Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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8話

 

 

 論文コンペ会場客席は各校それぞれの生徒が大勢いた。

 その中で雫やエリカらいつものメンバーも一高の集団の中でひと塊になって座っており、そこには雫たちに付き添ってシータの姿もある。

 どうやら近頃の物騒さ、特に達也の周りでちょっとした襲撃があったりしたことで警戒心が強まっているのか、エリカやレオなどは警備員でもないのにこっそりと得物を持ち込んでいつでもやる気満々といったように準備しているし、幹比古などは他校のプレゼン中にも探査用の精霊を放って感覚を同調させて周囲の警戒にあたっていた。

 エリカとレオはこの日に備えて、達也への協力のためにエリカの実家の剣術道場で泊まり込みの修業を行っていたらしい。

 コンペの開催前に関本や呂剛虎といった襲撃犯の捕縛がなされたことで、ここ最近達也の身の回りで起こっていた騒動の目は摘むことができたわけだが、それはそれとして何か不穏な気配というか予感のようなものを感じ取っているのだろう。

 来るかどうか分からない敵の襲来に備えるという、ある種不毛にも思える警戒を、けれども彼らは自主的に、不毛に感じることもなく続けている。

 その一方で、シータはこの高校生たちの魔法科高校学生による“文”の競い合いを大きな感心をもって見ていた。

 隣に座る雫からこの論文コンペの趣旨や今回のコンペでは魔法の基礎理論の一つを発見した三高の発表が最有力候補であることなど、そしてそれぞれの発表についての解説などを聞いていた。

 

 

 

 

 そして午後三時。残すところ注目株の三高と一高を残すのみとなり、一高のプレゼンテーションは予定通り始められた。

 舞台の上にはメインプレゼンターである鈴音が、ライトを浴び、その隣では五十里がデモンストレーションのための機器を操作、舞台袖では達也がCADのモニターと起動式の切り替えを行っている。

 

「核融合発電の実用化に何が必要となるのか。この点については前世紀より明らかにされています」

 

 一高のテーマは重力制御型熱核融合炉。

 

「一つは燃料となる重水素をプラズマ化し、反応に必要な時間、その状態を保つこと。この問題は放出系魔法によって既に解決されています。

 核融合発電を阻む主たる問題は、プラズマ化された原子核の電気的斥力に逆らって融合反応が起こる時間、原子核同士を接触させることにあります」

 

 それは先人たちが非魔法的な科学技術、魔法技術、様々な工夫によってなそうとしてきた夢のエネルギー技術。

 

「しかしこの問題は、効果的な方法が見つけられず、安定的な核融合反応を実現させるには至っていません。様々な理由がありますが、全ての問題は取り出そうとするエネルギーに対して融合可能距離における電気的斥力が大きすぎるという点にあります。──────―」

 

 

 ──―行われている演出だけを見るなら大げさな装置を使って大きな電球を光らせているだけ。語られている魔法科学技術は現代の知識を聖杯によって賦与されているサーヴァントの知識だけでは理解できるには至らない。

 サーヴァントに賦与される現代知識は、現代における行動が問題にならないようにされるためで、全ての知識を体得というレベルで備えさせるためのものではないのだ。

 

 ただし、舞台上で輝く光を生み出す、大規模な装置。そこに仕掛けられている技術は世界の最先端。

 物質界における世界のすべてを構成する粒を操る魔法。

 その光は太陽の光に比べるとあまりにも微か。星の外からどころかこの街の外にすら届くまい。

 けれどもそれは太陽の光と同じなのだ。

 微かな微かな、けれど人の、魔法師たちの夜明けを告げるための小さな小さな一歩。

 ループ・キャストを用いることで断続的な核融合反応を引き出し、エネルギーを生み出す魔法。

 

 

 

 

 

 会場に大きな拍手が響く。

 武の九校戦で不落の三年連続優勝を果たしたのに引き続き、文を象徴するこの論文コンペティションにおいても一高がやってくれたのだ。

 鈴音のプレゼンテーションは単に加重系魔法の技術的な三大難問の一つに一石を投じるだけのものではない。それであっても──トーラス・シルバーのループ・キャストと飛行魔法という技術革新があったといえど、高校生の域をはるかに超える内容の発表だったのだ。 

