Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~ 作:バルボロッサ
ここ数日の日常は表向き平穏なものだった。
交友を深めていくシータと雫達に焼きもきしたり、見つからない謎のサーヴァントのことに頭を悩ませたり、現れないラーマに眉を顰めたりしつつも、論文コンペ前日まで明日香と圭は一応は平穏な日々を過ごしていた。
明日香は警備隊の訓練に参加したり、圭は論文コンペのメイン執筆者の市原鈴音の護衛についていたりもしていたが、それは魔法師たちとのかかわりの中での日常。
学校には連れて来れない
もっともその間にも魔法師たちの方──主にトラブルに愛されている男、司波達也の周りではいくつかの出来事が起こっていたらしい。
時に同じクラスの
ほかにも達也自身の問題として、彼が密かに所持していたとある聖遺物(レリック)をめぐるひと悶着もあったようだが、それは明日香たちにも学校の行事にもかかわりはない。
ともあれそんなトラブルに愛された男こと司波達也の方も、そして論文コンペの執筆者チームも少々の妨害(未遂)行為をものともせずにプレゼン準備を進めて完了していた。
論文コンペ当日の一高のスケジュールは、八時に現地集合し、九時に開幕。その後、順次各校がプレゼンを行っていき、一高の出番は最後から二番目の午後三時から。ただしメイン発表者の鈴音は午後から会場入りすることになっており、達也と五十里は機器の見張り番とトラブルが会った際の応急処置に備えて早く赴くこととなっている。
そして翌日に本番を控えた前日、リハーサルの予定されていた日に、圭は鈴原と服部(現部活連会頭)とともに病院を訪れていた。
その目的は、先だってレオとエリカたちによって捕まえられた平河千秋の見舞いのためだ。
捕縛の際、物騒な仕込み矢や催涙ガス、閃光弾などを使用したこともあってレオのタックルで気絶させられるほどの状態だったことや、洗脳の兆候や精神的な錯乱・衰弱などが見られること、そして二科生とはいえ魔法師であることから国立魔法大学付属立川病院に移されることとなった。
ちなみに論文データを盗み出そうとした上級生の方は風紀委員長の千代田花音によって取り押さえられた後、八王子にある特別鑑別所(主に魔法技能を持つ未成年者の拘留、観護措置施設)の方に移送されている。
病院と八王子鑑別所。そのどちらにも大亜連合の魔法師による襲撃が起こるという騒動が起こったが、それらは居合わせた魔法師によって迎撃されて何とか事なきを終えている。
そんなこんなで、このお見舞いも本来は鈴音が一人で来たがっていたらしいのだが、色々と物騒な事件が起こっていることから周囲より護衛の必要性を強硬に主張されたため、鈴音は渋々と護衛役の一人である服部を同行させることを決めたのだが、真由美と摩利からさらに圭を追加されることとなったのである。
「失礼します」
「いらっしゃい、市原さん、それと藤丸くんね。そこに掛けてくれる?」
鈴音の目的である平河千秋は病院の個室に入院していた。
ベッドの上で上体を起こし、俯き加減にシーツに目を落とした姿勢でジッと座っている。少女は来訪者に無反応で、出迎えたのは付き添いとして様子を見に来ていた一高の保健医である安宿怜美だ。
鈴音に続いて入室した圭はまず安宿に目をやった。おっとりほんわかとした声と雰囲気の美女といって差支えないだろう。
「先生、平河千秋さんは精神に疾患を生じているのですか?」
「いいえ。心的外傷性意思疎通障碍やそれに類する症状は見られないわ。もっとも“精神”を直接診察できない以上、健康だと断言することもできないけど」
「こちらの声が聞こえていれば十分です」
彼女は、聞いたところによると生体放射を視覚的に捉えて肉体の異常個所を把握することのできる能力者だという。視るだけでそこらの病院にある精密検査機器より正確な診断を下すことができるというのだから驚きだ。────医療系に特化しているが能力としては圭に近しい。
「平河千秋さん、貴女のやり方では、司波君の気を引くことはできません。好意は無論のこと、敵意も悪意も引き出すことはできません。今の貴方は彼にとって、その他大勢の一人でしかありません」
「…………それが、どうしたって言うんですか」
鈴音の言葉に、千秋が無気力ながらも反応を返しだした。
今日というタイミングで鈴音が千秋を訪れたのは、純粋にお見舞いのためではない。
どちらかというと勧誘。
卒業していく三年生として、次代以降に不足している魔工技師の優秀な卵を発掘するためだ。
