Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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9話

 

「うわぉ。これはなかなか……」

 

 雫のアクセスコードを使って利用することのできたVIP会議室、そのモニターに受信した警察のマップデータは、思わず圭がほほを引き攣らせてしまうほどの状況となっていた。

 危険地域を示す赤の領域が海に面する一帯を微かなまばらを残して染めており、見ている間にも領域を広げている。

 特に進行が速いのは、初手でミサイル攻撃があったらしい埠頭周辺よりもむしろその内陸部から北上する勢力だろう。

 あたかも達也たちの居る国際会議場を包囲するように進行している。

 マップデータには敵勢力だけでなく、国防軍の動きが始まっていることも示されているものの、肝心の湾港部では主だった防衛網が組織されていない。

 今はまだ包囲網は狭まりきっておらず脱出の余地もあるだろうが、このままここに留まっていれば退路を断たれることになりかねない。

 

「改めて言わなくても分かっているだろうが、見ての通り、状況はかなり悪い。この辺りでグズグズしていたら国防軍の到着より早く敵に補足されてしまうだろう。だからといって、簡単には脱出できそうに無い。少なくとも陸路は難しいな。交通機関が動いていない」

「ってことは、海か?」

 

 マップデータから読み取れる情勢を達也が整理する。

 脱出ルートを提案するレオの質問に、達也が首を横に振った。

 

「それも望み薄だな。出動した船では全員を収容できないだろう」

 

 彼らは魔法師ではあるが、一応民間人という立場だ。

 現時点では自衛のために力を行使することはしても、軍隊規模の武装勢力に積極的に応戦しようとするほど無謀ではない。

 明日香と圭も、この時代を歪めるサーヴァントとの戦いであるのならともかく、国と国との争いに火の粉を振り払う以上の干渉をすることは許されていない。

 

「じゃあシェルターに避難する?」

「それが現実的だろうな。ここも頑丈に作られているとはいえ、建物自体を爆破されてはどうにもならない」

「じゃ、地下通路だね」

 

 幹比古の提案に達也は頷き、エリカが今にも駆けだしそうな勢いで促した。

 だがそれに対して達也は待ったをかけた。 

 

「いや、地下は止めた方がいい。上を行こう」

「えっ、何で? ……っと、そうか」

 

 陸上交通網は麻痺し、ゲリラの包囲網が狭まられている現状、陸路での脱出は難しいというのは達也自身が最初に確認したところだ。

 ふむ、と圭も地図を見直し気が付いたし、エリカも理由を説明する前に納得顔を見せた。

 ただそこまで読み取れなかったのだろう雫やほのかは理解が置いてきぼりになっており、雫からちらりと視線を向けられた明日香が答えた。

 

「最寄りのシェルターは駅のところにあるようだけど、この地図では出入り口と通路は一本道じゃない。他の入口から敵勢力が入って来ていた場合、地下という狭い空間での遭遇戦になる可能性があるからね」

 

 達也が懸念したのは地下での遭遇戦が起こることなのだろう。明日香の説明に雫もマップを見直して「あ」と気が付いた。

 

「避難の前に少し時間をもらえないか? デモ機のデータを処分しておきたい」

「あっ、そうだね。それが敵の目的かもしれないし」

 

 達也の懸念と提案に幹比古が頷き、全員が同意して移動した。

 

 

 

 

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 会場に戻った一行は途中で一度、克人たち警備隊と合流を果たした。

 だがその際、一部学生や民間人たちが中条あずさ生徒会長の指揮のもと、地下通路を通って避難していることを知り、その危険性を指摘すると、克人の指示により服部会頭と沢木碧がその援護に向かって別行動になるということがあった。

 そして会場では真由美や摩利に護衛された市原鈴音や五十里啓が達也と同じように各校のデモ機のデータを消去しようと考えて動いていた。 

 手分けしてデータの消去を行った後、一同は控室に集まり情報の共有と今後の方針を改めて定めることにしたのだった。

 

 

 控室には達也や圭、明日香たちに加えて真由美と摩利、鈴音、五十里と護衛として桐原と花音、壬生が集まっていた。

 

「さて、これからどうするか、だが」

 

 口火を切った摩利は、真由美へと目を向けた。

 達也たちとは別ルートで情報を収集していたのだろう。

 警察の情報を得ていた達也たちだが、十師族の情報網から得られたものなのか、真由美の得ている情報はさらに詳細なものであった。

 