 魔法による熱核融合炉の実現は、現代の魔法師が兵器としての在り方だけではなく、人々の幸福や生活に欠かすことのできない、世界の一部となるための希望でもある。

 単に兵器や部品としてだけではなく、人として世界の人々とともに生きていくための技術。

 達也が鈴音に協力したのも、彼もまたこのコンセプトを抱いていた魔法師の一人であり、鈴音と同様、兵器としての在り方からの魔法師の解放を願う者だからだ。

 

「素晴らしいです。太陽を生み出す魔法。それはスーリヤ神様のご権能を現世に為すことと同義。その御力を争いではなく人の世のために振るわれようとするその御心、非常に尊く、気高いものだと思います」

 

 シータも拍手を打ちながら褒め称えた。

 彼女にとって、この研究や成果が魔法師たちにとってどういう意義をもたらすのかは関係がない。

 彼女は王配であり戦士の妻であった英霊だ。

 力ある者が戦士となり、兵器としての在り方を歩むこと自体は否定はしない。

 けれども彼女が感心したのは、人よりも強大な力を、より多くの人々に対して恩恵をもたらそうというものであったからだ。

 それは戦士というよりも王の考えであり、王の血脈を継ぐ者として、神の人柱の化身でもある彼女にとって、気に掛ける価値あるもの。

 雫やほのかはシータの称賛に大げさだとくすぐったそうにしているが、敬愛すべき兄が関わり、彼の志すコンセプトと同じこの実験が褒められることを誇らしく思っているように、うっとりとした微笑みを浮かべて拍手を送った。

 

 そしてそんな万雷の拍手が打ち鳴らされる会場を────―轟音と振動が揺るがした。

 

 

 

 

 

 

「なんだ…………?」

 

 会場周辺警備にあたって、会場外に出ていた明日香は、会場内での異変よりも一足早く、街での異変を目撃していた。

 横浜国際会議場から湾沿いの彼方の景色に黒煙が上がっているのが見えたのだ。

 

「明日香、あれは…………」

 

 鈴音の護衛役であった圭も鈴音が会場入りして真由美や摩利と行動を共にすることになったため、服部たちとともに会議場周辺警備へと回っており、圭は明日香と行動を共にしていた。

 嫌な予感と不穏な気配──―戦場の気配だ。

 明日香は戦士としての直感でそれを感じ取り、圭は街の気配と様子から漠然と捉えていた予測が間近に迫っていることを感じ取っていた。

 ただしその気配は今現在黒煙が立ち上っている方角からだけではない。

 

「────ッッ、ケイ!」

「ん、ぐぇっ!」

 

 だがその寸前で明日香が突然、圭の襟首を引っ張り会議場の建物内へ向けて駆けだした。

 いきなりの加速にムチ打ち気味につぶれた声が漏れたが、彼らが建物内へと入ったのとほぼ同時に、会議場の出入り口近辺に向けて榴弾(グレネード)が着弾しようとしていた。

 着弾。爆発の衝撃は明日香の咄嗟の行動に慣れた圭が反応素早く魔法による物理障壁を展開したことで防ぎ、二人は出入り口近くの太い柱の陰に身を隠した。

 

「襲撃!? くっ!」

 

 すでに二人とも警戒体勢から戦闘状態へと思考は切り替わっている。

 榴弾の爆風は粉塵を巻き散らし、視界を奪う。けれども振動音は建物を揺らし、会場内外の魔法師たちに敵襲を知らせたことだろう。

 だが襲撃者たちは巻き上げられた粉塵も収まらない内に、外装を強化した車で会場へと乗り付けており、そこから大型の銃を抱えた者たちが群がり寄り始めていた。

 

「嫌な感じがする。迂闊に出るなよ、ケイ」

 

 会議場周辺の警備にあたっていたのは高校生だけの九校合同警備隊だけでなく、プロの魔法師による警備もしっかりしている。

 彼らもさぼっているわけではなく、襲撃に対して素早く対応しCADを起動させて応戦しようとしていたが、襲撃者たちの方が先手をとっており、さらに備えをしていた。

 通常の銃やアサルトライフルの銃弾程度であれば魔法障壁で防ぐことができたのであろうが、敵の銃弾はやすやすとそれを貫通して魔法師たちに鮮血を巻き散らさせていた。

 