平河千秋。彼女の姉、小春もまた優秀な魔工技師であり、九校戦の技術スタッフとして活躍してくれた。それだけに今の小春の状況は残念なものだ。
だが千秋は二科生ながらも、魔法工学の筆記試験の分野に限っていえば、あの司波達也に次いで学年二位の成績を修めているのだ。
達也への敵愾心から学校にとって愚かしい行動に走りこそしたが、むしろその力は学校のために使ってほしいというのが市原の狙いだ。
達也への敵愾心でも対抗心でも構わない。彼女の魔工技師としての資質を花開かせて上手く学校のために使ってもらいたい。
そのために煽るような言葉を突き付けた。
一方で圭が同行したのも狙いあってのことだ。
圭の予測の未来視は情報が集まることで形を示す。だがその本質は高度な演算機能によりものだ。人がヒトであるにはもはや不要な情報処理の能力。視覚から得られた情報を棄てずに記録し、それらを元に半ば以上無意識化の演算領域において導き出した結果を映像という形で視ているものだ。
ここ最近のサーヴァントとの遭遇状況を鑑みて、そしてこれまで撃破してきたサーヴァントがいずれも魔法師に絡む事件の只中にいたという状況から、今回の魔法師にとっての騒動にもサーヴァントが関係していることを疑ってのことだった。
安宿が保健医として平河千秋を視たように、圭も彼女を視た。
魔術の腕前はかつて存在していた魔術師らと比べると明確過ぎるほどに見劣りするが、それでも今の彼女に魔術的な洗脳処置はないだろうとみている。
それよりもむしろ、魔術や魔法に依らない扇動・洗脳をこそ、受けているのではなかろうか。それこそ、英霊のスキルに匹敵するほどに頑強な扇動。
確信に至れるほどの情報ではないが、微かに、根拠にならないほどのほんの些細な棘のような何かが、胸に刺さったのを圭は感じた。
✡ ✡ ✡
全国高校生魔法学論文コンペティション開催日当日。
「その恰好はどういうつもり、藤丸君?」
会場警備隊ではなくプレゼンターの護衛役にはこれといった取りまとめの指揮官はいない。部活連の元会頭である十文字先輩は九校の合同警備隊の総指揮を任されているし、現会頭である服部先輩はメインプレゼンターの市原先輩の護衛役になっている。
一方で生徒会は護衛や警備にはあまり関わっておらず、風紀委員は現委員長の千代田先輩が許嫁でもある五十里先輩の護衛になっている。元委員長の渡辺先輩が空いているといえばそうだが、今回の護衛役には志願していない。
とはいえ、一高の最上級生として論文コンペに無関心というわけではなく、元生徒会長の七草先輩とともにちゃんと応援に来ている。
かくいう事情から学校生徒たちも多く来ている論文会場に、学校の制服ではなくおまけに普段はかけてもいない伊達眼鏡を着用してきた不真面目な後輩に頭を痛めて苦言を呈する役目になったのは、現風紀委員会で一応直属の上司になっている千代田花音であった。
「いやぁ、一応警護も任されたのですが、うん、虫の知らせというか何というか。ほら、僕はプレゼンターというか参加者ではないので制服を着る義務はないじゃないですか」
まったく悪びれもせずこの場では浮いた格好をしている藤丸圭。
真由美や摩利もここにはいるのだが、すでに半ば引退状態であるため注意を現役の花音に任せるつもりであるようだ。
ちなみに藤丸の服装は紫と緑のベストに縦のストライプの入ったシャツ。首元には明らかにおしゃれ目的に見える濃紺のネクタイを締めており、両腕は一応動きやすさを意識しているのかバンドで絞っている。
「まったく今年の後輩たちは……」
「まぁ、念のためですから。これも一応、制服の一種、とでも思ってください」
飄々とした態度を崩さず悪びれない後輩に花音はため息をついた。
どうやら合流する前に
それに対して真由美は呆れた顔をしていたものの、圭の言葉に気になる部分を感じ取って眉をひそめた。
ここ数日の周辺の動きはかなりきな臭い。
真由美は圭の耳元に顔を寄せると声を潜めて問いかけた。
「念のためって、その、魔術的な──サーヴァント絡みのこと?」
思い浮かべるのは今現在一年生に籍をおいている華奢な少女のサーヴァント。
今頃はいつもの一年生メンバーとともに会場入りしているころだろう。
真由美が、というよりも学校側が真由美の推薦もあって編入生としてあのサーヴァントを受け入れたのは魔術についてを知り、サーヴァントという魔法師をも圧倒する超常の存在についての情報を探るためでもあった。
