Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~ 作:バルボロッサ
1話
輝きが視界を覆い尽くしていく。
そこは戦場であった。
無辜の民たちが逃げまどい、現代において力ある者と見做されている魔法師ですらも倒れ逝く戦場。
戦端が開かれたのは、侵略された側からすれば突然のことであった。
たしかに備えはなされていたが、それは他国との戦争を想定したものではなかった。
異国の侵略者たちが繰り出した直立戦車は奮戦する魔法師たちによって破壊され、けれどもそんな魔法ですらも通用しない超常すらも逸脱する神秘――サーヴァントたちが戦場にその武威を示すことになるなど、誰が予想しただろう。
この世ならざる幻馬が空を翔け、次元すらも跳躍する幻馬を黒の輝きをもつ舟が追う。
黒の靄に包まれた狂戦士が猛虎の雄たけびを吠え、大弓を繰る王妃が仲間と共に迎え撃つ。
蒼銀と赤髪の騎士たちが振るう剣は、一振りごとに周囲を薙ぎ払い、大地を抉り、苛烈を極めていった。
機械兵器と魔法、そしてサーヴァント。整えられた街は瞬く間に蹂躙されていき、破壊の跡を巻き散らす。
そうした激闘の末、幾人ものサーヴァントがすでにこの戦場の中で倒れ、幾人もが消滅する苛烈な戦場に現れたその輝きは遍く地上を染めつくすかの如くだった。
地上に現出する恒星の如き輝き。
「―――――――、」
もはや目を開くことも難しくなるほどの輝きの中心には蒼銀の騎士。
その姿を露わにした黄金の剣が、かつて松明を千合わせたよりもなお輝くと評された至高の聖剣が、暴力的なまでに彼の魔力を喰らい、その真の名が解き放たれる。
「――――――!!!!!」
古の騎士たちの約定の下に解放された星の聖剣が、赤雷の降り注ぐ魔法師たちの戦場に、今―――――――採決を下す。
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とある豪邸の一室にて、少女の姿をした者がまどろみの中にあった。
それは厳密な意味での睡眠ではない。
睡眠とは脳と体の休養であり、生者が行う行動の一つ。死者が行うそれは一時の睡眠ではないのだから。
そしてその意味で彼女は生者ではないのだから、睡眠とは呼べないだろう。ただ気を失っているだけ、あるいは心の整理をつけるための安らぎの時であるのかもしれない。
「………………………………、ッ」
赤い髪の少女の可憐な顔が苦悶に歪む。
同室で様子をうかがっていた雫とほのかが身を浮かし、タブレットで書籍を眺めていた明日香もタブレットを閉じて顔を上げた。
雫とほのかの行動は少女への心配からだが、明日香は備えるためにここにいる。
日本でも屈指の富豪である北山家。その愛娘である雫の寝室に今、明日香はいた。
とはいえその目的は意識を失っているこの少女――いずこかの英霊であるこの少女の手当のためだ。
新宿散策の最後に遭遇したサーヴァントであるこの赤髪の少女は、出会ったその瞬間に意識を失って倒れてしまった。
それ以前に何者かと交戦をしたのか襲撃を受けたのか、いずれにしても少女の身体には負傷があちこちにあり、身に纏う霊衣にも破損が見られた。
サーヴァントを良く知る圭と明日香としては、彼女の回復にしろ目覚めた後の対処にしろ、藤丸の屋敷に連れて行くのがもっとも安全で現実的だと考えていたのだが、それには待ったがかかった。
なにせ相手はサーヴァントだとはいえ少女の姿をしているのだ。しかも気を失っており、サーヴァントだと証明できるのは(少々ならず奇異な装いをしてはいるが)魔術師である圭と明日香、それからアストルフォの証言でしかないのだ。
アストルフォを入れたとしても男所帯である藤丸の屋敷に(しかも両家の親はどちらもいないらしい)気を失っている少女を連れ込むともなれば外聞が悪いどころではない。
雫や深雪たち以外に目撃者をつくらなければと、そういう問題でもない。というか彼女たちに見られている時点で論外だ。
勿論普通の病院に連れ込むことなどできるはずもないし、そもそも意味がない。
協議の結果、迎えを呼べて表沙汰になりにくく、女性陣からの訝しみの視線がないという条件で北山家に運び込まれることとなった。
ほのかの家は一人暮らしで迎え入れても看病するだけのスペースがなく、エリカの家は警察関係者が大勢出入りしているしどちらかというと男所帯だ。そして深雪と達也の家も選択肢はなく、レオの家や一般家庭である美月の家を除外するとそこしか選択肢がなかったとも言える。
