Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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3話

 

 ── ザシュ…………

 

 深々と廃部に突き刺さった弓矢は致命の一矢。

 眼前の敵を、自分にとっては同盟者たる猿王を追い詰めていた猜疑の偽王は、信じがたいと目を見開いた。

 あと僅かで仇敵たる兄を討ち果たせる、その間際での逆転劇であった。

 一方で自分に救いを求めた猿王もまた、安堵よりも驚愕が勝る顔で、息絶えようとしている弟を見据えた。

 猜疑から猿王を陥れた偽王の最後。

 その遺骸に奇声を発して偽王の妻である女が取りすがた。

 狂乱のごとき慟哭。

 兄に対しては猜疑の心を払うことのできなかった偽王でも、番たる彼女に対しては真摯な夫であったのだろう。

 発狂し、絶望の声を上げる女は、憎悪の瞳を向けた。同盟者の危機に背後からの不意打ちという一騎打ちへの冒涜を行った我へと。

 

 ── 卑怯者めっ!!  ──―

 

 怨嗟を告げる言の葉を女は紡いだ。

 

 ── 貴様は! たとえ后を取り戻すことができようようとも! 決してっ!! 断じて!! 共に喜びを分かち合うことはできない!! 猜疑の心が貴様を蝕む! たとえどのような奇跡が貴様に降りかかろうとも! 貴様は決して后と、その心において結ばれることはない! 未来永劫! 時の彼方の世界の最果てにおいてさえもっ! コサラの王に呪いあれ! 卑怯者の王に呪いあれ!!!!!! ──―

 

 哄笑が狂ったように呪いを紡ぐ。

 

 

 

 死後において、第二の生においてすらも続く呪い。如何なる奇跡、聖杯の恩寵によってすらも覆すことのできない呪い。

 

 あの時、14年もの歳月をかけて取り戻した愛妃を手放したあの選択は、たしかに民の声に耳を傾けざるをえなかった状況が故にとった選択だ。

 だが猜疑の偽王を討ったあの時に、あの呪いの言葉を受けたあの時に、きっとその心には猜疑の心が宿ることとなったのだろう。

 だから捨てた。

 その胎に我が子を宿した愛妃を。その胎の子が、おぞましい魔王の種であるという猜疑から逃れることができずに。

 だから失った。

 あの笑顔も、何よりも愛しいと思った彼女への心も。

 

 ゆえにこそ理想の王たるのだ。

 猜疑を呑み込み、私情を捨て去り、王たるの務めだけが、唯一彼が勝ち得たものなのだから。 

 

 

 

 

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 衝撃的な編入生の騒動も数日が経てば一応の鎮静化はもたらされるものだ。

 

 一科生においても異邦の美少女、シータの存在は一応は受け入れられて落ち着きを見せた。

 それは一つには彼女がよくそばにいるのが一高きっての美少女にして才媛である司波深雪であったこと(正確には彼女と最も親しい関係にある雫やほのかが一緒であったこと)。それから実技において彼女が偏ってこそいたものの飛び抜けて優秀な魔法力を示したためだ。

 これは学校側もいささか想定外ではあったようだ。

 サーヴァントというのが過去の、それもシータの来歴的に現代魔法成立よりも千年単位で過去の人物であるのだから、魔法の実技に関しては期待できないだろうと。

 無論、魔術とかかわりの深い存在であることから、なにかしら得られる情報があると期待しての編入措置ではあったのだが、現代の魔法力に照らしても一科生のトップクラスに勝るとも劣らない結果を見せつけられるとは思いもよらなかったようだ。

 具体的には現代魔法における魔法力を測る要素であるうちの干渉強度と演算規模において、一高の中でもトップクラスの優等生である深雪に匹敵する結果を示したのだ。

 それは一科生においても度肝を抜く結果であった。

 前期の成績として雫やほのか、森崎といったA組の生徒が総合成績および魔法実技において深雪に続いていたが、九校戦での戦いに示されたように魔法力に優れる雫と比較しても深雪の魔法力は桁外れなのだ。