それで分かったことは、戦闘状態になくともサーヴァントという存在は異常だということだ。
古代、どころか西暦以前の叙事詩にその名を記す英霊シータ。武芸に関わる逸話はなく、魔術師藤丸曰く戦闘タイプではないということだが、十分以上に魔法師としての適性を示していた。
今世紀になって生まれ、発展してきた現代魔法を西暦以前の英霊である彼女が知っていたはずがない。知っていたとしてもそれは魔術やそれ以前のものであって現代魔法ではない。現代魔法における国際的な評価基準は処理速度、演算規模、干渉強度とされる。彼女のそれは一高でも間違いなくトップである司波深雪クラス、いや、日本の魔法師の頂点である十師族と比較しても引けをとらないレベルであるところまでは知ることができた。
無論それが彼女の全力かどうかは分からない。
藤丸曰く、サーヴァントというのが神秘そのものであり、規格外の魔術/魔法の塊なのだ。ことに神秘の強い西暦以前の英霊であれば、たとえそれに類する逸話がなかったとしても、それこそ息をすることそのものが強大な魔法に匹敵するようなものなのだという。
知れば知るほどサーヴァントの強大さが分かる。
メフィストやコロンブス、鉄腕ゲッツにグリム。これまで見聞きしたサーヴァントがいかに恐ろしいものであったのか。
その脅威が再び迫っているのかもしれない。──それも魔法師としての脅威とともに。
「まぁそれに備えてというのもありますけど……。先輩方はたしか訊問をされてきたとか。そちらの方で何か情報はありますか?」
嫌な予感を感じているのは真由美や摩利だけではないということだ。
すでに二人から司波達也にも情報は伝えてあるらしく、同様の内容を伝えられた。
今日会場に来る前に八王子鑑別所にて摩利とともに関本勲という生徒の訊問を再度行ったのだが、その結果彼にもマインドコントロールの疑いがあることが判明したのだという。
一高では教員推薦により風紀委員に在籍しているほどの優秀な一科生であったのだが、論文コンペを目前にして睡眠ガスにより達也を昏倒させた上でハッキングツールを使って資料を盗み出そうとしたのだ。
元々、関本という生徒は理想主義的なところがあって魔法という発展途上の技術は世界で広く開示共有されてこそ進歩の道が拓けるというオープンリソース主義に傾倒したいたところがあったそうだ。
だが現在、魔法技術が国の軍事力と密接にかかわるようになり、大国間に軍事的緊張が続いている情勢下では、その理想主義は夢想としか言えないものであった。
マインドコントロール下にあって、その理想をキーとして刺激されているのか、彼は魔法科高校をはじめとした日本の最先端魔法技術を“魔法後進国”に開示するのだと自らの目的を語っていたらしい。
その魔法後進国がどこだかは頑なに──おそらく催眠によるロックがかかっているのだろうが、明かせなかった。だが軍事力となりうる魔法技術が敵対的な魔法後進国とやらに流出すればどうなるか、国防に魔法力を利用することを考えたことのある魔法師たちならば分からないはずがない。
司波達也などは彼の理想を明確に間違っていると断じたそうだ。
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<──ということらしいよ。魔法師の方は魔法師の方で騒がしい、というか、街の様子からすると間違いなくなにか起こりそうだね>
「視えたのか?」
<う~ん。どちらかというと漠然としたただの予想だね。情報が足りてないんだと思う。ははは…………。ただ、こちらが不足しているというよりも、こちらの情報が向こうに掴まれすぎている。僕の未来視も、それから君の真名は確実に知られているね>
「確かにな。十文字先輩も街の様子が殺気立っているのに気づいているようだし、単に論文コンペのせいというばかりではない、か」
会場警備隊として圭たちよりも早くに会場入りしている明日香は、今は会場周辺の警備についている。
真由美たちから得た情報を伝えるとどうやら警備隊の方でも警戒態勢のレベルが引き上げられているらしかった。つい先ほど、九校合同の総指揮をとっている十文字克人から警備隊各員に防弾チョッキの着用指令がでたこともそれを受けてのことだろう。
現代魔法は古典的な魔法、古式魔法から速度という点において格段の進歩を遂げることに成功した。CADという補助装置を用いて起動式を呼び出すことで、銃器と対等のスピードでの発動と防御、あるいは攻撃が可能となった。