万一の保険として明日香が同行することとなり、そちらに対する保険としてほのかが同行するという、明日香にしてみれば頭の痛い結果となった。
「気がついた?」
「ここ、は……?」
苦悶の声は目を覚ます前触れだったのだろう。
うっすらと目を開けて、真紅の瞳を見せる少女に雫とほのかが安堵し、少女の方は現状にいささか混乱しているようだ。
真紅の少女が二人の少女を認識し、それが魔術師でもない唯人であることを認め、ついで自身がいる室内を見回して、明日香を見つけた。
ハッと気が付いた素振り。
「アーチャーのサーヴァントとお見受けします」
行動は素早く、警戒の行動を起こされるよりも先手を打って明日香も声をかけた。
遭遇時の状況から察するに、彼女は何某か、おそらくサーヴァントと交戦していたのだろう。そして気を失って、目を覚ましたら正体不明のサーヴァントが間近に控えている。
警戒するには十分すぎるシチュエーションで、けれどもそれをさせると明日香としてはいろいろと困る。
「私はセイバーのクラスのデミ・サーヴァント。獅子劫明日香です」
なので先手を打って、敵意のないことをアピールしておく必要がある。
「ここは彼女の屋敷で、気を失った貴女をひとまず看病するために場所を提供していただきましてね。魔術師ではない一般のお屋敷です。見ての通り、敵対するつもりはありませんので、できれば破壊はしないでいただけると助かります」
元々は好戦的な性格ではないのだろう。明日香の対応に少女は手に集めていた魔力、おそらく武具の具現を中断し、ややの落ち着きを取り戻した。
明日香よりも近くにいるのが、サーヴァントから見て無力にも等しい唯人だからというのもあるだろう。
「貴女の……?」
そしてあらためて雫に目を向けた。
間違いなくサーヴァントに所縁あるものではなく、神秘を操る者でもない。
この世界に召喚されたサーヴァントであれば、召喚時にある程度の知識は付与されてはいる。
実際に、全くことなる言語体系でありながら、会話の内容はつながっているし、現代においては“魔法”という技術が発展しつつあるということも知識として分かっている。
だからサーヴァントの気配を宿す彼ならばともかく、サーヴァントからすれば無力同然の少女の方にこそ、今は驚きがあった。
「失礼しました。ありがとうございます。私の名はシータ。今回はアーチャーのクラスにて現界したサーヴァントです。お名前を教えてくださいますか?」
言葉はすでに名乗った明日香ではなく雫たちに向けて。
ただ、アーチャーがあっさりと真名をバラしたことに、明日香は驚きを感じて眉を動かしていた。
「北山、雫です」
「光井ほのかです」
名前を告げる。
そのことの意味を深くは知らない二人は、サーヴァントという超常の存在、けれども儚いほどに可憐な少女の姿をした彼女の敵意を感じさせない様子と、しっかりとした受け答えに安堵しつつ名乗りを返した。
覚醒直後の混乱でこそ危険はあったが、アーチャー:シータの性状はこれまで雫たちが遭遇したどのサーヴァントよりも穏やかなものだった。
アーチャーのクラスで現界してはいても、本来の気質として戦闘タイプの英霊ではないし、肉体の年齢が雫たちと同年代から少し幼いころとして成立しているために、精神的にもそれに引かれているのだろう。
そして危険さえなければ、室内は女子たちの寝室。そこにいつまでも居続けるのは明日香でも精神衛生上好ましくない。
雫たちもアストルフォという前例からサーヴァントが危険なだけの存在ではないことを実感しており、そうなればあとは女子同士慣れたものだ。
室内から退去して扉を閉めた明日香は、個人の邸宅にしては長い廊下の先から視線を感じて振り向いた。
立っていたのはメイド、あるいはハウスキーパーと呼ぶべきなのだろうが教育の行き届いた所作と制服からはむしろメイドという呼称を贈るべきだろう。
オートメーションロボに家事を任せることのできる昨今、家庭にメイドがいるというのは珍しいというべきか、それとも日本屈指の富豪の邸宅ともなればそれも当たり前だとみるべきか。
視線を向けると楚々として優雅な一礼をしているのは、声に出さずとも用があるからだろう。
ちらりと、閉めた扉を流し見て、その向こう側の気配が凪いだものであるのを視て、明日香はメイドの方に足を向けた。
誘われるままに足を運んだ先は客間だった。
そしてそこに居たのは夏のバカンスの際にわずかな時間だけ話したこの家の主。
席を勧められて対面に座ると、メイドたちが澱みないタイミングで茶器を運んでくる。
「夏休み以来だね」