「魔法師対策の銃。なんて言ったかな、ああ、ハイパワーライフルかっ!」

 

 物理障壁に限らず魔法による非質量体型障壁の多くは物質的に防御しているというよりも運動量などの情報において論理的な防護力によって対象を保護している。そのため魔法障壁で防ぎきれる物的攻撃はほぼ完全に通すことがないが、一方で障壁の防御力を上回る攻撃に対しては減弱することもできずに定義破綻を起こしてしまう。

 ハイパワーライフルは魔法師の想定を遥かに上回る運動量によって無理やり障壁を貫通する対魔法師用の武器だ。高位の魔法師がその気になれば防ぐこともできるが、それだけの障壁を作り出せるのがそもそも並みの魔法師では難しいし、ただのライフルだと油断すれば高位の魔法師でも打ち抜かれ、普通の人間が受けるのと同じように致命傷を負う。

 圭の魔法師としての腕前は一応一科生になれるくらいなので、そこそこ優秀だが、本職の軍人魔法師と比べると大きく見劣りする。魔術師としても神秘のほとんど途絶えた現代においては魔法よりもできることは限られる。“神秘”が効果をもたらす場面ではまれば有用だが、今はまったくそうではない。

 明日香としても相手はサーヴァントでも魔術師でもない相手にサーヴァントの力を振るうことはできない。明日香に力を貸してくれた英霊は誇り高い騎士であり、目的に沿うからこそ力を与えてくれたのだ。その信頼を裏切ることはできないし、したくもない。

 必然、二人ともこの場では魔法師としての力で応戦せざるを得ないが、本職の魔法師たちですらこの突然の強襲と相手の武装に押されている。

 

「奇襲攻撃の割りに初手から攻撃が派手すぎる」

 

 相手は東アジア系の顔立ちで、色が不統一のハイネックセーターにジャンパーとカーゴパンツ状のズボンという装い。

 武装も粉塵が晴れて落ち着いて観察すれば、通常の突撃銃(アサルトライフル)と対魔法師用のハイパワーライフルが混在していた。

 そのせいでなまじアサルトライフルの銃撃を防げてしまうので油断してハイパワーライフルで打ち抜かれるという状況だ。

 襲撃側と警備隊の人数差もあちらの方が優勢だが、そもそも奇襲的に攻撃を仕掛けてきたのだから初手で広範囲に轟音を響かせる榴弾は悪手だ。

 だがそれもここに警備隊たちの眼を向けさせるためというのならまさにこれは初手。

 

「ああ、うん。おそらく陽動だろうけど、今の状況じゃここを抜け出すのは無理だね」

 

 問題は分かってはいても、ここは会議場の正面入り口にあり、襲撃側の方が優勢である以上、ここを堅守することは必要事項。

 指揮する立場にもサーヴァントの力で無双するわけにもいかない彼らにはこの現場を放棄して他の、本命の襲撃に対応することができないということだ。

 

 

 

 

 

 明日香たちの懸念は残念ながら杞憂とはなっていなかった。

 

「大人しくしろ。デバイスを外して床に置け!」

 

 コンペの進行では予定されていない異常な轟音や会場を揺るがす振動に浮足立っていた魔法科高校の学生たちは、その対応をとる間もなく襲撃者たちに銃を突きつけられていた。

 会場に侵入した襲撃者の数は六人。

 会場に集まったほどの大勢の魔法師がいれば制圧するには訳のない戦力差だが、それもすでに銃を向けられてしまっている状態では難しい。

 ステージ上では一高の次にプレゼン予定だった三高の生徒たちが、隙をつこうとCADを操作しようとした。彼らのプレゼンのテーマが対人攻撃に転用可能なものだったのだろうが、銃声一発、機先を制する威力誇示の銃弾は通常のライフルの威力を上回るハイパワーライフルであり、魔法師の雛鳥たちに無駄な抵抗の意志を制するには十分だった。

 如何に将来有望で優れた魔法師の学生といえども、すでに銃を突き付けられた状態で、しかも対魔法師用のハイパワーライフルで武装した相手に対してそれでも無傷で制圧できるほどの魔法師はそうそういない。