だがそれはあくまでも対等であり、すでに銃を突きつけられている状態や奇襲的に先制攻撃を受けてしまえば魔法師であっても致命傷を負う。
克人やある程度以上のレベルの魔法師であれば移動型の防御魔法をある程度持続させることで奇襲を防ぐこともできる。警備隊に所属しているほどの魔法師であればたとえ高校生であったとしてもできる者もいるだろう。
だが実際には、いつ来るか分からない、来るかどうかも分からない敵襲に備えて防御魔法を常駐させておくことはできないし、できたとしても現代魔法においてそれはキャパシティの無駄遣いとしかならない。
現代魔法では魔法の終了時間を発動時に規定する必要があり、魔法を間断なく継続させようとすれば定義破綻により発動しなくなってしまうのだ。飛行魔法や持続的な防御魔法などは終了時間を定義した上で、息継ぎのタイミングを重複させることなく発動しなおすことで魔法を持続させているに過ぎない。
つまり、現代にあってもたとえ魔法師であったとしても拳銃は脅威足りえるのだ。そして攻撃と防御の関係はいたちごっこのように抜きつ抜かれつするもの。
向かい合った状態であったとしても、防御魔法を打ち抜くハイパワーライフルなどの存在もある。防弾チョッキは奇襲を警戒してのことだ。
明日香としても、デミ・サーヴァントの力を発揮すれば拳銃どころかハイパワーライフルであったとしても無効化するのは容易いが、明日香はあの力を人に対して向けるものではないと自戒している。
なぜならこの世界の人々の善悪、騒乱に対してサーヴァントとして介入することは本来の目的を見失うことにつながってしまうから。
この世界の、この時間軸における平穏ではなく、人理の継続のための戦い。
それが明日香と圭の為すべきことであり、この世界において
<ところで例の赤髪の男。アイツの情報は入ってきたかい?>
ただしそれは相手がサーヴァントであるのならば別の話だ。
そして向こうには明確に明日香を、その中に宿る霊基の真名を掴んでいる相手がいる。 それも敵意をもった存在が。
「………………いや」
今はまだその姿を目にしていない。ゆえに赤髪の大男というだけでは綺羅星の数ほどいる英霊の中から正体を看破することは不可能だ。
<アストルフォには連絡手段を渡してある。彼の宝具ならこちらに駆けつけることもできるはずだからね。可能なら交戦状態に入る前に報せて欲しいところだけど……>
後手に回らざるを得ないのは痛いところだ。
真由美や摩利、そして克人が懸念している襲撃の予感。それは明日香も、そして圭も感じている。
明日香の直感や圭の未来視のように、特定分野に優れた魔法師の予感は得てして未来予測に近いシュミレートを行うことができる。真由美たちの特化分野はそうではないが、彼らの経験と勘が騒乱の予感を告げているのだろう。
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全国から選りすぐられた魔法科高校の優秀な生徒たちによる論文コンペが始まったころ──────その会場からそう遠く離れていない某所。
そこでは学びの雛鳥たちが日頃の成果を発揮しようとしている一方で、それを潰やすために“日頃の成果”を発揮せんとしている輩がいた。
囚われの同胞を救出し、その同胞を捕えていた猿どもを殲滅し、そしてその仕上げとして、道士から齎された“秘術”によって、古の武将をその身に墜とせしめた。
先ほどから響く咆哮は、本来の彼の猛虎の如き雄叫びではない。
魂消える叫び。
生まれてから片時も離れることはなく、侵されることのなかった不可侵たる己が心身に亀裂が入り、奪われようとしている絶叫。己よりも、人とは格の違う霊格に自身の魂が圧し潰され、塗り潰され、その窮屈な器に収まり切れぬほどのナニカが一瞬一瞬でその鍛えあがられた魔法師の器を破壊している。
だがそれを指示した者、部下の命に対して責任を負うべき上官たる彼は、失われた秘術の再現ともいうべき奇跡を前に目を血走らせ、固唾を飲んでいた。
──これが成れば日本の魔法師などに後れをとらない。かつての恥辱、四葉への報復ですらも不可能ではなく、沖縄戦の悪夢、摩醯首羅でさえ敵ではなくなるに違いない──
かつての異能・魔術が魔法と呼ばれるようになり、彼らの国や大陸においても神秘は消え失せた。
消えたものと比較することはできない。
ゆえに今の技術、魔法を発展させていくしかないが、彼らの国の魔法技術は壊滅的な打撃を被ってしまい、魔法後進国として転落してしまうような有様だ。
軍事力であれば決してこのような矮小な島国一つ、取るに足りない。