「港内に侵入した敵艦は一隻。東京湾に他の敵艦は見当たらないそうよ。上陸した兵力の具体的な規模は分からないけど、海岸近くはほとんど敵に制圧されちゃってるみたいね。陸上交通網は完全にマヒ。こっちはゲリラの仕業じゃないかしら」

「あ~あ」

 

 エリカが不甲斐ないと言わんばかりにため息をついた。

 彼女の実家は剣の魔法師と異名をもつ千葉家だ。魔法を組み合わせた剣術による接近戦魔法のスペシャリストで、その関係上、軍や警察に門下生が多い。

 湾岸の警備隊の不甲斐なさが身内の不甲斐なさにも感じられたのだろう。

 

「彼らの目的は何でしょうか?」

 

 五十里の口にした疑問に、真由美が摩利と視線を交わしてから答えた。

 

「推測でしかないけど、横浜を狙ったということは、横浜にしか無いものが目的だったんじゃないかしら。厳密にいえば京都にもあるけど」

「魔法協会支部、ですか」

 

 真由美の答えを最後まで待たず、花音が口を挿む、せっかちな彼女の気質だが現状において話が早いのはいいことだ。

 

「正確には魔法協会のメインデータバンクね。重要なデータは京都と横浜で集中管理しているから。論文コンペに集まった学者や学生たちを狙っているって線も考えられるけど」

 

 真由美の言葉を聞きつつ圭は「ふむ」と顎に手を当てた。

 敵の狙いが魔法師たちのもつ機密情報であるのならば、彼らのとれる動きは多くなる。

 彼らとしては、襲撃される心当たり──シータがここにいて、決して敵に渡してはならないからだ。

 戦うにしても避難するにしても、狙われているとすれば共に行動することはできないし、迎撃のために連れていくこともなるべくならば避けたい。けれども戦い自体は避けることはできない。

 しかしこれが魔法師同士、そして現代の人間同士の争いであるのならば、話は別だ。

 彼らが魔術やサーヴァントの力をもって争いに介入することが、改変につながる可能性があることから戦いには介入しにくくなるが、達也たちはじめ、十師族の真由美ですらも避難を優先的に考えているのだ。

 明日香やシータの心情はともかく、ここで避難を選択してもおかしくはないし、むしろ選択すべき状況だ。

 

「避難船はいつ到着する?」

「沿岸防衛隊の輸送船はあと十分ほどで到着するそうよ。でも避難に集まった人数に対して、キャパが十分とは言えないみたい」

 

 摩利の確認に真由美が渋い顔で答えた。

 また端末に連絡のあった鈴音が別ルートで先に避難していたあずさたちの状況を伝える。

 

「シェルターに向かった中条さんたちの方は、残念ながら司波君の懸念が的中したようです。途中でゲリラに遭遇し、足止めを受けています。ただ敵の数も少ないらしく、もうすぐ駆逐できる、と中条さんから連絡がありました」

 

 地下も船も、危険の少ないルートは袋小路へとつながる。

 ここにいるメンバーの脱出ルートは限られており、どれも安全とは言い切れない。

 

「状況は聞いてもらったとおりだ。船の方はあいにくと乗れそうにない。こうなれば多少危険でも駅のシェルターに向かうしかない、とあたしは思うんだが、皆はどう思う?」

 

 けれども最悪の手はここへの籠城。

 このままここに留まれば救援が来る前に敵勢力に包囲されてしまうのは必然。

 そして軍や義勇軍の戦略上、このコンベンションセンターよりも魔法協会や各地シェルターなどの方が優先度が高い。

 留まるより動くべき。

 その決断は各々の裁量によるものではあるが、今から個別に動くよりも集団として意思を統一して動くべき。

 真由美や摩利が決断を示せばそれが集団の意思となりえるだろうが、彼女たちは下級生たちの意見も聞き入れるつもりらしく、達也たちの意見を伺った。

 いち早く花音が摩利への同意を示し、下級生たちもそれに続いて──────

 

 不穏に気づいたのは彼の隣に立つ深雪だった。

 

 避難の話をしているはずが、集団の輪にではなく、壁の方に視線を向けて、どこかを睨みつけている様子の達也に深雪が気づき、真由美が、そしてその気配を察して明日香と圭たちも気づいた。

 

「お兄様!?」「達也くん!?」

 