 現代の魔法に適合していない古式魔法、それよりもさらに古い魔法の系統でありながら、これだけの適応を見せることはあらためて魔法師にサーヴァントの脅威を示唆するものと同時に、それらの存在を調査することの意義を再確認させるものだった。

 もっともサーヴァントであるシータにしてみれば、人の生活に溶け込むうえで、自身の出力を身近な人物に合わせた結果にすぎない。

 

 アーチャーのクラスにとって魔術/魔法は本来クラス外のスキルではあるのだが、英霊・シータにとっては無関係のものではない。

 魔法というのは日々進歩していくものだが、魔術とは過去においてその力を発揮したものだ。そして魔術に代表される、いや、神秘の堕ちた一つの形としての魔術は西暦以降、神秘の衰退とともに急速に力を弱めてしまったものなのだ。

 英霊ではなく英雄としてのシータの生前とされる年代は西暦以前。それも神と人とがまだ結びつきを強くもっていた時代だ。

 当時の人々とって神秘とは身近に存在するもので、のちに魔術と呼ばれることになる神秘の形の一つは、後代の魔術とは比べ物にならないくらいの強度を有していたとされる。

 ましてシータはその霊核に神性、文字通りの神秘を宿している。

 動くこと自体が強大で強固な神秘であるのだから、たとえそれが神秘を見失った魔法であっても、計測される干渉強度と干渉規模は並どころか特級品の魔法師と比べても比較にならないのは当然のことといえる。

 

 シータの実技は彼女の容姿による衝撃とはまた別に一校生たちに衝撃を与えたが、学校としても驚いてばかりはいられなかった。

 夏の九校戦に続く、魔法科高校の大イベントの時が、すぐそこまで迫ってきていたからだ。

 

 

 

 

 

「論文コンペ、ですか……?」

 

 前生徒会長と前風紀委員長、そして前部活連会頭から呼び出された明日香は、彼女たちから切り出された要件に疑問符を飛ばしていた。

 

「魔法協会主催で開かれる論文コンペが今月の末に横浜であるの。獅子劫君と藤丸君にはその警備に参加してもらいたいの」

 

 論文コンペというイベント自体は先日達也がそのプレゼンテーターのメンバーに選ばれたという報告を仲間内にしており、明日香も聞いている。

 正式名称は日本魔法協会主催“全国高校生魔法学論文コンペティション”。

 高校生の発表会と侮ることなかれ、たしかに全国と銘打ってはいるが魔法科高校自体が全国に9校しかないことから実質9校だけの対抗戦──九校戦の文系ver.というものではある。

 実際には全国の高校生を対象としたオープン参加ではあるのだが、過去に魔法科高校以外から予備選考を通過した例がないことから実質としては魔法科高校論文コンペだ。

 だが九校戦自体が軍部は有力企業などが注目するイベントなのだ。それに相当する論文コンペも、いやむしろ学術的価値としては注目度が大きい。

 明日香は知らないことだったが、論文コンペの優秀な成果については現代魔法学関係で最も権威があるといわれる学術雑誌に掲載されるほどだ。(ちなみにその雑誌は魔法科高校生であったとしても学生が読むにはやや敷居が高く、けれども達也や幹比古、そして雫などは定期購読している読者なのだそうだ)

 そのため例年、よからぬことを企む輩──データを盗み出して小遣い稼ぎをしようとする輩がいることから護衛の必要性が生じるのだそうだ。

 

「達也くんにも言ったことだが、論文コンペには“魔法大学関係者を除き非公開”の貴重な資料が使われるし、そのことは外部の者にも結構知られているからね。コンペの参加メンバーが産学スパイの標的になることも時々あることから、チームメンバの身辺警護なんかを風紀委員の有志が担当することになる」

「なるほど」

 

 摩利の説明に明日香は頷きながら、ちらりと圭の方を見た。

 相変わらず飄々とした態度だが、おそらくこれがアーチャーを編入させたことに対する“交換条件”なのだろう。

 

「藤丸。お前の方にはその身辺警護に参加してもらう」

「ええ構いませんよ。ちなみに参加メンバーというのは?」

 

 有志、というからには立候補制であるはずが、決定事項のように伝えてくることからもやはりそういうことなのだろう。

 

