Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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2話

 

 国立魔法大学付属第一高校では先ごろ生徒会長の選挙――信任投票が行われ、生徒会長が選ばれた。それに伴い生徒会役員や風紀委員のメンバーにも新しい顔ぶれが見られるようになった。

 なった、のだが、学校における前生徒会長である七草真由美の重要性が減じたとするのは早合点といえる。

 生徒会長でなくなったとはいえ、十師族七草家の長女であることに変わりはなく、これまでの実績が消えるわけでもない。

 彼女は七草だから生徒会長になったわけではないが、学校側も彼女にはいろいろと遠慮と配慮を行っている。

 たとえば魔法師に対して好意的な施策を推進していこうとしている政治家の対応なども七草真由美がいたからこそ円滑に行われていたとう事情がある。

 世間は必ずしも好意的な印象だけを抱いているわけではない。非魔法師は魔法の力を肉眼で見ることはできず、その力の詳細についても理解はしていない。

 ゆえに目に見える武器もなく、突然に人を殺傷することもできる、あるいは人を思い通りに支配することもできる不気味な異能というのが非魔法師――特に反魔法師思想の人々に植え付けられる認識だ。

 そして一方で魔法の力を軍事力として捉えている政治家も多いことから、魔法師を人ではなくただの兵器として見做す風潮は決して政治家の中においても少数派ではない。

 そんな中で魔法師に対して好意的な政治家は貴重で重要だ。

 七草家は十師族として表立って政治権力とは関係をもたない立場ではあるが、特に魔法師がらみの事件において国防で重要な役割を負っている。であれば無関係のはずがない。

 そして真由美はその見目もよく、スター性もあり、政府の役人の中には彼女のファンのような人もいるのだ。

 

「父からもあなた達には極力便宜をはかるように言われているのだけれど……」

 

 なので学校側としても真由美の要望は無下にできないこともある。

 それが私事や彼女の価値観に基づくものであるのならば互いにわきまえるところだが、今回の件については学校側、もっといえば魔法師として求めている情報につながることだ。

 真由美は目の前に座る魔術師二人から野良のサーヴァントを保護したという事情の説明とその横に並ぶ初見の少女を見てため息をついた。

 

「…………はぁ……達也君といい貴方といい、本当に……」

 

 弓兵(アーチャー)のサーヴァント、本来の名前をシータというらしい少女は、自身を含めて(客観的な事実として)容姿の端麗な者が多い魔法科高校生と比べても、そして彼女の知る限り最も美人だと断言できる司波深雪と比較しても、遜色がないほどに可愛らしい娘だ。むしろ評するのならば神々しいといえるかもしれない。

 今日こうして話をするのに先んじて、明日香と圭たちが、というよりも北山家でサーヴァントを匿うことになったという連絡を受けている。

 それは余計な猜疑を減らすために必要でもあった。ただ、そのサーヴァントを七草家、あるいは十師族に渡すことは認めなかったが。

 サーヴァントは北山家が、そして北山家は獅子劫明日香が責任をもって保護することを魔術師・藤丸が宣言したのだ。

 夏休み中、真由美は明日香とお見合いをした。

 より正確には獅子劫明日香と七草家の三姉妹とで、特に末の妹である泉美とだ。

 結果は七草家としては残念な、つまりは結実しなかったわけだが、泉美の様子はむしろ弾みになったらしく、今までは単なる憧れであったのが目標、あるいは目的として明確になったかのようだった。

 だからそれ以来の初の対面が隣に絶世の美少女を添えてともなればため息の一つや二つ、つきたくもなる。

 

「なぜそこで達也と並べられるのかが分かりませんが、何かあったのですか?」

 

 ましてつい先ほどのことだが、同じように絶世の美少女をほとんど常に侍らせている男子(司波達也)から「先輩の据え膳なら、遠慮なくご馳走になります」という危ないセリフを密着できるほどの近距離でコメントされたところだ。

 泉美とのお見合いが不首尾に終わったのだから明日香が誰と付き合おうと口出しできるものではないのだが、それでも北山雫とのことといいこれでは……

 無論、それはあてこすられている側としてはわざとやっているわけではないのだろうが。

 

