誘いととることもできるし、雫とともに行けば先程挨拶したばかりの自分が帯同するくらいは許されるだろう。

 だがここで男子である自分がついていけば、彼らがまた司波深雪を取り囲む理由になる。

 

「僕はそうだね……校内を見て回りたいから、別行動をとらせてもらうことにするよ」

「……そう」

 

 明日香の視線からその答えはある程度推測できたのだろう。一見すると特に表情の変わることのない、クールなままの反応。

 その内心が、僅かばかり残念さを感じていたとしても仕方ないことであるし、隣のクラスに行った幼馴染が何かやらかさないかという懸念もある。

 

 

 その後、雫とわかれた明日香はひとまず隣のクラスに行って圭を見つけ出し、案の定女の子に声をかけて、その赤毛の女の子に偶然の出会いの喜びと運命的な愛を囁き始めようとするところに割り込むことになるのであった。

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

「まったく、君というヤツは何をやっているんだ」

 

 校舎内を歩く魔術師二人。

 

「おいおい、無意識にやっている君と意図的にやっている僕。どちらも大差はないだろう? レディに甘い言葉を囁きかけるのを君に責められるいわれはないよ。君の方も雫ちゃんにほのかちゃんだっけ。かわいい子じゃないか」

 

 明日香は先ほど早速女の子へのアプローチに精を出している圭へと苦言を呈し、圭は圭で明日香に物申す。

 そのいいように、少しばかり思うところが無きにしも非ずなのか、明日香が眉根を寄せた。

 

「それなんだが……お前、あの子のことで何か隠してないか? 彼女は……」

 

 それは直感。彼女の――北山雫という少女を見たときからなんとなく抱いていた言語化できない感覚。

 彼女は自分を覚えている。

 そんなはずはないのに。そんな記憶があるはずがないのに……

 

「う~ん、やっぱり鋭い。そして鈍い」

 

 じとーと睨まれた圭はニコニコ笑顔で明日香の鈍いのか鋭いのかよく分からない直感を評した。

 

「ケイ」

「まぁまぁ。そんな大したことじゃないよ。それにほら、英霊となった探偵も言っていただろう。“自分の考えた正しいと得心できるまで、口外せずに熟慮する”。それでこそ真理に辿りつけるというものだよ。ワトソン君」

 

 再び呼びかけられた圭は、しかし明日香の直感に応えることなくはぐらかした。

 あからさまなそれに、明日香ははぁとため息をついた。この勿体ぶったことが好きな幼馴染の性分をよく知っているからだ。

 

「それに、こっちはこっちで下準備がいろいろあるのさ。話しかけてたあの子も少しばかり面白そうな経歴だし。情報収集は大切だよ」

 

 ただ、それは100%彼の愉悦のためにというわけでもないらしい。

 

「なにか視えたのかい?」

「いや。今のところは何も。けど、前にも言ったように、ここでの人間関係こそが、特異点の収束と解決につながることだけは、多分確かだ」

 

 魔法でも魔術でもない藤丸圭の“異能”。

 それがこの“未だ発現してない特異点”の解決につながるのだと、見通していた。

 

 

 


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