Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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5話

 

 

「■■■■■■!!  ■■■■────―ッッッ!!!!」

 

 痛みがある。

 渇望に結び付いた理性は千々に途切れ、それでも求めていたものは黒に塗り潰されてナニカに成り果てている。

 

 それでも。

 

 それでも。

 

 それでも。

 

 その痛みはセイバーのデミ・サーヴァントによって傷つけられた霊基(カラダ)が発するものだけではない。

 無理やりに外付けされた神格によって圧し潰されて変質したはずの英雄の霊基(ココロ)の一部が訴えているのだろう。

 その痛みはカラダの傷が発するものとは比べ物にならない。

 失くしてはいけなかったはずのもの。

 無くしたくなかった、求め続けた、ラーマという英霊の根幹そのもの。

 けれども今の彼は彼女を求めているのではない。

 ただ欠けた霊基の一部として、力を取り戻すために、取り込むために必要だとしているだけだ。

 それが痛みを訴え続ける。

 そうではないのだ。

 そうであったはずがないのだと…………

 

「ふん。見苦しいものだ」

 

 喪われたナニカを訴えるかのように吠える英霊の残骸のような男を、赤い髪の偉丈夫が見下していた。

 

「おかしいですねぇ。本来の適正クラスとしての力を発揮すれば、あのセイバーに負けるはずはないと思ったのですが」

 

 そして英霊を残骸に貶めた裁定者が、欠片も惜しむような気配も見せずに首をひねって見せていた。

 事実として惜しくはないのだろう。

 たしかに戦力としてみれば、英霊ラーマは強大な戦力だ。

 だが善性の王子であるラーマと彼は反りが合うことはないだろう。事実としてラーマとして成立(現界)していた時には彼は敵であった。

 それを下したのはほかならぬ赤髪の偉丈夫であり、壊したのは裁定者だ。

 手駒にしても、それでもこの英霊は裁定者にとって認めがたき異端者であることに変わりはないのだろう。

 その点でいえば、偉丈夫もまた裁定者にとって異端者であろうが、異教において理想とされる王ほどではない。

 

「なに、構うまい。むしろ俺にとっては僥倖と言えよう。そこの出来損ないがこの体たらくなおかげで、俺はかの赤き竜と再び剣を交えられるのだからな」

 

 そして同陣営としたとはいえ、偉丈夫にとってもこの壊れたアーチャーは惜しむ手駒ではない。

 この世界にあるものは須らく彼方につながり、なればこそこの世界の全てはかの神祖に連なる君臨者である彼に属するものである。

 その彼をして、いや、死後の存在であるサーヴァントして存在している彼だからこそ、心躍り、欲するものはただ一つしかない。

 すなわち彼との、赤き竜との戦い。

 歴史のすべてから消失せしめられた彼に残るのは、ただ一つ、最後の戦い(物語)の続きしかないのだから。

 

「とは言いましても、すでに向こうにはセイバーだけではなくシャルルマーニュ十二勇士のパラディンとコサラの王妃の二騎を味方にしています」

 

 この剣帝の奔放さは忌々しいながらも知っている裁定者にとって、扱いづらいところであるのと同時に、ラーマ同様、操るための手綱でもある。

 

「ほう? 貴様はこの俺が、出来損ないの騎士や女風情に後れをとるとでも?」

「いえいえ。剣帝陛下のお力をもってすれば、砕くはたやすきこと。けれども、折角の騎士王との戦、邪魔はされたくはないでしょう?」

 

 騎士王へのこだわり。

 主の御業ならざる奇跡の真似事、聖剣などと嘯く邪剣を振るう異端者に、主と教え受けて子羊たちを迫害した愚か者の皇帝の連なり。

 潰しあってくれるのであればぜひとも共倒れしてもらいたいくらいだ。

 

「ですから、ええ。あなたには彼女たちをお相手していただきます。ラーマ王」

 

 そしてそれはこの異教の王も同じこと。

 

「奪われたくはないのでしょう? ほかの誰かの物になるくらいならば、自らが。誰にも、貴方の王妃を穢させはしない。それが貴方の役目なのです」

 

 教え、諭し、導き、破滅させる。

 従わぬ愚者を奴隷として働かせることは、裁定者である彼の得意とするところ。

 

「だから────────―本来の貴方に回帰するのですよ」

「──────!!! ──────!!!!!」

 