北山―― ビジネスネームを北方潮と名乗る雫の父だ。
ただの友人の関係であれば、男子が事前の約束もなしに訪れるには遅い時間だ。やり手の実業家として忙しい潮が対応することはないか、あるいは娘につく悪い虫への対応のためにであろう。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「いや、むしろ君とこうして話す口実ができてよかったよ。君は受けてはくれないだろうけれど、君に対してのお礼があの時だけのことで十分とは思っていないからね。今回のことも、雫が自身で決めたことなのだろう?」
それでも彼自らが出迎えたのは、相手が娘のただの友人だからではない。
金銭や感謝をまるで受け取ろうとしてくれなかった娘の恩人が、事情あってのこととはいえ訪ねてきたのだ。その訪問が厄介ごとと一緒だとしても。
「……不安ではないのですか」
「うん?」
「魔法師たちの協会から聞いているのでしょう? 私とかかわりを深くすればかつてのように雫は危険な目にあうかもしれない。今回もそうです」
魔術師からの情報提供として七草家と十文字家を通してサーヴァントのことは秘密裡に伝えられている。
本来魔術に絡むことは秘匿の義務があるが、特異点、あるいは異聞帯となりつつあるこの世界においては秘匿よりも魔法師たちの協力を得ることの方が意義が大きい。(ただ、藤丸家が開示できる魔術の知識などたがが知れているが。)
雫の母親、潮の妻である北山紅音は軍事力として期待されている魔法師の中でもとりわけ高ランクであるA級魔法師だ。
十師族や魔法協会の役員というわけではないが、この国の魔法師としてはかなり貴重な存在といえるだけに、そしてそんな妻や優秀な魔法師でもある娘を溺愛している潮ならば魔法協会などから情報収集は怠っていないであろう。
実際、切り出されたその話の内容に潮は韜晦するのではなく、真剣な表情となった。
サーヴァントは魔法師では倒すことができない。
かつて雫が誘拐された折にも、魔法師の護衛は居た。けれどもサーヴァントはそれを容易に薙ぎ払い、容易く愛娘を攫って行った。
それはまじかにサーヴァントという存在を、良い面にしろ悪い面にしろ見る機会のある雫よりも、むしろ忘れ難きトラウマとして彼らの方にこそ残っているのだろう。
潮は言葉を整理するためにか、気持ちを整理するためにか、一口、ティーカップに口をつけ、ややゆっくりとした動作で机に戻した。
「そうだね。本音を言えば、ああ、不安で仕方ないとも。妻は、あの娘を君に近づけるのにすら心配を抱いている」
ここには同席していない雫の母。彼女は雫が明日香たち魔術師に近づくことに、率直に言って反対の立場なのだろう。
魔法師としてのA級ライセンスというのは、当然ながら自身の魔法師としての優秀さを示すものではあるが、魔法が軍事力と直結している昨今、高ランクの魔法力というのは自身だけの問題には留まらない。留まれない。
兵器としての魔法師の在り方、それは人としての幸福の在り方とは相反するものでもある。
ゆえに自身が高ランクで、そしてそんな優秀な血を受けて、たしかな魔法力を示している娘の身を案じているのは母親として当然なのだろう。
そんな愛娘にさらなる危険を齎すであろう魔術師やサーヴァントという存在を遠ざけたく思うのも、仕方のないことだ。
けれども、それでも、潮がたしかに愛娘への愛情と心配とを抱いていながら、明日香が近くに在ることに明確な反意を示していない。
「だが、順序は間違えてはいけない。君と関わったから雫は危険な目にあったのではない。危険な目にあったから、君たちに助けられたのだ。それは感謝してもしきれない」
それは筋が違うから。
明日香たちと関わる前から、この世界は危険なことが数多くある。魔法師であればそれらの幾つかに対処する術を身に着けられるのと同時に別の危険に触れることになる。
軍に出征を求められることもあるだろう。魔法力を生かした何らかの兵器や産業に組み込まれることもあるだろう。
「サーヴァントという存在については、ある程度は聞いている。彼らがまた雫や、妻に牙をむくことがないと言い切れはしない。それは君が関わっていようと、いまいとだ」
これから先、雫が明日香の近くにいることで危険な目にあうかもしれない。
けれどもかつてのように、明日香のいないところで、サーヴァントのような魔法師ですらも及ばない超常的な存在と出くわす可能性だってある。
危険の可能性を上げればきりがなく、だからこそそれを避けようとすれば、それは雫の未来を奪って籠の中に閉じ込めてしまうものでしかないのだ。