 この状況では互いが人質も同然であり、制圧しようと動けばすぐさま一人目の犠牲者となるだろう。

 

 シータは隣でほのかや雫たちを横目で見て、彼女たちを庇うように一歩前に出た。

 その動きを目ざとく見咎めた一人が彼女に銃を突きつけた。

 

「おい、大人しく──―」

「控えなさい。この場にあるは未来を拓かんとする気高き意志たち。斯様に無粋なもので穢すなどあってはなりません!」

 

 武装した男からの恫喝を遮り、凛とした声が会場に響く。

 その声は決して大きくも力強くもなかったが、優位な立場にいるはずの男たちが一瞬ひるむほどの何かがあった。

 魔法師であろうと穿つはずのハイパワーライフルを目の前に突き付けられていながら、まったくひるむことのなく見据えてくる強靭な意志と誇りの内包された瞳。

 華奢な少女の面貌はたしかに際立って可憐で美しく見える。

 だが襲撃者たちが気圧されたのは単なる容姿の美醜によるものだけではない。

 侵し難きなにか。

 それをあるいは人は神秘と呼ぶのか。

 ハイパワーライフルを突き付けていた男の喉がごくりと唾を飲み込んだ。

 砲身がぶれ、他の男たちの注意も一点に集められた。

 

 その隙を、司波達也は見逃さなかった。

 

 フラッシュキャストを用いた単一系移動魔法による加速を得て、一足跳びで間合いを詰めた達也は、右手を手刀の形にして、最も近くにいた敵──シータに銃口を向けていた男の腕目がけて振るった。

 

「なっ! ひっ、ぎゃっがっ」

 

 何の抵抗もないかの如く、達也の手刀はハイパワーライフルを持つ男の腕を切断した。鮮血が吹き上がり、激痛に男の口から悲鳴が迸る──―その直前に、達也の左拳が男の鳩尾にめり込んだ。

 

 視覚的な光景として、CADを使わなかったその一連の動きは、まるで魔法もなく、漫画のように素手で人体を容易に切断したかのように襲撃者たちには見えた。

 動揺が男たちに広がり、

 

「取り押さえろ!」

 

 その思考の間隙を見逃さず、舞台の両袖から共同警備隊のメンバーが一斉に魔法を放ち、残る襲撃者たちを一人残らず、反撃も許さずに捕縛した。

 

 

 

 会場への侵入者は捕縛したが、武装テロリストによる襲撃が会ったこと自体が過去にない異常事態であった。

 会場内警備の学生も、参加者も聴衆も騒然として右往左往していた。

 中には外部と連絡をとって状況確認しようとしている冷静な者もいたが、入手できた情報は状況がさらに悪いというものでしかなく、動揺が広がっている。

 慌てた様子がないのは血糊に汚れた達也とそれを魔法で消し去っている深雪の兄妹くらいだろう。

 そして荒事慣れしているという点でエリカやレオ、幹比古なども比較的動揺は少ない。なにより彼らはむしろこの状況が来ることを待ち構えていたといっていい。 

 ただ流石に私的な犯罪組織やテロリストでは到底用意できないレベルの武器を装備して攻めてくるとは予想を上回っていた。

 

「銃の前に身をさらすなんてあんたも無茶するわね」

 

 武闘派で高速接近戦に特化したエリカでもあの状況では全員を無傷で突破とはいかんともしがたかった。まして銃を向けられた状態で屈するつもりこそなかったが、敢えて身を晒そうとは思わない。

 エリカの呆きれ交じりの感心にシータは淡く苦笑した。

 魔法師であっても貫通し、容易に致命傷を与える武装であったとしても霊体であり物理攻撃の通用しないサーヴァントを傷つけられるとは思わない。

 もっとも、そうでなくとも王族としての来歴をもつゆえに、あの状況では肉体があったとしてもきっと同じことをしていたであろうが。

 

「サーヴァントに物理的な攻撃は通じませんから。それよりもこの事態は一体どうしたことなのでしょう?」

 

 ともあれ事態は非常に悪い。

 これが例年のごとくの恒例行事の在り方であるなどとは到底言えまい。

 