 与えられるは汚染された神格。

 神たる由来を有する英雄としてではなく、神たるの代行者としての在り方の完全なる王。

 

 

 わずかに残されたナニカへの渇望は、黒い闇に呑まれた。

 

 

 

 

 ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 失策だった。

 

 昨日身の回りで起きたいくつかの事件、戦闘に対して藤丸圭はそう感じていた。

 雫たちとシータ、人間とサーヴァントとの交友を見て明日香が何かしら思う所が変わるのではないかと期待してのことと、自分たちだけに向けてだけではない尾行者の存在があったことから達也たちと行動を共にしたわけだが、結果的にどうやらエリカとレオがサーヴァントと接触してしまったらしい。

 幸いにも向こうに交戦の意志がなかったからよかったものの、明日香が遠距離のサーヴァントの存在を認識させられたことは陽動だったのだろう。

 その明日香が対面したサーヴァントは深手を負わせることができたものの仕留めきることはできずに退かせるにとどまってしまった。

 相手はやはりシータとの因縁のある英霊、アーチャーのサーヴァント。

 本来シータとかの英霊の霊基が両立することはあり得ないのだが、おそらく敵対関係として存在していることで“離別の呪い”──ともに喜びを分かち合えない──を成立させているのだろう。

 

 敵のサーヴァントは二騎か、それ以上。

 前回のグリム(アサシン)ゲッツ(ランサー)も二騎同時だったが、今回の敵はあれ以上の難敵と考えて間違いないだろう。

 なにせコサラの王、ラーマといえば、円卓の騎士はおろか古代ローマよりも遥か昔、西暦以前のインドにおける理想の王だ。

 一般的に現代の日本ではそれほどメジャーな英雄ではないが、それでも古く神秘溢れる時代の英雄というだけで中世の騎士であったゲッツなどよりも遥かに強力だ。

 加えてエリカとレオが遭遇したという赤髪の大男だ。

 勿論それだけの情報では綺羅星ほども存在していた、あるいは存在するだろう英霊の中から特定することは困難どころか不可能だ。

 けれども明日香のことを──明日香に力を与えた英霊を知っていて、それと所縁がある英霊ともなれば、その成立した時代はおそらく古代── 円卓の騎士たちが活躍した時代もあり得る。

 

 幸いにも明日香が単独で敵アーチャーを撃退できたのは、おそらくシータがこちら側にいるためだろう。

 離別の呪いを回避して両立できていたとしても、霊基が不完全、不安定化してしまい弱体化しているのだ。

 それは逆にシータの方も戦う力に欠けているという面があるが、全盛期にして全開のラーマとぶつかることを考えればまだましだ。もしもシータの霊基が奪われてしまえば、その力は飛躍的に高まることが予想される。

 サーヴァントに対した時、圭には有効な戦力はほぼない。

 魔法師に比べればまだ有効なダメージを与えられるだろうが、微かな、サーヴァントにとってはそれこそ誤差のようなものだ。

 アサシンとライダーの時に使った概念礼装ももう効力を発揮することはなく、だからこそ圭は盤面を冷静に俯瞰して明日香という戦力を動かす役目を自らに課さなければならなかった。

 明日香の直感は本来であれば戦場において自らを有利に導くための高レベルなスキルだが、それは本来のレベルがあってこそだ。デミ・サーヴァントである彼はスキルのレベルにおいても不十分なのに加え、元々の“彼”に比べて判断力の基盤となるだけの経験に乏しい。

 ランサーとの戦いにおいてもその直感を逆に利用されたし、今回の陽動にしてもそうだ。

 圭の予測の未来視は十分な情報が集まっていないと発動できない。その十分不十分の量も圭自身には漫然としか分からない不確かなものだ。

 カルデアからの援護が事実上資金的なものに限られてしまっている以上、情報収集においてあてになるのは圭の予測の未来視と明日香の直感くらいだが、いずれも競り合い以上のスパンにおける戦術や戦略を定めるには頼りない。

 情報収集は圭の役割ではあるが、得手ではないのだから。

 

「スパイに利用されている学生からの情報収集、ですか……」

 

 なので昨日の今日で依頼されたその仕事に圭は普段魔法師たちにあまり見せない困り顔をしていた。

 

「ええ。藤丸くんの魔術はそういうのが得意だって以前言っていたわよね」

 