 次の瞬間、達也は訝し気な視線に対して何を告げることもなく唐突に銃型のCADを抜き、壁へと向けた。

 明日香と圭も、危険地帯ではあっても戦場ではなかったことからやや緩めていた緊張を一気に上げた。

 壁の向こう側に敵の気配はない。

 魔術で遠距離に狙っている危機でもない。

 ゆえに明日香には分からず、それが起こっているのは目視できない壁の向こうの、そのさらに向こうであったため圭にも視えなかった。

 しかしそれが視えた者が達也以外に一人いた。

 

「……今の、なに?」

 

 何かが起こったのは、()()()()()()達也の気配から皆が察することができた。

 何が起きたのか、それを視ることができたのは、知覚系魔法“マルチスコープ”による遠視のできる真由美だけだった。

 

 ただ、達也が行った行為。

 明日香には気配だけ分かった魔法の行使を視て、圭はもう一つの光景を視ていた。

 

 

 

 ────ここではないどこかで

 消えていく命、閃光に飲み込まれる船、抉り取られる大地

 それは人に許された、個人が振るうことを許された力なのだろうか

 古の詩人であれば松明を千、束ねたよりも明るくと評したかもしれない灼熱の光

 終焉の光にして、始まりを告げる狼煙の焔

 

 これより始まるのは時代の移り

 

 魔法と人との訣別

 

 

 そして──■■■■──―■■■■■■────―■■■■■

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 ──────センテイノハジマリ────────────―

 

「ッ゛ッ゛!!」

「ケイ?」

 

 バチンッと、視界が弾ける。

 いつもであれば見通せる限りを大きく超えた、膨大な情報量の流入に未来を予測する瞳が灼熱を発するかのようだった。

 その痛苦はあるいは、垣間視えた光景がの凄惨さ故にか。

 聞きなれた友の声が圭の意識を遠い未来から今へと回帰させた。

 だが瞳は熱を帯び続けているかのよう。

 

 だが幸いにも何が起こったのか、達也のそれも圭の見たそれもその場で追求し、追及されることはなかった。 

 

「お待たせ」

 

 タイミングよく、あるいは悪く、入室してきた一人の女性に全員の視線が集まった。

 

「えっ? あ、もしかして、響子さん?」

「お久しぶりね、真由美さん」

 

 明日香にとって見覚えのないその女性は真由美の知り合いであるらしく、笑顔で挨拶してきた。

 

 

 

 

 圭が落ち着いていれば口笛を吹いて褒め称えていたであろうくらいには整ったルックスの持ち主であるその女性は、野戦用の軍服を纏っており、一人ではなくその後ろから壮年の男性を伴って入室してきた。

 

「特尉、情報統制は一時的に解除されています」

 

 圭の異変に気づいたのは明日香と、そしてシータくらいであったが、美女が達也に向けてそう口を開くころには平静を取り戻していた。

 彼女の隣に立つ壮年の男性が纏う軍服には少佐の階級章。

 そして女性の口ぶりはまるで────

 

「特尉というと、ああ、軍属だったのかい?」

 

 そう、まるで司波達也もまた、軍人であるかのような口ぶりではないか。

 

「司波?」

 

 外周の見回りに行っていた克人、そして桐原ももう一人の軍人に連れられてタイミングよく部屋へと入って来た。

 達也の顔からは困惑が消え、指先を伸ばした軍人式の敬礼で目の前の壮年の軍人へと応じた。軍人同士の敬礼でのやりとりを終えた男は、次いで遅れて入室してきた克人へと視線と足を向けた。

 

「国防陸軍少佐、風間玄信です」

「貴官があの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」

 

 この場での魔法師の代表は克人だ。

 それは合同警備隊の総指揮という立場でもあるが、それ以上に十師族の一門の中でも直系、そして嫡男となるのが彼だからだ。

 実際、風間という軍人の自己紹介に対して、克人は魔法科高校での肩書ではなく十師族としての公的な肩書を名乗った。

 

 ──風間………………? ──

 

 克人は克人でその名前を知っていたようだが、明日香と圭は別の意味でその名前に表情をわずかに変えた。

 風の谷間に日々の糧を得る者たち。

 それは偶然かもしれない。

 よくある名前ではないが、日本に由来する以上、そういうことも偶々あるだろう。

 

 風間少佐はわずかに表情を歪めた二人にちらりと一瞬だけ視線を向け、そしてわざとらしくならない速さでぐるりと視線を巡らせた。あくまでもこれから始める話の前振りだという態にするためであったかのように。