にもかかわらずだ。
かつてたった一つの師族によって国の魔法師が半壊させられ、3年前の沖縄海戦では、圧倒的に有利なはずの奇襲作戦をたった一人の魔人によって覆された。
軍隊や戦術・戦略すらも覆す圧倒的な魔法力。
現代の魔法がかつての、魔法と呼ばれるようになったころの技術や威力に劣っているということは決してない。
彼の国が誇る戦略級魔法師の力は、一撃で都市を破壊し、艦隊を薙ぎ払い、戦況を覆す。それは紛れもない事実で、現代において古式魔法と呼ばれる力にはないものだ。
けれどもどうだ。今目の前で起ころうとしている奇跡は。
彼自身も魔法師だ。見れば分かる。今生まれ出でようとしているのは、再誕しようとしているのは悠久の歴史ある彼らの国の神秘そのもの。
神秘の失せた魔法では及ばない領域。
倫理など破綻している。
彼らは軍人であり、ここには戦争をしに来ているのだ。
部下の命の一つ。それで数多の敵を駆逐し、目的を果たせるのなら────この軌跡を目の当たりにできるのであれば惜しくはない。
奇跡の代償にできるほどの魔法師だからこそ、必要であったという言い訳は脳裏から消えていた。
それを教唆した者の思惑通り、利用できるものを利用しているのだという全能感を抱いているのは、果たしてどちらであったのか………………
「醜悪な出来損ないを作るのが趣味とは随分と悪趣味なものだな、ルーラー」
出来損ないのサーヴァント。サーヴァントの粗悪な模倣品。
それを生み出そうとしている魔法師たちの歓喜を、サーヴァントである皇帝が酷薄な瞳で一瞥し、それを教唆した裁定者へと皮肉としてあてた。
ルーラーというクラスは本来、聖杯戦争を正常に遂行させるための中立的な存在。ゆえに現世に対して何の望みも抱かず、如何なる勢力にも与しない英霊がそこに割り宛てられるという。
けれどもこのルーラーはどうだ。
己の信仰がために民草を煽り、唆し、争乱を巻き起こし、この壊れかけの世界を刈り取ろうとしている。
だが然もありなん。
死者たる英霊が現世に降臨すること自体、“正常”などではなく、ゆえにその力を以て争われる聖杯戦争なるもの自体が、“正常”な歴史などではないのだ。
そも万能の願望器たる聖杯自体が、本来的な由来として中立ではなく、“特定の勢力”により利用されてきたものなのだから。
いつの時代も、どのような場所であっても、中立などという勢力は存在しない。
敵か味方か。利用される者か、利用できない者か。
彼にとっても、そしてこのルーラーにとっても世界はそんな線引きによって分けられるものなのだから。
そういう意味でも、彼はルーラーなのだろう。
彼が争乱を引き起こしたのは、彼の我欲からではない。
争乱において彼が何処かの勢力の一員であったことなどない。
すべては
「所詮は邪法に染まった異教徒。その為れの果てがあのようなものなのは仕方ありますまい。それに異教徒であるなら奴隷のようなもの、アレもかつての英雄の影を宿せたのですから本望でしょう」
「ああ。お前らはそうであろうともさ。皇帝たる俺であっても貴様らには手を焼かされたものだ」
たとえ英霊の影であるサーヴァントの、その劣化した染みのような存在であったとしても、英霊と所縁ある器を依り代に、幾割、否、幾分、幾厘程度でもその神秘を宿せるとしたら、神秘の消えた魔法師に太刀打ちできるものではないだろう。
処理できるとすれば、英霊の力を宿すあの者たち。
この狂った世界を、未だ維持しようなどとする愚か者たちだけだ。
「いえいえ。私にも生前の反省があります。皇帝たる貴方と無為に争うことの愚は身に染みておりますとも、陛下。────―アーチャーとライダーをこれで封じられましょう。あとは陛下のご随意に」
「たかだか宗教家風情が傲岸だな。地上の神たる神威の代行者を駒とするか」
果たすべき役割、盤上の駒は揃った。
人理の焼却など大層な事を起こす必要はない。この壊れかけの世界を維持しようと足掻く者たちを消してしまえば、それだけでもう、このどうしようもなく狂った、邪法に塗れた世界は剪定されて消えるであろう。
「だがよかろう。今の俺にとって、国も民も、世界の行く末でさえ気に留めるものではない」
そしてそんなルーラーの思惑は、この皇帝、セイバーには関心外のこと。
歴史から、人理から、名を消された皇帝にとって、人理を継続させることに意義はない。
求めるものはただ一つ。
「俺にとっての全てはあの谷の戦いの続き、赤き竜との戦いをおいて他にない。貴様の思惑どおり、精々踊ってやろう」