「いいえ、何でも。こほん。学校側を説得することはできると思います。正直、サーヴァントのことを知る機会、接する機会が得られるのはこちらとしても有難いですから」

 

 それは脇に置いておくとして、友好的なサーヴァントが自らこちらに歩み寄ってくれるというのであれば、それは好機というしかない。

 戦闘タイプではないサーヴァントと、その周囲の状況の保護のため、()()()()()()()()()()()()()()()という措置。

 第一高校は全国の魔法科高校の中でもとりわけ難関校であり、そこに入学するために多くの学生が努力を積み重ねて、それでも優劣をつけられてしまうような苦界ではある。

 そこにサーヴァントだから、十師族の命令だから、というだけでの特別措置ではほかの生徒たちはもとより学校側も納得はすまい。

 七草真由美にかなりの特別的配慮を行っている学校側も、彼女がただ十師族の子女だからというだけで特別待遇をしたわけではない。

 むしろ現校長は政治家や十師族、魔法協会に対しても、時に巖として意見をはねのけることのできる猛者だ。

 けれども今回、ことは魔法師全体にとっての益につながるかもしれない。

 サーヴァント ――――英霊。

 人を、魔法師を超えた超常の存在にして過去の偉人。魔法が切り捨ててきた神秘の具現。

 現代の魔法でも再現できない、まさに動くオーパーツ、聖遺物といっても過言ではない。

 魔法師としても、七草家としても、苦汁を飲まされた存在であり、だからこそその対抗策などを含めて彼らを解析したいと思うのは、魔法の研究者ならずとも思うことだ。

 真由美としては、人のように見える彼らを文字通り研究対象として扱おうとは思わないが、七草の当主である父や、軍部の研究者などであれば、あるいは十師族のいずこかであれば、彼ら彼女らを実験動物のように扱うことも辞さないだろう。

 それだけサーヴァントという存在は畏怖の対象であり、魅力のつまった存在なのだ。

 そんなサーヴァントが向こうからことらに敵意以外の在り方で近づいてきてくれているのだ。

 逃す手はないと、学校側も考えるであろう。

 現存し、魔法師たちと関わりをもとうとする唯一の魔術師である藤丸家が目を光らせている以上、無茶な真似はできないが、それでも学校内に囲うことができれば情報を得る機会も多くなる。

 実のところ、九校戦で友好的なサーヴァント(アストルフォ)が出現した時も、十師族の緊急会議で似たようなことは提案されていた。

 残念ながら、そちらは当のサーヴァントと、彼の気質・性格を鑑みた藤丸家に阻まれたが。

 今回は藤丸家からの申し出だ。

 サーヴァントを、そして魔法から失われた神秘を解析するための絶好の機会。

 逃す手はない。

 

「ただ、こっちからも明日香君にお願いがあるんだけど」

 

 そしてそれはそれとして、藤丸側からのお願い事を受けるのであれば、こちらとしてもその機会に縁の結びつきは強くしておきたい。

 貸し借りなし、ではなく持ちつ持たれつの関係を結んでいくために。

 頷かざるを得ないのは真由美の小悪魔的なウィンクに魅力を感じたからでは断じてないだろう。

 

 

 

 

 

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 第一高校のその日の登校風景は、いつもと違っていた。

 特に男子、時に女子の視線が一人の少女に集まっている。それはこの学校でこれまで、衆目の視線を一身に浴びていた氷雪の少女ではない。

 今年の4月に司波深雪が入学して以来、登校時に彼女の後光輝くかのごとき美貌に見惚れて歩みが滞るのはいつものことであったのだが、その日、衆目を集めていたのは一高の制服を身に纏う見慣れぬ少女だった。

 背丈は隣を歩く一科生 ――北山雫と同じくらいで、同年代である1年生の中で見るとやや小柄な部類だろう。体型も一緒に話している少女――光井ほのかと比べるとかなりスレンダー、というよりも北山雫同様に起伏に乏しいと評することのできる体型だ。

 だがその容姿は、彼女たちと仲よく話す司波深雪と比べてもなんら引けを取らない。

 