 

「藤林、現在の状況をご説明して差し上げろ」

「はい。我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各一個大隊が当地に急行しました。魔法協会関東支部も独自に義勇軍を編成し、自衛行動に入っています」

 

 美女──藤林響子というらしい彼女は風間少佐と同じ部隊なのか、上官からの指令に応じて現在の戦況を伝えた。

 戦力的にはゲリラとして潜入してきた敵方よりも多勢にはなる。だがそれまでの間にこの街、そして魔法師たちの拠点は壊滅を免れるかというところ。そうでなくとも多くの情報や人を奪われてしまえば戦略的には敵に負けてしまうことになる。

 

「ご苦労。さて、特尉。現下の特殊な状況を鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中だった我が隊も防衛に加わるよう、先ほど命令が下った。国防軍と組む規則に基づき、貴官にも出動を命じる。国防軍は皆さんに対し、特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国防軍秘密保護法に基づく措置であるとご理解されたい」

 

 厳めしい言葉と、重々しい口調。そして有無を言わさぬ視線の圧力により、途中で口を挿もうとした摩利も花音も、真由美でさえも抵抗を断念した。

 特尉というのは国際法上の軍人資格を持つ非正規の士官のことだ。

 軍人という特殊な権利、義務、職務に准じた者でなければ人を殺すことや軍事行動をとることは違法行為となる。

 けれども魔法師がすべて軍人となるわけではなく、まして未成年の学生を軍人として徴用するわけにはいかないだろう。そのための特別的な措置であり、司波達也にはそれだけの価値があるということの証左でもある。

 そして現状の混沌とした戦況で、少佐という地位にある軍人が来ていることからも軍属としての達也の価値が求められていることが分かる。

 ただ、彼の目的は今回においては達也だけではなかった。

 

「そして魔術師 藤丸殿、獅子劫殿」

「おや? こちらにも何か」

「君たちには協力を要請したい」

 

 意外、でもないのかもしれない。

 これまで何度か藤丸は魔術師として魔法師に協力する形となったことがあった。

 それは必ずしも魔法師のためではなく、彼らの目的のために関わる過程と結果に重なる部分があったにすぎない。

 けれどその重なりの中で、魔術師たちは魔法師ですらも圧倒した英霊を召喚し、倒し、異常を解決してきた。

 その情報は秘匿されてきたが、人の口に戸は立てられない。

 魔法師たちはかつて自分たちが切り離し、捨ててきた神秘を再び手に入れることを望み、魔術師の二人はなぜかこの期に及んでかかわりをもつようになってきた。

 前回のサーヴァントとの遭遇時、九校戦では多くの軍関係者も来ていた。

 サーヴァント絡みのことそのものは十師族との会談でことを終えたが、ランサーとアサシンは魔法師とも組んで暗躍していた。

 風間たちはその情報を得ていた。

 加えて“風間”自身が、英霊とはかかわりのある魔法師でもあった。

 彼自身に面識があるわけでも、魔術の心得や理解があるわけでもないけれど、九重寺の存在意義でもあった彼は、多少なり英霊と、サーヴァントを使役するマスターと儚い縁を持っている。

 ただ、今はそれは関係がない。

 

「現在の情勢は先ほどお伝えした通りだが、それに加えて敵勢力の中に白い猿型の化成体らしきものが多数確認されている。銃火器はおろか魔法の影響でさえも極めて効果が薄い。我々が知る従来の魔法とは異なる体系による攻撃だと推測されている」

 

 魔法師を含めた武装勢力以外にも存在する厄介な敵性体の存在。

 

「化成体?」

「現代魔法、じゃなくて古式魔法だったね。プシオン系のエネルギーを可視化させた使い魔というものだったかな」

 

 現代魔法に疎く、首を傾げる明日香に圭をフォローとして口を挿んだ。

 そしてその理解は、サーヴァントの正体だと達也があたりをつけている仮説に最も近いものでもある。

 化成体とは現代魔法の発展した日本ではあまり使われる類の魔法ではなく、主に古式魔法、特に国外の大陸系の魔法師が使うことの多い魔法だ。

 ただし可視化、実体化させたものであっても、それは見せかけ上だけの物にしかすぎず、サイオン粒子の塊を土台に、光の反射をコントロールする幻影魔法で姿を作り、物質に干渉する加重魔法・加速魔法・移動魔法、またはそれと同じ効果をもたらす力場で肉体をもっているように見せかける物でしかない。