「メインの執筆者が元生徒会の市原だ。それからサブの執筆者として2年の五十里と、ああ、君たちも聞いているだろうが司波君が入っている」

「九校戦よりもかなり少ないんですね」

「まあな。だが機材のセッティングなどでかなり多くの部活がかかわるイベントでもある」

 

 プレゼンテーションなのだから当然とはいえるが、九校戦との大きな違いとして直接的な参加者は少ない。 

 ただし、実験用機器の作成やデータの収集、発表用デモ機の作成などでかなり多くの、特に文系の部活や人がかかわるのだそうだ。

 

「警備の人員というのはもう決まっているのですか?」

「本人たちからの希望で五十里には花音──今の風紀委員長が直々につくことになっている。市原には現会頭の服部と桐原がつくんだが……」

 

 警備の人員として出てきた名前で明日香が直接わかるのはブランシュの件で帯同していた桐原くらいだが、いずれも九校戦にも参加していたし名前はわかる。

 そしてそういう配置になっているのであればおそらく圭の配置になるのは。

 

「なるほどその人員配置なら僕は鈴音先輩の方ですかね」

「君がなぜ達也くんを選択肢に入れていないのかは大きく疑問だが…………」

 

 やはりという感じで明日香だけではなく摩利も溜息をついた。

 五十里と達也は男性で市原のみが女性。というのもあるし、風紀委員長である千代田花音というのは聞いた話によると五十里啓と非常に仲のいい(ラブラブな)許嫁なのだそうだ。

 そこに顔を出せば邪魔者扱いされて馬に蹴られそうというのが率直なところで、であれば紳士を自称する圭が護衛につく相手は決まっていたといえるだろう。

 

「まぁ、達也くんからは必要ないと言われているし、市原がメインだからな」

 

 市原も五十里も優れた魔法師ではあるが九校戦には技術者としての出場だった。それは達也も含めてのことではあるが、達也は選手としても実績を残している。

 二科生ではあるものの、その魔法戦闘力が非常に規格外であるのは九校戦で十師族の一人、クリムゾンプリンスの一条を倒したという実績。

 あれはルールのある魔法競技ではあったが、それでも十師族の一人を倒したことは魔法科高生のみならず日本の魔法協会にとっても大きな衝撃であったし、普段の風紀委委員の活動からしても単独で十分な戦闘力を有しているのは明らかだ。

 むしろ下手な護衛は足手まといといえよう。 

 加えて言うのであれば、達也のそばにはほぼ確実に深雪がいる。

 次期生徒会長を今から確実視される氷の女王。

 護衛として任じられていないが、あのブラコンの彼女の前で達也に襲い掛かろうとなどすれば、即座に氷像が一体もしくは複数体、出来上がるだけだろう。

 

「それから明日香君の方には共同警備隊に参加してもらいたい」

 

 そして圭の方は一応現役の風紀委員だが、明日香の方は風紀委員ではない。(部活強制の規則もないことからどの部にも所属していないが)

 身辺警護要因としても要請がなかったが、彼に対しても要請があるらしい。

 摩利から視線で促されたのが克人に明日香も視線を向けた。

 相変わらず巌のように強靭な風格を備えた元部活連会頭。

 

「共同警備隊?」

「うむ。会場の警備には魔法協会がプロを雇うことになるが、それとは別に九校が共同で組織する会場の警備隊のことだ。俺はその総隊長を務めることになっている」

 

 魔法協会が主催であることから会場の警備についてはプロが派遣されるが、魔法科高校生も十分に戦力としてカウントされることが多いのは九校戦に軍事関係者がいることからもわかること。

 今年度は十師族、十文字家の克人がいるためとりわけ強力だが、会場の警備に有志が募られるのも例年のことなのだそうだ。

 論文コンペの会場は京都と横浜で毎年交互に行われる。今年は横浜。東京からは近く警備に赴くのは難しくはない。

 

 

 

 

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 明日香と圭の参加が要請されているのは、通常の警備戦力に問題があるということではなく、ブランシュの件や九校戦の件を受けての万一の予防策ということであった。