「なんだか、照れますね。みなさんに見られているようですが、当世のこの衣装。私が着ていてどこかおかしいところがあるのでしょうか?」

「ううん。大丈夫」

「よく似合っていますよ、シータさん」

 

 司波深雪が神々の作り出した美の細工だとするならば、その少女は神々の現身であるかのよう。

 左右二つにまとめられた赤い髪は腰ほどまでもながく、深雪とは別ベクトルで、けれども愛らしい面貌には、慣れない当世風に身を包んだ自らの装いに恥じらいの色を差している。

 

 藤丸圭と七草の、そして学校側との交渉の結果、サーヴァントの監視の保護という名目で用意されたのが特別編入生として今日から第一高校に通うことになったアーチャー:シータの姿だった。

 

「…………」

 

 少し距離をおいてアーチャーを監視している明日香は、この数日ですっかり仲よくなっている雫やほのかの姿に眉を寄せた。

 

 現状、藤丸のサーヴァントとしての戦力といえるのは明日香と漂流者のアストルフォだけであることを鑑みれば、友好的なサーヴァントであるシータ(アーチャー)の存在はありがたい。

 シータと敵対的な行動をとったサーヴァントの存在がある以上、シータを抱え込むということは襲撃の危険性を抱え込むことと同義ではあるが、そういった行動をとっているサーヴァントはそもそも敵である可能性の方が高い。

 むしろ知らぬ間に消滅させられていなかったのだから、戦力の補充の観点からは幸いといえた。

 もっとも、シータ自身にはアーチャーとして誇る武勇があるわけではないので戦闘系サーヴァントと比較した場合、戦力としては弱いことは否めない。

 ただ、明日香が顔をわずかにしかめたのは別の理由からだ。

 サーヴァントが生者と親し気に言葉を交わし、親交を深める。

 雫やほのかが魔術師であるならそれもよかった。魔術師であればサーヴァントに影響を受けようとも最終的には“使い魔”である彼女たちの結末を理解しているはずだから。

 だがそうではない。

 アーチャーはおそらく理解しているはずだ。

 サーヴァントは生者ではなく、死者。過去の影に過ぎない現身でしかないのだ。

 けれども雫たちは魔術師ではないがゆえに、そして魔法師としても、人の姿をしたものを人ではないと割り切ることのできるような魔法師でもないがゆえに―――――。

 苦々しい思いに、思索にふけり過ぎた。

 アーチャーは当然気づいていただろうが、少しばかり動きが鈍ったことで雫もまた明日香の姿に気が付いた。

 気が付いてしまったら、登校中に友人の姿を認めて素通りすることもできまい。まして仲の良い間柄であれば挨拶や話を交わすのは当然になる。

 だからアーチャーを連れた雫とほのかが明日香の方に歩み寄ってくるのも当然なのだろう。

 彼女たちは何事もないかのように明日香と挨拶を交わし、

 

「御勤めご苦労様です。獅子劫さま」

「…………」

 

 花咲くような微笑みとともにアーチャーも味方となったデミ・サーヴァントに挨拶をかわした。

 キャスタークラスとまではいかないだろうが、アーチャーのクラスはセイバーのクラスに比べて得意とする距離(レンジ)が広い。それだけに気配感知においては明日香よりもアーチャーの方が上だ。

 アーチャーを監視、保護できるだけのレンジに入れば当然、アーチャーの方も明日香に気が付いただろう。

 例えば門の前で視線を向けられるよりも前から。北山家の屋敷を出て護衛の目が届きにくくなるよりも前―――――最初の日以来、アーチャーを保護している北山家が危険にさらされないかの護衛の時から。

 それは北山潮との約束でもあり、自らに課した誓約のためでもある。

 

「おつとめ?」

 

 デミといはいえサーヴァントであるからこそ可能な連続活動時間の確保。

 小首をかしげながらモノ問いたげに見上げてくる雫に、明日香はわずかに険しくしかけていた表情を緩めた。

 

「いや、なんでもない。雫が気にすることじゃないよ」

 

 その回答は明日香にしてみれば、絶対に危険にさらさせはしないという思いからであったが、シータと明日香との間でのみ通じる会話と間柄のように感じられて、雫はほんの僅かむっと瞳に剣を宿した。