 まったく慌ただしいことだが、昨日尾行者と一戦やらかしたばかりだというのに、エリカとレオは今日もまた達也絡みで一悶着起こしたらしい。

 達也をはじめとした(正しくは市原先輩がメインなのだが)論文コンペのプレゼンター達は、本日校庭で常温プラズマ発生装置を使用したリハーサルを行ったのだが、その際に無線式のパスワードブレイカー(様々な認証システムを自動的に無効化し情報ファイルを盗み出す非合法なハッキングツール)を操作しようとしている不審者をエリカとレオ、そして壬生紗耶香と桐原武明が追跡することになり、これと小競り合いになった。

 不審者の名は平河千秋。

 二科生ながら一高に歴として在籍している一年生だ。

 彼女はハッキングツールだけでなく仕込み矢に催涙ガス、閃光弾とちょっと在学生が嫉妬に駆られて論文執筆者にちょっかいをかけたと言うには過激すぎる武装をしてエリカたちと交戦したのだ。

 幸いにも双方の被害としては桐原が催涙ガスをまともに浴びて悶絶したのとレオの勇猛果敢なタックルにより平河が気絶してしまったことくらいだった。

 その後もエリカとレオはひと騒動起こして風紀委員長の千代田花音に帰宅を促されたとのことだが、一方で負傷気絶した平河千秋は保健室にて意識を回復後、花音に簡単な事情聴取を受けたとのことだ。

 

 魔法を行使してはいないとはいえ非合法ツールの所持・使用未遂など校則どころか法律的にもアウトな行為を行った平河千秋に対して簡単な事情聴取の後に大学付属病院に搬送したのは、恩情というよりも彼女の言動が支離滅裂な ──洗脳の兆候の見られるものであったからだそうだ。

 

 ──「姉さんにも分からなかったんですよ。五十里先輩に分かるわけ無いじゃないですか。アイツだからあの仕掛けに気づくことができたんです。“あの人”だってそう言ってたわ。それなのにアイツは、自分には、妹には関係ないからって手を出さなかったんじゃないですか!」──

 

 平河千秋の姉である平河小春というのが彼女の暴挙に至った動機の源泉であるらしい。

 圭は預かり知らぬことだが3年生の平河小春というのは元々今回の論文コンペティションの執筆者の一人になる予定だったらしい。

 それが九校戦における事故以来、精神的に不調をきたし辞退するに至ったのだそうだ。

 その不調をきたす原因となった事故というのが、圭が新人戦モノリス・コードで負傷し入院している最中に起こった魔法不発の事件。それによって起こった出場選手──小早川先輩が魔法に対する不信から魔法技能を喪失してしまったのだ。

 現在、小早川先輩は魔法技能のリハビリを懸命に行っているが、順調とは言い難いらしい。

 魔術師である圭たちとは違い、魔法師、特に未成熟な雛鳥たちにとって魔法は容易く失われてしまうものなのだそうだ。

 その主な原因は自身の魔法に対する猜疑心。魔法という目に見えないあやふやな、どういう仕組みで働いているのかを確と理解できない力が、本当に自身の内からもたらされているのかというところに疑念を抱いてしまった魔法師は、その魔法力を失ってしまうらしい。

 九校戦における事故は、無頭竜による細工によってCADが改竄された結果だったが、魔法による、魔法が発動しなかったことによる恐怖体験を心的外傷(トラウマ)として刻み付けられた小早川先輩は魔法師として致命的な疵を負ってしまった。

 そしてその直後に同様の手口で改竄されかかった深雪のCADに気づき、阻止したのが達也だったのだ。

 結果として小早川先輩だけでなく彼女の担当技術者であった平河小春もまた悔恨と無力感とに囚われてしまったのだ。

 そしてそれが平河千秋の暴挙の原因だとか。

 だが、達也としては担当していた選手、しかも溺愛する妹のことであったから気づくことができたのであり、小早川先輩のCADに細工がなされていたことに気づかなかった、あるいは阻止できなかった責を彼に問うのであれば、それはあの時の技術スタッフ全員に帰するものである。

 だがそんな真っ当な論理は疑念に囚われた平河千秋には通じなかった。それはもはや思考誘導──洗脳されているのではないかと思えるほどだったという。

 