 例年、いくつかの問題が起きるのは摩利たちの説明にもあった通りなのだが、今年の一高はやはり何かを持っているらしいと考えるのは、その翌日、達也と五十里が一高の学生らしき人物から監視を受けていることに気づき、ちょっとしたトラブルを起こしたためだ。

 騒動になりかけた主な原因は護衛についていた花音が事態を発展させかけてしまったためだが、それ以前に達也はちょっとしたところから警告を受けており、それを五十里や鈴音に伝えていたことも関係があった。

 

「うわぁ! すごい!!」

「シータさん、SSボード初めてなんですよね? それであれだけ当てられるなんてすごいです!」

 

 論文コンペに向かって主に文系の部活動ではその協力で忙しくなっていたりもする。

 例えば美術部ではリハーサルや発表時に使用する模型作りを手伝ったりしているし、克人を中心いうか頂点とする警備団の訓練が行われたりもするので、そのための炊き出しが行われたりもする。

 

「これでも弓には少し自信がありますから」

 

 もっとも、多くの運動系競技の部活動にとってはあまり大きく影響はしない。

 せいぜいが時節柄として生徒会や風紀委員の世代交代に倣うようにして3年生が引退していることくらいだろう。

 雫やほのかが入学時より所属しているSSボード・バイアスロン部では、彼女との縁故から編入生のシータが仮のような位置づけで入部してひとつの賑やかさを生み出していた。

 

「う~ん。シータさん、仮入部じゃなくて本格的に入部してみない? 実技成績がすごくいいって聞いてるから、多分すぐにでも争奪戦が始まっちゃうと思うし」

 

 新しく部長になった先輩が控えめな勢いながらもシータの入部を勧誘し始めた。

 

 入学当初、雫もほのかも新入部員勧誘の大攻勢にあった経験があり、今後シータに訪れるであろう大変さを思って苦笑いをした。

 一高の魔法競技系の種目では九校戦の代表メンバーを選定・育成する目的もあって入学成績の上位者リストが秘密裏に出回ることが黙認されている。

 主席入学で早々に生徒会入りが決まっていた深雪はそうではなかったが、入試成績がトップクラスの雫とほのかなどはかなり熱烈な、うんざりするくらいの勧誘を受けていたし、SSボード・バイアスロン部に入部することになったのも元を辿れば、部のOBによる拉致まがいの勧誘を受けた結果、雫が興味を示したのがきっかけだ。

 ほかにも成績だけではなく、たとえばエリカなどはその容姿からかなり激しい部活勧誘を受けたりもしていた。そのため深雪に並ぶほどの美少女で、しかも魔法力も高く、部活に所属していないシータはまさに絶好の獲物になることは当然予想されるもの。

 

 

 

 

 

 死者であるサーヴァントが今を生きる者たちに取り囲まれ、恥じらうように会話をし、その中で生きている光景。

 それを遠く離れたところから、サーヴァントの知覚力があるからこそ見える場所から明日香は眺め、ため息をついた。

 あのアーチャー(シータ)はずいぶんと現世に馴染んでいる。

 それはライダー(アストルフォ)にも言えることだが、サーヴァントとしての在り方としてずれているように思うのは明日香(彼の霊基)だけだろうか。

 細かな記録は残っていないが、たしかに寝物語に聞かされたかつてのカルデアの話では、そこに暮らしていたサーヴァントたちは、古の英霊というよりも、かのマスター(藤丸の初代)の朋友であり同盟者であり、ともに歩む仲間であったのだそうだ。

 だからこそかのマスターは数多の英霊たちと絆を結び、人理を修復し、人の未来を取り戻すことができた。

 そういうところでは、アーチャーやライダーのように現世の人々と親しむように在るのは間違いではないのかもしれないが…………。

 明日香は視線をめぐらし、敷地の外縁部に向けた。

 この学校の敷地には外塀に沿うようにして魔法の防除術式が張り巡らされているのだが、今日に限ってはずいぶんとそこが騒がしくなっている。

 この学校には高校といえども魔法大学へのアクセス端末があり、貴重な文献なども数多く所蔵していることから、常日頃より魔法技術を狙う輩の標的になっており、実際4月ごろにはブランシュの事件により過激なテログループが侵入していた。