「相手の正体はともかく、敵性勢力なのは間違いない。最終目的は分からないがこいつらの第一の目的は優れた魔法技能を持つ生徒の殺傷、または拉致だろう」

 

 幾分事情を知っている達也にとっても、これほど大規模に、そして警備隊があっさりと突破を許したのは予想外であった。

 

「逃げ出すにしても追い返すにしても、まずは正面入り口の敵を片付けないとな」

 

 少し以上に嬉しそうにしているように見えるエリカにはあまりつっこみを入れず、当面の方針を伝えた。

 

「待ってろ、なんて言わないよね?」

 

 目を輝かせて、まるでこの危機的状況にわくわくしているかのようなエリカに、やはり達也は「嬉しそうだな」と余程指摘したくなったが、時間の浪費につながりかねないツッコミだけに、懸命な達也は首を振るだけにとどめた。

 

「別行動して突撃されるよりはマシか。藤丸たちが片付けているかもしれんがな」

 

 達也の言葉に深雪は勿論、エリカもレオも幹比古も、ほのかと美月、そして雫とシータも、向かう先は同じであった。

 

 

 

 

 

 

 正面出入口での武装勢力との交戦は襲撃側がやや勢いを増しつつもライフルと魔法の撃ち合いを激化させていた。

 奇襲の動揺はまだ醒めてはいないが、応戦しなければならないという義務感と正義感が警備の魔法師たちを奮い立たせていた。

 ただやはり障壁魔法すらも撃ち抜くハイパワーライフルと猛攻激しいアサルトライフルを混ぜ合わせた銃撃は、油断していなくとも魔法師たちを貫いていた。

 この状態になってしまえば、圭にできることはかなり限られる。

 圭の魔術は、克人や真由美たちですら通用しなかった神秘側の存在に対して多少の疵をつけることができたが、それは魔法師の魔法よりも威力があるからではない。

 単に相性の問題であり、威力や速射性、連射性といった物理的な攻撃力であれば現代兵器や現代魔法の方がよほど優れている。

 明日香としても、身を守るためには仕方ないので、いざとなれば躊躇うことはないが、問題はこの動きが正しい流れなのかの判別がつかない。どちらに味方するのが人理の防人としての在り方なのかの判断がつきかねていた。

 直感、というより、これまでの生活、友人たちの関わりかれすると、被襲撃者側につくべきだが、それが望まぬ未来への引き金にならないとは言えない。

 サーヴァントの力は強大で、だからこそ戸惑いがあった。

 

「うん? どうやら中の方は落ち着いたらしいね」

「なに?」

 

 だが幸いにも戦局は彼らの判断を待つことなく押し進められた。

 突如として銃撃の音が止まり、困惑の声が上がる。襲撃者たちは動揺しているのか、明らかに日本語ではない言葉で焦りを表している。

 

 振動減速系概念拡張魔法「凍火(フリーズ・フレイム)

 現代魔法で区分されるところの減速系魔法だが、それをこれだけの範囲に、そして多人数を相手に抵抗もなく展開できるほどの魔法師ともなれば数少ない。

 残存していたゲリラたちの銃器が一瞬で沈黙するや、間髪入れずに数人の学生たちが飛び出した。

 両手を手刀にして振るう達也は、まるでおとぎ話の武術の達人であるかのように、素手で人体を切り裂いていき、いつもの警棒を鍔のない脇差形態の武装一体型CADに持ち替えたエリカが、自己加速魔法で駆け抜けながら正確にゲリラの頸動脈を斬り裂いていった。

 

「達也、エリカ!」

 

 そして続く幹比古の声に飛び出した二人が左右に分かれ、幹比古から放たれる疾風(カマイタチ)が残るゲリラの皮膚を無残に引き裂いていった。

 鮮やかな手並みは、それまで圧倒され気味だった警備の魔法師たちが手を出す間もなく、一気に形成を傾け、ゲリラたちが撤退を始めるのに時間はかからなかった。

 

 

 