 最近では達也に尾行者がついたり、ホームクラックが仕掛けられたりといったこともあり、そして平河千秋の起こした暴挙(今日のことだけでなく、別の事案もあったらしい)が彼女一人で準備できるものではなかったことから、以前のブランジュのような組織の裏を疑うに至ったらしい。

 あの時も壬生紗耶香や司甲といった生徒たちが洗脳を受けて思考誘導されていた。

 

 ──「あんなに何でもできるクセに自分からは何もしようとしない……きっとそうして、無能な他人を嗤っているんだわ。本当は魔法だって自由に使えるクセに、わざと手を抜いて二科生になって、一科生も二科生も手当たり次第にプライドを踏み躙ってほくそ笑んでいるに違いないのよ、あの男は!」──

 

 平河千秋はそう言って憎悪と妄念を巻き散らしていたそうだ。

 そのコメントに一部、達也が自分からは何もしようとしない、であったりプライドを踏み躙っているというのには圭も客観的に見て否定しづらいところがあると思ったが、大部分は被害妄想染みていると感じた。

 

 真由美と摩利、そしてここにはいないが克人はそうした事情を踏まえて、論文コンペで忙しい達也ではなく、彼と同じく怪しげなトラブルに見舞われ慣れている圭に話を持ってきたのだろう。

 ただ、いくらなんでもほとんど見覚えのない相手の、又聞きした情報からだけでは限度がある。

 

「僕のはそれほど能動的に使えるものじゃないんですけどね」

「そうなの?」

「そういうのはどちらかというと明日香の直感の方に強みがあります。僕の方はあくまでも予測。必要な情報が収集されて初めて先のことを視るものですから」

 

 明日香の直感は縁もゆかりもないところから答えを漠然と導き出すものだが、圭の予測は途中の計算式と必要な項目を埋めなければ答えを導き出すことができない。

 どちらかというと圭は達也こそ千里眼じみたなにかの魔眼をもっているのではないかと考えている。

 

「その獅子劫くんの方は警備隊の訓練の方に行っているのよね」

「魔法の効かない常人離れした戦闘力のあいつに訓練の意味があるのか?」

 

 そしてここに明日香が居ないのは、彼が警備隊のメンバー、論文執筆者の護衛ではなく、論文会場の警備を担う各魔法科高校の自警団の一員として訓練を行っているからだ。

 同じく克人はその九校共同で組織された会場警備隊の総隊長を務めることになっており、模擬戦を行っているそうだ。

 

「一応は警備隊のメンバーになっていますからね。それに明日香は四六時中サーヴァントの力を出しているわけじゃないですよ。必要な時以外には節約していますし、生身の状態だと相応の戦闘力しかないというか、魔法に限ればいい訓練になっているんじゃないですかね」

 

 明日香が警備隊に入るのを承知したのはシータの件の交換条件であったというのもあるが、昨日の件を考えれば安全策として間違いではなかったということだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相棒からはいい訓練になると言われた明日香だが、それは表現としてはやや控えめであった。

 

「────。────―ッ!」

 

 眼前に相対する魔法師が床を蹴って自身に迫った。

 魔法師の自己加速魔法による移動速度は、瞬間的にはサーヴァントの交戦速度に引けをとるものではない。

 勿論、魔力放出を前提にしたものであれば圧倒することもできるが、デミ・サーヴァントとしての力を解放していない今、明日香の身体能力は通常の魔法師と同じかやや劣るくらいだ。

 むしろ魔術師としても魔法師としてもそれほど大したことはない明日香にとっては九校戦で活躍できるほどの実力者相手ではかなりきつい。

 

 繰り出された正拳突きを今の得物である木刀で防ごうとした明日香は、その拳になんらかの魔法的作用が賦与されているのを視て瞬時に動きを変えた。

 明日香には魔法式を瞬時に読み解くスキルはないが、魔力の動きならぬサイオンの活性程度であれば見抜くこともできる。

 本来であれば打点を起点にして“加熱”の魔法式が作用するはずであった拳が空を貫く。まともに受けていれば得物への“魔法”の賦与が不得手な明日香では木刀を粉砕された上でダメージを受けていただろう。