 術の作用媒体を作り出し可視化、可触化することで、術式の動作を変更するコマンドがイメージしやすいという利点があるものの、魔法を無効化、あるいは通用しないというものではない。

 魔法式によって現実改変された事象であるのだから達也の“精霊の瞳”で見抜けるものでしかなく、それはサーヴァントの特徴とは一致しない。

 けれども“精霊の瞳”でサーヴァントやデミ・サーヴァントとなった明日香を見た時の特徴の一部は、たしかに化成体の魔法のように何らかの核を起点にサイオンやプシオンが形作っているのに似ている。

 

「そのとおりだ。そしてそれに加えてもう一つ、藤林」

「先日特尉、ならびに真由美さん、渡辺摩利さんによって捕縛された呂剛虎の移送が本日行われていました。現在の攻勢が始まるよりも以前のことです。ですが、その移送が襲撃を受け、呂剛虎には逃走、移送チームは全滅しました」

 

 藤林からのさらなる説明に、真由美と摩利が驚きの声を上げた。

 彼女たちは数日前、八王子鑑別所で関本勲を尋問するために訪れていた際に呂剛虎と遭遇し、これを撃退した。

 呂剛虎といえば、大亜連合の特殊工作員の中でも指折りの危険人物だ。

 最早戦争状態と言えるこの状況では、敵とてしても取り返すべき駒であるし、こちらとしても厄介な敵駒だ。

 だが藤林と風間がここでその情報を告げたのは、それが想定外の事態に進行しているため。

 

「そしてこれです」

 

 藤林が端末を操作し、モニターに何処かの戦況映像が映し出される。

 

「なん、だ、これは……」

 

 真由美はあまりにも凄惨な光景に口元を抑え、2度直接交戦した摩利はあまりの変貌と凄惨な映像に絶句した。

 映し出された映像の呂剛虎は言われなければ、摩利にも達也にさえも分からなかっただろう。

 たしかに大柄の体躯は彼の特徴ではあった。だがそれにしても精々が190㎝程度。ハンサムとは言えないまでも取り立てて醜悪な面貌ではなかったはずだ。

 それが容貌は大きく変化しており、まるで猛獣のように雄たけびを上げる猛虎のよう。古代の武将の鎧のようなものを纏っている体は一回りどころか、2メートルを楽々超えるほどの巨躯へと膨れ上がっている。

 そして大きな変化は、その巨躯の体を覆う黒い靄。

 魔法師たちが応戦しようと遠距離から放たれた魔法は、ことごとくが弾き消されるかのように通用せず、アサルトライフルなどの銃火器は防御障壁を張っているわけでもないのに無効化されている。

 巨躯の体長に見合う、その身長をすらも超える大型のハルバートらしき武器が一凪されれば、地面が剥がれ、岩塊となって魔法師たちに襲い掛かる。

 

「この黒い靄のようなものを纏った呂剛虎に対して銃器による物理攻撃ならびに魔法攻撃が通用せず、先行した部隊が壊滅状態にあります」

 

 魔法師も防御障壁を張っているのだろうが、飛ばされてくる岩塊でさえも易々とその障壁を貫通して魔法師たちをミンチにしており、まして直接その一凪を受けた人たちは原型が留めないほどに引き裂かれてしまっている。

 たしかに呂剛虎は強敵ではある。だが白兵戦において優れているとはいっても援護あってのもので、真由美や摩利、達也や千葉修次にも敗れたように、複数の魔法師でもって相対すれば決して倒せない敵ではなかった。

 だが今、映像に映る呂剛虎はだれがどう見ても止めようのない怪物であった。

 荒れ狂う破壊の権化。

 理不尽な災厄の具現。 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「この現象を我々は3年前の魔法師子女誘拐事件の主犯と同様の、サーヴァントの力によるものではないかと仮定した」

 

 風間は仮定したと告げたが、その語調は断定に近い。

 彼らもこれまでのサーヴァントによる事件については調べていたのだろう。

 

「たしかに。これは……現世の肉体を依り代にシャドウ・サーヴァントを憑依させているのか?」

「シャドウ・サーヴァント?」

 