 撤退していくゲリラたちを、それまで押し込められていた警備の魔法師たちが追撃し、会議場から完全に追い出した。

 ゲリラたちの銃火器を沈黙させたのはやはり深雪であったらしく、その後の達也たちの追撃も鮮やかな手並みであった。

 だが周辺に残る惨状はほのかや美月にとっては衝撃が強いようではある。

 ただ現状はそんな彼女たちの心情に思いやって、というわけにはいかない状況。

 達也が何事か声をかけるとほのかはかなり意気を取り戻し、美月の方には幹比古が気遣いを見せていた。

 圭と明日香はゲリラの追撃を警備担当のプロの魔法師たちに任せ、達也たちの方へと歩み寄った。

 

「いやいや、助かったよ。流石にあの人数からの銃撃は僕の魔法の腕前だと厳しくてね」

 

 達也やエリカなどは疑わしげに圭を見るのは日ごろの行いのせいか。

 

「会場の方にも侵入があったようだから心配していたけど、無事でよかったよ」

 

 正面玄関口への派手な襲撃の陰に隠れての搦手は予想できていたし、達也やシータが居れば最悪の事態にはならないだろうとは思ってはいても、雫たちの無事な姿を見て明日香も安堵していた。

 ただ今は、無事の合流を悠長に喜んでいる時間も、達也たちの抱いた疑念を仲間内で追及している暇はない。 

 

「それで、これからどうすんだ?」

 

 口火を切ったのはレオ。

 空気を読まなかったのか切り替えが早いのか、この場ではそちらを優先させるべきだと達也も判断した。

 明日香と圭も、市街の方から不穏な気配を感じ取ってはいるが、それは所詮直感や気配という程度に過ぎない。

 

「情報が欲しい。予想外に大規模な事態が進行しているようだ。行き当たりばったりでは泥沼にはまり込むかもしれない」

 

 盤面の一局面においては有効だが、今は一局面ではなく大規模に展開しつつある盤面全体を俯瞰できなければならない状況だ。

 ただ、その情報が得られるであろう場所────魔法協会支部に行くにはすでに市街戦の真っ只中となっている戦場を駆け抜けていく必要がある。

 明日香や圭、そして達也やエリカ、レオ、幹比古たちならともかく、ほのかや雫、美月たちでは見るからに無理がある。

 

「VIP会議室を使ったら?」

 

 具体的な打開策の浮かばなかった達也たちに、雫が会議場の会場とは別の方向を指さしながら雫が提案した。

 

「雫? VIP会議室というのはなんだい?」

「閣僚級の政治家とか経済団体トップレベルの会合に使われる部屋だよ。たぶん大抵の情報にアクセスできるはず」

「そんな部屋があるのか?」

 

 さしもの達也もそれは知らなかったらしい。明日香の問いに答えたような会議室が利用できるのであれば、現在の状況を知ることもできるだろう。

 

「うん。一般には解放されていない会議室だから」

「よく知ってるね、そんなこと」

 

 実家が魔法剣術の権威である関係で軍や警察に顔のきくエリカでさえ、その存在は知らなかったらしく、少し顔を引き攣らせながら感心した様子で言った。

 

「暗証キーもアクセスコードも知ってるよ」

「小父様、雫を溺愛してるから」

 

 雫は少し恥ずかしそうで少し得意げに応え、ほのかも苦笑気味に付け加えた。

 父親からのいささか過剰な愛情に気恥ずかしさがあるのだろう。

 だが今はそれが有難い。

 経産界に大きく顔のきく“北方潮”が利用する部屋であれば、警察や沿岸防衛隊の通信も傍受可能なはず。

 

「なるほど。雫、案内してくれ」

 

 達也の言葉に雫は頷きを持って応えた。

 

 

 

 雫の先導によって達也たちは会場からの避難を始めつつある他校生をよそに、フロアの一室へと向かった。

 

「明日香?」

 

 ふと、その動きから遅れ、街の方を不穏な目つきで睨む明日香の様子に圭が呼びかけた。

 わずかに目つきを険しくした明日香だが、けれども今は些細な違和感のような感覚にかまけている時ではないと判断した。

 

「いや、なんでもない…………行こう」

 

 戦場の気配はまだ彼方。

 けれどもそれは予感、あるいは運命(fate)

 戦いの時(スワシィの谷)は刻一刻と───── 迫りつつあった。

 

 

 

 

 


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