 それは付き合いの長く、雫の想いを知っているほのかだからわずかに気づくことができるくらいで、けれどもそんな二人のやりとりをもう一人の少女が察知して口元に手を当てていた。

 

 

 

 

 

 シータが所属することになったクラスは雫や明日香と同じAクラス。

 ただでさえ珍しい編入生という肩書に加えて深雪にも匹敵するほどに、けれども方向性の異なるエキゾチックな美少女の登場にクラスの男子、だけではなく女子も沸き立ち、休み時間ごとには多くの見物人が廊下にあふれかえっていた。

 直接取り囲まれて、とまではなっていないのは、雫とほのか、そして二人と仲のよい深雪が親し気に話をしていたからだろう。

 入学当初、その美貌から一科生に囲まれていた深雪も今では毎日取り囲まれているわけではない。もちろん、その美貌と人気はいささかたりとも衰えていないし―――むしろ九校戦を経て高まっているのだが、生徒会での活動があることや兄である二科生の異端児にして風紀委員の猛者、達也との仲の良すぎる関係性を見てのことでもある。

 位置づけとしては親しいクラスメイトの人気者というよりも、もはや神聖視された女神像といった立ち位置に近い。

 そんな深雪と、これまた劣らずの美少女が可憐に話をしているのだ。

 世に残る名画を鑑賞して感嘆の吐息をもたらしこそすれ、そこに飛び込んで絵画の美しさを損なわせる勇気ある行動をそうそうとれはすまい。

 

 

 

「しかしよく編入なんてできたよな」

 

 そんな1年一科生Aクラスの騒動も、二科生のE組ともなればやや静まっている。

 むろん、クラスの男子の多くは、そして女子も見物のために一科生側の廊下の方に行っている者もいるが、達也やエリカは一度彼女と遭遇しているし、美少女を拝むために押し合いへし合いの最中にすすんで飛び込むような性格もしていない。

 二人と一緒にレオや幹比古、美月もクラスに残っており、ただしレオも編入生として入ってきた少女――サーヴァントのことが気になっているようであった。

 

「転校生の例もほとんどないし、かなり異例のことみたいだね」

 

 そもそも、魔法師の絶対数の少ない、それも実用レベルに至る魔法技能を持つ者の少ない現代において、編入という制度自体がほとんど意味をなしていなかった。

 通常の学校においても編入のためには普通に入学するよりも高い学力を要求されるし、情報インフラや家庭内の家事についてもオートメーションロボが発達した現代では両親が引っ越しをしたから一緒に転校するというのは、特に自立志向の強い魔法科高校生ではまずない。

 高校近くで下宿をするか、魔法科高校によっては寮暮らしをするのが普通だ。

 よって一高でも転校生も編入生もかなり稀なできごとなのだ。

 レオの言葉に返す幹比古も、今では二科生である自らの立ち位置に劣等感を抱いてはいないが、九校戦以前はかつての神童と呼ばれていた時の自分と比較して鬱屈した思いを抱いていた。

 彼らは別として一科二科の差別が根強いこの学校で、いきなり編入生が、それも一科に入ってきたともなれば、二科生は意味の知らされていない理不尽さに憤り、一科生も戸惑いを隠せないだろう。

 

「七草先輩の、というよりも十師族と魔法師協会の意向もあってのことだろう。魔術師やサーヴァントを調査する絶好の機会だからな」

 