 そこまでいかずとも普段であればちょっかいのような形で探りをいれてくるのをしばしば目にしていたが、今日はかなり執拗だ。

 術式に対する感受性が一般の魔法師よりも高い魔術師だけではなく、ここまでくると生徒の中にも気づいている者がいるだろうレベルだ。

 探りを入れているのはおそらく魔法師であろうが、そこに明日香たちの敵が隠れていないとも限らない。

 かつてのサーヴァントたちがそうであったように。

 克人たちからの要請である論文コンペの警備隊に所属することも、一応の予防策としてという話であったが、来る当日に向けて騒がしさを増している現状からは、嵐の予感のようなものが感じられる。

 それに単なる予防策としてだけでなく、より現実的な懸念としてサーヴァントの脅威は近づいているだろう。

 シータの存在。彼女自身は害意あるサーヴァントであるのだろうが、彼女の存在が危険を呼び寄せる──―明日香と同じく。

 今は平穏を保っているアーチャーだが、彼女は一度敵性サーヴァントに襲撃されているのだ。

 当然ながら明日香と圭は襲撃者の情報はシータから聞いていた。

 そして知っている。

 シータを襲撃したサーヴァントのクラス、そして真名を。

 シータと同じくアーチャーのクラスのサーヴァント。彼女を襲撃したサーヴァントは、ほかでもない。

 

「ラーマヤーナの英雄、ラーマ……」

 

 かのコサラの王にして、シータと霊基を同じくする()()()()、その人なのだ。

 

「…………ともに喜びを分かちあうことのできない離別の呪い、か……」

 

 藤丸家に残された記録では、かつて()()()()としてのラーマ()()が召喚された記録が残っている。

 ラーマは生前に受けた呪いからシータと霊基を共有している英霊だ。

 ゆえに本来ラーマが現界している限り、決してシータが召喚されることはない。

 死後においても縛られる決して出会うことのできない呪い。

 けれども同時に存在できないわけではないのだ。

 かつての記録にも両者が同時に存在していた記録はある。

 どちらか一方が相手を認識できない状態、霊基が不完全となっている状態、互いが喜びを分かち合うことのできない状態。

 その時に限り、両者は共存することができるのだという。

 本来のラーマ王が全盛期の、最も適したクラスで召喚された場合、そのクラスはアーチャークラスになると予想される。

 それだけラーマヤーナにおいて、ラーマは弓との関連が深い。

 かのシータ王妃との出会いの逸話にしても弓が登場し、離別の呪いを受けるきっかけになった騒乱においても弓が登場する。

 だがカルデアで召喚されたラーマ王子はセイバーのクラスであった。

 彼に剣の逸話がないわけではないが、弓に比べると本領ではない。

 それは王子としてのラーマの全盛期とは、王としての、肉体面や精神面における全盛期ではなく、攫われた片翼であるシータを狂おしいまでに求め続けた冒険の日々にあるからだ。

 それに本来のクラスであるアーチャーではなく、セイバーであれば、万に一つ、霊基を共有することなく出会える希望があるのではないか。そう儚く願ったからだそうだ。

 勿論、聖杯戦争において数多ある英霊の中からラーマが召喚される可能性自体が少なく、その中でもさらにラーマとシータがともに存在する可能性などほぼない。

 だがそれでも、ラーマ王子はシータを求めたのだ。

 だがそれほどまでに求めたシータをアーチャーであるラーマは傷つけた。

 シータを切り捨てたのだ。

 

「…………」

 

 ラーマヤーナにおいて、シータとラーマの物語は悲劇で終わる。

 14年もの冒険の末、魔王を倒して奪還したシータを、ラーマは王となって後に捨てることとなる。

 それは苦渋の決断であったのかもしれないが、王としての決断でもあった。

 ゆえに、本来の全盛期、王としての、アーチャーとしてのラーマであった方が、シータと共に存在する可能性はあったのであろう。

 ともに喜びを分かち合えない形において────すなわち敵対者として。

 

 

 

 


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