 それを持ち前の直感で回避したのだ。

 けれどもその回避の成功に寸毫も余韻はなかった。自身の顔の真横を貫通した拳を避けたことを認識するよりも早く、さらに嫌な予感が背中に駆けのぼったのだ。

 次の瞬間、拳戟の軌道が直角に折れた。

 本来の拳打の起動からすればそんな体勢の攻撃であれば軽い威力にしかならないであろうが、サーヴァントではない状態の明日香にとってその裏拳は予想外の威力を伴っていた。

 ぎりぎりで木刀の柄を持ち上げて受け止めることができたが、体勢からは想像もつかない威力を伴っていた打撃に持ち手ごと木刀が吹き飛ばされそうになる。

 相手が今度こそ体勢を整えた追撃を放つ前に明日香は床を蹴って後退しようとして、けれども眼前の相手はまるでマリオネットのような不自然な動きによって明日香へと詰め寄っていた。

 間合いを引き離すことができなかった明日香が驚き、けれどもそれで身をこわばらせるのではなく、吹き飛ばされた威力を回転に変えて体を回し、反撃の一撃を振り切った。

 不自然な足さばきだが追尾してきた相手にはまともに交差しただろう回転の斬撃はけれどもぶつかる直前で再び不自然に相手が急停止したことで空振りに終わる。

 

「──―ッッ!」

 

 そして再び急激に動く体。

 腰だめからの掌底が、木刀を振り抜いた明日香に襲い掛かり、寸前でそれを察した明日香は体を引き戻し防御するのではなく、飛び込むように前転することでそれを回避した。

 相手もトリッキーな動きであったが、相手にとっても明日香の攻撃察知の速さは予想外だったようで、自身の攻撃が再び躱されたことに驚いているようであった。

 

「ほう。初見で十三束のセルフ・マリオネットを躱すとは。獅子劫やるな」

 

 明日香と相対しているのは明日香と同じく論文コンペの会場周辺警備の隊員となっている十三束鋼。圭と同じクラスの1年B組の一科生だ。

 そして二人の模擬試合の様子に感心した声を上げたのは九校合同としての警備隊の総隊長を担っている克人に代わり、第一高校警備部隊の指揮を執ることになっているのが風紀委員の二年生である沢木碧だ。

 勿論彼らのほかにも警備隊に参加している有志の一科生たちが訓練を行っている。

 責任者である沢木もずっと明日香と十三束の訓練を眺めているわけではないが、やはり関心は強い。

 なにせ十三束は沢木と同じマーシャル・マジック・アーツ部に所属しており、魔法を併用した徒手格闘術に長けているのを知っている。加えて百家の一角であり、レンジ・ゼロという異名を持つほどの魔法師だ。

 レンジ・ゼロは十三束の魔法師としては特異な、サイオンを身体から遠方に放つことができない体質に対する揶揄であるのと同時に、ゼロ距離においては無類の、それだけで一科生としての魔法力が認められるほどの強さを誇るという敬意が込められている異名なのだ。

 その体質は殊にマーシャル・マジック・アーツとは相性がよく、身体接触のある状態であれば相手の魔法を無効化できる最強の対抗魔法とされる術式解体を接触状態限定とはいえ使用することができるのだ。

 そんな魔法師殺しと言える十三束の相手が、十文字会頭直々の推薦により警備隊に入っている魔術師、獅子劫明日香なのだ。

 沢木はその名に数字を持つ数字付き(ナンバーズ)の家系でも百家でもないので、魔術師というのが古式魔法師とどう違うのかは知らない。認識としては古式魔法師よりも古い、魔法師たちの原典であるとうい程度のにしか知らない。

 けれどもこの三巨頭の一角である十文字克人が認めているのに加え、4月のブランシュの事件において校内に侵入したテロリストを三巨頭とともに撃滅したとも聞く。

 勿論伝聞だけで評価しているわけではないが、実際に今目の前で、沢木も認める実力派の後輩である十三束を相手に引けを取らない動きを見せているのだから、大したものだ。

 先ほど十三束が見せた変則的な動き、セルフ・マリオネットは武術の心得があり、身体の動きを読むことに長けた者にほどはまる彼の奥の手の奇術だ。術者の肉体を移動系魔法のみで動かすことで、人体の構造や力学上不可能な攻撃を繰り出すことができる。

 これに加えて接触型の術式解体を駆使する十三束の戦闘力は、拳が届く接近戦に関していえば校内でも屈指といえる。

 沢木の見たところ、獅子劫明日香の使う魔法は古式魔法ではどういうのか分からないが、昔ながらの魔法分類でいえば風系統の魔法、現代魔法でいえば収束系魔法を得意としているようだった。