 達也としては美少女とやらの外見にはさして興味がないが、彼女の存在自体には大いに関心がある。

 明日香たちが彼女を保護した時、彼らは彼女のことをサーヴァントだと判断した。

 こうして身近に置いていることからも彼女がさして危険度の大きい、つまりは敵ではないのであろうが、それにしてもサーヴァントだ。

 七草家や十文字家の魔法師たちを圧倒し、達也自身も目の当たりにしたサーヴァントの圧倒的な力。

 九校戦の時には深雪の守護者という自らのアイデンティティと距離とは無関係に彼女を守護できるという自負を揺るがされた存在。

 彼としてもサーヴァントを調べること、調べられるということは大いに意義あることだし、十師族や魔法師協会としても同様だろう。

 そもそもとして、今は失われた魔術師たち(藤丸圭と獅子劫明日香)を一科生にしているのもそうだ。

 もちろん、現代の魔法師の優秀さを表す基準においても彼らが秀でているというのもあるであろうが、幾分かはその存在の付加的価値にある。

 魔術が魔法に変わったとき。それは今もってミッシングリンクとされている。

 魔法や魔術、超能力といった異能は、錬金術や占星術、歴術を例にすれば分かるように、中世以前においては科学と同義であった。

 だが近代になって以降、異能の存在は明確に否定されてきた。

 古代において神や魔術師が王権や支配者階級にあったのも、そういった理由付けがあった方がいいのだという見方がされてきたし、異能のいくつかは科学によって暴かれていた。

 ところが今から百年ほど前に、それが劇的に変わった。

 異能の存在は明確に肯定され、人類は現代魔法を生み出し、かつては神秘と呼ばれた存在を解明してきたつもりになった。

 だがそれでもなお、ミッシングリンクは埋まらない。

 それどころか、サーヴァントいう存在が出現するようになり、そしてそれらに現代魔法で対抗できないことが判明するにつれそのミッシングリンクの重要性は深まっている。

 何かがあるのだ。

 現代魔法が見落としてきた何か。そして人類史における欠落。魔術師たちの衰退を引き起こした何か。

 

「サーヴァント……。前のあのピエロみたいなやつと同じってことだよな?」

 

 達也と同様、レオとエリカは以前の、入学して間もなくのブランシュの事件の際にキャスターというクラスのサーヴァントの一騎、メフィスト・フェレスとの戦闘を目の当たりにしている。

 サーヴァントの力を有する明日香によって打倒されはしたものの、ブランジュ側に多大な死者をもたらし、十文字克人の片腕を爆発させて重傷を負わせたほどの存在だ。

 現代の再生医療と魔法治療の併用によって幸いにも克人の負傷は目立った後遺症もなく回復したが、あのまま戦闘が継続していればどうなったかは想像に難くない。

 そして先の九校戦では達也は現場に居合わせておらず、エリカたちも気づいてはいなかったがアサシンとランサーのサーヴァントによって危うく多数の魔法科高校生が誘拐されてしまうところだったのだ。

 メフィスト・フェレスにグリム、鉄腕ゲッツ。いずれも歴史の本を紐解けば、あるいは物語の本を読めばすぐに名前の出てくる存在ばかりだ。

 達也としては深刻な懸念材料だ。

 

「ところで俺はあんまり歴史って詳しくねぇんだがシータなんて英霊がいたのか?」

 

 ただレオとしては味方と位置付けられているサーヴァントの脅威を執拗に深くはとらえていない。

 深く考えすぎない楽天的な性格であるという面も多少はあるが、彼は決して馬鹿ではない。それよりも野性的な本能、直感のレベルでシータというサーヴァントの少女が自分たちに危機的な存在ではないと理解してのことだろう。

 

「おそらくインドの古代叙事詩、ラーマヤーナのシータだろう」

「ラーマヤーナ?」

 

 聞きなれない単語にレオだけでなくエリカや美月も首を傾げた。

 

「インドにおける理想的君主像であるラーマ王を主役にした冒険譚だ。シータというのはラーマ王の配偶者、王配として登場する人物だったはずだ」

 

 達也とてすべての神話体系、英雄譚を知っているわけではない。だがそれでも知っていたのは、一つにはインドというのはサンスクリット語など現代魔法においても確立されている古式魔法の体系の一つに数えられていることと、名前だけはすでに聞き及んでいたからだ。

 サーヴァントとは伝承などにおいてその名を知られる過去の存在だ。

 たしかに彼ら/彼女らは人を超越した存在なのだろう。だが、過去の存在であるだけに、伝承に記されているように得意とした戦い方や生き様、死に方などがわかることが多い。

 ならばサーヴァントの死に方などは、彼ら/彼女らの弱点につながることが多いのが道理だろう。

 それに得意とする得物や戦い方がわかれば対処のしやすさも上がるであろうし、英雄とまで呼ばれる存在ともなれば、なんらかしらの譲れない矜持を胸に秘めていることも多い。

 そこをつけばあるいは打倒することも、あるいは交渉することも可能かもしれない。

 ゆえに達也はサーヴァントの対策として、古今の伝承についても可能な限り調べるようにし、あの少女のサーヴァントの名前を聞いて以降はインドの叙事詩からも情報を仕入れて、対策をたてようとしたわけだ。