 圭の呟きに真由美が首を傾げた。

 ちらりと明日香と視線を交わす。

 サーヴァントシステムを、神秘の絶えた現代の魔法で再現できるとは思わないが、あまり情報を露出しすぎるのは悪用を招く恐れがある。

 特にサーヴァントは必殺の兵器であるだけに、魔法を軍事力と結びつける現代の魔法師や軍人であれば兵器としての運用を、と考える輩は多いだろう。

 だがシャドウ・サーヴァントではあるが、すでに戦場にその姿があり猛威を振るってしまっている以上、ここで情報を出し渋るのはかえって協調路線に瑕疵をつけかねない。

 圭は言葉を選びつつ、シャドウ・サーヴァントについての情報を明かした。

 

「文字通りサーヴァントの影のようなものです。本来は特異な状況でもなければ存在を成立できない虚ろな存在ですが、おそらくあれは魔法師の肉体に憑依する形で楔にしているようです」

 

 サーヴァントが英霊の一側面、影のようなものであるとするなら、シャドウ・サーヴァントはさらにその影。本来の英霊からするとその残滓のようなものでしかない。

 だが神秘から切り離された現代の魔法で再現できるようなものではない。

 そもそも断絶された歴史を超えて、秘匿された術式を知っているはずがない。

 

「普通のサーヴァントよりも存在濃度は非常に薄いですが、その分存在に必要な魔力消費も少なくなります。だからこそ魔法師でも楔として成立しているのでしょうが……いくらなんでも無関係な人間を楔にして成立するのは無理がありすぎる。おそらく召喚されている英霊の影と楔になった魔法師の間に何かしらの縁があるのかもしれない」

 

 おそらく特異点となっているこの世界・時代であるなら他のサーヴァント同様に存在できていることそのものは不可能ではない。 

 だが風間少佐や摩利たちの反応からするとあれは実際の肉体を器にして成立している。

 デミ・シャドウ・サーヴァントとでもいうべき存在が。

 無垢な器であるならともかく、歴戦の魔法師が疑似サーヴァントとしてではなく英霊の一部を憑依させて無事で済むはずがない。

 

「あの魔法師についての情報はありますか?」

 

 疑似サーヴァントは聖杯に所縁のある者の中で最も英霊に適合する人物が選ばれるという。

 この時代の魔法儀式に聖杯戦争はないのだから、聖杯に所縁のある魔法師などいるわけがない。

 だとすれば別の所縁を辿って憑依の縁とした可能性が高い。

 

「大亜連合の特殊工作部隊に所属する戦闘魔法師、呂剛虎。特に近接での対人戦闘においては世界でもトップクラスの魔法師とされている、人食い虎の異名を持つ魔法師です」

 

 圭の質問に藤林がよく知られた敵の情報を開示した。

 魔法師としては鋼気功と呼ばれる古式に近しい術式を得意とする魔法師で、発動させれば文字通り鋼のように強靭な体を勇猛蛮神が如くに振るう恐るべき魔法師だが、今やその脅威は魔法師としてあったときとは比べ物にならないほどに跳ね上がっている。

 得られた情報を圭は反駁していく。

 大亜連合というのは戦前では中国と一般的に呼ばれていた大陸の国を母体としている。そしてその国は遡れば人類史有数の永さを誇る古代の文明へと連なる。

 古代中国。

 大陸にあって独自の神秘を有していた文明。

 神の時代が去り、神仙と呼ばれる独特な神霊たちの時代も遠く去ったころ、人による文明が発展していき、数多の英雄が殺し合いに明け暮れた文明があった。

 

「大亜連合……中華。呂剛虎……呂?」 

 

 中華の歴史において呂の姓を持つ英雄は多い。

 古くは周の国の大軍師 太公望も呂の名を持つ英雄だ。ほかにも秦の宰相 呂不韋、後漢末呉の将軍である呂蒙…………だが彼らはいずれも英雄と呼ぶに相応しい英傑だが、映像のような狂戦士が如き猛将とは結び付かない。

 中華にその名を轟かせる猛将で呂の姓をもつ者といえば────―

 

「呂布か!」

 

 該当しうる英霊の真名が思い当たり、圭はハッとなった。

 

「なに!?」

「呂布奉先。中華は三国志における無双の飛将軍です。召喚されるとしたら、アーチャーかライダーか……バーサーカー!」

 

 かつてカルデアにおいても召喚された過去のある天下無双、裏切りの英傑とも称された破壊の権化。

 

 

 

 


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