 空気の密度を上手く操作しているのだろう。木刀に風を纏わせて斬撃の射程距離を増大させている。

 その攻撃だけでは十三束の接触型術式解体の鎧を突破することはできないのだが、やたらと勘がいいのか、十三束の攻撃を巧みにかわし、隙をつき、鋭い斬撃を放って反撃している。

 接触型術式解体の鎧は放出系の魔法に対しては無類の防御を発揮するが運動量のある攻撃──質量体による物理攻撃に対しては強い方という程度の防御力しかないのだ。

 とはいえセルフマリオネットを初見でああも躱すのは沢木でもなかなか難しい。今でこそ知っているので対策を練っているが、十三束の得意レンジである接近戦でいきなりあれをやられると一撃喰らってもおかしくはない。

 かなり実戦慣れしている様子が見えて非常に興味深い。

 

 

 

 

 

 

 

 警備隊に参加しているのは二年生が多い。

 魔法の戦闘力を買われての志願なので一科生ばかりなのは当然といえば当然なのだが、加えて九校戦などで魔法戦の実践経験が求められるからだ。

 一年生もいるにはいるが、二年生に比べるとやはりかなり少ない。

 残っているのは多くが二年生だけにお互いに顔見知りが多く、一年生の明日香は知った顔が少ない。そうでなくともあまり積極的に交友関係は広げていない身の上だ。

 模擬試合を行った十三束や観戦していた沢木などが興味を持ったようだった。

 

「実は獅子劫君には前から興味があったんだ。君の親戚の藤丸くんとは何度か話したことがあるから君のことを聞いていたからね」

「あぁ……えーっと、それはすまない」

 

 十三束のクラスはB組。明日香とは別のクラスだが、圭と同じクラスだ。

 普段のクラスでの彼の生活を報告しあったりはしないが、それでも明日香には圭の普段の行い自体を良く知っているので、クラスでどんな騒動に首を突っ込んだのかをおおよそ察したものだ。

 

「え? 別に謝られるようなことはないんだけど」

「いや、つい。ケイのことだから思わせぶりに意味のないことを仄めかして色々と問題を大きくしているのと思って」

 

 自分から騒動を起こしたとは思わない。

 どちらかというと騒動を起こすのは明日香の方が多く、けれどもその騒動を大事にかえるのは圭の得意技だ。

 もっとも最近はその十八番も、屋敷に居候するようになったトラブル製造機によってなりを顰めてはいるが。

 

「あはは。たしかに、そういう面がないとは言えないけど、そんなに心配するようなことはないよ。クラスだと明智さんとか、桜小路さんとかに……えーと、うん、とりあえず仲良くやってるよ」

「本当にすまない。あんなヤツで」

 

 やはりというかなんというか。仲良く、の前にとりあえずがついているのと、普段の行いを省みれば、やはり頭を悩ませておくべきであろう。

 

「いやいや。ホント、謝られるようなことはないんだ。むしろさっきも言ったようにおかげで君と話してみたくて」

 

 ただしそれとは別に、十三束が明日香と話をしたかったというのは本当らしい。

 明日香としては心当たりはない。

 こうして話しているのも今回警備隊の訓練に参加するという縁があったからだ。

 

 ただ、十三束の方は違ったらしい。

 

「僕は生まれつき魔法を遠くに作用させられなくてね。“核”が強固すぎてサイオンを強く引きつけ過ぎてしまうから、体から遠くにサイオンを離せられないんだ。…………君と同じように、ね」

 

 明日香と十三束の魔法師としての共通点。

 十三束もそうだが、実は明日香も自前の“魔法”では現代魔法師にとってポピュラーな技術である遠隔干渉系の魔法が苦手だ。

 それは十三束が言ったように、サイオンを引き付ける核が非常に強固であることに由来する。そのためサイオンによって自身から遠く離れた空間座標の情報を改変することが難しいのだ。

 明日香の場合、霊核──英霊である“彼”から譲り受けたものに影響を受けた彼自身のサーヴァントとしての核となっているからだが、その核は現代魔法でいう所のサイオンを暴食するかのように引き寄せて離さない。