 

「王配、ってことは王女様ってことですか!?」

 

 思いもよらなかった少女の身分に美月が驚きの声をあげ、すぐにその大きな声で教室内の周囲から注目を集めてしまったことに恥ずかしそうに身を縮こまらせた。

 

「おそらく。ラーマヤーナという物語は、ラーマという王族が一度は国から追放され、魔王にさらわれた婚約者のシータを取り戻す冒険を描いたものだ」

「魔王って、ほんと物語なわけね」

 

 達也の説明にエリカが微妙な顔になった。

 理想的な君主像という固い説明であった叙事詩が、達也の要約した説明からでは子供向けのアニメーションかおとぎ話のようであったからだ。

 

 だが物語や冒険譚、殊に伝承の来歴が古いものほど簡単な説明にまとめてしまえば陳腐に響くことが多い。

 ここ最近調べることの多い、古今東西の有名な伝承――アーサー王物語やシグルドリーヴァ、モーセの十戒のような著名な物語などは特にそうだ。アレクサンダー大王やチンギスハン、あるいはアメリカ大陸の南北戦争などであればまた違うものもあるが、多くの伝承というのはえてして物語として語り継がれるように面白おかしく誇張されているものなのだ。

 現代の科学 ―― 現代魔法が実在している今でもおとぎ話とわかるようなものが当たり前のように文面に存在しており……………おそらくそれこそがサーヴァントのサーヴァントたる所以――――“神秘”とやらなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 編入生見たさの賑わいはお昼時になっても衰えてはいなかった。

 むしろ情報が伝達され、編入生の容姿が伝聞されたからか見学にくる男子生徒の比重が増えたほどだ。

 ただ、だからといって彼女たちが昼食に向かうのを取り囲むほどの野暮はしなかった。

 主に監視のためにつかず離れずの位置にいた明日香はお昼休みになって誰かに呼び出されたらしく、用事があるからと離れていき、雫とほのか、深雪は勝手の分からないシータを食堂へと案内していた。

 

「雫さまは獅子劫さまがお好きなのですね」

「!」

 

 シータからそっと尋ねられた雫は、感情の起伏に乏しいといわれがちな瞳に驚きを宿して見返した。

 

 シータとはいろいろな話――彼女がどういう来歴の人で、サーヴァントで、というのは話をして、ある程度は仲よくなれたと思う。

 ただ朝のやり取りのことがあって、ほんの少し、棘のように小骨のように、胸に突き刺さっていたものがあったのだが、それを当の本人から言われた形だ。

 雫の胸のうちをこっそりとした指摘したシータは、雫の驚く顔にふんわりとした微笑みを向けた。

 

「同じですから。もし私が、ラーマ様がほかの方と私にはわからないやりとりをされていたら、きっと雫さまと同じような目をしていたと思いますから」

 

 ラーマ、というのがシータとかかわりの深い英霊であることは聞いていた。

 サーヴァントというのはいわば英霊にとっての第二の生。生前に縁を結んだ関係性はそれとして、現世において縁を結んでいくものだと。

 

「シータさんは、そのラーマさんのことが?」

 

 聞いていて、けれどもあまり実感はできていなかった。

 だってシータという少女は雫から見てもとても可愛らしく、素敵で、そしてサーヴァントという存在であるがために明日香とともに肩を並べて戦うこともできる存在だから。

 うらやましく、そしてかすかに妬ましい。

 

「はい。大好きなんです。たとえもう二度と会うことができなくても、喜びを分かち合えることがないとしても、それでも大好きなの」

 

 その微笑みは淡く、花のほころぶように。

 だから雫には分からなかった。

 二度と会うことができない、それはただ単にサーヴァントという死後における離別がためなのではないのだと。

 知らなかった。

 日本においてあまり著名ではないラーマヤーナの伝承において、シータという王妃が辿った悲劇的な別離の結末を。

 

 

 


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