「なら、雫が君の傍に居たいというのなら、私はそれを尊重したいと思う。おっと、君が、どう思っているのかは脇に置いておくとしてだけれどね」
だから決めるのは親ではなく
もちろん可能な限りの、できうる限りの庇護と助力は今後も惜しむつもりはないが、あの至高の輝きを閉じ込めることなどあってはならない。
そこに明日香が、憎からず娘のことを思い、関わってくれるのであれば、それを否定するつもりは潮にはない。
明日香に雫を護る義務はない。
彼と雫のつながりは、始まりは助けた者と助けられた者で、今も言葉にすれば同級生のクラスメイトで、ほかよりも多く話す機会のある親しい友人。
彼にとって、ほかに護るための、救うための優先すべき使命は間違えることなくある。
そのための“藤丸”の魔術。そのための力。そのためにこそ、“彼”はその霊基を明日香に与えてくれたのだから。
「護ります。必ず」
だからこれは、使命のためではない。
ただ護りたいと、この世界における一個の“明日への光”を護りたいと、そう思ったからこその、誓いの言葉だった。
✡ ✡ ✡
東京から離れた某所にある繁華街。
その街にひっそりと設置されている井戸の端で一人の“サーヴァント”がずぶ濡れの男たちを出迎え、慇懃な笑顔をもって出迎えた。
「ようこそ皆様。まずは着替えてお寛ぎを」
ずぶ濡れの彼らは大陸からの来客者。
ここからほど近い埠頭の沖合で一線、この国の防人どもに襲撃を受け、そこから逃走してきたところだった。
潜入という目的を持った者たちと警備という目的を持った者。襲撃を受けて逃走したのが彼らとは言え、目的を果たしたのがどちらかとうとここに辿り着いた以上、彼らが戦略的には現時点で勝者と言えた。
だがこれは始まりに過ぎない。
そう、大国としての国力に比して魔法後進国だなどと
だがそれは―――――
「いつから貴様は、周公瑾などというモノになったのだ?」
始まりなのだろうか?
「方便ですよ。彼らにとってはその名前の方が都合がいいので」
魔法師たちが彼の表向きの部下に案内されて行った後、 暗闇から声かけてきたのは、赤い髪をした偉丈夫。彼の
今はそのクラスを象徴する武具をもっていないが、それでも身に纏う覇気は溢れんばかり。
先の魔法師たちが気づかなかったのは彼がその気配を隠していたからか、それとも皇帝たる彼の威を感じとるだけの感受性を失っているからか。
もっとも、すべては仮初に過ぎない。
神威の代行者だなどと名乗る不埒な
サーヴァントとして現界を果たしている己が身ですらも。
周公瑾。
大亜連合の母体となったかつての国の、その悠久の歴史の中にその名を刻む英雄の名前。
今のこの霊基は、完全なる自身のものではない。
完全であるはずがない。
救世主ならざる存在でありながら、主の御心に反する魔術などという邪術による仮初の復活など、あっていいはずがない。
ゆえにこそ、
全ては断罪のため。
悪しきがはびこるこの醜悪なる現世を断罪するため。
ゆえに今は使えるものはなんでも使おうではないか。
傲岸不遜な剣帝であろうと、愚昧な農奴であろうが。
この国を侵さんとする輩も、この国にのさばっている輩も、いずれも神の御業ならざる邪術を崇拝する価値なき者どもにすぎないのだから。醜く相争って互いをむさぼる末路こそが相応しい。
「どうやらアーチャーが向こうの手に渡ったようですね」
「なんだ。アイツは仕留めそこなったのか」
この剣帝は鋭い。
こちらの思惑を見透かしたうえで、なお、こちらを利用するためにここにいるのだろう。
「どうやらまだ霊基がうまく馴染んでいないようですね」
「王を名乗る者が無様なことだ」
彼の名は人類史に刻まれたものではなく、なればこそ人理の防人たるの役目もない。
そして過去を消された存在であるからこそ、サーヴァントとしての約定もない。
「貴様のお遊びは俺には興味がない。せいぜい、お膳立てを整えることだな」
剣帝の目的は“彼”。
カルデアのマスターでも、魔術師でもなく、ただ一人――生前の因果宿すかの騎士のみが、彼を今世に招き留める理由。
FGO第2部もいよいよ5章がはじまりますね。
そして最近の主な出来事といえば、まずはLost Zeroがオフライン版になったことでしょうか。入手できなかったカードを閲覧できるので助かっていますが、今後追加されないので私は寂しい……(ボロロン)
あとはハロウィンが平成に置いて行かれたことと、なぜかサンバが消えてしまっていることでしょうか。
そしてなんと言ってもえっちゃん可愛い!