 それは霊体であるサーヴァント──現代魔法に言い直せば物質次元に本来の存在を持たず、大量のプシオンの塊として情報次元に存在を持つ体を物質次元において成立するために必要な現象であるからだ。

 デミ・サーヴァントである明日香は物質次元にも肉体を持ってはいるが、サーヴァントとしての能力を発揮すれば同等の次元の存在となっているようなものだ。

 そのため魔法師として見ると、十三束と同様の状態──― つまり自分の体から離れた場所のサイオンに干渉することが苦手という性質になってしまうわけだ。

 

「だから九校戦の時の、あのバトルボードの波乗りはすごかったよ! 体から遠くに魔法を飛ばせなくても、ああいう使い方をすることもできるんだって」

 

 だが魔法師としての明日香に遠隔干渉の手段がないわけではない。

 たとえば接触している部分を起点にして連続的に周囲の対象物や空間に事象改変を引き起こす方法だ。

 その一つが九校戦の際の波乗り──逆巻く波濤の王様気分(ブリドゥエン・チューブライディング)。そして得意魔法に見えている不可視の風の剣も遠隔魔法ではなく接触型の延長戦にあるものだ。

 もっとも、あの波乗りも風の剣も、正確には半分以上は魔法ではなく、魔術でもないものに由来するものではあるのだが、それは魔法師にとっての特化型CADと同じようなものだろう。

 一応魔法師の明日香としては現代魔法における十三束の苦悩はあまり考えたことがないものであったが、十三束にとってはあの魔法は斬新なものに映ったらしい。

 ただいずれにしても遠距離攻撃手段というのは魔法式の定義の在り様次第ということに気づいたということなのだろう。

 

 どこかすがすがしくなったような十三束に、部活の先輩でもある沢木は微笑んだ。

 二年にして学内きっての武闘派とも評判のある沢木から見て、十三束鋼は優秀で見所はあるが鬱屈したところを捨てきれない悩ましい後輩だ。

 彼の呪いにも似た特性を考えれば無理からぬことだが。

 だがそんな十三束と同じような特性をもち、同じように魔法戦技に優れた後輩の存在が、十三束になにかしらいい影響を与えてくれていることを喜ばしく思っているようだ。

 

「しかし、獅子劫がヤルっていうのは俺も知ってたが。どうだ? 剣術部に入っていないようだし、我がマーシャル・マジック・アーツ部に入部してみるのは。それともやはり剣術部に興味があるのなら今からでも俺から桐原に紹介することもできるぞ?」

 

 ただ、残念なのはその彼──獅子劫明日香が現在のところ魔法競技、非魔法競技問わず部活に所属していないことだ。

 一高生なら一高の部活に所属して九校戦などに貢献すべき、とまで主張するほどの愛校家ではないが、もったいないと思うのは彼自身も魔法師であり武闘家であると考えているからか。

 

「いえ、部活は……今のところやらなければならないことがあるので」

「ふむ、そうか? それは残念だが……」

 

 剣にこだわるのなら剣術部に入ればいいし、剣でなくともあれだけ動けるのであればマーシャル・マジック・アーツを本格的に覚えればいい線いくだろうと沢木は見ていた。

 今回の訓練は部としてのものではないので強引な勧誘はマナー違反だが、残念に思うのは仕方のないこと。

 幸いにも気まずい空気が継続せずに済んだのは、訓練メンバーにはなかった華やかな声、差し入れ部隊の女性たちの声が体育館に響いたおかげといえた。 

 

「警備隊のみなさーん! お疲れ様です! お弁当持ってきました」

「おっと、ありがとう。よーし休憩! 差し入れが来たぞ! それじゃあ一応考えておいてくれたまえ、獅子劫くん」

 

 この場には総指揮の克人や服部部活連会頭もいないので、まとめ役となっているのは沢木だ。

 そのため沢木は格闘訓練の休憩を大声で指示すると獅子劫から離れていった。

 

 

 演習場の方で模擬戦闘(克人の訓練相手として十対一の模擬戦)や捕縛訓練を行っていた者たちの内の主に二年生もやって来て、明日香も一息入れることになった。

 

 ────のだが、差し入れ部隊のメンバーの中に見知った顔を見つけて、微妙な表情になってしまった。

 

「なにをやっているんだ、アーチャー?」

 

 一人は雫で、この差し入れ部隊は主に文科系クラブの一年生女子が中心となっているが、それ以外の運動部や先輩方も大勢参加しているのでそちらは不思議はない。不思議なのはそこに食事の必要のないサーヴァントであるシータが混ざっているからだ。

 

「差し入れです。雫さんとクラブの方々に誘われまして」

 

 彼女は雫やほのかとともにSSボード・バイアスロン部という部活に所属していたはずだが、どうやらうまく日常生活に溶け込めているようだ。

 サーヴァントには、あるいは重力軽減の魔法をこっそりと使用していれば関係ないが少女の細腕で持つには重すぎる大きさのケースにいっぱいのおにぎりやサンドイッチが入っていて、傾けて中身を見せるシータの姿は制服姿と相俟ってどう切り取っても魔法科高校の女子生徒にしか見えない。

 溶け込みすぎて、明日香としては頭痛がするほどだ。

 くすりと微笑むシータは悪戯が成功したかのように雫とアイコンタクトを交わし、ほかにも見知った顔の幹比古や美月などが勢いに呑み込まれるようにして隣り合って食事をはじめたこともあって、明日香も大人しく車座の中に腰掛けるようにして座った。

 その様子を見て、沢木は肩を竦めて苦笑し、十三束は呆気にとられたようだった。

 

 腰掛けた明日香は雫から手渡された弁当の包みを受け取るとお礼を述べて包みを開いた。

 炊き出しだけあって凝ったものではなく量を優先したようでおにぎりとお茶ではあったが、体力を消費した高校生男子たちには好評のようだ。

 周りの男子生徒たちも、特にそれが女子たちが作ってくれたということもあってか疲れを忘れたように食事を始めており、ところどころでは男女が仲良く話し合ったりもしていた。

 一部箇所では──―明日香の数少ない見慣れた友人二人のことだが──非常に初々しく見る者をほのぼのとさせるような甘酸っぱい青春的な雰囲気を醸し出し、女子生徒からは(生)温かく、そういうことに縁遠い武闘派系のむくつけき男子生徒からは殺意のこもっていそうな視線を受けたりしていた。

 もっともそれは明日香も同じようなものだろう。

 隣に腰掛け、明日香が受け取ったおにぎりを口に運ぶのをどこか不安そうに、あるいは期待をもっているかのような眼差しを向けている少女は、一年一科生の中でも成績トップグループ(つまりは司波深雪とその周囲)に属しているというだけではなく、可憐な少女なのだから。

 

「どうかな」

「うん。美味しい。鍛錬の合間にこんなに美味しいものが食べれるなんて初めての経験だよ」

 

 入っていたおにぎりは、手作り感のあるやや歪な形をしていた。ただそれは不格好というわけではなく、今時珍しくHAR(オートメーションロボ)によって作られたものではなく女子陣の手作りであるということなのだろう。

 

「おおげさ」

 

 それはあるいは雫本人が作ってくれたものなのか。

 彼女自身が告げたわけではないが、どことなくいつもより朱の差したような顔で呟いた。

 

「いや、本当だよ。訓練の後はいつもだいたいはキュケ…………いや、なんでもない。ありがとう、雫」

 

 そんなやり取りに、爆発すればいいのに、と実際に魔法を使えば爆発を起こせるだろう魔法師の卵たちが感想を抱いたかどうかは、定かではない。

 呪詛が込められているとしたらそれが発動するその前に、体育館の一角から「おおっ!」という控えめに隠そうとしながらも思わず期待に漏れ出てしまった声が上がったのだ。

 その声に反応して明日香と雫がそちらに視線を向けた時には、顔を真っ赤にした美月がなにやら転んだような体勢から、普段の彼女からは想像もできないような素早い動作で体勢を変え、それから羞恥に滲んだような悲鳴染みた声を上げながら体育館から駆け出していく姿があった。

 

「何ボウッと見てるの! 追いかけなさい、吉田君!」

「は、はいぃっ!!!」

 

 そしてさらに周囲の女子生徒から叱責を受けた幹比古が、これまた顔を真っ赤にしたまま駆けだしていき、美月の名前を呼びながら謝罪している声が遠くなっていった。

 

「?」

 

 その場面を見ていなかった明日香と雫はそろって首を傾げ、たまたまその場面を見ていたシータはくすりと微笑ましげに青春の一場面に笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 


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